12 ベリアス対猿猴王 序盤戦

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 獅子人族の集落は喧噪に包まれていた。

 世界樹のお告げにより、何ものかの襲撃を受けることが予測される。そのため、戦えない者や守るべき女性と子供たちは、虎人族の集落へ疎開させ、戦う者は防御戦を集落の周りに気づいている。

 また他の虎人族や蜥蜴人族をはじめとする他の種族の者が共に戦うために集結している。

 大地のおへその聖地は、現在、前線基地と化していた。

 中央の族長の家の庭に出されたテーブルの上で、五人の獣王が地図を睨んでいた。

 蜥蜴人族の石竜王シノンが、

 「鷲人族の偵察では、まだ何も襲撃の兆候はない様子。敵戦力の規模がわからぬので布陣のしようも無い……」

とつぶやく。それに猛虎王ティガロがうなづく。

 「どこから襲撃されるかもわからない以上、大地のおへそを中心にして満遍なく防御陣地を布くしかないな」

 犀人族の雷角王ライノがかぶりをふって、

 「しかし、それでは人員が足りぬぞ」

 ティガロは、

 「せめて敵の規模と位置がわかればな……」

と難しい顔をしている。

 話を聞いていた猿猴王ゴクウが、

 「鳥人たちと一緒に、俺も偵察班に入るぜ」

と宣言すると、ティガロは視線だけをゴクウに送り、

 「何か手はあるのか?」

と訊いた。

 「どこまで効果があるかわからねえが、街道以外の林に糸と鈴で警戒網を張ってくる。それと俺は飛び回っているから、どこか本部の位置を決めといてくれ」

 黙って話を聞いていたライオネルが、

 「本部は大地のおへその手前にする」

と言うと、ティガロがうなづいて、

 「うむ。それと大地のおへその上に観測班を置こう」

 それを聞いたゴクウは立ち上がり、

 「んじゃまぁ。早速、仕掛けをしてくるぜ」

と言って出て行こうとする。

 それを見てライオネルが、

 「頼むぞ。夕方に鐘を鳴らしたら、また集まってくれ」

と告げる。ゴクウは「わかった」と言って立ち去っていく。

 ライオネルが、

 「防御部隊の編成と布陣はライノ殿に任せる。……防御戦は犀人族に勝るものはない。ティガロ殿は攻撃陣の編成を。シノン殿は通信部隊の編成を頼む。この広い陣地の肝になる」

 「うむ」「了解した」「おう

 獣王たちを見送ったライオネルは、

 「頼んだぞ。みんな」

とつぶやいた。

――――。

 猿猴王ゴクウは部下の猿人族に警戒線の設置を命じると、一人で大地のおへその祭壇に登る階段の中程に腰掛けた。

 ジュンたちが出発したのは昨日だ。

 鳥を使って各部族に世界樹のお告げを連絡し、獣王たちは獣王会議に連れてきた護衛と共に獅子人族の集落に直行した。

 おそらくゾヒテのあちこちの集落から、今もなお増援がここへ向かってきている事だろう。

 今日の空は、ゾヒテの状況を示すかのように雨雲が迫りつつある。階段に座って空を見ながら、ゴクウは口にあしをくわえたままでほお杖をつく。

 「ちぃ。俺様のレーダーにピリピリきやがるな。……こいつが瘴気か?」

 もともと大妖怪の一人であるソンゴクウは感知に長けており、今、その体毛の一部が逆立っていた。

 「こいつはおおもんだな。牛魔王クラスかよ」

 ふっとくわえた葦をはき出すとおもむろに立ち上がる。手でひさしをつくって森を見渡した。

 「それにしても、まさかネコマタから仙猫なんてものに進化するたぁ。恐れ入ったぜ。……俺も負けてらんねぇな」

 ゴクウは不敵に笑みを浮かべるとおもむろに右手を空に掲げた。

 「来い! きんとうん!」

 空の彼方から小さな白い一切れの雲がやってくる。ゴクウはそれを見ながら、

 「サクラと言ったな。あいつにも今度、これを教えておくか」

といって、耳から小さな棒を取り出した。それをぽんと空に放り投げると一本のこんになる。ゴクウは飛び上がって、その棍をキャッチすると、そのままきんと雲に着地した。

 「行こうぜ! 相棒!」

 ゴクウを乗せたきんと雲が宙返りをしながら森へと飛んでいった。

 「目指すは瘴気の根源だ。大掃除と行こうぜ」

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 きんと雲が巧みに木々を避けながら、林の中をすごいスピードで飛んでいく。

