9-19 フォラス戦い4 破壊の権化

――――一方、テーテュースの操縦室。

 床に寝かせられていた人魚のシャロンが目を覚ました。

「う、ん……」

 固定していたベルトが自然にほどけ、上体を起こしてぼんやりと周りを見回している。

 普段は大きな尾びれになっている下半身も、船の中は水がないので人化しており、毛布の裾からすらりとした足がのぞいて見える。

 ヘレンが、

「あ、気分は大丈夫かしら? まだ戦闘中だから、急いでイスに座って」

と声をかけるが、シャロンはまだぼうっとしているようだ。

 カレンが心配そうに、

「まだ意識がはっきりしていないのでしょうか?」

とつぶやいた。

 それも無理はない。二人はそう思った。

 自分の育ての親が無残な姿になってしまったのを、その目で見てしまったのだから。

 ぼうっとしているのも一種の自己防衛本能なのだろう。

 その時、シャロンが何かに気がついたように立ち上がり、おぼつかない足取りでフラフラと歩き出す。

 まるで何かに呼び寄せられているかのような表情だ。

 ヘレンがあわてて、

「ちょ、ちょっとどこに行くの?」

と声を掛けるが、その声は聞こえていないらしい。

 シャロンはブツブツと、

「――うん。わかった。今行くね。お母さん」

とつぶやきながら、ロックされているはずの操縦室の扉を開けて外に出ていった。

 カレンが驚いて、

「ちょっと。システムさん!」

と声を上げるが、システムからは、

「原因不明のエラーです。現在はロックされています」

と返事が来て、扉を開けることができない。

 あわててカレンが扉を叩きながら、

「ロック解除して! 行かないと!」

と言うが、システムが

「ロック解除不能。エラー。エラー。エラー」

と繰り返す。

「そんな!」と言いながら、カレンは拳を叩きつけている。

 ヘレンは眉をしかめながら、スクリーンを見つめる。とにかく状況を整理しないと……。

 船の周りだけでなく、海域一帯ではフォラスの呼び出した軍勢とオケアーノス国王たちが戦いを繰り広げている。

 その最中を、ゆっくりとシャロンが泳いでアーケロンのいる方向へ向かっている。

 まるで夢遊病者のような様子に、ヘレンは、

「もしシャロンに危険が近づいていたら、即座に対処して」

とシステムに命じる。

「了解です」

 それを聞いたカレンが、

「え! それはエラーが出ないのですか?」

と釈然としない様子だ。

「カレン。座って。きっとこれも何かの力が働いているのよ。私たちがどうこうできることじゃないわ」

「……はい。そうですね」

 二人が見守る中、シャロンは戦場のなかをゆっくりと泳いでいく。

 黒い魚がその襲いかかろうとするが、テーテュースからレーザーが発射され海に沈んでいく。

 スクリーンにはまるで静かな海を行くように泳ぎ続けるシャロンの姿が映し出されている。

 やがてアーケロンのもとへたどり着いたシャロンは、その大きな顔のところで何かを話しかけている。

 最後の会話だろうか。

 シャロンがうなずくと、そこからゆっくりと離れて静かに歌をうたいはじめた。

 亡くなった人を送るような葬送の歌ではない。むしろ神々をたたえるような厳かな歌が聞こえてくる。

 すると、はるか頭上から一条の光がアーケロンを照らした。

 暗い深海をのなかを、傷ついたアーケロンの巨体がまるで月光のスポットライトに照らされているかのようだ。

 アーケロンの身体がキラキラと光の粒に覆われるように輝き始めた。身体の端っこから、すこしずつ砂となっていくかのように光の粒になって崩れていく。

 やがてすべてがキラキラした光の欠片になり、シャロンの周りを見守るようにゆったりと集まっていく。

 シャロンが歌いながらも、光の粒を抱きしめるような仕草をとった。

 ふと歌を止めて、

「うん。お母さん。……ずっと一緒だよ」

とつぶやいた。

 その手元に光の粒が集まっていきシャロンに何かを話しかけると、すっと海流に乗ってその場を離れていく。

 シャロンはそれを見送りながら住居だった大穴の中に入っていった。

 一連の様子をスクリーンで見ていたヘレンとカレンは、静かに状況を見守っていた。

――――リュビアーの影と戦っていたシエラは、今まさに最後のとどめを刺そうとしていた。

「はあぁぁぁ」

 竜闘気ドラゴニック・バトルオーラを影に叩きつけた。

 ついに力つきたのか。影が黄金色の光に包まれてちりぢりに消えていく。

「よくやった。シエラよ」

 海竜王の言葉に頭を下げるシエラ。

