33 試練の塔 二層

「んだば。がんばれっぺなぁ。」

 私は、牛頭鬼に見送られながら、二階の階段を上った。

 体の傷は、幸いに牛頭鬼がくれた魔法薬のおかげで全快している。これで次の試練も全力で戦えるわ。

 二階は、どういうわけか、フロアには芝生が敷き詰められていて、部屋の真ん中を小川が流れていた。三階へ上る階段の手前に小さな小屋があり、その脇に水車が回っている。

 予想外の光景に、戸惑っていると、小屋の中から小さな人影が現れた。

「おっ!来たみたいだね。」

 少年のような明るい声で話しかけてきたのは、背中に甲羅を背負った河童だった。

 河童は、トコトコと歩いてきて、川を挟んで私と対峙する。

「それにしても、お姉ちゃんみたいな若い妖怪が、タマモ様の試練に挑戦するなんてね。……身の程知らず?」

 うっは。河童は意外に毒舌だった。……でも、言い返せない部分もあるわね。確かに身の程知らずなのかもしれない。

「事情があるのよ。……それはそうと、試練を始めましょう。」

 私は、青竜を抜きはなって身構える。

 それを見た河童が、わたわたと焦ったように手を横に振る。

「ああ。違うよ!僕の試練は戦いじゃないよ。ね!だから刀はしまって!」

 へ?戦うんじゃないの?

 私は、いぶかしく思いながらも刀を鞘に戻して、河童の説明を待つ。

 河童は、ドブンと目の前の川に飛び込むと、頭だけを川から出した。

「もう。せっかちな人は嫌われるよー。ぶー。ぶー。」

「わ、わるかったわね。」

 なんだか馬鹿にされているみたいで、妙に腹が立つ。が、これも試練なのかもしれないと思って、怒りを抑えた。

「ちなみに、僕の毒舌は試練と関係ないからねー。けししししし。」

 ピクッ。脳天気な河童の言葉に、額が引きつるのがわかる。っていうか、さっさと始めてほしい。

「じゃ、僕の試練の説明をするね。……水分身。てりゃ!」

 河童はそういうと、いったん川に潜ると、川のあちこちから、河童が何体も飛びだしてきた。

 ……ふむ。どうやら影分身系の技で、実体と伴った分身のようだ。わらわらと出てきた分身体が、それぞれ自由気ままに動いている。

 私が、初めて見る水分身を興味深く分析していると、どこからともなく声が響いてきた。

「試練は、この中から本体の僕を見つけること。……失敗は2回までオッケーだよ。3回失敗すると、水の攻撃を食らって塔の外に強制排出されるからね。けしししし。」

 説明を聞いた私は、気を取り直して、分身体を注意深く見つめる。……どれが本体かしら?

 目の前には、合計40体の分身が散らばっている。確率は、40分の1。これが戦いならば、分身とか関係なく攻撃すれば済む話だけど、失敗の回数制限がある。

 ……なるほど。これは厄介な試練のようね。

 私は、ため息を一つつくと、フロアを一周しながら、すべての分身体の様子を確認することにした。

 ――うん?

 フロアを半周したくらいで、私は違和感を感じた。なにやら川の中にも一体いるような……。

 私は、接近を気取られないように、すでに遊びだしている周りの分身体を確認しながら、川に近づいていく。

 近づくにつれて、川底に河童が潜んでいるのが見える。

 ははぁ。なるほど。外に出てきた分身体では、確率は40分の1じゃなくて0だったのね。本体は隠れていたというわけか。

 タネがわかれば、後は逃げられてないようにするだけね。

 私は、素知らぬ風を装いながら、河童の潜んでいる川に近づき――。ばっと川に手を突っ込んだ。

「見つけた!あなたが本体ね!」

 そうして川から一体の河童を引き上げて、そのまま持ち上げる。

 持ち上げられた河童は、驚きで目を丸くしている。その顔が、ちょうど私の顔と同じ高さだ。

 私と目を合わせた河童は、ニコニコ笑っている。

「それじゃ、正解は……。」

 目の前の河童がもったいぶって口をつぐむ。と、次の瞬間、河童の体が爆発した。

「ぶはぁっ!な、なになに!?」

 一瞬のうちに、私の全身はずぶ濡れになった。……もしかして、間違った?

