29.因縁の対決

「急げ! 第1から4小隊は南区だ!」
「俺たちは東区だ!」

 王城正面の大扉が開いて、いくつもの騎士隊が飛び出していく。
 今、王都の各地で、ベアトリクスの仲間たちが騒ぎを起こしているのだ。主な標的はグレイツ商会と騎士団の駐屯所となっている。

 セシルはベアトリクスと一緒に路地から様子を窺っている。

「そろそろだ」
 騎士たちの姿が見えなくなったところで、ベアトリクスが出発を促した。

 そっと腰のポーチから宝杖クレアーレを取り出す。魔力球がふわっと周りに広がって行き、いつものように待機状態となった。数が残り100もなくこころもとないけれど、出し惜しみをしている時ではない。

 視線を合わせてうなずき、セシルは路地から大通りに出て、まっすぐ王城へと歩きはじめた。
 そのすぐ隣にはベアトリクスただ一人が寄り添っている。本来ならばそこはロナウドの位置だが、今はそのロナウドを取り戻しに行くのだ。

 堀にかかる大きな橋に近づくと、すぐに警備の騎士がやってきた。
「止まれ! この先に何のようだ!」

 セシルは歩みを止めずに微笑んだ。
「さあ、ライラ妃殿下に伝えなさい。……セシルが来たと。私の彼を返してもらいに来たと」

 騎士たちは槍を構えて「止まれ!」と2人に命じるが、2人はそれを無視して進んでいく。
「くっ。捕らえろ!」
 一斉に槍を突き出してくる騎士たちだったが、次の瞬間、すべてが中程から断ち切られた。

 いったいいつ切られたのか。
 騎士たちは得体の知れないものを見るように、折れた槍を構えながら2人に押し切られるように道を開けた。
 監視塔の鐘がカンカンと鳴り響く。開け放たれていた正面の大扉がゆっくりと閉まっていく。

 セシルの前で5つの魔力球がクルクルと回転し始め、前に向かって魔方陣が現れる。
 遠くから「急げ!」という声がするが、それを無視してセシルが右手を添える。
「凍れ」
 青白い凍結魔法がまっすぐに大扉に飛んでいき、巨大な大扉を一瞬のうちに凍りつかせる。
 そのまま中途半端に閉まっている大扉をくぐり抜け、2人は王城の広い前庭に出た。

 芝生の中を整えられた道が真っ直ぐに城まで延びている。
 周囲の建物から、わらわらと騎士たちが走り出してくる。けれども2人は、それを無視して前庭の中央まで歩みを進めた。

 中ほどまで来たとき、王城の正面扉が開いてアランとライラたちが姿を見せた。
 それを見たセシルは歩みをそこで止めた。

 ライラがセシルを見て、うれしそうに笑っている。
「ふふふふ。よかったわ。ちゃんと来たのね。……もうこないかとも思ったけど」

 セシルはわざとニッコリと笑った。
「私は待ち遠しかったわよ。ぬすっとおんなに奪われた大切なひとを取り返せる時が来るのを」
「せっかく招待状をだしたのに無駄になったわね。でも、これですべて終わると思うとホッとするわ。……まったく手間をかけさせてくれたこと」

 そこへアランが口を差し挟んできた。
「東と西もお前の仕業だな。魔王と手を組んでその手先と成り下がるとは。過去に一瞬でも貴様が俺の婚約者だったとはむしが走る」

「王太子殿下。かつて真面目に未来の王国のことを考えていた貴方が、今は見る影もありませんわね。私は奪われた人を返してもらいに来たにすぎません」

「また言い逃れをするのか? 5年前と同じように。……だが無駄だ。私がこの目で見ている。貴様が魔王と握手をしているところを」

「殿下はまだ本質が見えてらっしゃらないようですわね。あの魔王が邪悪だと誰が決めたのです? あの魔王領ではどのような統治がされ、人々がどれだけ魔王を支持しているか、調査もしていないのですか?」

「言いつくろおうと無駄だ。ライラのお陰で国内でおうりょうをしていた腐れ貴族どもをようやくれいにできたのだ。それなのに、反乱の手助けまでするとはとんだ裏切り者だ」

「彼らとは手を組んだつもりはありませんが、殿下こそ、また5年前のようにきちんと調べもせずに私を断罪なさるのですか?」

「無駄だといっている。……勇者ライナードと聖女マリアの血を引きながらも魔王と手を組むなど。私はこの聖剣にかけて許すわけはいかん」

「殿下。残念ですわ。そのようなことだから反乱が起きるのです。王家による統治とは、人々の、貴族と国民の生活を守ることではありませんか! 学園時代の殿下も、将来は民草の生活を守る力をつけようと努力されてきたのではないですか? いにしえの聖女様のお言葉を忘れてしまったのですか?」

 セシルは両手を広げ、すべての人々に聖女の言葉を告げる。まるで預言者が神の言葉を告げるように、その姿には不思議な威厳が感じられる。澄んだ声が響きわたると騎士たちが動きを止めた。

「――この国に住むいかなる人は、それがどんな種族であれ、すべて我らの子として慈しみなさい」

 セシルは、胸に手を宛てて切々と訴える。

「王国は。この国は、この国に住むすべての人々が行く末を決めていくもの。……殿下は、その指導者として人々を慈しみ、導いていかなければなりません。その隣にいる女性の言う事をみにせず、きちんと民の声に耳を傾けられましたか?」

