9-14 激動のミルラウス

「騎士団よ、急げ! 先遣隊せんけんたいは海竜王様とともに直ちに出発だ!」

「「「おう!」」」

 騒然とするミルラウスの宮殿。

 多くの人魚の騎士だちが、男女を問わずに都市の外にたたずむ巨大な海竜王リヴァイアサンのもとへと集っていく。

 海竜王のそばには立派な鎧に身を包んだオケアーノス国王の姿があった。

「……国王よ。もう時間が無い。我は行くから後から騎士団を編成してついてくるのだ!」

「はっ!」

 そこへ一人の男の人魚が急いで泳いでくる。

「国王様! 先遣隊がノーチラス1号への乗船を完了しました!」

 その眼下には数隻の流線型の船の停まっていて、そこへ準備のできた人魚騎士たちが乗り込んでいった。この船がノーチラス。魔導文明期の遺産で海中を進むための襲撃艇しゅうげきていだ。

「よし! ではさっそく、海竜王様とともに先に行け!」

「はっ!」

 男の人魚がもどると、一隻のノーチラスが浮かび上がってきた。

 海竜王が、「行くぞ! アハティオーラへ急ぐのだ!」とまるで空を飛ぶように泳ぎだす。それについていくノーチラス1号。

 海竜王と一隻はあっというまに見えなくなっていった。

 オケアーノス国王は、その姿を見送る。

「……フォラスが再び現れたか! 今度こそ滅ぼしてみせる」

 拳が白くなるまで強く握り、再び騎士たちに「急げ!」と叱咤しはじめた。

 集結していく騎士団を、宮殿のテラスから王妃エウローパとアシアーが心配そうに見つめていた。

「海の女は決して取り乱してはいけませんよ」

「……はい。お母様」

「大丈夫。きっと戻ってきます。フォラスを倒して……」

 エウローパはアシアーを安心させようとしているようだが、その実、自らに言い聞かせている。

 千年以上にも及ぶフォラスとの戦い。

 今までも多くに人魚たちが戦い、そして、命を失っていった。そのなかには初代建国王も入っている。

 それだけフォラスは強い。しかしまた、負けるわけにも逃げるわけにもいかないのだ。

 ――騒動の始まりは海竜王の帰還だった。

 人間形態の男の姿で戻った海竜王は、余裕のない様子で国王の下へと駆け込んできた。

「オケアーノスよ! フォラスが現れるぞ。急いで騎士団の編成をせよ!」

「フォラスですと! はっ。かしこまりました!」

 あわてて部屋から伝令の騎士が出て行く。

 オケアーノスも自らの武具を取りに部屋から出て行き、その場には海竜王とエウローパ王妃だけとなった。

 エウローパが海竜王にたずねる。

「フォラスはいずこにあらわれるのでしょうか?」

「……アハティオーラのアーケロンのところだ」

「それはセルレイオス様から?」

「そうだ。……あそこにはな。最後の要石があるのだ」

 海竜王の言葉を聞いて、王妃が驚いた。

「要石……」

「ああ。ノーム、グレートキャニオン、エストリア、デウマキナの4つは既に破壊されてしまった。残る最後の一つが破壊されてしまえば、この世界を護る結界はなくなりむき出し状態となる」

