9-15 アハティオーラの惨状

対フォラスの戦いが始まる。

ここからは視点が切り替わることが増えます。一応、どの視点かわかるように書いているつもりですが、ご了承ください。

(○○視点とかside○○にしないように視点チェンジできるかどうかの挑戦)

 セルレイオスの聖域から戻った俺たちだったが、すでにコーラルさんたちの姿も気配もなくなっていた。

 長い長い役目を終えたのだろう。

 さっきまで水精霊珠の神殿だったのに、完全な廃墟となっている。積み重なってきた年月に無性に寂しさを覚えたものの、急いで俺たちの船テーテュースに戻った。

 テーテュースに乗り込んだ俺たちは、すぐに大海溝アハティオーラを目指して出発する。自重なしに船の機能を利用して高速航行をさせている。

 操縦室のスクリーンから、甲板でシャロンさんが心配そうに流れていく海を眺めているのが見えた。

 見守っていると、そこへサクラ、シエラ、カレンの3人が近づいていった。

 シエラが、

「心配だよね」

と声をかける。

 ちらりと3人を見るシャロンさんは、

「……なんでもないわ」

とぶっきらぼうに返事をした。

 操縦室で盗み聞きしているみたいで気がひけるが、まだシャロンさんはどこか頑なな態度で自ら壁を作っているようだ。

 サクラがニコッと笑みを浮かべ、

「まあまあ、とりあえずそこのイスに座ってお茶でもしようよ」

「私は――」と断ろうとするシャロンさんだったが、無理矢理サクラが手を引っ張ってイスに座らせていた。

 シエラやカレンもイスに座る。

 サクラはマジックバックから彼女自慢のお茶のセットを取り出して、そばのテーブルに並べた。

 いつも使用している白の陶磁器と違い、透明なガラス製だ。

 それを見てカレンが目を輝かせ、

「今日はそっちのお茶にするのね」

と嬉しそうに笑っている。

 つづいてサクラが取り出したのは、地球で言う中国茶の工芸茶。丸薬のように丸められたお茶っ葉を入れた茶筒だった。

 ニィッと笑ったサクラが、

「まあ、楽しみにしててよ」

といいながら、ガラスポットに少量のお湯を入れ、そこへ丸いお茶っ葉の珠をチャポンと入れた。

 そして、その上からゆっくりとお湯を注いでいった。

 カレンがうれしそうにしながら、シャロンさんに、

「見ててごらん。びっくりするから」

という。シャロンさんは不機嫌そうな表情だったが、じいっとガラスのポットを見つめていた。

 ポットの中のお茶の粒が、まるでつぼみが花開くようにゆっくりと少しずつ広がっていく。

「うわぁ」

 それを見たシャロンさんが驚きの表情を浮かべた。

「へへへ。お花みたいでしょ」

 サクラの自慢にシャロンさんがうなずいている。

 カレンもうれしそうに、

「私、サクラちゃんのお茶が好きなんだよね」

という。

 サクラは十分にポットの花が開いたところで静かにお茶をカップにそそいだ。

 シエラも自分のカップを手に取り、ん~といいながら香りをかいでいる。

 その様子を見て少しリラックスしたのか、シャロンさんが、

「そういえば、このチームって人種がバラバラですね」

 シエラがうなずいて、

「ジュンさんとノルンさんが、……だいぶ怪しいけど、人間族。ヘレンさんは、……だいぶ怪しいけど覚醒してからは魔族。サクラちゃんは妖怪族のネコマタ。私が竜人族でカレンちゃんはハイエルフ。そしてセレンさんが人魚族。確かに人種がバラバラだよね」

「冒険者のチームってそういうものなんですか?」

「ん~、どうかなぁ。人間族、猫人族、犬人族あたりで混合チームというのはあるかもしれないけど。私たち竜人族や、もちろん妖怪、エルフ、人魚族なんて、まず出逢うことないよ」

