33.小さな礼拝堂

 まずは、あれからの事を話そう。
 この国は魔王の統治下に入った。けれども魔王は、基本的にある程度の自治を認めるとして、統治院を設置した。王国を新たに12の州に分け、各地域の代表と解放軍の主な人々、――元王国貴族も含め、が統治院の議員となっている。

 初代の議長には父グレイ・スタンフォードが就任。即座に、様々な法律を次々に制定し、魔王の力も借りて、混乱していた旧王国内を安定させた。これから本格的な自治法などの法律の制定に着手するらしい。

 アランとライラ、そして、旧王国の国王夫妻や、マルグリット大臣やグレイツ商会など、ライラの関係者たちは捕まえられて、特別裁判に掛けられた。

 魔王はライラと同郷だったらしく、顔をしかめながらも自分は裁判も処刑にも関わらない。旧王国の法律で裁き、自分には結果だけを伝えるようにと言っていたらしい。

 そして、裁判が開かれた。その判決により、国王夫妻と王太子は断頭台にて処刑。ライラを含めたそれ以外の人々は火刑に処された。

 ライラの死を聞いたセシルは、こみ上げてくる複雑な感情をどうにも表現できなかった。
 ただ「わかったわ」とだけ言って、王都の屋敷にある小さな礼拝堂にしばらく籠もっていた。

 王国の人々を苦しめ多くの悲劇を生んだのだから、その死は当然ではあるが、それでもセシルには彼女らの死を喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 ロナウドも一緒に礼拝堂に入ったものの、セシルのように祈ることはせずに、ただ黙って祈り続けるセシルの背中を見守っていた。

 ――ライラの処刑から一月ひとつきが経った。
 今日、セシルはスタンフォード家領にある小さな修道院に来ている。

 セシルは、白いドレスを身にまとい、侍女にメイクをしてもらっているところだ。
 そこへノックの音がして、白い儀礼用の騎士服に身を包んだロナウドが入ってくる。

「こら。ロナウド。まだお化粧中よ」
「すまん。どうしてもセシルの顔が見たくて」
「ばかねぇ。これからもずっと一緒なのに」

 侍女が、細い筆で眉を丁寧に描き終え「できました」と言った。
 お礼を言ったセシルが、ロナウドに振り向く。

「ふふふ。なにその衣装。似合わないわね」

 途端にガクッと崩れそうになったロナウドが、
「お前なぁ。よりによってそういうことを言うか? それもこれから結婚式だっていうのに」
と文句をいうと、セシルがくすくす笑った。
「だってさ。いつもの方がカッコいいって」

 その言葉に、ロナウドは苦笑いを浮かべた。
「そっか。……でも、セシルは似合ってるよ。なに着ても綺麗だけどな」
「まあね。それは認める」
「……お前なぁ」
「うそうそ。冗談だって!」

 そんな話をしていると、今度はセシルの両親がやってきた。
 部屋の中にロナウドがいるのを見て、グレイのこめかみに青筋が浮き上がり、母メアリーは「あらあら」と言いながら涼やかに笑った。

「じゃ、じゃあ、そろそろ時間だから控え室に戻るぜ」

 あわててロナウドがグレイの脇を通り過ぎて出て行った。
 その背中を見て、セシルがまたおかしそうに笑う。

 ああ、幸せだ。こうしてロナウドと結婚式だなんて。

 ロケットペンダントの君に遠慮して、嫉妬して、我慢していた時のことが遠い昔のように思える。

 ……まさか私だったなんてね。

 ふたを開けてみれば、ずっと自分で自分に嫉妬していたのだ。
 5年も互いに思い合い、かれつつも、2人とも本心を打ち明けることをしなかった。
 随分と遠回りをしてきたものだ。

 式の準備が整い、セシルは、父と母と一緒に控え室を出た。

 案内にしたがって、父と並んでこじんまりとした礼拝堂に入っていく。

 祭壇には神を示す円盤のシンボルが輝き、檀の下の赤いじゅうたんではロナウドがセシルを待っていた。
 列席者は父と母をのぞいて、わずかに2人。スチュアートの妻と子だけだった。