 絶句する王妃。そこへ国王が鎧を身にまとって戻ってきた。

「お待たせいたしました。海竜王様」

「うむ。……王妃よ。裏を返せばフォラスを滅ぼすチャンスなのだ」

 海竜王が部屋から出て行くと、オケアーノス国王は王妃と抱き合い、

「留守を頼むぞ。フォラスを滅ぼせば海流の異変も納まろう。今度こそ逃すわけにはゆかぬ」

「わかっています。……あなた。ご武運を。あの地には今、婿殿たちとともにセレンもいます」

「ああ。こういう時に婿殿たちがいてくれるのは心強い。これも海神様の思し召しやもしれぬ」

 離れた国王は海竜王を追って部屋から出て行った。

 入れ替わるように飛び込んで来たアシアーとともに、エウローパは宮殿のテラスに向かい騎士たちが出発していくのを見守っていたのである。

――――

「――ダークランス」

 頭上にいるぼろぼろのローブを着たフォラスから5本の黒い槍が飛んでくる。

「マナバリア:フォートレス」

 対峙するアーケロンが冷静に防御魔法を展開。

 みずからの攻撃を防がれたフォラスは愉しそうに笑った。

「フハハハ。思わぬ守護者がいたものだ。……だがちょうどいい。楽しませてもらおう」

 そういって右手を掲げ「イビル・サンダー」とつぶやくと、その指先から黒い稲妻がほとばしった。

 マナバリアをつきぬけて稲妻がアーケロンに襲いかかる。

「ぐぐぐぐ……」

 稲妻に打ち据えられ苦悶の声を上げるアーケロン。しかし、その体の周りに魔方陣が浮かび上がる。

「レインボーブラスト」

 魔方陣から四大属性の魔力が光線となってフォラスに飛んでいった。

 しかし、その魔法はフォラスの周りに浮かんだ黒い光のバリアによってさえぎられる。

 そこへダイオウイカの触手がフォラスに襲いかかった。

 バリアを抱きかかえるようにダイオウイカがフォラスを捕まえ、そのまま崖にたたきつける。

崖にめり込んだバリアだったが、その中からダークランスが射出され、ダイオウイカに襲いかかった。

 交わし続けるイカだったが、よけ損なった一本が一本の触手を崖に縫い付けた。

 その頭上に瞬間移動したフォラスがイビル・サンダーをダイオウイカに放つ。

 しかしそこへアーケロンが割り込んだ。

「アンチ・サンダーマテリアル」

 魔法で作った黒い板がフォラスの稲妻を吸い込んでいった。

 その間にダークランスを抜いたイカが離脱していった。

 アーケロンが叫ぶ。

「クラ! そのまま1番から3番まで起動!」

 その声がトリガーとなり、突然フォラスの頭上に魔方陣が現れ魔力の網が射出された。

「ぬぅ。この網。魔力を吸うか……」

 崖に縫い付けられたフォラスがうなる。

 さらにフォラスを中心に魔方陣が描かれ、ゆっくりと回転をはじめた。

 アーケロンが呪文を詠唱する。

「海や地脈に流れる魔力の流れよ。――集いて彼を封じるくさりとなれ」

 魔方陣から鎖が何本も飛び出してフォラスを絡め取る。

「――封印陣」

 カッと魔方陣が強い光を放ち、フォラスの身体を飲みこんでいこうとする。

 抵抗するフォラスに、アーケロンが、

「幻獣をも封印する魔方陣よ。あんたも温和おとなしく封印されな!」

と言い捨てた。

 しかし、次の瞬間、大きな黒い槍がアーケロンの腹を貫いた。

「ガフっ」と血を吐くアーケロン。

 フォラスが「ふんっ」と気合いを入れると、その身を縛っていた鎖も魔方陣も光を失ってボロボロに崩れていく。

 苦しむアーケロンが、

「……9番、起動」

とつぶやいた。

 海溝のあちこちに設置された宝玉から、フォラスに向かってマシンガンの如く魔力弾が連射される。

 しかし、フォラスはその弾幕をその身に受けながらも微動だにしない。

「うっとうしい!」

 海溝中のあちこちで連鎖的に爆発が起こった。

 その間にアーケロンが自らを回復魔法で癒やす。

 フォラスは、アーケロンを包む回復魔法の光を見下ろしながら、

「ではもう少し本気を出そう」

 不気味な瘴気がゆらゆらと立ち上り、その眼が赤く光った。

 ゆらりと身体が揺れたかと思ったら、右手がぐいんと10メートルも伸びてアーケロンを打ち据える。

 アーケロンの巨体に比してあまりにも小さな拳だったが、殴られたアーケロンの顔がゆがむ。

「ぐぐぅっ」

「どうだ? 瘴気を打ち込まれた気分は?」

 フォラスの周囲が黒い瘴気で濁っていく。

 海溝の底や断崖からもゆらゆらと瘴気がにじみ出て、霧のように立ちこめていった。