02 港町コーンウェル

 一人の少女が集団の先頭になって走ってきた。

 「カレン様! ジュン先生!」

 猫人族の元教え子のチータだ。……おや? その後ろから三人の男性がついてきている。

――ラムド――

 種族:狼人族 年齢:62才

 職業:狼人族族長 クラス:拳闘士、政治家

 称号:狼人族族長、風の牙

 スキル:体術5、高速機動3、交渉3、鑑定3、身体強化、経済知識2、農業知識3、生存術4

――リリル――

 種族:狼人族 年齢:22才

 職業:狼人族警備隊員 クラス:拳闘士

 スキル:体術3、高速機動1、身体強化、生存術3

――ルンザ――

 種族:狼人族 年齢:19才

 職業:狼人族警備隊員 クラス:拳闘士

 スキル:体術3、高速機動1、身体強化、生存術3

 ほお、狼人族っていうのは初めて見たな。見た目では犬人族と全然見分けがつかない。

 こっそりカレンに聞いてみたところ、血統としては狼人族から犬人族が分科したそうで、ほとんど親戚関係になるそうだ。

 ハイエルフのカレンを連れていたため入港はほとんどフリーパス状態となり、テーテュースを小さくしてからコーンウェルの街に入った。

 船があっという間に小さくなっていくのを見て、港の管理員もチータたちも目を丸くしていた。カレンはそれを見て微笑んでいた。まあ、カレンもベルトニアでものすごく驚いていたからね。

 港と街の境目にある石壁を抜けると、広場の向こうに森と一体化しているかのような町並みが現れた。

 真っ黒な影になっている木々の切れ間から満天の星空が覗いている。

 春から初夏にかかろうかという時期だというのに、昼間の熱気が肌にまとわりつくようだ。この蒸し暑さは熱帯の森特有のものだろうか。木々と家並みを切り開くかのように、真っ直ぐな通りがいくつか見える。

 通り沿いに設置された街灯にぼんやりと照らされた町並みを見ていると、まるでどこかの絵本の中に入り込んだように錯覚してしまいそうだ。

 チータたちが用意してくれていた宿は、港から歩いて十五分ほどのところだった。

 ちなみにチータと一緒にいる狼人族の男性は、ナビゲーションで確認したとおり壮年のラムドという男が族長をしているそうで、リリルとルンザという青年二人がその息子だそうだ。

 この三人は、ゾヒテの獣王会議の命を受けて出迎えに来ていたそうだ。

 今までに出会ったのは犬人族と猫人族くらいしかいないが、獣人族といっても多くの種族がいる。そのほとんどがこのゾヒテに住んでおり、彼らとともにエルフたちが住んでいるらしい。

 ちなみにドワーフは東の大陸にまとまって住んでおり、ゾヒテにはほとんどいない。

 ゾヒテの統治体制は、強力な六種族の族長からなる獣王会議による合議制だ。

 今の六獣王は、獅子王ライオネル、猿猴王ゴクウ、猛虎王ティガロ、雷角王ライノ、白狼王ガンガリン、石竜王シノンであり、六獣王をとりまとめる首長はエルフが務めている。

 なおハイエルフは別格で政治には関与せず、祭祀を司るとともにハイエルフ自身が世界樹の化身として崇められている。

 獅子人族や虎人族から分科したのが猫人族であり、狼人族から分科したのが犬人族というように、獣人族全体を系統立ててみると、六種族から様々な種族へと細かく分かれるわけだ。

 これは長い歴史の中で、人や他の種族との交配が進んだり血がうすまったりした結果らしい。六種族はそういった意味からも、大本の血統に連なる本流として、所属する各種族の代表でもあり明確な上下関係があるそうだ。

 ただし、そうはいっても基本的に獣人族は脳筋なので強い者が正義という風潮があり、種族を誇る人はいない。そのため下位種族や人族であっても強者は尊敬されるそうだ。

 ちなみにゾヒテ最強は獅子王ライオネル。別名勇者王と称えられる獅子人族の族長だ。その次に他の五獣王がつづき、さらにゾヒテ九鳳と呼ばれる猛者がいるらしい。……うん。なんとか四天王とかも居てもおかしくなさそうだね。