 どうやら河童の体を構成していた水が爆発したようだ。

「けししししし。ひっかかったぁ!やったね!」

 フロア中を、けたたましい笑い声が響く。

 周りを見回すと、すべての分身体が、私を指さして笑い転げていた。

 む、か、つ、く! くうぅぅぅ。

 私は、怒りに、握った拳がぷるぷる震えるのが分かった。

 河童の声が響く。

「けしししし。あ~、おっかしい。けししし。……これで失敗一つ目だね。けししし。」

 っと、怒っている場合じゃ無かった。私は、自分の頬をパチンと叩くと、気を取り直して考える。

「どっこかな?どっこかな?けししし。わっかるかな~?わっかるかな~?」

 河童の声が私をからかうが、その手には乗らない。

 その時、私の脳裏に一つの作戦が思い浮かんだ。――よし。やってみようか。

 私は、地面に左手を当てると、河童に見られないように、小さな声でとある物を口寄せした。

 これなら――どうだ!

「えい!キュウリ(味噌付き)だよー!」

 そういって、私は部屋の対角線上に向かってキュウリを放り投げた。キュウリ釣り作戦だ。

 投げられたキュウリを、どの分身体も凝視する。

と、目の前の一体が、飛び上がってキュウリをくわえて、ぽりぽり食べ出した。

「うっはー!うっまー!」

 どこからともなく河童の声がする。

 私は、ポリポリ食べている河童を捕まえて、さっきと同じように持ち上げた。

 目の前で、河童は、宙ぶらりんなことも気にせずに、ポリポリとキュウリをかじっている。

 その様子を見ながら、額に青筋が浮かぶのがわかった。

「あのねぇ!いい加減に食べるのをやめなさーい!」

 私が、大きな声を出したので、目の前の河童は目を細めて、首をすくめつつ、最後の一口のキュウリを口に放り込んだ。

「うっまー!さいこー!……で、正解は、ぶっぶー!」

 再び、目の前の河童が爆発して、私の体がびしょ濡れになる。

 なんで?だってキュウリを食べていたじゃない……。

 あまりの理不尽さに、私はその場で、ぺたんと座り込んだ。

「うん?こうして見るとびしょ濡れのお姉ちゃんって、色っぽいねー。けししし。白い服も張り付いていて、イイ感じー。けしししし。」

 うぬぬぬぬ。

 私は、風神札を足下に投げ捨てて、自分の体の周りを覆うように竜巻を発生させる。

 渦巻く風の力で、服がばたばたとはためく。竜巻が収まると、服は完全には乾かないけど、しっとりと湿気を含んだくらいには乾いてくれた。

「あらららら。乾かしちゃったの。残念。サービスショットが欲しかったなぁ。……失敗二つ目だよー。」

 気の抜けた河童の声に、私は、再び気を取り直す。……これで二つの失敗を使い切った。もう間違えることはできない。

 最初の分身体も、次の分身体も、存在感は本体と変わりがない。一体、どれが本体なのかしら?

 私は、再び、慎重にフロアを歩き出した。

「けしししし。まーだ、わかんないのー?気づいてないかもしれないけど、牛頭鬼のおっちゃんが力の試練で、ここは感知の試練なんだよー。そんなんでタマモ様のところに行って大丈夫なのー?」

 そう。言葉ややり方はあれだが、確かにこんな有様ありさまではタマモ様の試練など突破できないだろう。どうすれば……。悩んでいる私だったが、その時、脳裏に牛頭鬼の言葉がよみがえった。

――おんめぇは、妖気の使い方がなってないべぇ。

 ……もしかして、ここは妖気の察知の試練かな?私は、自らの妖気を用いて、五感を研ぎ澄ませる。

 芝生の匂い。水車の回るわずかな音。川の中には魚もいるようだ。

 今まで見落としてきた情報を感じ取ることができる。

――わかった。

 私は、近くにいる河童の分身体の前まで歩いて、タイミングを見計らう。

 そう。妖気の流れを感じ取ってみると、河童は、すべての分身体の中を順番に入れ替わって移動していたのだ。

 目の前の分身体に、本体が移動してくるのを待つ。……今だ!

「今度こそ!あなたが本体ね!」

 私は、みたび河童を持ち上げた。

 持ち上げられた河童は、途端に笑い出した。

「けしししし。けしししししし。正解!ようやくわかったね!けしししし。」

 フロアに散らばっていた分身体が、一斉に崩れ去ると、河童は目の前の一体だけになった。

 地面に下ろしてやると、河童は、ふところから青い色の球を取りだして、渡してくれた。

「はい。これ。もっていってねー。今度、また遊んでね。けしししし。」