24.ロケットペンダント

 ライラが勝ち誇ったように笑い出した。

「とうとう尻尾を出したわね! このドブネズミめ! やっぱり魔王の手さ……、な、なんで高校生がここにいるのよ!」

 後半に言っていることの意味がわからないが、非常に面倒な時に、面倒な事態になったことはわかる。

 ……マズいときにマズい奴らが来たわね。

 セシルは思わず天井を仰ぎたくなった。なんて間の悪いときにやってくるんだろう。

 アランが聖剣を構えて叫んだ。
「やはりライラの言うとおりだったな。……セシリア。裏切り者め! そこの魔族と一緒に貴様をここで処断する!」
 聖剣に光が集まっていく。

 セシルの前にロナウドが守るように立ちはだかり、さらにその2人を守るように魔王が前に立ち塞がった。
「くそ! どいつもこいつも人んで勝手しやがって!」
 魔王が悪態をつきながらも魔力で黒い結界を張った。

 アランが、
「裏切り者め! この俺が直々に引導をわたしてやる! シャインセイバー!」
 振り下ろした聖剣から、光の奔流が押し寄せ、魔王の結界をぶつかり合う。

 ビリビリビリ……と空気が振動している。さらにライラの火魔法も加わると魔王の表情が険しくなった。

「……強いな」

 突然、パリンという音を立てて結界に亀裂が入り、そこから聖剣を構えたアランが飛びこんできた。
「薄汚い魔族め!」
 そのまま袈裟切りに魔王に襲いかかる。その聖剣の斬撃を、魔王は左腕に紫色のオーラをまとって無造作に弾いた。

「覚醒してない聖剣なんてきかねえよ。……俺は魔王だからな」

 その時、魔王とアランとのやり取りに気を取られていたセシルの足元から、複数の黒い茨が伸びてきて私を捕まえようとした。

 見たことがない魔法。なにこれ?

 魔力球が自動的に結界を張って守ってくれる。――はずだった。
 しかし、その黒い茨はするりと結界を突き抜けて、セシルめがけて伸びてくる。

 え?

と驚いたの瞬間、急に何かが横からぶつかってきて、セシルは床に投げ出された。

 ばっと顔を上げると、そこには全身を黒い茨に覆われたロナウドがいた。

「ロナウド!」

 あわてて立ち上がってそばに行こうとしたとき、ライラがその前に立ちふさがる。

「ファイヤーアロー!」

 くっ。

 セシルはあわてて魔力球の結界でライラの魔法を防ぐ。

 セシルは宝杖クレア―レを突きつけた。
「邪魔をしないで! 風よ! いかずちよ! 敵をうがて!」
「渦巻く水よ。我を守れ」

 セシルの放った雷撃がライラの水膜に受けながされて地面に吸収されていく。
「そこをどいて!」「や~だ。……ふふふ」

 その間にも茨の拘束を引きちぎろうとロナウドがもがいている。しかし、ライラが容赦なくロナウドに魔法を放つ。
「パラライズ!」
 ライラの魔法に抵抗できずにゆっくりと崩れ落ちるロナウド。

 ああ! ロナウド!

 必死な表情を浮かべるセシルを見て、ライラがあざけり笑った。

「ふふふ。いいざまね。……その顔がまた見たかったのよ」

 そして、懐からガラス玉を取り出した。

「まさか魔王が高校生とはね。だけどおもしろいものが見られたわ。……今度こそあんたは終わり。聖女どころか裏切り者ね。ふふふふ。
 ――魔王。あんたの処遇はまた今度よ。私の邪魔をしたら日本人だろうとただじゃおかないからね!」

「お前……、転生者か!」
 魔王が忌々しげにライラに言うが、ライラはそれを無視して叫んだ。

「アラン! 撤退よ! ……この男を帰して欲しかったら、王城に来なさい。ふふふふ」

 ガラス玉が叩きつけられた。中に封じられた転移の魔法が発動する。

 ――だめえぇぇぇ!

