9-20 フォラスの最後

 光が消え去った後。そこにはヒュドラの姿は跡形もなくなり、瘴気だけがただよっていた。

やったか?

 しかし安心したのもつかの間、霧が渦巻くように瘴気がうごめきはじめた。

「まさか……」

 カッと光り、再びそこにはもとの9つ首のヒュドラが現れた。

 まったく効いていないだと……。とすると根本的に奴を倒す方法が間違っているのか?

 その時、セレンから念話が届いた。

(ジュン。今から結界を張ってフォラスの動きを封じるわ)

(了解だが、今の技で倒せないとなかったとなると……)

(核よ。海竜王様が核を破壊しろって)

 そうか!

 あれだけ姿形を変えられるのは瘴気を利用しているのだろう。どこかに奴の核があるってわけか。

 そこへテーテュースから誘導弾が次々に飛んできた。

 ノルンがすかさず、

「ジュン。今のうちにいったん離れましょう」

という。

 確かに、ここにいると頭上のセレンの邪魔になってしまうか。「わかった。急ごう!」

 セレンは胸に輝く水の精霊珠をかざしていた。

「やれ! セレン」

「ええ! 精霊珠よ。奴を封じるくさびとなれ!」

 その言葉と同時に奴の動きが止まる。

 セレンだけじゃない。5つの方角から強力な魔力を感じる。

 さらに頭上からはシャロンが歌をうたっていた。

「ジュン! ノルン! 核よ!」

 セレンの呼びかけに、気配、魔力、瘴気、あらゆる感知能力を駆使して奴の核を探る。

 ノルンが難しい表情をしている。

 眼下にいるヒュドラはブレスを四方八方に吐き散らし、結界の拘束をやぶろうとあがいている。

 その9対の目は油断なく俺たちを睨んでいた。

「このような拘束など無駄だ。我らを止めることなどできんぞ」

 その時、パリンっと音がして結界の一端が崩れた。

 すぐに結界が修復されていくが、奴はそこにブレスを集中しはじめた。

 まずいぞ。このままだと。焦りが募る。……どこだ。どこに奴の核が。

 ――ノルン様。奴の核は違う亜空間に隠れているのです。

 急に俺の頭に声が聞こえる。

「アーケロン。わかったわ……」

 そうつぶやくノルンの方を見ると、そのそばにボンヤリと光る霊魂のようなものが浮かんでいた。

 な、んだ? あれは? アーケロンの魂か?

 ――奴の核の位置をお二人にも見えるようにしましょう。

 アーケロンが何かをしたのか。脳裏に黒い八角柱のクリスタルの姿が浮かんできた。

――ピコーン。

 スキル「次元視」「異界視」「因果視」を取得しました。

 ナビゲーションが新たなスキル取得を告げる。

 イメージが心の中に浮かんでくるという独特の感覚に戸惑うが、そうか、あれが奴の本体か。

 ……場所は奴の体内なんだが、確かに微妙に世界軸がずれているというか。違う空間にあるようだ。

 異空間のものを切る。それにはやはりレベル7相当の剣技が必要だ。

 脳裏に一つの技が思い浮かぶ。レベル7剣技「ディメンション・ソード」。

 ――空間を飛び越えて攻撃できるノルン様と旦那様ならば、倒すことが可能です。そして、それ以外の皆さんも精霊珠の力を解放すれば……。

 アーケロンの霊魂がノルンのそばから離れ、セレンの胸に飛び込んでいった。

 びっくりしたセレンだったが、

「え? わ、わかったわ。こうね」

と内なる対話をしている。

 急にセレンの周りにウンディーネたちが姿をあらわし、次々にセレンに重なるように吸収されていく。

 セレンの髪が水色に輝きはじめた。

 俺のスキル:ナビゲーションがセレンに起きた変化を教えてくれる。

 ――ピコーン。

  セレンの半精霊化を確認しました。海神族への進化が開始されました。

 半精霊化。そして進化?

