41 うごめく影と告白
「マルク・ヴォータン男爵が殺された。」
ファントムはそういって切り出した。
「殺された?処刑されたじゃなくて?」
「そうだ。」
そういうとファントムは手にしたロックグラスに口をつけた。
「どうもな奴に与する奴らの手引きで脱獄したようだ。……ところが俺らが見つけた時はすでに殺されていたってわけだ。」
宿の娘さんから琥珀色の蒸留酒の入ったロックグラスを受け取る。……マルク・ヴォータン。カレンの誘拐を狙った気色の悪い男だ。事件の後、お家取りつぶしの上で入牢したと聞いてはいたが……、脱獄、そして殺害か。
「切り捨てられたんだろうな。」
俺がそういうと、ファントムの目がわずかに細められた。
「まあ、普通はそう思うよな。……ただ殺された状況が特殊だ。」
「どういう風に特殊ってわけ?」
横からヘレンが問いかけると、ファントムがヘレンを一瞥して考え込んだ。
「エストリアの王城が、超古代文明時代の城跡を利用して建てられているのは知ってるか?」
ヘレンが怪訝な顔をする。「超古代文明時代?……それが一体何の関係が?」
「王城にはまだよくわかっていない隠し部屋があるってことだ。特に地下はな。」
「ふうん。その隠し部屋で死んでいたと。」
「……まあな。しかもよりによって奴を入れた牢屋が隠し部屋への入り口になってやがった。」
俺は苦笑を浮かべた。「おいおい……。牢屋って調べてなかったわけじゃないだろうに。」
「当たり前だ。おそらく何かがトリガーになったんだろうが、その隠し部屋に祭壇らしきがあった。その上で奴がバラバラになって死んでいた。」
「バラバラ?祭壇だと?……ノルン。あれを。」
祭壇に死体。心当たりがありすぎるキーワードだ。ノルンは俺の言いたいことがわかったようで、デウマキナで回収した壊れた祭壇の破片をアイテムボックスから取り出した。
ファントムの顔が驚きで固まる。「おいおい。なんでお前らがそんなの持ってるんだ……。」
ノルンから破片を手渡されたファントムはまじまじと見つめた。
「どうやら同じもののようね。……それはデウマキナで手に入れたものよ。」
「なに?デウマキナだと?おい。お前ら何を知っている?」
俺はファントムに手のひらを向けた。「落ち着け。せっかちな奴は嫌われるぜ。」
「うるせえっ!いいから離せっ。」
ゆっくりロックグラスを傾けわざと大きくため息をついた。「奴らの名は天災だ。」
「奴らだと?」「そうだ。アークに混乱をもたらし、俺の嫁の親の仇だ。」
ファントムが自らを落ち着けるように酒をあおる。「……。」
「奴らの目的は知らない。どうやらその祭壇は奴らの力を封じているようだ。だが王城の封印も壊されたと見ていいだろうな。」
「封印か……。ろくなもんじゃねぇな。」「おそらくな。」
「なあ。ファントム。お前もゾディアック騎士団の一員だからいうが奴らは強いぞ。しかも何か邪悪なことをしようとしている。気をつけろ。」
俺の言葉にファントムは苦虫をかみつぶしたような表情をした。
「ああ。わかった。……よりによって姫さんが嫁に行こうって時に何が起きようとしてるんだ……。」
そうか。そういえばエストリアの姫様がウルクンツルの王家に嫁ぐんだっけか。ならこいつが気にするのもわかる。
ファントムとの話し合いはそれから漸く続いたが、俺たちも詳しく知っているわけではない。終わるとすぐにファントムは宿から出て行った。
部屋に戻った俺はノルンを呼んだ。今日は俺に甘えるつもりだろうサクラには悪いが、話が終わるまでヘレンの部屋に行って貰った。
「ジュン……。」
「ノルン。こっちにおいで。」
ベッドに腰掛けた俺は隣をぽんぽんと叩いた。ノルンが不安そうに隣に座る。俺はノルンの手を握って目を見つめた。
「今まで黙っていたことがある。」
ノルンが宣告を待つように息を詰めるのがわかる。俺はノルンの手を強く握った。
「俺はこの世界の人間じゃない。別の世界から異世界人なんだ。」
ノルンの表情からは何の感情も読み取れない。「異世界……。」
「ああ。そうだ。この世界とは全く違う。天高くそびえる建物にたくさんの人を乗せる鉄出てきた乗り物。空を飛ぶ乗り物。夜でも明るい家。……魔法はないが科学という技術の世界だ。」
驚いたノルンが俺の顔をのぞき込んだ。
「私ね。たまに夢を見るのよ。毎日、電車とかいう乗り物にのって移動したりパソコンという機械を操作する。一人ぐらしなんだけど。お風呂上がりにビールを飲むのがとても気持ちいいの。」
何だって?なんでそれを知ってるんだ?「しかもね……。その夢の中だと私ね。男の人になっているのよ。」
「は?男?それって。」
「そう。あなたになってるの。……だからあなたが異世界人だって聞いてもおかしいとは思わないわ。あなたはあなた。私のジュンよ。」
それってソウルリンクのせいか?っていうか、まさか見られたくない本とかも知ってるってこと?
顔がほてるのが自分でわかる。っていうか、それって反則でしょ。「ふふふ。」
赤くなった俺を見てノルンが小さく笑った。
「大丈夫よ。黙ってるから。……でもそれが聖石とどう関わりあるの。」
うう。こほんと咳払いをして気持ちを切り替える。
「ある時、いきなり見知らぬ部屋に転移した。そこで見たのが八角柱の光り輝く不思議な石だったんだ。きっとあれば聖石だと思う。」
「ふうん。転移したっていうのも気にはなるけど八角の石かぁ。」
ノルンが天井を見上げて考え込む。「それでだ。俺がその石を触ったときに光を放って……、気がついたらこっちの世界にいた。」
「そうだったの……。私は気がつくと隠者の島にいた。それ以前の記憶はないし自分が何者かも知らない。パティやあなたと出会えなかったらおかしくなっていたと思うわよ。」
ノルン。俺がずっと一緒だから大丈夫だ、と気持ちを込めてノルンの体を抱き寄せた。
「くすっ。ありがとうね、ジュン。だから今日はサクラを愛してちょうだい。」
俺の腕の中でノルンが可愛らしくはにかんだ。
「……でも不思議ねぇ。なんで私にも聖石を宿せし者って称号があるのかしらねぇ。」