 父に導かれながら、ゆっくりと歩いてロナウドのそばに行く。並んで正面を向き、父はそのまま参列者の席に行き、母の隣に立った。

 昔からスタンフォード家に仕える神官が、おごそかに祝詞を述べ、決められたとおりに式が進んでいく。

 いよいよ誓いのキスになった。

 ベール越しにロナウドがまっすぐにセシルを見ている。ロナウドの手がゆっくりと伸びてきて、ベールが持ち上げられていく。
 その向こうには、どこか緊張した面持ちのロナウドの顔があった。けれどもセシルの目には、まるで後光が射しているようにロナウドが輝いて見える。

 愛する男。自分の運命の人。――これからも共に歩んでいく相手。

 澄んだ瞳がセシルを見つめている。いつもより深い色をたたえているように見えるロナウドの瞳。その目を見ていると、彼の心に吸い込まれていくような気がする。

 ――愛してる。愛してるよ。……セシル、愛してる。

 ふとロナウドの心の声が聞こえた気がした。
 それと同時にロナウドがそっとセシルのひじをとった。

 セシルの目にはロナウドしか見えない。2人だけの世界にいるような感覚。その中で、愛おしさがつのっていく。
 そっと目を閉じたセシルの唇に、ロナウドの唇が重なった。

 重なる唇に、ぬくもりに、喜びが湧き上がってくる。心が愛に満たされ、通じ合って、男と女という区別もなく、ただそこには愛だけがあるような不思議な感動に包まれた。
 身体が、心が、ただひたすらに満ち足りた感情に包まれる。

「おお!」
 その時、神官が場違いな驚きの声を挙げた。思わず唇を離して神官を見る二人だったが、すぐに不思議な光景に目を見張った。

 祭壇のシンボルから、キラキラと光の粒が降りてきて、2人の目の前に集まっていく。

「こ、これは?」

 次第に強くなっていく光が、やがて一本の剣となった。

 ぽかんと口を開けているロナウドが、
「まさかこれ……、聖剣?」

 セシルも呆然としていたけれど、その光の剣はすっとロナウドの前に浮かんでいる。……まるで自分を取れというように。
 おそるおそるロナウドがその剣を持つと、すっと光は収まっていった。そこにはシンプルなさやに納められた直剣があった。

 ぼうぜんとしていたロナウド。セシルが居住まいを正して、
「聖剣はあなたを選びました。勇者ロナウド。……あなたはその剣をどうしますか?」
とたずねる。

 ハッとしたロナウドは、その場にひざをついて手にしたばかりの聖剣を捧げ持つ。まるで騎士の誓いをするかのように。
「俺の――私の剣はあなたに捧げる。セシルを守るために俺はこの剣を振るうことを誓う」

 セシルは捧げられた聖剣を取らなかった。

「わかりました。あなたの誓いを受けます。……でもね。私の騎士になることは認めないからね」

「ええ?」
 予想外だったのだろう。膝をついたままで、ロナウドがぽかんとした表情でセシルを見上げた。
 その顔を、セシルは、両手で挟んでグイッと引き寄せてかがみ込んだ。

「私の騎士じゃなくて、私の夫として私を守りなさい。私はあなたの妻としてあなたを守るから。死が2人を分かつまで、私たちは一緒に歩き続けるのよ。――これはその誓いのキス!」
 ぎゅっと今度はセシルからロナウドにキスをした。

 コホンとせきばらいの音がして、すっと2人が離れると、壇上の神官がニッコリと笑っている。
「誓いのキスが交わされ、婚姻は成りました。光の神のご加護がいくひさしく2人にありますことをお祈りします」

 参列者が一斉に拍手をした。
 その拍手の中でロナウドが聖剣を手に立ち上がり、二人一緒に振り返った。

 父と母、スチュアートの妻と子ども。そして――。

 セシルの目には、ステンドグラスから差し込む光の中に、拍手をしているスチュアートの姿が見えた。

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