 ちなみに獣王は種族的な縛りがあるが、ゾヒテ九鳳にはそのような縛りはない。ゾヒテ九鳳の一人を決闘で倒して入れ替わる形で初めて選ばれるシステムだ。そのため、交代するときは次々に交代する時があるらしい。

 と、まあカレンから教わったことを復習している間に、宿のチェックイン手続きが終わったようだ。

「さあ、皆さん、お疲れ様です。お部屋の用意はできておりますが、そのまえに少しこれからの予定を説明させて下さい」

 チェックインの手続きを終えたチータが、手近な席に座っていた俺たちのところに戻ってきて、そう言った。

「では改めまして、カレン様、お帰りなさいませ。ジュン先生、ノルン先生、ヘレンさんにサクラさん、シエラさん。ゾヒテにようこそ。皆様を歓迎いたします」

 チータはそういうとペコリと頭を下げた。ふふふ。学生の時とは違った雰囲気で、くすぐったい気持ちが湧いてきた。確か彼女はカレンの従者なんだよな。本来は。

 チータは顔を上げてリリルに合図をすると、リリルはゾヒテの地図をテーブルに広げた。

 俺たちはその地図を囲んでのぞき込む。どうやらチータが指を指しているところがコーンウェルらしい。

「ここが今いるコーンウェルです。今日はこのままお休みいただいて、明日の昼頃に出発します。行き先はハイエルフ様の里です」

 そういってチータが地図上に指を滑らせて、ゾヒテの中心地を指す。

「ここです。世界樹の樹上になり、まずはそこでカレン様がハイエルフの族長様にご報告をされます。コホンっ。……その時に、掟に従い、ジュン先生との婚約が正式に成立されます」

 そこでカレンが横から口を出した。

「ジュン様。緊張されなくても大丈夫です。オババ様はわかってくださいますし、みんなも……、むしろ面白がります。た、ただ、父と母へのご挨拶はきちんとしていただきたいでしゅ」

 あ、かんだ。……え.っと、ご挨拶って結婚の挨拶ってことだよな。

「ああ、わかったよ。カレン」

 カレンは照れて赤くなっている。そのカレンを、チータやノルンたちはほほ笑ましそうに見つめており、狼人族の人たちは面白そうに見ていた。

 チータは再び咳払いをすると、再び地図の一角を指さした。

「カレン様の旦那様になられるのですから、ゾヒテはみなさんの家と思っていただいて結構ですよ。

 その後ですが、世界樹の下で獣王会議が開かれますので、そこでみなさんをご紹介します。それからの予定は特に決まっておりませんので、みなさんの希望をお聞きします。……あ、それと、伯父のティガロが皆さんを一族の里に招待したいそうです」

 チータの伯父さんっていったら猛虎王ティガロさんだ。

 ということは虎人族の集落へ訪問は決定だな。後は美味しいものとか、景色のいいところとかかに行くとしようか?各種族の村巡りも楽しそうだ。

 みんなはどうだろう?そう思って顔を見回すと、キラキラした目で地図を見ていた。

「どうだ?みんなはどこか他に行きたいところとかあるか?」

 すると真っ先にサクラが手を挙げた。

「はい!マスター。私は美味しいものが食べたいです」

 次にノルンが顔を上げた。

「私は世界樹をじっくり見てみたいわね」

「私もよ。ジュン」

 どうやらノルンとヘレンは世界樹に興味津々のようだ。とすると残りはシエラか。

 そう思ってシエラの方を見ると、シエラはじっと地図の一角を真剣に見ている。

「どうした?シエラ」

 声をかけると、シエラは恐る恐る俺を見あげた。

「ジュンさん。ちょっと遠いのですが私はここに行きたいです」

 ふむ。シエラの指さしたところをを見ると、そこは島の西部にある河川地帯だった。……ここに何かあるのか?

