9-3 海中活動の訓練と課題

 次の日、早速、海中行動の訓練をすることにした。

 今まで経験した水中戦といえば、ベルトニアでの人食い鮫、そして、超巨大サメの船喰いシップ・イーター戦くらいしか無い。

 しかもあの時はヘレンの結界魔法で箱物の空間を作って戦ったわけだから、純粋な水中戦とはいえないだろう。

 しかし、必ず海の中で戦うときが来る。

 だから、この安全な浅海域にいるうちに戦えるように訓練しないといけない。

 海中で一列に並んでいる俺たちの前に、セレンが先生となって説明をしてくれる。

 残念ながら水中なので眼鏡はしていないが、人魚の姿に戻り人差し指を立てて、

「それではこれから海中での体の動かし方を練習するわね。地上とは力の使い方が全然違うから、ようく聞いてね。

 私たち人魚族は普段はこの尾びれで泳いでいるの。それで高速移動する時は全身に魔力を張り巡らせてその魔力を操作するのよ。だけどみんなの場合は――」

 セレンがいうには、俺たちの場合は最初からこの魔力を用いての活動をする方がいいらしい。

 イメージとしては、魔力を身体に廻らせてその魔力を遠隔操作するような感覚だ。

 そのため常時魔力を消費するので、効率的な魔力操作を身に付ける練習が必要らしい。きっと身体強化魔法の要領でもあるのだろう。

 早速、体内の魔力を血管に沿って身体中に流れ通わせる。

 その魔力を遠隔操作で――。

「あっ、……そうそう。その調子よ」

 同じ姿勢のままでスーッと移動した俺を、セレンが褒める。

 これは慣れないと難しい。

 以前に空中戦で、空を飛びながら戦ったことがあるが、あの時の感覚とも違うんだよ。

 浮力や水流といった、外部の影響が、思いのほか強いみたいだ。

 まあ、「武神の卵」の称号の力もあって、すぐにスムーズに海中で動くことができるようにはなった。

 しかし問題は、この状態で技を出せるかどうかだな。

 え? どういうことかって?

 無重力状態と一緒で踏ん張ることができないんだよ。

 解決策としては、空中戦と一緒で足の裏の魔力を利用して水中に足場を作るか、身体のひねりのみで技を繰り出すかといったところだ。

 しかしこれが難しい上に技が直線的なものに限定されてしまう。

 テラブレイドを手に船の周りを高速移動していると、そのすぐ隣にセレンがやってきた。

「さっすがジュンね! もうそんなに動けるの」

 セレンはそういうが、俺には前から「水中行動」のスキルがあるし空中戦の経験もあるからだよ。

「水中行動」スキルは、そう。

 南海にある俺たちの島「楽園パラディースス」で、セレンとモリ漁をしているうちに身につけたんだ。

 けれど問題はやはり――、剣技だ。

「いいや。まだだ。まだ技が思うように出せないよ」

 ためしに拳に魔力を込めて眼下の海底に向けてパンチを繰り出す。

 その拳の先から魔力弾マナ・バレットが飛んでいき、海底の一角が爆発して土埃が立ち上った。

「こういう放出系の技はいいんだ。ただな」

と言いながら剣を一閃する。

 泳いでいる姿勢からの切り払い。

 テラブレイドが海水を切り裂く。……が、剣筋が水流に押されて僅かにぶれる。

 さらに振り抜いた剣に身体が引っ張られてバランスも崩れる。

 これでは大半の魔物には通用しても、天災の奴らには……、

「無理だな。通用しない」

 並んで泳ぐセレンは苦笑しながら、

「う~ん。でも他のみんなはまだまだっぽいよ」

と言いながら後ろちらりと振り返った。

 釣られて後ろを見ると、そこではヘレンがほとんど簀巻すまき状態となり、ぐるぐると回転しながら海を漂っていた。

 えっと。

 いくら修道服が濡れたからといって、どうすればあんなに絡まるんだ?

