9-21 思い出の部屋

 ミルラウスに戻った俺たちは盛大な歓迎を受け、その翌日には戦没者のための慰霊祭が行われた。

 亡くなった騎士とともにクラさん(クラーケン)も一緒に慰霊碑に名前を刻まれることとなった。シャロンさんもうれしそうだった。

 シャロンさんはセレンの妹のアシアーさんの隣で式典に参加していた。これからは王家の庇護下に置かれるというか、国王からは「父と呼べ」と言われており義理の娘の扱いにされるようだ。

 俺たちには何もしてやれないが、彼女の心の傷がいえることを祈りたい。そして、きっとアシアーさんたちなら彼女を優しく迎え入れてくれるだろう。

 夜。今俺はセレンに誘われて、彼女の部屋に向かっている。

 彼女が子どもの頃から過ごしてきた部屋を見せてくれるというのだ。

 鍵をぐるりと回して扉を開け、

「さあ、どうぞ。入って」

「あ、ああ。お邪魔するよ」

 高校生の時に当時付き合っていた彼女の部屋に入ったことはあるが、いつになっても女性の部屋に入るのには緊張するぜ。

 セレンが人化してから部屋の入り口のスイッチを入れた。

 ――ゴポゴポゴポ。

 部屋に空気の結界が生まれて充満していた水が排水されていく。天上から下がってきた水位が、俺たちの頭から肩、胸、腰と順番に下がっていく。

 普段は海水で充満している部屋。寝台もベッドのようなものではなく、ハンモックのようなロープで吊られていた。

 棚には綺麗な白い貝殻や真珠、紅サンゴで作られた置物などが飾られてあった。

 木製の人形が5体ある。ふと気になって棚に近づいて手を伸ばした。

 銀色の髪をした人魚の人形。

「それはね。わたしなのよ」

 いつの間にかそばに来ていたセレンが横から手を伸ばして、一番大きい男の人形を指さして、

「それでこれがお父さん。こっちがお母さんで、こっちの赤ちゃんがアシアーよ」

 最後の一体。男の人形は?

