9-13 水の精霊珠

「ジュン!」という声とともにセレンが俺に抱きついてきた。

 頭を俺の胸元にすりつけている。その背中をそっと撫でてやった。

 そっと顔を上げたセレンが珍しくいじらしい表情になって、人差し指で俺の胸に「の」の字を書く。

「あなたの愛で心が満たされちゃった……。こんどは身体の方も満たして欲しいな」

 チョップ!

「あたぁっ!」

「時と場所を弁えろって」

 そっとみんなの方を見るとノルンとヘレン、サクラの三人は苦笑しながら肩をすくめ、シエラとカレンは赤くなっている。

 ……あれ? アーケロンのところのシャロンさんは両手で顔を覆って指の隙間からのぞいているみたいだ。

「みろよ。みんなも呆れてるぞ」

 するとセレンはツンッと口を尖らせて、

「だって。人魚は肉食なのよ」

と言うと、俺の隙をついてギュウウゥゥっと唇を押しつけてきた。

 愛してる! っていう気持ちが伝わってくるような長いキス。

「ぷはぁっ。……今はこれで我慢してあげるわ」

 セレンはすっきりした顔をすると、ノルンのとなりに行った。

 気を取り直して、ウンディーネたちが俺たちの正面にずらっと並んでいる。

 代表らしき一人が、

「試練は合格。ただし、精霊珠はそのミルラウスの姫でないと力を引き出すことはできないわ」

と言う。

 祠の周りの水がグルグルと渦巻きはじめる。

 そして、俺たちの目の前に一枚の扉が現れた。

 きっとこの先に精霊珠があるのだろう。

 お礼を言おうとウンディーネを見ると、なにやらニヤニヤしているように見えた。

 ……なんだ?

 いぶかしく思いつつも、セレンを先頭に俺たちは扉をくぐった。

――――全員が扉をくぐって行った後の広間。

 ウンディーネが「コーラル」と呼ぶと、そばにコーラルが現わした。その後ろには、他の巫女らしき女性たちの姿も見える。

 ウンディーネは優しく彼女らをながめ、

「長い間、ご苦労様でした」

「いいえ。ウンディーネさま。」

「そなたたちに感謝します。あの天災の襲撃から、よくぞ今日までここを護り抜きました」

「はっ。これでようやく予言を果たすことができましたわ」

「……では貴女たちの魂は、私たちが責任を持って送りましょう」

 コーラルたちが小さな光の珠になり、それをウンディーネたちが優しくかき抱くように胸に抱える。

 先ほどとは別の新しいゲートが現れ、ウンディーネたちはそこへ入っていく。

「さあ、ガフの部屋でゆっくり休むのですよ」

 やがて新しいゲートは姿を消し、ジュンたちの通った聖域へのゲートだけが残された。

――――

 扉を抜けたところはどこかの池の中だった。

 ざばぁっと水面から顔を出すと、目の前には白亜の神殿があった。

 海の中で結界に覆われた場所らしく、空気があり、ところどころから滝のように水が流れている。

 結界の向こうでは、まるで水族館のように美しいサンゴや色とりどりの魚が群れをなして泳いでいた。

 そばで何かの作業をしていた女性が驚いてこっちを見ている。

「あ、――ええ?」

 どこかで見たことがあるような……。

 ノルンがぽつんと、

「ここって……、海神セルレイオスの神域みたいね」

といった。

 え? そ、そういえば、この神聖な空気は確かに……。すると、この女性は海神の使徒のマールさんか!

 マールさんがあわててこっちにやってきて、

「え、ええっと。今日は裏口からどうしたんですか?」

ときいてきた。

 う、裏口か……、ここ。

 ってそれどころじゃなくて! セルレイオスの神域につながってたのかよ!

 池から出た俺たちは、久しぶりに空気の中を自らの足で歩きながら神殿の中へと案内された。

 前を歩くマールさんが、

「ちょうど今、セルレイオス様はいらっしゃらなくて」と申しわけなさそうに振り向いた。

「え?」

「神界へお出かけなんです」

 神界? そんなところがあるのか?