「めが回るぅぅぅ。た、助けて~! ジュ~ン!」

 ……。なんか可愛いくていいな。

 これはやっぱり水着になってもらうしか。いやダメだ。他の男に見せるのはむかつく。

 そして、その向こうでシエラがどうにか体制を整え、へっぴり腰で恐る恐る竜槍ドラグニルを握り、

「双竜突き!」

と二連の突きを放った。

 その瞬間、先端から水と風の力が螺旋を描きながら打ち出され……。

 シエラがものすごい勢いで逆噴射して後ろに飛んでいった。

「の、のわああぁぁ」

 それを見て、セレンが「ブッ」と吹き出して、笑いながら捕まえに泳いでいった。

 確かにみんな苦労しているようだ。

 離れたところではカレンが思うように動けないようで、少し涙目になりながら両手をバタバタとしている。

 あれはダメな人の泳ぎだな。海上なら溺れているようにしか見えないだろう。

 逆にサクラは両足に魔力を集め、擬似的な壁を作って移動している。おそらく空中を歩く忍術:空渡りの応用だろうが、動きは直線的なものになってしまっている。

 ただ、確かにあれも一つの方法ではあるな。

 そう思って見ていると、急な鉄砲水ともいうべき激しい水流がサクラを襲った。

「きゃあ!」

 と珍しくかわいい悲鳴を上げながらあっという間に流されていくサクラ。

 ふと上の方を見ると、どうやらノルンが水魔法で作り出したものだったようだ。

 ノルンがサクラを見下ろして、

「だめよ、サクラ。ちゃんとセレンに教わったとおりにやりなさい」

 と厳しく注意をしていた。

 ノルンは、そのまま空を飛ぶようになめらかに移動をはじめる。

 さすがだな。すでに自由自在に動けるようだ。

 ……そういえばノルンも、一緒に空中で戦ったから、その経験もあるんだろう。

 そっか。

 それに魔法なら、水流や浮力の影響を受けることもないだろう。

 再びクルクル回るヘレンと逆噴射するシエラ。

「め、目が……。じゅ、ジュン、たすけ、て……」

 ヘレン。

 おとなしく水着になろうか。ここには俺たちしかいないし。俺もそっちの方が気合いが入る。

「ま、またぁー。あぁあぁぁぁ」

 シエラ。

 怪我はしないだろうが、先に体勢制御や水中での移動をマスターした方がいいだろうに。

 いや、別にいいんだ。もうちょっとお笑い要員でも。

 お笑い要員か。

 思わずニヤリと笑みがこぼれる。

 ヘレンとシエラから、

「あ! こらあ! 笑ったな!」

「え? え? あああ! 見ないでぇ!」

と大声が聞こえて来た。

 別にいいじゃん。面白いし。

 そう思いつつ「ごめんごめん」と頭をかきながら、ヘレンを助けに向かう。

 ――実は問題はまだあるんだよな。

 ヘレンの主要武器はメイス、そして、カレンの武器は弓矢。

 この2つは水中ではまったく使えない。

 かといって2人の魔法はというと、魔族の血に目覚めたヘレンは火属性の魔法を使うし、カレンも種族魔法の森林魔法の使い手。

 ……なのだが、これも水中では使えない。

 つまりだ。

 この2人は、武器にしろ魔法にしろ、戦闘手段がまったくなくなってしまうわけだ。

「こら! 早く! 助けなさいよ!」

 俺を呼ぶヘレンの声が聞こえる。

 急ごう。でないと後が大変だ。

 しかし、船に戻ってからお仕置きと称して、一人につき1つずつ、何でも言うことをきく羽目になってしまった。

 ……しかも何故か全員分だと? 解せぬ。

――こうして訓練をしながら海を進むこと7日間。

 ようやく俺たちは深海に降り、ミルラウスへ向かうことにしたのだった。