 ぶわっとセレンの周りを水がうねりはじめた。

 手の中の精霊珠が青く輝く。

 次の瞬間、レーザー光線のような細く鋭い光線が一直線にフォラスに放たれた。

 一呼吸置いて、ヒュドラがはじけ飛びもとの瘴気のもやになる。

 次元視でははっきりと見えていた。奴の八角柱の核が打ち抜かれ粉々に砕け散っていくのを。

 すごいな。……これが精霊珠の力か。

 瘴気が海上へとぐるぐると移動していく。

 海流に乗って拡散して……、いや、どこか決まったところに流れていくようだ。

 立ちこめていた瘴気がすべてなくなっても、俺たちはしばらく動けなかった。

「ノルン。これで終わったの……か?」

「そう、みたいね」

「なんかセレンの髪の色が変わってないか?」

「銀色から水色に変わったわね。種族も……」

「海神族って、セルレイオスの神域にいた人たちだよな」

「そうだけど。あなたとソウルリンクで結ばれているんだから……、人魚を辞めるのも今さらだとは思うわ」

「そっか。今さらか。はは、は」

「そうよ。今さら。ふふふふふ」

 海竜王が呆れたようすで、

「さっさと現実に戻ってこい。フォラスを倒したんだぞ」

 ……いや、それはそうなんだが、倒したのはセレン? になるのか?

 セレンも呆然としながら振り向いた。

 その身体から、すっと光の塊が抜け出てきた。

 光の塊はぼんやりと輝く生前のアーケロンの姿になった。

 ――フォラスは滅びました。ノルン様。旦那様。

 俺とノルンの死力を尽くした戦いは一体……。

 苦笑いを浮かべてしまったのは仕方ないと思う。

 それから海竜王が「フォラスを討ち取ったぞ!」と吠えると、別れていた人魚たちが歓声を挙げながら集まってきた。

 オケアーノス国王が、

「よくやった! よくやったぞ! セレン!」

とセレンをひしっと抱きしめていた。

 その喜びを見てようやくフォラスを倒した実感がわいてきた。

 そっか。ようやく天災の一人、海の悪魔フォラスを倒すことに成功したんだな。

 しかし、その犠牲も多かった。

 クラさんと呼ばれたダイオウイカ。そして、戦いで命を落とした人魚の騎士たちもいる。

 一人一人の遺体を運び、ミルラウスで葬送を行うことになるだろう。

 あ、ちなみにアーケロンは死してから、原因は不明だが幻獣として蘇ったそうだ。

 光り輝く姿は幻獣としての姿というわけだ。

 ただし……、

 ――だめよ。どっちにしろ私はもう一緒に暮らすことはできないのよ。

「なんでよ! だってよみがえったんでしょ! 私イヤだよ。母さんと別れて暮らすなんてできないよ」

 ――シャロン。こうしていられるのも奇跡なのよ。……幻獣には幻獣の暮らす場所が決まっているの。お願い。わかってちょうだい。

「やだ! やだやだ!」

 ――わがまま言わないの!

 アーケロンと言い合いをするシャロン。

 そう、アーケロンは幻獣となったからには今まで通りの海底に住むわけにはいかないそうで、これからは空に浮かぶ幻獣島で暮らすことになるらしい。

 そこらへんの事情はよくわからないが、シャロンにとっては母親代わりと友人を一度になくす結果になってしまった。

 ――寂しくなったらいつでも呼びなさい。ね?

「……うん。わかった」

 どうやらようやくシャロンも納得したようだ。

 ついでアーケロンはオケアーノス王の元へ行く。

 おそらくシャロンのことを頼みに言っているのだろう。

 会話は聞こえてはこないが、どんと胸を叩いている王の様子を見れば安心して良いだろう。

 そして、俺たちのところにやってくるアーケロン。

 ――ノルン様。旦那様。それでは幻獣の島テラスにてお待ちしております。

「ふふふ。これからもよろしくね」

 ――はい。……そして、セレン殿。あなたの持っている精霊珠にはあのような力が秘めてあります。そこに貴方たちの絆の力が加われば、御覧のように邪神のとはいえ、その眷属神を倒すことができるでしょう。

 セレンはうなずき、

「ええ。お世話になったわ。本当にありがとう」

と礼を言う。

 ――それではそろそろテラスに参ります。……シャロンをよろしくお願いします。

 その言葉を最後に蛍が散らばるように光の粒子となって消えていった。

 ノルンがその光を見送りながら、

「待っててね。会いに行くから」

とつぶやいた。

 余談だが、アーケロンは召喚契約をノルンとシャロンと結び、シャロンには加護を与えている。

 だからシャロンもこれからミルラウスで暮らすことになっているけど、寂しい時にはいつでもアーケロンと会えるはず。

 それから俺たちは、アーケロンの住処での生活用具などをノルンのアイテムボックスに収納し、シャロンと一緒にテーテュースに乗り込んだ。

 さあ、ミルラウスへ戻ろう。