9-11 海底に眠る遺跡

 海底山脈を通り抜けると、俺たちの前に再び海底平原が広がっていた。

 その平原の一角にぽつんと一つのテーブル台地が見える。

 俺のナビゲーションスキルによれば、あの台地がアトランティスのようだ。

 地球の伝説だとかなり大きな大陸のイメージがあるが、ここヴァルガンドではさほど大きくない。遠目にも、その台地の中央にうち捨てられた神殿の跡が見える。きっとあそこに水の精霊珠があるのだろう。

 ただっ広いこの海域。光量の調整されたスクリーンで見る限りでは、まるで晴れわたった空のようにも見える。

 異形の生物たちを見たあとだと、妙にほっとするよ。

「特殊結界を感知しました。一旦停止します」

 サポートシステムのアナウンスの中に聞き慣れない言葉があった。

「特殊結界って知ってる?」

 ノルンにきいてみるが彼女も首をかしげている。

 サポートシステムが、

「特殊な媒体を核に張られている強固な結界です。この結界では人の魂が核となっており、対話を求めております。繋ぎますか?」

 ……え? 人の魂が核? それよりも対話か。

「繋いでくれ」

 意思が残っているのなら、直に精霊珠についてきいた方が早いだろう。

 船長室の正面スクリーンに一人の女性の姿が浮かび上がった。幽霊かホログラムのようにうっすらと身体が透けている。

「ごきげんよう。神の船に乗る者よ。私は元聖女の役目コーラルです」

「船長のジュン・ハルノだ。ここにはミルラウスの姫セレンもいる」

「ミルラウス。……ああ、人魚たちの国ですね。でもよかった。ようやく私に下された預言が成就する時が来たのですね」

 うれしそうに言うコーラルに、俺はあわてて、

「ああっと悪いんだが、この神殿のことについて何があったのか教えてくれないか?」

「もちろんです。……ですが、今は何年なのですか? ブラフマーギリーの皇帝はどうなりましたか?」

「ブラフマーギリー帝国は今は無いんだ。今はヴァルガンド1521年だよ」

「ヴァルガンド1521年? ……どうやら私の知っている時代とあなた方とは隔絶しているようですね」

 スケールの大きな話に混乱しかかるが、伝承に詳しいセレンが説明を始めた。

「あなた方の帝国の名前は失われてしまっているわ。大破壊と呼ばれる災害があって人類は滅亡に瀕したの。……そこから再び国を作りヴァルガンド歴が始まっているのよ」

 するとコーラルさんがうなずいて、

「そうでしたか。大破壊……、結局、我らは天災から世界を守ることができなかったのですね」

とつぶやいた。

 すかさず俺が、

「それだ。その天災と戦い打ち破る方法を探しているんだ」と言うと、コーラルさんは、

「今でも天災が活動しているのですか。……わかりました。私の時代のことをお話ししましょう」

と言った。

――――

 今の国々が起きる前。大破壊のさらに前の時代。

 世界は一つの帝国によって支配されていたという。それがブラフマーギリーだ。

 コーラルさんが生まれるまで2万年の歴史を数え、空に高くそびえる建物や各地をつなぐ転移門があるなど、かなり高度な文明を持っていたらしい。

 そのいくつかは地球の大都市を思わせるようなものもあるようだ。

 科学と魔導技術という違いはあるが、文明の発展する先にはあまり違いがないのかもしれない。

 皇帝の一族、および上位貴族は三ツ目族だそうで、そこまで聞いたときにノルンがピクッと興味を示していた。

 ノルンを育ててくれた隠者パティスが三ツ目族だった。もしかするとブラフマーギリー帝族の血を引いているのかもしれないね。

 現代ではエストリア王国アルにいるローレンツィーナ様が聖女だが、この聖女の称号はブラフマーギリー帝国時代初期からあるらしい。

 不思議とどの時代にも一人、「聖女」の称号持ちが現れるそうだ。

 創造神、天空神ウィンダリア、大地神トリスティア、海洋神セルレイオスの神々のほかに、精霊信仰が盛んだったらしく、その精霊の力を現世に顕現させる宝玉、水の精霊珠。それを納めた神殿は聖地として重んじられ、聖女の称号を持つコーラルさんが巫女長として勤めていたという。

 しかし、そのころ世界各地で天変が相次ぎ、帝国の魔導技術を持ってしても大きな被害が出ていたそうだ。

 その時、預言がおりた。

――悪魔が島にやってくる。聖女よ。精霊珠に命を捧げて結界を張り長き眠りにつけ。

――神の力を宿した者が訪れ、精霊珠の力を欲するとき、精霊となりし巫女たちも解放されるだろう。

 コーラルさんは、やがて世界のあちこちで「天災」という正体不明の一団が災害を引き起こしているという噂を聞いたそうだ。

 「悪魔が島にやってくる」。予言の時がいつ来てもいいように、この神殿につとめる巫女たちとともに覚悟だけは決めていたらしい。

 そして、とうとうこの水の精霊珠の神殿へも天災が忍び寄ってきた。

「あれは、強い風でとても船を出せないような大時化おおしけの日でした。

 一人の巫女が遠くから津波が迫っているのを発見しました。そこで私はあわてて結界を張ったのです。

 しかし、よく見ると、その津波の正体は魔物の大群だったのです。見たこともない異形の魔物たち。その先頭にいた黒いローブの不気味な男、それこそが海の悪魔フォラスでした」