「お前はそのままジュンの元へ行け。我はこのぶんぶん泳いでいる小者どもを一掃してしよう。……もうあまり残っていないみたいだがな」

「はい」と返事をして、ジュンの元へ行こうとすると、突然、海中にまばゆい光が輝いた。

 シエラが振り返ると、今まさにジュンとノルンがハルバードを握って、眼下に現れた巨大な怪物に攻撃を加えるところだった。

「なにあの化け物? まさか天災ってあんな化け物なの?」

 シエラがつぶいたのには理由がある。

 それは父の仇もまた天災だからだ。「――もっと力をつけないと」

 拳を強く握りながら、ジュンとノルンをサポートしていたサクラとセレンの元へ急ぐ。

 その向こうでいくつもの光の刃が生まれ、ヒュドラの首が次々に断ち切られていく。

 思わず「すごい……」とつぶやくシエラ。

 サクラはうなずいて、

「マスターとノルンさんだからね」

と言うが、セレンが2人をたしなめた。

「――油断したらダメよ。嫌な予感がするから」

 その言葉がトリガーになったのだろうか。

 ヒュドラの様子が変わった。次々に新しい首がニョキニョキと生えていく。

 無作為にブレスを放っては周囲の崖を壊していくヒュドラ。

 まるであの様子は――。

 その時、3人の背後に海竜王がやってきた。

「暴走状態だ」

 周りはオケアーノス国王らミルラウスの人魚たちも集まっていた。

 国王は厳しい表情でヒュドラを見ながら、おそるおそる、

「海竜王様、あれはいったい?」

「王よ。あれが天災なのだ。かつての帝国を滅亡に追いやった破壊する意思だ」

「ですが、これは私たちでは……」

「案ずるな。かつてとは違う。この者らがいる。――そうであろう? シエラよ」

 呼びかけられたシエラだったが、その表情はすぐれない。

 なにしろ、想像以上の化け物なのだ。どのように戦うことができようか。

「は、はい。ですが、あの化け物……」

 言いよどむシエラに、海竜王は、

「見ろ。あの二人はあきらめてはおらぬぞ。3人ともあの者の翼になるのであろう?」

「「「はい」」」

「テーテュースも来たようだ。我らも力を貸そう」

 海竜王はそう言うと、人魚たちに5つの集団に分ける。

「セレンの持つ精霊珠を核に結界を張れ。奴の動きを封じた上で奴の核を打ち砕くのだ」

 その命令にしかし王が戸惑っている。

「結界となりますと、その基点になるものが必要かと。それはいかがしましょうか」

「案ずるな。すでにアーケロンが用意しておった。……ほら」

 海竜王の視線の先には、小さな箱を手にやってくるシャロンの姿があった。

「シャロンよ。わかっておるな?」

「はい。海竜王様。……お母さんからこれを使うようにと」

 そういってフタを開けるシャロン。その中には、5色の小ぶりな宝玉が鎮座していた。

 人魚の騎士たちが1つずつ宝玉を受け取って、海竜王の指示にしたがって散らばっていく。

――――ジュンとノルンは次々に増殖する首をの間を駆け抜けながら、戦いつづけている。

「くそっ! きりがないな!」

 テラブレイドを振り回し、光刃を飛ばし続ける。

 俺のすぐ脇をノルンの神力弾が飛んでいく。

「ジュン。少し時間を稼いで!」

「了解だ!」

 神力を剣に乗せて一閃する。

 俺を中心に円形の光刃が広がっていく。数本の首が断ち切られるが、そこからさらに新しい頭が生えてくる。断ち切った頭は瘴気にもどって奴の身体に吸収されていく。

 さっきまでと変わらない状況だ。すさまじい再生力。……いや、プログラムの増殖バグのようにどこかおかしい増え方だ。

 会話の成立していたはずのフォラスも今は意思があるのかもわからない。破壊の本能にしたがって狂っているようにみえる。

 剣を納め、両の拳から魔力連弾マナバレット・ストロークを放つ。

 魔力弾が乱舞し、いくつもの首を打ち据えていく。

 増殖し続けるなら、頭を切り離すことに意味は無い。

 それならばノルンと同時に大技を打ち込んだ方がいいだろう。

 鞘に入った剣を頭上で回転させ、身に宿る神力や周囲の魔力を吸収させる。

(行くわ!)

 ノルンの背中の翼がひらく。光背が輝きをましていく。

 初めて見る魔法。恐らくレベル7の神魔法だろう。……俺もそうだが、自然と力の使い方が頭に入ってくるときがあるんだ。

 ならば俺も。

 周りに浮かぶ光のかけら。すべてを頭上のテラブレイドに込める。

「神威光翼波」

「ジャッジメント・バスター」

 ノルンの翼から光弾が雨のように降り注ぎ、世界すら切り裂く斬撃を奴のみを対象に放つ。

 光の柱が俺たちをも飲み込んだ。