 「かぁぁ」

 ゴクウが叫ぶとその全身から赤紫の妖気が立ち上る。その目が前の一点を見据える。

 「……伸びろ! 如意棒!」

 ゴクウの手にした如意棒がグンッと伸びて槍のように前方の黒ずくめの男に迫る。

 直前に気配を察知した男は素早く横に飛び跳ねた。その脇をきんと雲に乗ったゴクウが通り過ぎる。

 すれ違う瞬間に黒ずくめの男を視線を交わせると、相手の男がフッと笑い、

 「猿猴王か! ふはははは! これは楽しみだ!」

と一瞬のうちに戦闘態勢を取った。

 きんと雲から飛び降りたゴクウは男と対峙する。

 「気にくわねぇな。九鳳たちを倒しておきながら何故名乗らねぇ。瘴気をゾヒテにまき散らして、な~にが目的だぁ?」

 ゴクウは不敵に笑いながら男を睨むと、男は、

 「おお! そういや名乗っていなかったな」

とニヤリと笑うと姿勢を正して胸の前で手のひらをとこぶしを当ててお辞儀をする。

 「俺は憤怒の天災ベリアス。怒りを喰らい、暴力の嵐をゾヒテに巻き起こしてやろう」

 ゴクウは礼を返しながら、

 「ふん。できるもんならやって見やがれ」

と如意棒を構える。その全身から立ち上る妖気を見て、ベリアスは、

 「ほほお。初めて見る力だ。……これは楽しめるかな?」

 「抜かせ!」

 ゴクウが一気に相手の間合いに入り如意棒をたたきつける。ベリアスは左手の甲で如意棒をいなして、右の正拳を突く。それを如意棒を持った手で受け流しながら、反動を利用して蹴りを放ち、そのまま宙返りをしながら如意棒を振り下ろす。

 バク宙をしながらよけたベリアスと再び対峙する。

 ニヤリと笑ったベリアスの姿が一瞬にして消える。ゴクウは即座に後ろに如意棒を振ると、そこのベリアスの姿が現れた。

 「……ほう。やるな」

 「貴様こそな」

 ゴクウは額の毛を抜くとフッと吹く。吹いた毛の一本一本がソンゴクウとなってベリアスに襲いかかる。

 ベリアスが獰猛な笑みを浮かべながら、複数体のゴクウをなぎ払った。

 「ふはははは。ふはははは!」

 狂ったような笑い声は響き渡る。次々にソンゴクウの分身をぶん殴り、ソンゴクウ本体に迫った。

 「いいぞ! いいぞぉ! もっと! もっとぉぉぉ!」

 そのベリアスの周りを、まさに猿のように跳ね回りながら縦横無尽に攻撃を加える猿猴王ゴクウ。

 その顔はまた、ベリアスと同じく獰猛に笑っていた。

 「かあぁぁぁ!」

 二人の姿が見えなくなり、周りの空間に幾つもの火花が散る。

 ベリアスの腕に巻き付けた尻尾であり得ない体裁きをしたゴクウが、ベリアスの頭を殴りつけた。

 一瞬、ベリアスが地面にたたきつけられ、その上空にゴクウの姿が現れる。

 「金剛撃!」

 妖気を帯びた如意棒の一撃がベリアスを地面に打ち付け、陥没し、ベリアスを中心に半径二〇メートルのクレーターとなる。

 しかし、次の瞬間、ベリアスの姿が消えてゴクウの背後に現れると、ベリアスの両手がゴクウの背中を打った。

 ゴクウが一直線に吹っ飛び、何本かの木をなぎ倒す。

 「ぐはっ!」

 地面に落ちたゴクウの口から血が吹き出るが、油断無くベリアスを見つめる。

 ……こいつはつええぇ。封印を解かなきゃ、やられるな。

 顔を上げたゴクウの視線の先には、悠然と歩を進めるベリアスの姿があった。ベリアスはゴクウから距離を取って再び両手を構え、ニヤリと笑った。

 それを見たゴクウは、懐からひょうたんを取り出す。

 ……使いたくなかったが、今は仕方がねえか。

 「おおい! ベリアス」

 ゴクウが名前を呼ぶと、

 「なんだ。猿猴王」

とベリアスが返事をした。

 その瞬間、ゴクウの手に持ったひょうたんから、ひゅおおおぉぉと強力な掃除機のような音がして、ベリアスが、

 「ぬ? ぬお? おおぉぉぉぉ」

と声を上げながらひょうたんに吸い込まれていった。

 ゴクウはゆっくり息を吐いてひょうたんを見つめる。

 ゴクウの目からは、ひょうたんからまるで泉のように瘴気が吹き出ているのが見える。見る間にひょうたんにヒビが入る。

 「所詮は時間稼ぎにしかならねぇか。……巫女よ。早く戻ってきてくれ」

とつぶやき、その場にひょうたんを置く。

 ひょうたんの中からベリアスが、

 「なんじゃこらぁ」

と叫ぶ声がするが、ゴクウは、

 「ふん。紅ひさごだ。……勝負は大地のおへそでつけよう。ライオネルとともに待ってるぜ」

と呼びかけると、中から、

 「こんなところすぐに出て行ってやるからな! ぬおおぉぉ」

とベリアスの声とより濃密な瘴気が吹き出はじめた。

 ゴクウは四神結界を張ると再びきんと雲に乗り、大地のおへそを目指す。

 「相手は一人。だが強力だ。一刻も早くライオネルに伝えねば」

 その顔は真剣だ。

 「巫女よ。早く戻ってきてくれよ!」

 きんと雲に乗りながらつぶやいた声が空中に消えていった。