 そこは大小いくつもの湖とそれらを繋ぐ多くの川が描かれている。

 そこを見て、チータが難しそうな顔をする。

「う~ん。そちらは私たち獣人族の管轄外なので……、ですがシエラさんなら」

 俺は不思議に思った。「なあ、ここに何があるんだ?」

 するとシエラが、

「私も話にしか聞いたことがないんですが、ここに水竜王アクアヴィータ様がいらっしゃるんです」

「水竜王。そうか。確かに会いに行ってみたいな」

「はい。タイフーン様から竜王様たちに会いに行くように言われていますし」

 シエラの返事に、チータも頷いた。

「わかりました。風竜王様の指示やシエラ様の事情もありますから、大丈夫だと思います。……ただ、私は行ったことがないので別の人がご案内することになるかと」

 どうやら獣人たちも水竜王は尊敬しているようで、この湖沼地帯は世界樹と一緒で一種の聖地となっているようだ。もっとも、こっちにはタイフーンの指示を受けたシエラがいるから、それも問題ない。

 というか、シエラの修業を完成させるためにも是非行かねばならないだろう。

「ありがとう。チータ。いろいろとお世話になるけど、よろしく頼むよ。……そちらのラムドさんにリリルさん、ルンザさんも」

 俺がそう言って頭を下げると、チータは慌てて手を横にぶんぶんと振っている。

「そんな!私こそ、エストリアではお世話になりましたし……。カレン様と結婚されるのですから、気にしないで下さい」

 ううむ。どうやらハイエルフはやはり別格の扱いをされているようだ。今更ながら、俺なんかが相手で良かったのだろうか?

 配られたお茶を飲み説明も終わりとなったので、それぞれの部屋に引き上げることとした。

 ちなみに今日は俺は一人部屋、女性陣が二人部屋を三つで、狼人族は三人部屋のようだ。カレンとチータは一緒の部屋で女子トークを広げるらしい。

――――

 俺は一度部屋に戻って荷物を置くと、再び一階の酒場に降りてきた。

 時間にして、すでに夜の十一時。

 他のお客はすでに引き上げてしまっているが、厨房の方ではまだ宿の人が朝の下準備をしている。

 申し訳なく思いながらも、カウンターから厨房に声をかけてゾヒテのお酒を注文した。

 お酒が来るのをぼんやりと待っていると、階段から二人の女性がやってきた。

 ノルンとヘレンだ。二人は俺を挟んで両隣に座る。

 しばらくして男性が酒瓶とグラスと枝豆らしきつまみの入った皿が運ばれてきた。ちゃんと人数分のグラスが用意されている。

「すまないな。もう遅いもんで、こんなものしかない」

 そう言ってきたが、申し訳ないのは俺の方だ。

「いいえ。こっちの方が無理言っちゃって。……後はもう注文はないですし、終わったらカウンターにお皿とか置いておきますから」

といって先に支払いを済ませる。

 男性はチラリと左右の二人を見て、「どうぞごゆっくり」といい、スマートに厨房に戻っていった。

 早速、グラスとグラスを軽く当てて三人で乾杯する。

 ヘレンが、

「なんだか、ルーネシアとは違った意味で開放的で、ゆったりできそうな国みたいね」

といって柔らかく微笑んだ。

 オレンジ色のランプの明かりに照らされて、どこかリラックスした表情になっている。

「俺たちにはこういう雰囲気の国の方が合ってるかもな」

 そういってグラスを傾けると、右側のノルンが俺にしなだれかかってきた。

「ルーネシアは楽しかったものね」

俺はノルンの髪を撫でた。

「またルーネシアに行こうぜ。……今度は物件を探して転移魔方陣を設置しよう」

 反対側からヘレンももたれかかってきた。上目遣いで俺を見上げる表情が色っぽい。……聖職者のはずなんだが、魔族の血がそうさせるのだろうか。

「どうせなら世界中に設置しましょうよ」

ははは。そうだな。そうすれば魔族自治区にもすぐに行けるし、何だか夢が広がる。

「転移もいいが、そこに至る旅もいいもんだぜ?」

 確かに転移魔方陣は便利だ。ただ、テーテュースでの船旅もそれはそれでいいし、アークの大陸横断鉄道の旅も風情があっていいものだと思う。

 そう思いながら、俺は左手を伸ばしてヘレンの肩を抱いた。ヘレンが「そうね」笑みを浮かべた。

 ゾヒテの甘い夜が更けていった。