31 試練の塔 一層1

 広場を囲んで、妖怪たちの騒ぎ声がする。

 俺は、ざあっと見回すと、禿げ面のひげ親父の顔だけの妖怪、白く長い布のような妖怪、唐傘の妖怪、一つ目の巨大な入道や、酒徳利を持った巨大な狸の妖怪、ゆらゆら揺れる黒い人影、全身に目玉のついた不気味な妖怪、顔の着いた提灯の妖怪など、かつてテレビのアニメで見たことがあるような妖怪がひしめいている。

 「めんこいおなごじゃないか!がんばれ!」

 「ぎゃっぎゃっぎゃっ。猫又っこが挑戦とはな!」

 「人間がおるぞ!……でもあまり旨そうじゃないの。」

 「ほう。……あれが噂の妖怪を嫁にしようっていう人間か。」

 「ひょひょひょ。楽しませてくれよー!」「……」「―」

 妖怪たちの喧噪のなか、サクラはじっと扉を見上げている。

 その時、ぎぎぎぃぃと音を立てて、おもむろに扉が開き、なかから一匹の白い狐が現れた。白狐は階段を中程まで降りてくると、おもむろに一声鳴く。

 その声に、騒がしかった妖怪たちが口を閉ざし、広場には何かを期待するかのような静寂がただよった。

 「それでは、これから妖怪王の試練を始めましょう。挑戦者は猫又のサクラさん。」

 白狐の声が響き渡り、挑戦者の名前が呼び上げられると、うわーっと妖怪たちが一斉に囃し立てる。白狐の声は、飄々としているが、俺たちの周りには張り詰めた空気がただよっている。

 「……サクラ。」

 俺が正面を向いたまま、隣に立つサクラの名前を呼ぶ。

 「はい。マスター。……必ず。」

 サクラが余計なことは不要とばかりに、短い言葉を返し、白狐の前まで進み出た。

 白狐がサクラを見上げ、試練の説明をする。

 「試練は、各層の守護者と戦い、力を認めさせること。そして、最後の五層にはタマモ様が待っています。」

 その説明に、サクラは力強く頷いた。

 「よろしいですね?……では、お行きなさいませ。」

 サクラは、一度だけ振り返って俺を見ると、決然と前を向いて塔の中へと入っていった。

―――――――

 私が塔に入ると、すぐに扉が閉まった。

 中の部屋は、家具など一切無い、石造りの部屋だ。奥に二階に上る階段が見えるが、その前に大きな人影が見える。

 壁に掛けられた松明が自然と灯っていくと、部屋は明るくなった。

「おんめえが挑戦者か?」

 影でよく見えなかったが、牛の頭をした筋肉隆々の妖怪が私の目の前に立ちはだかっていた。牛頭鬼ごずきだ。3メートルはある大きな体に、巨大なハンマーを肩に掛けて、興味深そうに私を見下ろしている。

「ほえぇぇ。かわいい女子だべなぁ。」

 どこか気の抜けた声だが、この牛頭鬼は力馬鹿の脳筋妖怪だ。畑仕事がよく似合うが、戦いとなると目の色が変わり、力任せに相手を圧殺してしまう。

「んだば。早速やるか?こんなめんこい女子を潰すのはかわいそうだが、タマモ様より、この層を任されてるだべ。……おらの試練は単純だあ。戦って力を見せるべよう。」

 そういうと牛頭鬼は、自分の脇に巨大なハンマーを振り下ろした。ドズウゥゥン。ハンマーは恐ろしい音を立てて床にめり込む。無骨な鋼鉄の塊。重さは想像を絶するが、牛頭鬼にとっては丁度良さそうだ。あの一撃をくらったら……、そう思っただけで恐ろしい。

 私は深呼吸を一つすると、腰のふた振りを構える。

「挑戦者サクラ!……参ります!」

 足に妖力を纏い、すばやく牛頭鬼の脇を通り過ぎざまに二刀を振るう。――瞬撃。そう名付けた得意の技。そのまま、奥の壁を蹴り、天井を蹴り、床を蹴り、立体機動で牛頭鬼を切り続ける。

 牛頭鬼は私のスピードにまったくついてこれず、全身に切り傷が増えていく。

 ――おかしい。

 私は、いったん牛頭鬼から距離を取って、構えた。まだまだ息を乱すほどではないが、深呼吸をして冷静になり、相手の出方を窺う。

「ほえぇぇ。随分とすばやいやっちゃなぁ。……でも、無理だぞう。そんな斬撃じゃあ効かないべぇ。」

 牛頭鬼の言葉に私は違和感の正体を知った。牛頭鬼の全身に切り傷があるが、血は一滴もこぼれていないのだ。

 牛頭鬼の鼻から、ぶほーっと鼻息が吹き出ると、全身の筋肉に力を入れている。牛頭鬼の筋肉に血管が浮かび、切り傷が消えていく……、全身が赤みを帯びていくのを見て、私の背中に冷や汗が流れ落ちた。

「んだば、いくぞう!……よいせっと。」

 牛頭鬼は、気の抜ける声で、左手で床をつかむと一気に目の前まで持ち上げた。すると、下の岩盤ごと持ち上がり、あたかも牛頭鬼の前に岩壁が立ちふさがったようだ。

 次の瞬間、牛頭鬼は、右手のハンマーで岩壁を打ち抜く。――砕かれた岩壁の破片が、散弾のように私に襲いかかる。

「くっ。」

 私は、持ち前のスピードで破片を避け続ける。……が、牛頭鬼がハンマーを振りかぶる気配を感じた。

「ほらよぉっと。グランドスマッシャー!だべぇ。」

 床にハンマーが振り下ろされると、その衝撃で地面を割りつつ、一直線に私の方へと迫ってくる。私は危機感知の命じるままに、岩の散弾を踏み場に天井近く飛び上がった。

 目の前を衝撃波が通過していき、奥の壁に突き当たると、すさまじい音を立てて、壁に大穴を開けて外にまで貫通していく。

ったどぉー。」

 いけない!散弾と衝撃波に意識を集中していた間に、いつの間にか牛頭鬼が距離を詰めて、宙にいる私の目の前に巨大なハンマーが迫る!

 咄嗟に青竜と白虎の二刀を構えて、ハンマーの一撃を受けた。

「きゃ……ぐうぅぅぅ。」

 私は、一直線に壁にたたきつけられた。衝撃が体を貫き、全身が砕かれたような激痛が走る。危うく意識が飛びそうになる。

 口の中に血があふれ、鉄の味が広がる。私は、その場で膝をついた。