05 大地のおへそ

 それから二日間が過ぎた。

「そろそろ大地のおへそが見えてくるはずです」

 前を歩くカレンが、後ろを向いて教えてくれた。

「大地のおへそ?」

 ノルンが聞き返す。すると、その隣を歩いていたヘレンが、

「あら?しらない?有名な巨大な一枚岩よ。ゾヒテの有名な観光地の一つね」

 ふ~ん。大きな一枚岩っていうとウルル(旧名エアーズロック)みたいなものか? 確かあそこはアボリジニの聖地だったはず。

 チータがカレンの補足をする。

「獅子人族の聖地でもあるんですよ。なんでも大地はそこから生まれたとか」

 ウルルに行ったことのない俺としては、是非とも見てみたい。その思いを感じたのか、カレンが、

「ちょうど世界樹街道の中継地点ですから、今日はそこで一泊しましょう。……それに獅子王ライオネル様にも挨拶しておいた方が良いでしょう」

と言った。

 獅子王ライオネルはゾヒテ六獣王の筆頭だ。獅子といえば百獣の王。獣人たちのなかでも同じ位置づけであれば、その王はきっと凄まじく強いのだろう。

 カレンがにっこり笑う。

「心配はいりませんよ。そもそもライオネル様は戦闘力こそは他の獣王に譲りますが、その心髄はどんな困難にも決してくじけることなく、皆を導いていく勇気の王ですから。……それに奥さんに頭が上がらない恐妻家でも有名です」

 ほっ。どんな勇者も妻には勝てないのか? ……この話題はやめておこう。なんだかブーメランになって返ってきそうだ。

 何となく獅子王ライオネルに親近感が湧いてくる。うん。なんだか楽しみになってきたぞ。

 そのまま街道を歩いて行くと森が途切れて急に開け、綺麗に整備された公園のような風景が広がった。遠くにまるで山のように巨大な赤茶けた岩が見える。……おお! 本当にウルルみたいだ。

 どうやらこの公園のような一帯はすべて獅子人族の集落になっているようだ。なかなかの規模の町だ。

 入り口には二本の大きなトーテムポールが立っていて、そこに二人の屈強な獅子人族の男が警備をしていた。

 そのうちの一人が、

「ようこそ。我らの聖地へ。客人よ」

とにこやかに俺たちに話しかけた。チータと犬人族のリリルが、

「ありがとうございます。私はチータ。ハイエルフのカレン様とそのお客人を案内してまいりました」

「ふむ? ハイエルフ様のお客人とな? しばし待たれよ。今、ライオネル様にお取り次ぎしましょう。……おい!」

 そういうともう一人の獅子人族の男が集落の中へと走って行った。

 俺たちは連絡に行った男が帰ってくるのを待ちつつ、集落の様子を眺める。

 大地のおへそと呼ばれる巨大な赤茶けた岩が、澄んだ青空に映えている。道行く獅子人族の男は誰もが皆、屈強な体つきをしており立派なたてがみをしている。女性もしなやかな体型の人が多いように見受けられる。

 ようやく男が戻ってきて、そのまま俺たちを案内してくれるようだ。

 俺たちは、その獅子人族の青年の後ろについて行くと、一つの大きな木造の屋敷に到着した。。無骨なつくりだが外には五色の旗が風にたなびいている。

 入り口にはやはりトーテムポールのような柱が立っていて、ここが特別な建物であることは明白だ。……おそらくここに獅子王ライオネルがいるのだろう。

 そのとき、扉を開けてひときわ立派な体つきの壮年の男が出てきた。立派なたてがみをしていて、全身から漂う迫力が尋常じゃない。その威圧感はまるで猛虎王ティガロのようだ。

