40 試練の後に
外から祭り囃子の音と、みんなが騒ぐ声がする。
私はタマモ様と一緒に五層から屋根裏に上がる階段を上っていた。私の後ろにはマスターたちもいる。
お父さんたちは試練が終わった後でそれぞれ塔の外に出ていった。戦いの最中に各層の真ん中をぶち抜いていったときにはかなり驚いて、お父さんは肝を冷やしたといっていた。
「さてと。サクラよ。祭壇の中央に武具を置きなさい。」
「はい。」
二度と使えないほどに壊れてしまった四神の武具を、私はタマモ様の指示通りに祭壇に安置する。折れた忍刀白虎と青竜、そして粉砕された朱雀の鉢金に玄武の手甲。
3段になっている祭壇は一番上の段の中央に一本の刀が台に乗せてあり、二段目には丸い鏡と勾玉が安置されその脇に御神酒が供えられていた。下の段の両脇には一対の榊が置いてある。
「よし。……では、後ろに控えておれ。」
タマモ様が指を鳴らすと白い狐たちが楽器を持って現れた。篠笛の音に、しゃん、しゃん、と神楽鈴の音が重なる。
尻尾をゆるゆるとなびかせながらタマモ様が御神楽を舞う。白くしなやかな指が宙に弧を描く。
やがて舞が終わると、中央の鏡から四つの光が跳び出してきて祭壇を中心として宙を回り続ける。
「四神の力よ。新たなる力を与えしめ、彼の者の道を開く一助となるべし。」
凛としたタマモ様の声とともに、光が祭壇に安置された武具に集まり強く光を放った。
光が収まった祭壇を見ると、そこには白を基調とした四つの武具が光を放っていた。よく見るとそれぞれの武具に四神総ての姿が彫られている。
「サクラよ。新たなる四神の武具をそなたに授ける。使いこなして見せよ。」
「はい。タマモ様。ありがたく頂戴いたします。」
タマモ様より授かった四神の武具を早速身につける。新生四神の武具は名前も変わり、四神の双刀、四神の鉢金、四神の手甲という。
使っていた私にはわかる。初めて身につける武具だというのにしっくりと馴染み、今までとは比較にならない力を秘めているのを感じる。
感動に身を震わせていると、タマモ様は御造酒から小瓶に中身を分けていた。
差し出された小瓶を恭く受け取るときにタマモ様と目が合う。タマモ様はにっこりと笑われる。「麒麟の霊水じゃ。」
これが麒麟の霊水。妖力とも魔力とも異なる霊力を秘めた聖水。その力は死者をも蘇らせ、ただの妖怪を大妖怪にするという。
「さてと、これで試練は終わりじゃの。」
タマモ様がニヤリと笑みを深める。「というわけで……。」
何だろう。ちょっと嫌な予感がするわ。
「下の宴会場でお主とそなたの馴れ初めから夜の話まで、じっくり、ねっとり、問い詰めるとするかの。……覚悟するがいいのう。」
試練の時とは異なるものの鬼気迫る様子に冷や汗が流れた。きっと私の顔は微妙な苦笑いを浮かべていたにちがいない。
――――。
俺たちは今、五重塔広場に設えられた主賓の席にいる。広場の中央で囃子に合わせて踊る妖怪たち、そしてそれを囲むように地面に座って酒を飲んでいる妖怪たちが見える。
妖怪たちの熱気に包まれながら妖怪王タマモ様と杯を交わす。タマモ様は襟元を広く開け、鎖骨から胸の谷間まで白くなめらかな肌を露出させている。その目元が赤く染まり暴力的な色気が醸し出ている。
「それにしてもお主は面白いの。その称号を持つ者など初めて見たわ。」
「それは分かたれし者ですか?それとも聖石を宿せし者ですか?」
「両方じゃが……、特に聖石を宿せし者じゃ。どうしたらそんな称号を得られるのかの。」
タマモ様の問いかけに俺はぐっと詰まった。「ああ、これは……。」
「話せんかの?そもそも聖石が何か知っておるのか?」
「……八角の輝く石としか。」
俺とタマモ様の会話をノルンたちも興味深く聞いている。ノルンが小さく「聖石……。」と呟くのが聞こえた。ノルンも同じ称号を持っているがその記憶が無いのだ。気になっていることだろう。
タマモ様は美しい唇を杯につけて酒を一口飲んだ。「八角の輝く石か……。」
「ジュン。あなた、聖石を知ってたの?」
不意にノルンが会話に割り込んできた。
「いや。聖石がどういうものかはわからない。ただそれらしい石は見たことがあるんだ。」
「……そう。」
「よく考えたら称号について話したことはなかったな……。」
俺とノルンの会話を聞いてタマモ様があきれたようにいう。
「なんじゃ。自分らのことだというのにの。残念じゃが聖石について妾から話すわけにはゆかぬ。……それに、むしろそなたがどこで見たのかの方が気になるわ。」
タマモ様の目が探るように俺を見た。確かに俺が別の世界から来たなんて話はしていない。ノルンはノルンで考え込んでいるようだ。
だが、異世界人と話して大丈夫だろうか?……いや愚問か。むしろきちんと打ち明けるべきだろう。王都に戻ったら、だが。
「ま、よいかの。……ほれ。サクラの舞が準備できたようじゃ。」
見ると、さっきまで踊っていた妖怪たちが外縁に座り、代わりにサクラが一人中央広場に立っていた。
サクラは、朱を基調として色とりどりの花が縫い込まれた光沢のあるチャイナドレスを着て、金色の舞扇を手にしている。髪を巻いて二つのお団子ヘアーにして藤の花を模したキラキラ光る髪飾りをつけ、唇には紅を引き、両手と腰に細く伸びた布を巻いている。静かに曲が始まるのを待ちながら、熱を帯びた視線で俺をじっと見つめている。
猫又の娘たちがその周りに楽器を持って出てきた。二胡、古箏、琵琶などといった古楽器だ。――二胡の調べがいくつも重なりそれに他の楽器の音が溶け合い、宮廷音楽のようにリズム感のある美しい旋律が流れる。
サクラがリズムに合わせて舞を踊る。しなやかな手が宙を舞うと腕に付けた布がたなびき、舞扇を開閉する度にザザッ、ザザッと音が鳴る。暗闇に浮かぶ、天女のようなその舞に俺は目を奪われた。
――こうして宴は続いていった。
幸いに不思議横丁は時間の流れが異なっているようで、あれだけ長い時間を過ごしたというのに王都に戻ると夜更けに入ったところだった。
路地から大きな通りに出ると、そこは宿のすぐ近くだった。
さすがに暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷える。
宴会の余韻で温まっていた体が、ぶるっと震える。
「ううっ、まだ寒いですね。」後ろのサクラの声に顔だけ振り向く。「そうだな。早く宿に戻ろうぜ。」
急ぎ足で宿に向かう俺たちの後ろから、場違いなカラスの鳴き声が一声だけ聞こえた。
――なかなか面白い連中だったな。
自然の頬が緩むのを感じながら宿の扉を開けてランプの光の中に入っていくと、思わぬ人物がそこにいた。
「よお。遅くまでどこ行ってたんだ?」
先日、カレン誘拐事件で相対したファントムだ。忙しい時間が一段落して静かになっている食堂で一人、足を組みながら蒸留酒のグラスを傾けている。
ファントムの姿を見た途端、俺は何か面倒な事が起きたと感じた。
「……何か起きたのか?」
「まあ、待て。せっかちな奴は嫌われるぜ。」
そう言って、ファントムはグラスを机の上に置くと視線で俺たちに座れと指示をした。