9-2 海中航行

 話し合いが終わったところで操縦室へ向かった。

 俺が中央の一段高くなっている席にあるイスに座る。みんなは一段低いところにあるイスだ。

 ……それじゃ行くか。

「テーテュース・サポートシステム起動」

 ブウゥゥンと低周波の音がして、

「アクセス承認。――スリープモードから起動完了。船長。よろしくお願いします」

と応答がかえってくる。

「目的地は海底王国ミルラウスだ。潜行モードに移行」

「アイアイサー! 潜行システム起動。エアバリア結界を展開します。……完了。操縦室コントロールルームを潜行モードにします。イスが動きますのでご注意ください」

 そのアンアウンスとともにガコンっと音がして、「きゃっ」とカレンが可愛らしく声を上げた。

 俺たちの座っているイスを残してスクリーンなどが壁に収納されていく。

 壁が少し離れて球体状になっていき、その中心に俺たちの席が浮かんでいるような形状になった。

 まるでX―メンに出てくるディアブロみたいだ。

 周りの球面スクリーンに外の景色が投影される。……なるほど。潜行するわけだから上下360度を見られるようになったわけか。

 ……またしてもこのどこかのSFのようなふざけたギミック。

 この神船テーテュースをくれた海神セルレイオスのどや顔が目に浮かぶようだ。

「相変わらずのハイスペックの謎ギミックだな」

 まあ、いい。

 このスクリーンの方が快適だからな。そのほかの訳のわからんギミックのあれこれは目をつぶろう。

 ――確か巨大ロボ変形機能とかあったはずだが、気にしたら負けだ。

「潜行モード準備完了。……いつでも行けます」

 サポートシステムの報告を聞いて、みんなが俺を見る。

 さあ、いよいよだ。テンションが上がるぜ。

 みんなの顔を見てうなづき返して、

「テーテュース。潜行!」

と、ちょっとかっこつけて命令する。

「了解しました。潜行を開始します」

 少しずつ下にさがっていく感覚とともにスクリーンの海面が上昇していく。

 その様子を見て、みんなが「「おおー!」」と驚きの声を挙げる。

 特に海中の光景を見たことがないカレンのテンションがやばい。両手でグーにして座りながら小さく飛び跳ねている。

「うわぁ! すごい! すごい!」

 ……うん。可愛いから許す!

 3メートル、5メートル、8メートル……。ゆっくりと潜行していく船。海面がまるで天井のように頭上でゆらゆらと揺らいでいる。

 海上では風があったから、その影響で波の動きもやや強い。

 本来ならば20メートルも潜れば光も少なくなっていくが、スクリーンに映し出される光景は、南国の海のようにどこまでも明るく透明だ。

 きっとこれもテーテュースの機能なのだろう。

 完全に船体が海中に沈み水深40メートルに達したところで、沈降を止めて船体を水平にする。

 眼下にはエストリアから続く大陸棚がなだらかに広がっていて、ところどころにある珊瑚がまるで灌木のようだ。さまざまな魚の群れがキラキラと光を反射しながら通り過ぎていった。