 ロナウドに駆け寄り、必死に手を延ばすセシル。
 伸ばした指のその先で、フッとロナウドの姿がかき消えた。

 カランと音がして、ロナウドの剣が床に転がった。

「あ、ああ、ああああああ!」
 セシルは床にすがりつき、何かを探すように両手でぺたぺたと床を必死にまさぐっている。
「ロナウド! ロナウド! どこなの!」

「おい。落ち着け!」
 魔王がセシルの肩を叩くが、セシルには聞こえていない。舌打ちした魔王が、無理矢理、セシルの両肩をつかんで立ち上がらせる。
「いいか! こういうときこそ落ち着け!」
 その気迫にセシルは口をつぐんだ。けれど涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 ――ロナウドが、いなくなっちゃった。
 なぜ? なぜ私ばかりこんな目に遭うの?
 なぜあの女は私から大切なものを奪っていくの!

 その時、セシルの視界の端っこに見慣れたロケットペンダントが映った。
 ばっと魔王の手をふりほどいて、あわててペンダントを拾う。

「これは、ロナウドの……」

 セシルは拾ったペンダントを大事に大事に胸に抱きかかえる。
 かすかに残ったぬくもりを大切に身体のなかにしまうように。心に、魂に埋め込むように強く強く胸に押し当てる。
 ぎゅっとつぶった目から涙があふれ出す。ツーっと頬をすべりおちて、雫がペンダントトップのロケットに落ちた。

 それが鍵になったようにカチリと小さな音がする。あわてて見下ろすと、ロケットのフタがゆっくりと動き出していた。

 ――この中にはロナウドの想い人が……。

 ダメ。みちゃ。ダメだわ。

 そう思いつつも、セシルは目を離なすことはできなかった。
 セシルの手の中で、ゆっくりと、ゆっくりと開いていくロケット。

 そこにあったのは――、セシルの絵だった。

 え? これって……、私?

 一瞬、頭の中が真っ白になった。周りから音が消えていく。

 しばし呆然として時間の感覚がなくなっていく。視界が真っ白になっていった。
 セシルの耳にロナウドの声が聞こえてきた。

 ――俺はこの中の人に剣を捧げるって決めたんだ。この人のために俺は生きる。

 はにかみながらも、ロナウドはそう言っていた。

 なぜ? なぜここに私の絵が? ねえ、なぜなの? ロナウド?

 けれども、ここにはロナウドはいない。答えてくれる人は誰もいない。

 なぜあなたは私に教えてくれなかったの?

 再びロナウドの声が聞こえる。
 ――つまるところ、俺には自信がない。
 ――その女性の重荷になっちまうだろ。

 ばか! ばかばか! なんで、なんでもっと早く言ってくれないの!
 私があなたを重荷になんか! 一人でみすみす死なせるわけがないじゃないのよ! 

 ――今日はまだ整理がついていないけど、今度、セシルに聞いてもらいたい話がある。
 だから、その時は聞いて欲しい――。

――――
――

 そっか。私がずっと聖女になるのが嫌だったのは……、今までずっと貴方に愛されていたからなんだ。
 あなたのそばから離れたくなかったからなんだわ。

 会いたい。

 今、あなたに、ただ会いたい――――。

 いったいどれくらいの時間が経ったのだろう。
 セシルから離れたところで魔王が心配そうにじっと待っていてくれている。

 ――もし守りたい人がいるなら、守ればいい。手からこぼれてしまってからでは後悔する。

 ロナウドが教えてくれたことだ。

 何もしないこと。なすべき時にできることをしない。それは時に最悪の行動となる。
 私はもう逃げない。二度と後悔しないために。

 だから――、

「魔王。私はロナウドを助けに行く。だから悪いけど、あなたのもう一つの依頼は引き受けられないわ」

 魔王はうなずいて、
「ああ。俺ももう片方の依頼は取りやめだ。……それに手伝ってやろう」
と言った。

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