 その言葉に納得したシャロンさんがカレンを見る。

「それにしてもハイエルフってエルフより上の種族ですよね?」

「え、ええっと。そうなのかな? あまり意識したことはないけど」

「すごいです。っていうか、私、あの海溝から出たことがないから、こんなに色んな種族の方に会うのも初めて」

 ――シャロンさんは何かを感じ取っていたのかもしれない。今もどこかそわそわしているようだ。

 確かにさっきから俺の首筋にもビリビリと何かを感じる。間違いなく何かが起こっているに違いない。

 甲板のお茶会を眺めながら、

「悪いが急いでくれ」

 そっとサポートシステムに指示を出した。

 適当なところで、サクラへ念話を送ってお茶会を止めさせるか……。

――――

 アハティオーラまでもうすぐというところで、俺は異変に気がついた。

 なんだ? 海溝の奥で何かが光ってるぞ?

 ……嫌な予感が現実になったな。

「全員。戦闘準備をして操縦室に集合してくれ」

 艦内放送をしてから、サポートシステムに光っている箇所をズーミングさせる。

 振動や土ぼこりがあがっているようだが、そのすき間から、ずたぼろになったダイオウイカの姿が映し出されていた。

 サポートシステムが、

「強い瘴気を魔力の集中を感知しました。戦闘中の模様」

 なに? 瘴気だと。

 あわててスキル瘴気視に切り替えてスクリーンを見ると、海のあちこちから瘴気がアハティオーラに流れ込んでいっているのが見えた。

 おいおい。谷底に霧が立ちこめるように、海溝の底に瘴気がどんよりとたまっていやがる。

 そこへノルンたちが飛び込んできた。

「大変よ! シャロンちゃんが一人で飛び込んだわ!」

「なにぃ! ……セレンは!」

「追いかけてる」

 あわててスクリーンを確認すると、確かにものすごいスピードで泳いでいるシャロンとセレンの二人の姿が見えた。

 ……あの方向。ダイオウイカのところか!

「ノルン。悪いが下のエネルギー結晶に神力を充填してくれ。おそらく奴がいる」

「――了解」

 ほかのみんなも心配そうな表情でスクリーンに映るシャロンとセレンを見ている。

「ヘレン! 二人を見ていて危険が迫っているようだったら、テーテュースの武装で攻撃してくれ。……ブースターで急がせるが、頼むぞ」

「わかったわ」

 船長席に座り、

「ブースター、オン! 急いで二人を追え!」

 ブースターとはこの船の機能の一つで、船尾からロケット噴射のような水流を放出して速度を上げる機能だ。

 グンッという加速度Gとともにテーテュースがすさまじいスピードで二人を追った。

――――必死にシャロンを追いかけるセレン。先ほどから、

「クラーケン! クラーケン!」

と叫ぶ声が聞こえている。

 前を泳ぐシャロンの叫び声だ。

 彼女は脇目も振らずに泳いでいる。

 全速力の私でも少しずつしか距離を詰めることができないとは、正直に驚いている。

 しかし……。私は眼下の海溝をちらりと見る。

 海溝の下はなにやら霧が立ちこめるような不気味な雰囲気で、……どうやら瘴気が立ちこめているようだ。

 この場にいることは危険だ。早く彼女を連れてテーテュースに戻らないと。

 不意にその瘴気から、魚が飛び出してシャロンに襲いかかった。

 しかし、前しか見ていないシャロンは気がついていない。

 すぐにトライデントを構え、

「アイスランス」

と詠唱破棄で氷の槍を放つ。

 今まさにシャロンの飲み込もうとした魚に突き刺さるアイスランス。

 その脇をシャロンが素早く通り抜けていく。

 危機感をいだきながらも、とにかく追いかけるしかない。

――――俺たちがシャロンさんとセレンに追いついたのは、二人がダイオウイカのもとにたどり着いたのとほぼ同時だった。

「ヘレンとカレンはここで周辺警戒。そして、結界を張ってくれ。他のみんなは行くぞ」

「「「はい」「ええ」」」

 ノルンたちを引き連れてすぐにセレンのそばに行く。

 その向こうではシャロンさんが、必死になってクラーケンの名前を呼んで顔を叩いていた。

 しかし、すでに事切れていて反応はなく、海の水にゆらゆらと揺れているだけだ。

 やがて叩く手が止まった。クラーケンにすがりついている。

「クラーーケーン! ……ううう」

 ……くそっ!