 たしかにこの光景は絶景だ。ずっと向こうに頂上が平らな山や、珊瑚の群生地、沈没した船などが見え、遠くの海面では鯨の親子がゆったりと泳いでいる。

 ノルンがうっとりと、

「なんて綺麗なのかしら」

とつぶやいた。

 俺もワクワクしながら、

「しばらくこのまま海中遊覧にしよう」

と言うと、みんながうれしそうにうなづいた。

 海の中は大陸棚が広がっていて、端から更に崖となって深海へと続いていく。

 ミルラウスは深海域にあるのだが、しばらくは水深200メートル以内の浅海域を進む予定だ。

 折角の海中旅行。

 操縦をオートにして、甲板デッキにテーブルとイスを並べ思い思いにくつろぐことにした。

「はい。どうぞ」

 ノルンが俺に暖かいミルクティーを持ってきてくれた。

 そのままノルンが隣に座り、

「海の中って広くって綺麗ね」

「ああ。遮るものがないからな。……でもね」

「うん」

「この通行証の指輪のお陰でもあるんだよ」

「そうなの?」

「透明度が高い海でも、2、30メートルも潜れば、日の光も届かなくなって暗くなるんだよ。だけど、ここまで明るく見えるのはこいつの力だろうな」

「そっか。やっぱりこの指輪ってすごいのね」

 そう言って、ノルンがしみじみと真珠の嵌まった通行証の指輪を撫でている。

 その様子を見ていると、俺の視線に気がついたノルンが照れたようにはにかんで、左手薬指の婚約指輪を掲げた。

「ふふふ。この指輪があるお陰で、いつもあなたに抱きしめられているみたいな気持ちになるわ」

 あの指輪には俺の神力が込められている。……なんだか照れるな。

「そ、そうか。俺だってこの腕輪をしていると、皆を近くに感じるよ」

 俺のこの左腕の腕輪には、ノルンの神力やみんなの魔力が宿った宝玉がはめられているんだ。

 にっこり笑ったノルンが、

「よかったわ。もしも……」

と何かを言いかける。

「もしも?」とききかえすと、

「離ればなれになることがあっても、がんばれる気がするの」

 離ればなれに? 俺とノルンが? いや、俺たちがか……。

 安心させるようにノルンの手を取って、そっと両手で包み込む。

「まあ、一時的に別行動をとることはあるかもしれないけど、離ればなれってことはないよ」

「……なにかね。そういう予感がするのよ」

「縁起でもないな。でもそれなら……。見つけるさ」

「え?」

「そうなったら、俺がノルンを見つける。必ずだ」

「……うん。そうね。私もあなたを探すわ」

 ようやくノルンの声に力が戻ってきた。

 それに安堵しながらも、

「どっちが先に見つけるか競争だな」

「ふふっ。そうね。……見つけられた方が、見つけた方の言うことを一つきくってことでどう?」

「おっ? いいよ。俺の方が先に見つけて、ノルンにネコミミ付けて語尾に“にゃー”をつけてもらおう」

「あら? じゃあ、私はジュンに眼鏡をしてもらって、執事服を着てもらおうかしら」

 軽口を言いながら、俺は自分の首から提げている神竜のペンダントを大切そうに撫でた。神竜王バハムートから俺たち二人にお揃いのプレゼントだ。

 スキル:ナビゲーションによれば、そのステータスにはこう書いてある。

 対のペンダントと互いに呼び合う。

 対のペンダントへの次元通話

 もしかしたら、ノルンの予感は現実になるかもしれない。……でも大丈夫さ。たとえ離ればなれになろうとも、必ず再会できる。

 ふと見ると、フェニックス・フェリシアが俺とノルンを見守るようにじっと見つめていた。

――――

 海中では地上より暗くなるのが早い。

 潮の流れの穏やかな場所を見つけ碇を下ろして、海中に停泊することにした。

「ジュンさん。ご飯できました」

 呼びに来たのはシエラだった。

 食堂に行くと、そこだけエアバリアと船体と海とが近いみたいで、サクラとカレンが船縁から海中に手を伸ばして魚にエサをやっている。

「くすくすっ。くすぐったい」

 楽しそうにカレンが笑っている。見るとその伸ばした手の平で、小さな魚たちが群がっている。

「ふふふ。大きくなあれ。大きくなあれ」

 サクラがそう歌をうたっているが、お前、大きくなったら食べるつもりだろう? 楽しそうにネコミミを揺らしやがって。

 そんな二人を、修道女のヘレンが微笑みながら見守っている。きっと孤児院の子供を思い出しているのだろう。……こうして見る分には聖女らしいんだけどね。

 俺の視線に気がついたヘレンがこっちを見て、

「な、なによ? 別に、……ちょっとかわいいなって思っただけよ」

とぶっきらぼうに言う。

 わざとにこやかに微笑みながら席に着くと、ヘレンが忌々しげに俺を見る。

「まあ、いいわ。今日は私の番だし」

とつぶやいた。

 ふふん。俺は知っている。強がっていても、ヘレンはべったり甘えてくるタイプなんだよ。

「確かにかわいいよな」と言いながら、俺もサクラとカレンを見つめる。途端にヘレンが「そうよね! ジュンもそう思うでしょ」

 まあ、こうあっさりと機嫌が直るヘレンもかわいいけどね。

 夜なので、船内の照明も暗く落とす。暖かいオレンジ色のランプの光に照らされた食卓。

 ブイヤベースにロブスターのグリル。フランスパンにシーザーサラダ。具だくさんのスープに、赤と白の妖精ワイン。

 全員がそろったところでグラスを手に持ち、

「じゃあ、明日からみんな。がんばろうな」

と食事をはじめる。

 早速、ロブスターのグリルを切り分けて一口食べる。ハーブ・ソルトとバターが絶妙にマッチして、ぷりぷりの身がはじけるようでうまい。

「うまい……」

 噛みしめるように褒めると、セレンとノルンが嬉しそうに破顔した。彼女らが今日の料理当番だったのだろう。

 サクラが魚を口にほおばって、

「ん~。うまうま!」

と幸せそうに食べている。

 その向こうではカレンとシエラも夢中になって食べている。

 ふと外の海に目を転じると、夜の海が広がっている。寝ぼけてフラフラ泳いでいる魚や、テーテュースの明かりに誘われてやってくる魚たち。

 静かでロマンチックだ。

 日本にいた時、独身貴族だった俺は、料理は苦手でコンビニやスーパーのお総菜を一人で食べることが多かった。

 だけれど、今ではこうしてみんながいてくれる。温かい食事にみんなの笑顔を見ていると、素直にこれが幸せってことなんだと思えるよ。

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