 ……いや待てよ。もしかして、それってヴァルガンドに来る時の白い部屋かもしれないな。

 あそこも普通の空間じゃなかったっぽいし、聖石もあった。それに、その後の経緯を見ても間違いなさそうだ。

 ただどの神様が俺をこっちに連れてきたのかはわからないが……。

 ちなみにカレンとアーケロンのところのシャロンさんは、ここが海神の神域と知り、とたんに緊張でギクシャクしながらついてきている。

 カレンよ。テーテュースの巨大ロボ変形機構や大陸破壊ミサイルみたいな謎ギミックを見ればわかるだろう?

 セルレイオス神はいたずら好きなんだから、そんなに緊張しなくてもいいんだぞ。

 そうこうしている内に、俺たちは一つの部屋に通された。

 そこには中央に台座が在り、濃紺に輝くビー玉ほどの大きさの宝玉が安置されている。

――水の精霊珠

 アトランティス滅亡後に、海神セルレイオスに管理が委託された精霊珠。

 精霊界から水精霊ウンディーネがヴァルガンドに力を与える出入り口となっている。

 ナビゲーションで確認するまでもなく精霊珠だ。

 マールさんはどこからかネックレスを用意して、その先端のくぼみに水の精霊珠をはめ込んだ。

 ちゃんと嵌まったかどうか確認をして、セレンに近寄る。

「そろそろ皆さんが取りに来るからと、セルレイオス様が事前に準備なさっていましてね。……まあ裏口からとは想定外でしたが」

 ……まあそうだよな。

 ここへは、俺たちが管理している楽園島パラディーススにも出入り口があるから、普通は正面そっちから来ると思うだろう。

 マールさんがペンダントをセレンにかける。

「うん。似合いますよ」

 確かに。どこか神秘的な雰囲気を漂わせていて、見た目だけは聖女のようだ。もっとも内面は超がつく積極的だが。

 セレンがこっちを見る。

「今、変なこと考えたでしょ?」

 い、いやそんな。思わず目線を反らせると、

「ふふふ。もう私は離れていても貴方のことを近くに感じ取れるのよ。念話よりも深く……」

 こわっ! どう猛な笑みを浮かべてるぞ。

 ノルンがパコンとセレンの頭を叩いた。

「ほら。そこまでよ」

 マールさんがくすりと笑い、

「へぇ。これだけ奥さんが多いとなかでいさかいもありそうですが、皆さんは仲良しのようですね」

 俺はうなずいて、

「ああ。これも男の甲斐性カリスマってやつかな」

と胸を張ると、ノルンがため息をついた。

 ヘレンがぼそっと、

「ノルンが私たちの中心になっているからよ」

とつぶやいたが、俺は聞こえないぞ。

 絶対に俺のカリスマのはずだ。決してノルンに敷かれているわけじゃ……、

「ジュン。あなたも黙って」

 ……はい。

 っと、そうじゃなくてだ。

「マールさん。ありがとう。……それでセルレイオス様は不在だけど、俺たちは戻ってもいいのかな?」

 セルレイオスの帰りを待つってなると、どれだけ待機していないといけないのかわからないからな。

 マールさんはにっこり笑って、

「ああ、全然だいじょうぶですよ。皆さんが来るのを予見していて出かけちゃうセルレイオス様が悪いんですから!」

 ……おい。扱いが軽くないか?

 いちおう創造神直下の陸海空を支配する神の一柱だよな?

 手を振ったマールさんが、

「あ、そこのもう一人の人魚族の方」

とシャロンさんに声をかける。

 神域の住人であるマールさんにびびっているようだが、恐る恐る前に出てきた。

「あなたにはセルレイオス様からこれを授けるようにと」

「え?」

 銀色に光る腕輪。渡された本人も驚いている。……どれどれ。

――海神の加護の腕輪――

 装備者に海神セルレイオスの加護を与える腕輪。魔力操作や生命力、水中活動補正極大

 加護を与える腕輪。会ったこともないだろうに、ますます謎だが神様のすることだ。何かの理由が……。いや、これからわかるのか?

 マールさんに促されて、シャロンさんは左腕に装着した。

「本当はゆっくりしていただきたいんですが、急いで帰った方がいいとの伝言ですからすぐに出立するのがいいと思いますよ」

 そういうのは先に言おうよ。

 ……俺たちは伝えられた海神の言葉に慌ただしく裏口から遺跡へと戻ったのだった。