 海竜王が降臨してフォラスと戦いはじめたそうだが、その海竜王へ巨大なスライムが襲いかかり、苦戦していたらしい。

 その隙に迫るフォラス。コーラルさんは預言の通りに巫女たちと自らの命を水の精霊珠に捧げその対価として特殊結界を張り、フォラスをはじき出した。

 それと同時に島が海に沈み今に至るという。コーラルさんたちは精霊珠の力で精霊となり、預言の通りに長きにわたって海底で眠りに――。

「私には見えます。感じます。あなた方のうちに眠る神の力を。

 ……ですが、規定により精霊珠に触れる者には試練を受けてもわらねばなりません。結界を通り抜けることを許しますので、神殿までお越しください」

 なるほど試練ね。どうやらすんなりとはいかないようだ。

 テーブル台地のへりに停泊して、神殿の前までやってきた。

 崩れ落ちた柱や原型をとどめていない石像。砂に埋もれた石段などが、眠りについていた長い時を表している。

 しかし、特殊結界の影響か、廃墟のようではあるが不思議と厳かな雰囲気がある。

 入り口でコーラルさんが待っていた。

「ようこそ水の精霊珠の神殿へ。さあ、こちらへ」

 案内に従って進んでいくと、奥に広い円形の広間に出た。

 その中央には竜巻のように巻き上がる水を模したオブジェが鎮座している。

「……本来、試練を乗り越えさえすれば、いかなる方をも精霊珠の元へお連れするのが私たちの役割です」

 そう話すコーラルさんの目に青い輝きが宿る。

「ですが、この度は精霊珠を皆さんにお渡しすることになります。誰の元へ行くのか。それは精霊珠自身がお選びになります」

 順番に俺たちを見つめるコーラルさんが、シエラとセレンを見つめる。そして、しばらくしてセレンを指さした。

「――お二人に適性があるようですが、精霊珠はあなたを選びました。ですからあなたに試練を受けていただきます」

 指名されたセレンが「私?」と自分を指さす。

「ええ。あなたです」

 セレンはぎこちなく適性のあるもう一人、シエラを見るがシエラは黙ってうなずいた。

 コーラルさんがシエラに向かって、

「どうやらあなたには別のお役目があるそうです」

 ……そうか。シエラは水竜王の血族だったはず。だから適性があるのか。

 でも、そういうことをいったら、ウンディーネと契約をしているノルンも候補に挙がるだろう。

 ま、それも含めて精霊珠の意思ということか。

 横目で見ていると、前に進み出ようとしたセレンが進路を変えて俺の前にやってきた。

 めずらしい。

 いつもは「人魚は肉食なのよ」といって強気なセレンが、今はどこか不安そうな表情をしている。

 セレンを引き寄せて抱きしめ、そっと左手に輝く指輪を撫でる。

「この指輪に俺の力が込められている。そして、セレンの力は俺の腕輪に。……大丈夫。たとえ離れていてもお前を護る」

 腕の中のセレンがクスッと自嘲するように笑う。

「……ジュン。私、ずっと不安だったの」

「え?」

「私は他のみんなと違って、海神セルレイオスさまの命令であなたの婚約者となった。だから……、本当はあなたの気持ちはどうだったのかなって。こんな私が、本当は嫌なんじゃないかって」

「それはない!」

「ジュン……」

 俺はセレンの腕をつかんで、不安そうなその表情を真っ正面から見つめた。

「そんないい加減な気持ちで、その指輪を贈ったんじゃない」

「うん」

「みんなにも前に話したけど、俺は確かに一夫一妻制の世界からこっちに来た」

 唐突な自分語りだが、セレンはじっと俺を見つめ返している。

「けれどこの世界にはこの世界の常識がある。だから、俺はみんなの思いを受け止めることにしたんだ」

 セレンがうつむいて小さな声で、

「ええ。それはわかってる。でもみんなとは冒険を通して絆を深めていったこともわかってる。……だけど私は」

「いいや、セレンもだ。人を好きになるのに時間はいらない。それに絆ならこれからいくらでも深めていける。ここの試練もその一つかもしれないさ」

 ――だから、セレン。信じるんだよ。

 そう思いを込めてセレンを見つめると、照れたように少しうつむいた。

「そうね。やっぱりあなたって。……ううん。なんでもないわ」

 すっとセレンの腕が俺の首に回される。セレンが目を閉じて唇を寄せてきた。唇を重ねながら抱きしめている腕に力がこもる。

「じゃあ、行ってくる。……みんなもありがとう」

と礼をいい、きりっと気合いの入ったいい表情になった。

 じっと待っていたコーラルさんが、

「ふふっ。うらやましいわ」

と微笑んでいる。……なんだか恥ずかしくなってきた。

 セレンが腰から棒状の筒を取り出し、魔力を込める。カシャンッ、カシャンッと筒がのびて一本のトライデントとなった。

「さあ、準備はいいわ。もう……、迷わない!」