11 西へ向かえ

――――。

「ふん!」

 黒ずくめの服を着た男が道ばたに唾を吐き捨てた。

 その後ろには、まるでボロぞうきんのようになった男が倒れている。その耳から豹人族の獣人であることがわかる。

 黒ずくめの男は、

「銀狼王といい、ゾヒテ九鳳といい、どいつもこいつも手応えがなさ過ぎる。……どこかにこの俺を満足させる武人がいないものか」

とつぶやいた。

 頸をコキコキとならして林に踏み入ったとき、頭上から、

「ベリアス。調子はどうだ?」

と声がする。ベリアスと呼ばれた黒ずくめの男がつまらなさそうに上を見上げると、そこには同じように黒ずくめの服を着た女性の姿があった。

「モルドか。調子もくそもねえぜ。弱っちい奴らばっかりだ」

と吐き捨てると、頭上の枝に腰掛けていたモルドと呼ばれた女性は、

「ふふふ。我らに比べるのは詮無きことよ。それよりもちゃんと世界樹に瘴気を打ち込んでるんでしょうね?」

と笑いながらもギロリとベリアスをにらみつけた。

 ベリアスは肩をすくめ、

「さすがに、真っ正面からあの結界をぶち抜くのは無理だ。だがあれは外部の祭壇と連動している。先に外部の祭壇を瘴気で満たし、それから結界を破壊してやるさ」

と告げた。

 モルドは、

「ふうん。なるほどね。……ま、いいわ。好きなようにすればいい。ただグラナダやピレト、ゴルダンとやり合った冒険者がこっちに来てるみたいだから注意なさいよ」

 ベリアスは獲物を見つけたようにニヤリと笑みを浮かべた。

「ほう? そんな奴らがきてるのか。……くっくっくっ。そりゃいいことを聞いたぜ」

「遊ぶのも大概にしなさいよ。……私もそろそろウルクンツルに行くからね。こっちはしっかりやんなさいね」

 念を押すモルドに、ベリアスは、

「はいはい。わかってますよ」

とおどけた。モルドはそれを見てフッと笑うと、すうっとその体が消えていった。

 それを確認したベリアスは、面白そうに笑みを浮かべると、

「んじゃま、いっちょやりますか。次は獅子人族の王ライオネルに大地のおへそだな」

そういうと軽い足取りで林の中に消えていった。

――――。

 目指す水竜王の住みかはゾヒテ西部の湖沼地帯だ。

 残念ながら、ゾヒテの獣人であってもおいそれと足を踏み入れることができない場所らしいが、その近くまでは世界樹街道の一本がのびている。

 出発のために樹上のエルフの集落から階段を降りていると、ノルンが、

「一度でも行ったことがあれば転移ができるんだけどね」

とつぶやく。今回は、できれば急いで行きたいところだが、できないことは仕方がないだろう。神船テーテュースもこれだけ木々が密集している中では巨大化させるわけにはいかない。

 ノルンが、

「やっぱり馬で行くしかないわね」

「……ノルン。焦りは禁物きんもつだ。とにかくできることをしようぜ」

「ジュン。…………そうね。ありがと」

 なまじ転移魔方陣の構築とかできるから、内心では忸怩じくじたる思いがあるのだろう。

だが、焦ってはダメだ。

 一番先頭を歩くカレンが、

「ノルンさん。大丈夫ですよ。それにゾヒテの馬はねばりづよく、結構速いですよ」

と振り向いて、「ほら」と階段下を指さした。

 まだ地上まで10メートルくらいあるが、眼下では俺たちの人数分の馬をエルフが用意しているところだった。どの馬も引き締まった肉体をしているが、サラブレットのような足長ではなく、どちらかといえば道産子のような小型の馬だ。

 どことなく人なつっこい目をしているようだが、あんなに小さくて大丈夫なのか? まあ、俺たちのチームで重そうなメンバーはいないが……。いや待てよ。確か道産子は武士を乗せて山や谷に活躍した馬と同じルーツで、スタミナが結構あったはずだ。

