9-12 精霊珠の試練

 コーラルさんはうなずくと、

「では……」と中央のオブジェに向きなおり、歌をうたい始めた。

 その歌声に魔力が込められている。って、これって人魚族の歌魔法じゃないか?

 なぜ普通の人間族のコーラルさんが?

 驚いているのはセレンも同じようで、背中越しに、

「この歌。王家に伝わるオーシャンズ・ハートだわ。……」

とつぶやいているのが聞こえた。そして、ゆっくりと自らも歌をうたいはじめる。

 コーラルさんがそのセレンをチラリと見て微笑む。

 二人の歌と魔力が円形の広間を満たしていく。まるでレクイエムのような物寂しい歌だ。

 やがて広間の外壁の柱が端から順番に青く光りはじめる。まるで何かをチャージするかのように。

 すべての柱が光るとスウーッと光が中央のオブジェに向かって伸びていく。

 オブジェに集まった光がゆらゆらと揺らぎ、やがてその台座からピカッと鋭い光が天井を照らした。

 ゴゴゴゴ……。

 オブジェが横にスライドしていき、その後には竪穴がぽっかりと口を開けていた。

 あそこが入り口――。

 その前で一度俺たちの方に振り向いたセレンは、ニコリと微笑んで思いきったようすで竪穴に入っていった。

――――セレン視点。

 竪穴に入った私は、気配、魔力、危機の3つの感知スキルを発動しながら、ささいな違和感も見逃さないように慎重に下に降りている。

 やがて穴は斜めに傾斜してしき、何事もなく大きな部屋に出た。

 学校の体育館と同じくらい広大な地下空間。

 入り口からそっと中を覗くと、その中央には小さな祠が見えた。

 そこからジュンやノルンの聖石に似た力の波動を感じる。水の精霊珠の力だろうか。

 しかし……、この広さ。

 今のところ、何もいなさそうだけど、絶対に何かある。

 中央の祠に向かって慎重に進んでいくと、祠から青く光が飛び出して、一人の少女の姿に変化した。

 青く光る少女。

 ……この雰囲気は精霊のもの?

「もしかして、ウンディーネ様?」

とたずねると、少女は私の前にやってきて、

「そうだけど、様はいらないわ」

 私の胸を指さして、

「それにあなた。ノルンの友だちで“彼”のお嫁さんの一人なんでしょ」

 え?

 急にそんなに気安く話しかけられて……。

 戸惑っていると、ウンディーネが右手を挙げる。「みんな! はやく集まって!」

 その声に「はいよ~」「今行く」と口々におしゃべりしながら、次々と新たなウンディーネが姿を現していく。

 ずらっと広間の周りに、まるで観客のようにひしめき合っている。

 どの姿も女性の姿で、これだけの数が集まるとかなり騒がしい。

 これはいったいどういう状況なんだろう?

 そう思いながら正面に立つ一人のウンディーネを見上げる。

「ふふふ。本当はね。心の強さをはかる試練を行うんだけど、試練を行おうにもその指輪があなたを護っているみたいなんだよね」

 ウンディーネが指をさしたのはジュンの神力が込められた指輪だった。

「……それでね。これからの時代のことも考えて、力の試練に切り替えることにしたから」

「え? 力の試練?」

「そう。コレと戦ってもらうよ」

 その言葉とともに広間の上部に巨大なウツボが姿を現した。

 およぞ全長20メートル。

 その大きさと感じる魔力の強さに、思わずトライデントを握る手に力が入る。

 完全に化け物クラス。一軍を率いて対峙するような、それこそ100年に一度生まれるような海の化け物じゃないの!

「疑似生命体だから、思いっきりやっちゃっていいからね」

 ウンディーネは何でもないことのように言って海水に溶け込むように消えていった。

 ウツボの目に光が宿る。

 ……どうやらやるしかないようね。

 トライデントを構えるのもそこそこに、目が合った瞬間にウツボは口を開けて突進してきた!

「我がマナを資糧に、我を守れ! マナバリア・ウォータースフィア」

 球体状の水の防壁を張って横に飛びすさると、そのすぐ脇をウツボが通り過ぎていき、ゴオオウと水流に巻き込まれそうになる。

 とっさにその水流にのっかり、ウツボの後を追いかける。

「アイスランス!」

 ウツボの背後をとったままで氷の槍で攻撃するも、体表の厚い皮ではじき飛ばされた。

「ならば……」

 トライデントの切っ先に電撃をあつめ……。

 と、その時、ウツボがくるっと振り向いて口を開けた。

 鋭い牙の奥に青白い光が見える。

 ――いけない!

 あわててその場から逃げると、さっきまでいたところを竜のブレスのような蒼い光線が通り抜けた。

「……ブレスまで使えるの?」

 破壊された壁を見て戦慄を覚える。気を取られた一瞬。

 私の体は横からはね飛ばされた。

「ぐうぅぅぅ」

 そのまま地面にたたきつけられ、全身を衝撃がとおりぬける。

 痛みに耐えながら目を開くと、私を飲み込もうと首をもたげる姿が見えた。

 ふるえる手でトライデントに魔力を込めて投擲する。

「サウザンド・レイン!」

 三叉銛がいくつにも分裂して、ウツボに襲いかかっていった。

 ぐるぉぉぉっ。

 苦しげな声を聞きながら、今のうちにすぐに自ら回復魔法で傷を癒やす。

「戻れ!」

 短く命じると投擲したトライデントが水を切り裂いて私の手に戻ってきた。

 私を見て再び吠えるウツボ。

 ――さあ、第二ラウンドよ!

