32.ライラの最期

 処刑場に連れ出されたライラは、ぼうっとした目で用意されたはりつけの台を見つめた。
 まわりの群衆がなにかを叫び、物を投げつけてくるがライラには避けることができない。

 ――なんで? なんでこんなことに。……私がヒロインなのに。

 ライラののうには、数日前の裁判の様子がよみがえった。

 粗末な服を着せられて、手を縛られた状態でこくにんせきに座らされる。

 ぼうちようにんの席にはあふれるほどの国民が詰めかけていた。
 セシルの父などのかつての王国の重鎮がさんしんいんの席に座っている。
 裁判長がカンカンとづちを鳴らして開廷を宣言した。

「それでは裁判をはじめる。――この裁判につき、魔王様からは自分は立ち入らないので、元の王国法に則って裁判をするようにと仰せられた。よって、元王国最高裁判長である――」

 裁判長の口上が終わり、さっそく、こくはつにんによってライラの罪状が読み上げられる。

「――不正に国政を曲げ、税金を重くするように元王太子に進言。さらに複数の貴族家や令嬢に罪をなすりつけ、あるいはでっち上げて没落させたり、奴隷にしている。他にも――」

 ライラは不思議だった。あの男はいったい何を言っているんだろう。そんなこと当たり前じゃないの。私がヒロインなのよ。この世界はすべて私が中心の世界なの。

 だから私の意見が国政に反映されてこそ、人々が幸せになれるのよ。私が欲しいものを買おうと国庫に負担をかけたら、貴族や商会に税金をかけざるをえないじゃないの。だから消費税にして広く浅く税金を集めるようにしたのに。
 私に直接、人々がみつげるシステムなんて、素晴らしいじゃないの。なのになんでそれが罪なのかしら?
 あの貴族とか、あの女も、みんな私をいじめたのよ。この私を。そういう人には退場してもらって当然なのに……。

「すでに裁判が終わっているマルグリット元財務大臣、グレイツ商会長の証言に照らしても、このライラの関与は明らかであり――」

 そうだ。お父さん。お父さんはどこにいるのかしら? こういう時こそ、私のために働いてもらわないと。せっかく色々と便宜をはかってあげたんだから……。おじさんだって財務大臣にしてあげたんだし。

「――以上のことだが、何か弁明するところはあるか?」

 どうやら自分が発言する番らしい。
「はい。私はヒロインなのです。私のやりたいことができるようにこの世界はできている。だから、このような裁判など間違っています」

 途端に、ぼうちようせきから次々に怒号があがり、思わずライラがビクッと立ち上がりかけた。しかし、しばられた両足首ではうまく立ち上がれずに、バランスを崩してそこに倒れ込んでしまう。
 手を付くこともできずに、どうにか上半身を起こしたが顔に砂がついてしまった。

「もう! なんなのよ! やりなおさせてよ! こんなの絶対おかしいわ!」

 場がそうぜんとするなかで、裁判長が再びカンカンと木槌を鳴らし、「せいしゆくに」と命じた。なかなか鎮まらない人々に、警備の騎士たちが「静かに」と呼びかけている。

 さんしんいんの席にいたグレイ・スタンフォードがライラに、

「この世界はあなたのものではない。この国もそうだ。前は確かに王家の統治のもとで人々が暮らしていたが、それは強圧的に人々を支配することではない。

 ――この国に住むいかなる人は、それがどんな種族であれ、すべて我らの子として慈しみなさい。

 かつての聖女様のお言葉のとおり、王家は慈愛をもって人々を導き、幸せに暮らせるよう努力し、人々はその王家に感謝の気持ちとともに仕えていたのだ
 その道を踏み外したとき、もはや王家には王家たるべき資格を失ったといえよう」

 ライラがグレイに叫んだ。
「だからなんなのよ! そんなの単なるゲーム設定よ! 私が転生したからには、みんなを導くのは私。私のいうとおりにしていればみんな幸せになるはずなのよ!」

 変わらないライラの主張に、グレイは処置なしというように首を横に振った。グレイと裁判長の目が合う。
 裁判長はカンカンと木槌を打ち鳴らし、判決を言いわたした。

「そなたの弁明には、罪状に対する何らの正当なる理由は認められない。よって王国法の定めるところによって、死刑とする。残り少ない日々、光の神と国民へざんするがいい。これにて閉廷する」