 軽快に階段を降りるカレンが、

「ゾヒテ種は、体は小さくともパワーとスタミナはどこにも負けません」

と言って、下の馬に手を振った。

 地面に下りたカレンは、エルフの引いてきた白毛の馬の頬を撫でてから、手綱を受け取り、さっと馬に乗った。

 俺たちも順番に馬に乗る。……うん。背が低い分、安定しているような気がする。

「よろしく頼むぜ」

 そういって、首筋を撫でてやった。カレンが、見送りに来たチータに、

「チータ。あなたはここで世界樹の守護を頼んだわよ」

「はい。カレン様! ……ジュン様。カレン様をよろしくお願いします」

 俺はチータに向かってサムズアップをして、

「まかせろ! 俺の女は俺が守るさ」

と言うと、カレンが真っ赤になった。……初々しいね。ノルンたちは平気な顔をしているが、内心ではちょっと得意げだ。

 チータは息を吐くと、

「ご馳走様です。では、リア充はさっさと逝ってください」

と一礼した。……今、言い間違えたんだよね?

 ノルンが苦笑しながら、俺の背中をぽんと叩くと、まだ赤くなっているカレンの脇を通り過ぎて、

「お先に!」

といって進み出した。そのすぐ側を、真紅のフェリシアが飛んでついていった。

「おいこら! 待てよ! ……じゃあ、チータ。行ってくるぜ!」

と俺も慌ててノルンを追いかける。カレンとヘレンたちも後ろから馬を走らせてきた。

――――。

 ジュンたちが出発するのを見送ったチータは、そっと両手を合わせて、

「行ってらっしゃいませ。カレン様に先生たち。ゾヒテを、世界樹をお守り下さい」

と祈る。

 その頭上を、さあっとそよ風が通り過ぎ、木々が揺らめいた。枝の隙間から漏れる木漏れ日が、祈りを捧げるカレンにまだらの影を投げかける。

 その姿はまるで教会で祈りを捧げる一人の女性のようだった。

――――。

 馬に乗ったまま世界樹の結界を抜け、スピードを緩めずに西へ向かう。

 先頭を行くノルンが、どうやら風魔法と回復魔法を馬たちにかけているようで、蒸し暑い時期にもかかわらず、涼しい風が俺たちを包んでいる。

 最初の休憩地点で小休止を取ったときに、カレンが馬たちに何かをつぶやいていて、聞いてみると世界樹の祝福を与えたそうだ。

 そのお陰か、幾度かの休憩を挟んだけれども一頭も脱落することなく、その日の晩まで俺たちを乗せて走り続けてくれたのだった。

 夕闇が迫る林の中の街道を走る俺たち。

 後ろのカレンが、

「ジュン様! 今日はもうこれ以上は無理です。少し先に休憩所がありますから、そこで一泊しましょう」

と叫んだ。確かに街道とは言っても照明もない中を進むのは危険すぎる。俺は即座にみんなに叫んだ。

「わかった! みんなも、この先で今日は休むぞ」

 休憩所は、街道が切り立った崖の下を通るところに、岩壁をくりぬいて造られていた。警備の獣人もおらず、今のところ俺たちだけのようだ。

 すぐさま中に入ると、中は馬を繋いでおけるようになっていた。

 馬から下りて馬具を取り、馬を休ませてやる。

 ノルンが水場の水に浄化魔法をかける傍らで、馬たちに回復魔法をかけてやっていた。

 俺が何も言わなくても、ヘレンとシエラがすぐに食事の準備に取りかかり、サクラは休憩所の中を点検に向かった。

 カレンは馬たちの様子を見て、何か語りかけていた。……馬たちと意思の疎通ができるのだろうか?

 俺は入り口から外に出ると、上空をフェリシアが旋回して安全を確認しているところだった。

(フェリシア。周りを確認したらお前も中に入ってくれ)

(了解です。……今のところ、危ない気配はないですね)

 そう念話を送ったフェリシアが、さあっと下りてきて休憩所の窓枠に停まった。

 俺は入り口そばの壁にもたれかかりながら、空を見上げた。

 すでに日没が過ぎ、空に星が瞬き始めている。さすがに金牛の月5月だと昼間は熱気にあふれているゾヒテでも、夜は幾分か過ごしやすくなる。さらにここは風の通り道になっており、吹き抜ける風が火照ほてった体に心地よい。

 西部湖沼地帯まで、あと二日。

 ――それまで何事もなければいいが。

 俺は瘴気の漂う空を見上げながら、そう思った。