 広間を旋回しながら歌をうたう。

 ……この場に満ちる魔力を支配下に置き、水の動きを操作する。

 一滴一滴の水。ウンディーネたちの存在を感じる。

 ウツボが吠えた。

 その声に呼応して、いくつもの機雷のように魔力弾が私の周りに浮かぶ。

 魔法まで使うなんて! そして、魔力の高まりを感じる。またブレスを吐くつもりだのだろう。

 下手に動いて機雷を触れば一斉に連鎖爆発。

 このままブレスを受けても機雷が連鎖的に爆発する……。

 トライデントを前に掲げる。支配した魔力で水を操作する。

 私を中心に渦巻く水。同時に私も魔力を高めてトライデントに込める。

 ジュンには通用しなかったけれども、

「ネプチューン・ストライク!」

 渾身の魔力を込めて、投擲したトライデントが渦巻く水とともに飛んでいく。

 ウツボのブレスと真っ正面からぶつかり合うトライデント。

 機雷があちこちで爆発し、そのエネルギーも渦巻いてトライデントに注ぎ込まれる。

「いっけぇぇぇぇ!」

 魔力をさらに注ぎ込んでいくと、ふと左手の指輪が輝きだした。

 同時に身体の奥から不思議な力が静かに湧いてきた。

 ジュンとノルンの聖石の力が私にも流れ込んでくる!

 新しい力に身をゆだねながら、うれしさがこみ上げてきた。

 私にも確かな絆があった……。

 きっ抗していたブレスとトライデントだったけど、もう負ける気はしない。トライデントが一気に加速してブレスを切り裂きウツボの頭を貫いた。

 ウツボの身体が青く光とともに霧散していく。

「ふふん。当然よ。……私とダンナさまの力が合わさったんだから」

 ここ一番のどや顔をきめる私。ここにダンナジュンがいないのが残念だわ!

――――ところ変わって、セレンが入っていったあとの広間。ジュンたちは。

 コーラルさんが、

「試練を祈りながら待つのも辛いでしょう。映像を出しましょう。……ウンディーネ様、お願いします」

 するとその隣にウンディーネが姿を現して、「はあい。ノルン」と手を振る。

 水中にスクリーンが映し出される。

 通路を進んでいくセレン。

 緊張しながらも、するどい視線で罠がないかどうか確認しながら慎重に進んでいる。

 やがてかなり広いホールに出たようだ。

 ……あの大きさ。ダンジョンだったらボス戦が行われるような大きさだ。

 案の定、中央の祠から別のウンディーネが現れ、さらに続々とウンディーネたちが姿を現す。

「うわぁ。すごい……」

 スクリーンの中でずらっとウンディーネがひしめいている光景を見て、サクラが驚きの声を挙げる。

 ここにいるウンディーネが微笑んで、

「ふふふ。私たちは個に全、全にして個なの。意識はつながっているし、同じ記憶を共有しているのよ」

 その説明にうなずきながらスクリーンを見ると、巨大なウツボが姿を現していた。

――試練者――

 水の試練のために生み出された疑似生命体。ウンディーネの力が込められている。

 あの巨体に一人で立ち向かうのか。セレン……。

 不意にノルンが俺の手を握った。

「大丈夫。信じましょう」

 そういうノルンも握る手に力がこもっている。

「そうだな。セレンなら……、きっと打ち勝つ」

 ふとウンディーネと目が合うと、彼女は微笑んでいた。

 サウザンド・レインを放つセレンに、ブレスを吐くウツボ。

 ウツボのブレスに、思わず手に汗がにじむ。からくも避けたセレンが距離を取って対峙している。

 歌をうたい周囲の魔力を支配するセレンに対し、魔力でつくった機雷を設置するウツボ。

 再びのブレスに対し、セレンは真っ向勝負を挑んだ。

 その時、強制的に俺の中のスイッチが解放される。

 覚醒状態となった聖石の力が、身体の中を通ってどこかへ流れていく感覚。

 ……これは前に瀕死になったサクラの時と同じだ。

 スクリーンからまばゆい光を感じて見上げると、そこには俺やノルンと同じく神力の光の衣を身にまとったセレンの姿が映し出されていた。

 ノルンがぐっとガッツポーズをとる。

「やったわね。セレン」

 セレンのネプチューン・ストライクが見事にウツボを貫いた。

 それを見たウンディーネとコーラルさんがパチパチと両手を叩く。

「無事に試練をくぐり抜けましたね。……それに新たな絆の力も身につけたようです」

 コーラルさんはそういいながらウンディーネと目を合わせてうなずいた。

 それを合図にするように、俺たちの足元に魔方陣が浮かび身体がふわっと浮かぶ感覚がした。

 気がつくと俺たちは、いつのまにかセレンが戦っていたホールに転移していた。