 しかし、王太子が返事をする前に、ライラが怒りに拳を振るわせながら怒鳴った。

べんね! おろかな民衆は私たちのでこそ生きられる。民にげいごうする政治はいずれたんするのよ。……だいたい貴女は、もう退場した分際で、いつまで私の邪魔をするのよ! マグナス! さっさと捕まえなさい!」

 そばで控えていたマグナス将軍が「行け!」と命じると、騎士の一隊がセシルとベアトリクスに向かって走って行く。

 セシルの前にベアトリクスが立ち塞がる。そこへ殺到する騎士たちだったが、一瞬ではじき飛ばされて地面に転がった。
 しかし、その中でたった一人だけ。ベアトリクスの剣を受け止めている騎士がいた。

 ベアトリクスがフッと微笑んで剣を引くが、騎士はさらに攻撃することなく剣をさやに納めた。

「その剣は宝剣ディフェンダー。……あんた、じいちゃんの娘だろ?」

 その声を聞いた途端に、セシルは周りの時がゆっくりになっていくような気がした。

 この声は……。この声は……。

 鼓動が早くなっていく。セシルはその騎士から目を離すことができない

「今ごろ気がついたか。……そんなことより早く顔を見せてやるがいい」
 ベアトリクスはそう言うと、セシルとその騎士をライラから守るように立ちはだかった。
 その騎士がセシルの方を向いて兜に手を添える。

 ――あなたなの? 

 胸の鼓動がどんどん強く、そして、早くなっていく。ゆっくりと兜を外す仕草がもどかしい。

 祈るような気持ちで見ていると、兜の下から現れたのは、あれほど会いたいと願っていた愛する男。ロナウド・ロックハートだった。

 思わずセシルが宝杖クレアーレを取り落とした、そのまま右手を胸に当て強く握りしめる。震える唇から言葉にならない声が漏れる。

「あ、あ、あああ」

 涙がぽろぽろとこぼれ落ちるが、セシルはひたすらにロナウドを見つめていた。月光の中の幻じゃない。今、そこに、たしかにロナウドがいる。

 夢や幻じゃなくて、本当の本当にあなたなのね?

 ロナウドがそこにいる。その顔を見ていると、不意にセシルは本能的に悟った。

 ロナウド。……あなたはずっとずっと、私を愛してくれていたんだ。守っていてくれたんだ。出会った時からずっと。はっきりとそれを感じるわ。
 ――ああ! 神よ!

 ロナウドがニッコリと微笑んで、
「セシル。ただいま。……心配かけてすまなかった」
と言いながら、セシルの取り落としたクレアーレを拾った。

 次の瞬間、
「うわあぁぁぁぁ」
とセシルが叫びながらロナウドに抱きついた。「ロナウド! ロナウドロナウド! ああ、あなたなのね! 会いたかった! あなたに、ずっとずっと会いたかった!」

 この時のセシルには、もう他の事などどうでもよかった。いま、ここにロナウドがいる。そのことだけがセシルの心を占めている。
 聖女だとかライラのせいで散々な目に遭ったこと、追放にあったことさえ、そんなことは一切合切が薄っぺらいもののように思える。
 ロナウドがいてさえくれればいい。もう他にはなにもいらなかった。

 しかし、この感動の再会をぶち壊す人がいた。

 ライラがワナワナと震えながら、
「貴様ぁぁ! どこに行ったと思ったら。そこにいたのか! 勝手に感動の再会なんかして、ふざけんじゃないわよ! ……マグナス! さっさと捕まえなさい!」

 ライラの命令で、マグナスが飛び出して、抱き合うロナウドとセシルに真っ直ぐに迫った。

 その前にベアトリクスが立ち塞がる。
 ガキンと、ベアトリクスの剣とぶつかり合うマグナスの剣。ベアトリクスが静かに言った。

「邪魔はさせぬぞ。たとえ相手が誰であろうとな」

 一方のマグナスも面白そうにベアトリクスを見ている。
「一介の冒険者が俺の剣を受け止めるとは。……ふはは。おもしろい! だが残念だ。妃殿下の命だ」

 ふっと後ろに飛びすさったマグナスは、
「近衛よ、誓いを果たせ! 2人を捕らえよ!」
と号令を下す。

 抱き合う2人に動きを止めていた騎士たちだったが、マグナスの号令を聞き、迷うことなく再び武器を構える。
 彼らは近衛騎士団。彼らが守るのは王国ではない。誓いを立てる先は王族なのだ。

 さあっと波が押し寄せるように、2人にむかって騎士たちが殺到していった。この数ではいかなベアトリクスとはいえど、一人ではさばききれないだろう。そう思われた。

 その時、はるかな上空から一人の男が降りてきて、地響きを立てて着地する。

「お前ら、動くな!」
 先ほどのマグナスの号令など比ではない。質量がこもったような大きな声が騎士たちの身体を通り抜け、その覇気にまるで金縛りになったように動きを止めていく。

 そこに現れたのは魔王アキラだった。

 アキラはライラを見上げた。
「よお。元日本人のクソ女先輩。……俺からお前に言いたいことがある」

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