――獅子王ライオネル――

 種族:獅子人族  年齢:四〇才

 職業:族長  クラス:拳闘士

 称号:獣王、勇者王、守護者

 加護:世界樹の加護

 スキル:体術5、拳術5、剣術5、咆吼4、高速機動5、覇気4、身体強化、生存術3、直感4、自然回復、気配感知、先読み

 ユニークスキル:不撓不屈ふとうふくつ

 おお! 文句なしに強い。それにこのユニークスキル。効果は……、

――不撓不屈:仁の心で弱き者を守るために、自己より強者に立ち向かうとき、スキルレベルが一段階上がる。

 すごい……、勇者王の名に恥じないスキルだ。これが獅子王ライオネルか。

 今までナビゲーションでステータスを確認できたなかでは最強だ。

 ライオネルが手を広げて、

「ようこそ。我らの集落へ」

と歓迎してくれた。

 カレンとチータが前に出る。

「ありがとうございます。獅子王ライオネル様」

 ライオネルはにこやかに二人を見て、そして俺を見た。その目がキランっと光ったように見えた。

「お客人の皆様も。ようこそゾヒテへ」

 俺はカレンと並んで、

「歓迎していただき、ありがとうございます。エストリアのランクA冒険者ジュン・ハルノです。こちらは私のメンバーです」

と挨拶をした。

「歓迎しますぞ」

とライオネルが右手を出してきたので、俺も右手で握手をする。その瞬間、ライオネルの闘気が俺に叩きつけられた。俺はそしらぬふうを装って、ライオネルの目を正面からのぞく。

「お戯れを」

と言うと、ライオネルは闘気を止めて、ニヤリと笑った。

「……ふふふ。ははは。なるほど、なるほど。確かにカレン様が夫に選ばれただけはありますな」

――――。

 ライオネルが祭壇の手前で振り向いた。

「さあさ、みなさん。ここが我らの聖地大地のおへそです」

 今、俺たちは赤茶けた巨大な岩の上にのぼり、その中央の祭壇の所にいる。森の木々の上に世界樹が圧倒的な質量を持ってそびえているのがよく見える。

 ライオネルの説明が続いている。

「言い伝えでは、世界は海に囲まれ、この大地のおへそだけが海上に頭を出していたと言います。

 そして、この大岩の上に創造神様と三柱の神が並び立ち、目の前の海にトリスティア様が石を投げ込んだそうです。投げ込まれた石が海底につくや、みるみる海底が隆起して今のエストリア=ウルクンツル大陸、南北アーク大陸になったのです」

 ライオネルは大きな手を世界樹の方へ伸ばす。

「最後にこの大岩の周りの大地が隆起してゾヒテ大陸となり、創造神様が一本の苗木を植えられました。その苗木こそ、あちらに聳える世界樹です。……我々ゾヒテの民は、世界樹の導きに従い、この大岩を世界創世の地として崇めているのです」

 創世神話としては突っ込みどころはあるものの、なかなかに興味深い話だ。改めて遠くの世界樹を眺める。

 まだまだ距離があるために細部はかすんでしまっているが、幹だけで直径何キロメートルあるのか想像もつかない。張り出した枝の下に東京都がすっぽり入ってしまうんじゃないだろうか。

 カレンが俺のそばにやってきた。

「ハイエルフである私は、ほとんど世界樹を降りたことがなかったので、ここに来たのも初めてです。迫力があって、不思議なエネルギーを感じるような気がしますね」

 なるほど、確かに大自然の力のようなものを感じる気がする。きっとウルルにも劣らない絶景といえるだろう。

 ライオネルが説明を続ける。

「毎年、正月には我ら六獣王をはじめとする多くの民が、ここに巡礼に来ます。そして、ここを訪れた後に世界樹に向かうのです。いわばゾヒテの巡礼ルートというわけですな。……では行きましょう」

 ライオネルはそういって階段を降りていき、みんなも順番についていった。

 俺は、ふとゾヒテの森林の方を眺めると、森の木々の上に何やら不穏な気配が漂っているような気がした。何かが起きるような予感とでも言えば良いだろうか。

 その時、ノルンから、

(薄い瘴気が森に漂っている気がするわ)

と念話が届いた。……もしやそれが世界樹の異変の原因かもしれない。

 俺は気を引き締めて、階段を慎重に降りていった。

 それから俺たちはライオネルと簡単な食事をし、近く行われる獣王会議――そこでカレンとの婚約が正式に発表される予定だ――での再会を誓って集落を出た。

 獅子人族の人たちに見送られ、再びゾヒテの森の中の街道を歩き始めた。