 そうきこうと思ったら、セレンがにっこりと笑って、

「これは……、貴方ね」

とその人形を手に取り、俺に渡してくる。

 手の中の人形は人魚の男性。ちょっと線は細いが、優しそうな眼をしている。

 セレンが腕を絡めて寄りかかってくる。

「私の王子様の人形よ。……人魚の姿だけどね」

 くすっと笑って俺の手から人形をとると元の棚に戻した。

 そしてそのまま首に腕を回してそっと目を閉じている。

 なんだろ。普段の「肉食よ」というのとは随分違う。これがギャップ萌え……。

 可愛いおねだりにそっとキスをすると、目を開いて照れくさそうに笑っていた。

 普段の大人の女性の表情ではなく、まるで少女のようなはにかむ笑顔。きっと自分の部屋にいるからだろう。

「あ、そうだ。……えっとたしかこの辺りに」

 急にセレンが棚の奥をごそごそと、何かを探し始める。

 上半身を棚の奥に突っ込んで、

「あった!」

と言った途端に、頭をぶつける音が聞こえてきた。

「いったぁ……」といいながら、頭をさすっているセレンは、反対の手で小さな小箱を持っている。

 目の前に差し出された小箱を受け取った。

 質の良い宝石箱のようで表面にキラキラした螺鈿らでんがはめ込まれている。

「これは?」

「ふふふ。あなたへのプレゼントよ」

 開けてみてとうながされて、慎重にふたを開けると――。

「宝石と手紙?」

 中にはうっすらとスカイブルーの色が透ける小さな宝石がぽつんと鎮座していた。

 セレンはちょっと恥ずかしそうに、

「ただの宝石じゃないわ。マーメイド・ドロップ人魚の涙よ」

 その宝石のそばに幼い字で「私の王子さまへ」と書いた手紙がある。

 まるで幼稚園生が書いたような文字でなんだか微笑ましい。

「人魚の涙がすべて宝石になるわけじゃないの。だから、いつか将来の夫となる人にって。……えへへ。ちっちゃい頃にね」

 やばい。笑顔のセレンがすごくかわいい。学生の時のようなときめきが……。

 その時、部屋のドアがノックされた。

 ノルンの声がする。

「ジュン。セレン。ここにいるんでしょ?」

 セレンは俺にウインクすると、

「はいはい。ちょっとまって」

と部屋のドアを開けに行った。

 中に入ってきたのはノルンとヘレン。ちゃんと結界が張ってあるから、開けた瞬間に水が流れ込んでくるようなことはない。

 ただ……、水中から空気の中に入ったために、ヘレンの修道服がピッタリと身体に張りついていてボディラインが丸わかりになってしまっている。

 自分の服を見下ろしたヘレンは俺をチラッとみて少し考え込んでいたが、ひとつうなずくと、

「ノルン。お願い」と言った。

「了解」

 ノルンの魔法でヘレンの周りに乾燥した空気が渦巻いて、濡れた服を乾かしていく。

 バタバタと修道服が太ももまでめくれ上がった。

 思わず視線が吸い込まれそうだ。

 ……いやいや。やっぱりさ。ああいうチラリはどうしても見ちゃうだろ? たとえ、もう幾度も身体を重ねていてもさ。

 ヘレンの服を乾かせながら、ノルンはゆっくりと部屋を見渡した。

「へぇ。ここがセレンの?」

 セレンが少し恥ずかしそうに、

「そうよ。ま、なんにもないけどね」

「そんなことないわよ。ほらあれなんかかわいいよ――」

 女子トークを繰り広げる3人を、俺は部屋にあったイスに座りながら眺めている。

 なんだかいいな。こういうの。……正直に言って、これだけ婚約者がいると、夫婦というよりも家族という意識の方が強い。

 小さい頃に死んだ父さんと母さんは今の俺を見たらどう思うだろうか?

 不意にヴァルガンドに転移した時に聞こえた両親の声が耳によみがえる。

 ――「純。どんなに困難なことがあってもくじけるなよ!」

 ――「そうよ。そして、愛してくれる素敵な女性と結婚しなさい」

 まあ、結婚相手が一人じゃないってところで怒られるかもしれないが、それでも俺は彼女たちを愛していると胸を張って言おう。

「ね。ジュンもそう思うでしょ?」

 ノルンの声に我に返る。

「あ、ああっと……。すまん。なんだったっけ?」

「だから。転移魔方陣をこの部屋に設置することだって」

 え? あ? ああっと、転移魔方陣っていうと俺たちのホームと各地を結んでいる奴か。

 ノルンの技術で転移する人を制限してあり、基本的にどこの魔方陣も結界の中だから安全といえば安全な設計になっている。

 たしか設置場所は……、俺たちの島「楽園島パラディースス」、海洋王国ルーネシア、機工王国アークの時計塔、魔族自治区の集落、ゾヒテの世界樹にあるハイエルフの集落、そして、ウルクンツル帝国の教会。

 今まで訪れた国々で転移場所を確保してはいる。だからミルラウスに設置するのはいいが、だがセレンの部屋でいいのか?

 セレンを見ると、ちょっと困ったような顔をしながらも、

「もう……、しょうがないわね。じゃあこの部屋は水を抜いた状態にしておけばいいのね?」

とノルンにいう。

「そうそう。目立たないようにするし、そこらへんは私がやるわ」

 俺が返事をする前にどんどんと話が進んで言っている。……いつものことだとは言わないでくれよ? そりゃ、事後報告の時も多いけどさ。

 ノルンがにっこり笑って、

「これで私たちの結婚式にセレンの家族も来られるでしょ?」

と言っているのを見て、セレンが苦笑いして、

「いやいや。だって式場はアルの修道院でしょ? そんなところにうちの両親が出て行ったら大騒ぎになるでしょ」

 ヘレンも困惑しながら、

「えっとノルン? それってゾヒテからはカレンの家族もってことよね?」

「私はそのつもりよ。ヘレンはどう思う?」

「い、いや。別に……。院長様は了解されると思うけど」

「でしょ? あ、でもセレンの場合、海神セルレイオスに誓うかたちの方がいいのかな?」

 俺たちの結婚式に話題がシフトして、3人が熱中している。

 でもそうか……、たしかにみんなの家族を招待しないといけないよなぁ。

 ガチャン!

「あ! ここにいた!」

 その時、サクラたちも部屋に入ってきた。

 シエラが困ったように、

「サクラちゃん。部屋に入る時はノックしないと」

と注意するが、

「え~。だってマスターが何をしているのか、サプライズの方が楽しいじゃん」

 ……おい。サクラ。それでこの前も突然部屋に飛び込んできたのか! おまえなぁ。

 額にぴきっと青筋が立っているのが自分でもわかる。

 俺の様子を見たカレンがあわてて、

「さ、サクラちゃん。それくらいで。せ、先生が……」

 カレンはいまだに俺を先生と呼ぶ癖がある。いや、まあ、不満があるわけじゃないんだ。ただ他人の目もあるからな。

 ますますかまびすしくなった室内だったが、そこへさらにセレンの妹のアシアーさんとシャロンさんがやってきた。

「なんだか楽しそうね!」

「……私たちの部屋まで声が響いているわよ」

 なんだかんだ言ってシャロンさんもミルラウスの社会に溶け込んでいけそうだ。

 シャロンさんのジト目をみながら、俺はそう思った。

「ね! ジュン! ちょっと結婚式の打合せだから来て!」

 ノルンが俺を呼んでいる。

 ……戻ったら本格的に式の準備をしないとな。