◇◇◇◇
 処刑人に縄で引っ張られ、つんのめった拍子に片方の靴が脱げた。
 それでもお構いなく引っ張られ、ライラはふらふらと群衆の間にできている道を進む。

 目の前にギロチン台が見えてきた。

 そのそばには一人の遺体が布でくるまれている。――アランだった。

 生々しい血の臭いが漂い、人々が狂気に酔ったように騒いでいる。

 アランは腐っても王太子だった人間だ。王家に対するグレイの最後の忠誠心とでもいおうか。速やかな死の与えられるギロチン刑に処せられていた。

 けれどもライラは違う。平民の出で成り上がり、しかも多くの恨みをかっており、そんな彼女にギロチンなどという処刑はふさわしくない。

 処刑人がライラの前で、処刑の宣言をしているようだが、それがまるで曇りガラスの向こうの光景のように見える。
 ぐいっと身体を引っ張られ、舌をかみ切れぬよう猿ぐつわをかまされたままで、身体を太い丸太に縛り付けられる。
 彼女に用意されたのは火刑だった。聖女ならぬ魔女の最後にはふさわしい処刑といえよう。

 身体が持ち上げられた。
 高いところからは人々の様子がよく見える。自分に向かって怒鳴り続ける群衆、物を投げる人々、そして、ギロチン台の下に広がるアランのものだろう黒ずんだ血だまり。

 おかしいわ! 絶対におかしい! だって、私はヒロインなのよ!
 なんでこんな目にあわないといけないのよ! お願い! やりなおさせて!

 涙混じりにそう叫ぼうとしても、猿ぐつわでうまく言葉にならなかった。

 火が点けられる前に、群衆が手に持った石をライラに投げつける。

「いげっ! がもっ、ぁああっ!」

 いや! やめて! 痛い! やめてやめて! ゆるして! あああ。あ――。

 頭に重い衝撃が走り、身体のあちこちをまるで力の強い男に思いっきり殴られたように、身体の芯にまでしようげきが響く。足の骨が折れてジクジクと痛むが、そこへさらに別の石が勢いよく当たる。
 執拗に投げつけられる石に、身体がのけぞろうとするが縛られていてそれもできない。

 内臓を痛めたのか、口から血が噴き出した。額に当たった石で意識がもうろうとしていく。
 延々と石を投げつけられ、今や、ライラの顔はふくれ上がり、身体のあちこちはあざでボロボロになっていた。

 処刑人が大きな声で「止め!」と叫んだ。
 群衆はなおも石を投げつけていたが、騎士たちによって止められていく。
 ライラの前に一人の神官が進み出て、神への祈りを捧げた。
 その間にもさらに薪が積み上げられていき、そこへ油も注がれていく。

 群衆の間から手に松明を持った人々がやってきた。

 しかしこの時、すでにまぶたのふくれ上がっているライラには、ほとんど何も見えなかった。ただ全身を貫くにぶい痛みときよだつかんに、ぼんやりとしているだけだった。
 どんどんと全身に寒気が走り、いよいよ最後の時が近づいているのを悟る。

 ……いやよ。死にたくない。

 その時、一斉に火がくべられた。炎が立ち上り煙と熱気がライラを包み込んでいく。身体を焼く激しい痛みが体を包み、肌に水疱ができてはじけ、中から血の混じった体液が流れだした。
 幸いといえるだろうか。肺のなかに煙が充満して呼吸困難となり必死で息を吸おうと灼熱の空気を吸い込んでしまう。ライラの意識はどんどんと薄れていき、感覚が麻痺していった。

 炎がライラの身体を舐め、飲み込んでいく。美しかった肌が焦げて目が白濁していく。肉と骨が焼ける独特の臭いが風に乗って広がって行く。

 口が勝手に叫び声を上げた。喉が焼け、言葉にならない叫び声が響きわたる。

「ぐおお、おおああぁぁぁぁ!」

 人々は火の中のライラが獣のように叫ぶ姿を見て、熱狂の渦に我を忘れていた。
 の下の筋肉も焼け焦げていく。炭になった肉の下から骨が見えている。彼女はしやくねつごくのまっただ中にいた。
 意識が消え去りそうなとき、ライラはぽつんと胸のうちでつぶやいた。

 ――日本に帰りたい。

 これが後に亡国の魔女と称されるライラの最後だった。

 ゴオオーと燃えさかる炎が、その罪を浄化するように身体を燃やしていく。その身体から魂が煙に乗って抜け出し、どこかへと消えていった。

 抜け殻となった身体はやがて黒々とした炭となり、それでもなお業火に焼かれ続けていた。

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