05 臨時講師の説明と初めてのホームルーム
「おお。よく来て下さいました。」
事務局で俺たちを待ち構えていたのは、チャンドラさんの人の良い笑顔であった。
そのまま応接室に連れて行かれ、ノルンに担当するクラスと授業のスケジュールの説明がされた。
担当するクラスは、魔法部高等部の3―8組。この高等部3年生は、1クラス32名で全部で10クラスある。学生のランクによってクラス分けがされており、1、2、3……の順番でランクが下がっていく。つまり、8組は下から3番目のクラスというわけだ。
ランク分けされているにもかかわらず、不思議とどのクラスも男女比は同じくらいであるが、上位のクラスほど貴族やその従者の子供が多い。8組は、男子15名、女子17名で、ほとんどが商家の子供ということだ。
魔法は、個人個人の向き不向きがあり、ランク付けの基になる成績は、座学の成績のほかに実戦の項目がある。具体的には、その学生自身の魔法の資質に加え、最も得意な魔法のパフォーマンス、そして、学生間の実戦形式のバトルなどである。
学生自身の魔法の資質とは、魔力量、魔力強度、魔力変換速度と魔法制御の正確さなどが評価対象であり、魔力量だけは生来の資質があるが、それ以外は本人の努力で強化される。
今は、年が明けた1月の20日で、一ヶ月後の2月20日から7日間かけて卒業試験が行われる。卒業試験は、初日に座学が行われ、2日目は個人の魔力測定など、3・4日目が個人のパフォーマンス試験で、5~7日目までがトーナメント方式の実戦が行われる。3日目のパフォーマンスからは学園にある競技場で行われ、学園生やその父兄のほかにも多くの観客が押し寄せるらしい。優秀な学生は、このパフォーマンスと実戦で実力を見込まれ、卒業後にスカウトされることもあるので、どの学生も真剣に臨んでいる。
一日の流れは、朝礼の後、午前は2コマの授業があり、昼食を挟んで、午後は1コマの授業がある。午後の授業の後、再び教室に集まり、連絡事項の伝達が行われて解散となるらしい。
ノルンが受け持つのは、魔法学と魔法実技の2コマだ。どちらも卒業試験に関わる科目である。最後の一ヶ月は、試験対策として放課後に訓練する学生も多く、ノルンはクラス担任として、その訓練の監督もおこなわねばならない。
相変わらず前任者の失踪はよくわかっていないようだ。こちらは王都の警備隊が捜査を担当しているようで、それほど情報が入っているわけではないとのこと。
説明が終わると、丁度よく朝礼の時間が近づいているので、チャンドラさんは、早速、担当するクラスへと案内してくれた。
事務局棟から学園入り口に戻る道をたどり、入り口脇の左側が高等部棟である。3-8は、その3階にある。
チャンドラさんの先導で階段を上り、俺たちは3-8に入った。
ドアを開けると、そこは戦場だった。
ガララ―っ …………バシャっ!
ドアを開けた瞬間に飛んできた何かが、先頭に立っていたチャンドラさんに当たる。
後ろから見ると、何か白い物がチャンドラさんの頭や服にべっちゃりと付いている様子がわかる。
「……あ。」
教室内の誰かが呟いた言葉が、何故かよく聞こえた。
教室内の生徒も、入り口にいる俺たちも、そのまま5秒ほどフリーズした。
「…………クソガキどもが。……クリーンウォーター。……ホットブレス。」
チャンドラさんがなにやら呟くと、チャンドラさんの足下から水が這い上がり、チャンドラさんについた汚れを落としていき、再び足下に消えていった。つづいて、チャンドラさんを中心とする半径60cmの範囲に竜巻が起こり、3秒ほどで唐突に消えていった。
風が収まると、どうやらチャンドラさんの汚れは落ち、付着物もどこかに行ってしまったようだ。魔法万歳!だな。……ちなみにクリーンウォーターとホットブレスをノルンたちが使っているのを見たことがないが、便利そうだから今度覚えてもらおう。
再び時が動き出したように、チャンドラさんを先頭に教室に入る俺たち。そして、教室のあちこちに立ったり、座り込んだりしていた学生は、俺たちを見て目を丸くしている。
その様子を見て、俺には前任者失踪の謎が解けたような気がした。これは確実に学級崩壊しているな。……やれやれだ。
「うおおー。美人だ!」
ノルンたちを見た男子学生がいきり立つ。それを見た女子生徒はおもしろくなさそうだ。
「とにかく座れ!説明をするから!いいな!」
チャンドラさんが、手をパンパンっと叩く。学生たちはのろのろと近くの席に座った。
全員がとりあえず座ったのを確認すると、チャンドラさんが俺達の紹介をする。
「いいか!ここにいるのがお前らの卒業までの臨時の先生だ。ノルンさんだ。ランクAのプロの冒険者だ。そっちにいるのが同じパーティーのメンバーで、ノルンさんが臨時の先生をしている間は、ノルンさんの補佐をすることになっている。もちろん、全員がランクAだ。順番に紹介しよう。ジュンさん、ヘレンさん、サクラさん、シエラさんだ。
とはいっても、担任はノルンさんになる。いいな。」
チャンドラさんは、人の良さそうな外見からは想像もつかないような、大きな声で説明をした。この人は、本当は体育会系なのかもしれない。
チャンドラさんが、教壇から降りると、次はノルンが教壇に立ち、学生たちを眺めた。
「私が、卒業するまでの短い間ですが、あなたたちの担任になるノルンよ。よろしくね。」
ノルンの挨拶が終わったとたん、男子ははやし立てる声を上げ、女子はキャーキャーいっている。非常に騒がしいと思って見ていたら、ノルンがおもむろにハルバードで床をトンっと軽く打った。
すると、学生たちの足下が一瞬光ると、学生たちが飛び上がった。
「きゃっ!」「いてぇっ!」
どうやらノルンが、ごくごく弱く電撃魔法を放ったようだ。さすがノルン。こういう奴らに舐められないように、実力を示そうというわけだ。ま、電撃魔法はやり過ぎのような気もするが、中には顔を赤らめてハアハアいっている奴もいるようで、不安になる。
「うるさいわよ。……今日の一時限目と二時限目はあなたたちの実力を見せてもらうわ。一時限目は一人一人の魔力量などの測定をします。二時限目は一人一人の得意な魔法を実演してもらうから、そのつもりで。」
ノルンの宣言が終わると、チャンドラさんも安心したのか、俺達に後をお願いすると、教室を出て行った。
「では、10分。休憩よ。外の校庭に集合すること。そのとき、魔法の実演に媒体が必要な人は、それらも持参すること。いいわね?じゃ、解散!」
指示を出し終えたノルンは、颯爽と教室を出るので、俺達もそれに続いた。
俺達が出た後の教室からは、ざわざわという声が聞こえてくる。さ、奴らはどう出るかな。
俺達は冒険者として活動してきたが、学園で教える魔法、生徒たちが使う魔法ってどんなものか。密かに次の授業を楽しみにしながら、俺達は校庭に向かった。