 あれから何が起きたってんだ。

 拳に力がこもる。

 ふと見ると、シエラが泣きそうな表情で、シャロンさんに近づいていく。

「シャロンちゃん……」

 そういってシャロンさんの肩に手を添えるシエラ。彼女は顔を上げると、今度はシエラに取りすがって泣き続けた。

 シエラが俺を見る。

(ジュンさん。……私は、許せません)

 念話に込められたシエラの思い。俺もよくわかっている。

 シエラは目の前で父を殺されているんだ。それも天災の攻撃からシエラを守って。

 黙ってうなづきかえし、ノルンに、

「アーケロンが心配だ。クラーケンをアイテムボックスに納められるか?」

「……言いにくいけど。ああなってしまったら多分できる」

 生きているものはアイテムボックスに入れられない。つまり、そういうことだ。

「セレン。アーケロンが心配だ。シャロンをなだめてくれないか」

「わかったわ」

 ほかのみんなには出発の準備をさせ、俺はセレンとシャロンさんがやってくるのを待つ。

「シャロン。……今は急ぐぞ」

 無言でうなづくシャロンさん。セレンが寄り添いながら船に戻った。

 シエラの時と同じように、またも仲間の大切な人を守れないのか。

 ノルン。お前の知り合いを……。

「ジュン。冷静に……。私は大丈夫だから」

 クラーケンを収納したノルンが、握りしめた俺の拳に手を添えた。

 そうだな。

 今はとにかく自分のできることをするしかない。

「ノルン。ありがとう。――行くぞ!」「ええ」

 急速潜行して、アーケロンの住居に向かう俺たち。

 次第に激しい戦闘の跡が見られるようになった。

 あちこちで崩れたり、穴が開いた断崖。

 凍り付いた岩。そして、海溝の底から涌いて出てきているような瘴気の煙。

 ……シャロンには見せない方がいいかもしれない。

 この先に待つ戦いにそなえ、シャロンには操縦室にいてもらい。ヘレンとカレンに様子を見てもらっている。

 その他のメンバーは息を潜めるようにスクリーンを見ていた。

「ヘレン。カレン。シャロンとテーテュースを頼むぞ」

「わかってる。大丈夫よ」

 今のシャロンは、修道女であるヘレンの沈静魔法で落ちついているが、やはりアーケロンのことが心配なのだろう。じっと住居の方向を見つめていた。

「あ」

 シャロンが何かに気がつき急に身体を震わせたと思ったら、その場で意識を失った。

 あわててカレンが受け止めてそっと床に寝かせる。

 目の前のスクリーンにシャロンが気を失った原因が映し出された。

 崖に叩きつけられたアーケロン。

 甲羅も割られ、足のヒレもちぎれてぶらさがり、その腹に巨大な黒い槍が深々と突き刺さっている。

 槍を持っているのは……、

「「「海の悪魔フォラス!」」」

 即座に俺たちは操縦席から飛び出した。

――――

 フォラスのもとへ向かいながら封印術式を解除する。

 光の衣を身にまとい、一気にフォラスに切りかかった。

 ふところに飛び込んでの突きは先端がフォラスの障壁に突き刺さったが、奴にまでは届かなかった。

 俺を見てニヤリとわらうフォラス。

「遅かったな。……すでに最後の要石も破壊したぞ」

 なんだって? ここに要石が……。いいや、それは後だ。

 今はこいつを倒す!

 左の拳で奴の障壁をぶん殴り、その反動で距離を取る。

 ノルンはアーケロンの所ヘ行っている。

(サクラ。結界を張れ)

(了解です。マスター!)

 同じく光の衣をまとったサクラが、クナイを投げ、印を結ぶ。

「四神結界。封!」

 クナイに縫い付けた符が基点となり、奴を封じる多面体の結界のできあがりだ。

 フォラスが「準備は終わりか?」といい、右手を挙げた。

「お前たちもここで終わりだ。……ふん!」

 その手から黒い稲妻が俺たちに襲いかかった。