9-4 求婚の儀

 海の中を進むこと7日間。

 水深200メートルほどの大陸棚から、更に深く落ち込んでいく箇所に俺たちは来ていた。

 これから海底断崖を降りて一気に水深3000メートルまで潜り、広大な深海盆底とよばれる海底平地を目指す。

 再び操縦室コントロールルームに集まり、スクリーンを見ながら慎重に潜行していく。

 とはいっても、この船にさほどの危険もなく、時折、魚の群れだけではなく、キラキラと輝くイカの群れや、海底にカニの群集地などが見られた。

 数度、巨大なクエのような魚が姿を見せたが、すぐに興味を失ったようにどこかへ行ってしまう。

 そうして水深2800メートルまで潜り、平原のような海底をミルラウスを目指して進んでいく。

 やがて葉の無い大樹が林立する海底の森へと入っていった。

 海底樹とでもいうのか。まるで樹木の化石のように見える海底の不思議な光景だ。

 海底樹の森を慎重に通り抜けていくと、前方の海底山脈の麓に青白い光でキラキラと輝いている大きな都市の姿が見えてきた。

 操縦室コントロールルームのスクリーンからその姿を見たセレンが、

「着いたわ! あれがミルラウスよ!」

と嬉しそうに指をさす。

 その時、何かが聞こえてきた。

 ――歌だ。

 いくつもの声が幾重にもかさなり、まるで風が吹き抜けていくような歌が聞こえる。美しいハーモニーが海に広がっていく。

 明確な歌詞などない。が、不思議と歓迎と喜びのイメージが伝わってくる。

 セレンが目を閉じてその艶やかな唇を開いた。透き通るような歌がその口から奏でられる。

 手に持っていた小さな竪琴が空中に浮かび上がり、ポロン、ポロロロンと曲を奏ではじめる。

 なんて美しい歌なんだろう。

 スクリーンの正面を見ると、ミルラウスの入り口とおぼしき巨大な門が開き、人魚の騎士たちが飛び出してきて左右に一列ずつ並んでいくのが見えた。まるで滑走路のようだ。

 その列の間を俺たちの船が進んでいく。

 船の操作をサポートシステムに任せて、俺たちは操縦室コントロール・ルームからデッキに出た。

 セレンが外に出て騎士達に姿を見せると、騎士たちが一斉に槍を捧げる。

 その様子を見て、満足げに手を振るセレン。

 ミルラウスの姫としての堂々たる振る舞い。こういうところを見ると、やっぱり王族なんだなと思う。

 そのまま船はセレンの指示のままにミルラウスの大通りに入り、人魚たちの歓迎を受けながらまっすぐに進んでいく。

 やがて大きな宮殿が見えてきた。

 その入り口にひときわ立派な王冠をかぶった人魚族の男性と女性がいる。セレンの両親。ミルラウスの国王と王妃だろう。

 国王の方は、かつて謁見した海神セルレイオスにも劣らないようなマッチョだ。王妃の方はどことなくセレンに似ていて、うれしそうに微笑んでいる。

 ――オケアーノス・トリトン・ミルラウス――

  種族:人魚族 年齢:125才

  職業:ミルラウス国王 クラス:魔法騎士

  所属:ミルラウス王国王家

  称号:施政者、恐妻家、娘をこよなく愛するダメ親父

  加護:海神の加護、海竜王の加護

  スキル:肉体強化、気配感知、統率、威圧、覇気、直感、鑑定5、槍術5、海魔法5、歌魔法5

 ――エウローパ・トリトン・ミルラウス――

  種族:人魚族  年齢:130才

  職業:ミルラウス王妃 クラス:魔道士

  所属:ミルラウス王国王家

  称号:慈愛の聖母、夫を尻に敷く者

  加護:海竜王の加護

  スキル:肉体強化、気配感知、魔力回復、詠唱破棄、威圧夫限定、直感、鑑定5、水魔法5、海魔法5、回復魔法4

 ええっと。「恐妻家」は幾度か見たことがある。だが「ダメ親父」「威圧夫限定」というのはどうなんだ?

 一瞬で夫婦間の力関係がわかってしまったよ……。

 まさか俺にも変なステータスがついていないよな?

 思わず自分のステータスを確認してみる。

 ――ジュン・ハルノ――

  種族:半神半人  年齢:26才

  職業:冒険者 クラス:剣聖、武神の卵

  称号:当選者、聖石を宿せし者、女神ノルンの伴侶、妖精と語らう者、殲滅者、へたれ、眷属ハーレムの主、尻に敷かれ気味

  加護:創造神の祝福、武神の加護

  契約者:サクラ

  ソウルリンク:ノルン・エスタ、フェニックス・フェリシア、サクラ、ヘレン・シュタイン(小)、シエラ・リキッド(小)、セレン・トリトン・ミルラウス(弱)、カレン(弱)

  スキル:――省略――

  戦闘モード:火炎舞闘・流水舞闘・氷華舞闘・風麗舞闘・神装舞闘

  ユニークスキル:ナビゲーション

 「尻に敷かれ気味」? あれ? おかしいな? なんだろうこの称号。意味がわからないぞ。

 ……だが今はいい。

 久しぶりに自分のステータスを見たが、どうやら称号やスキルが統合されて整理されたようだ。

 不名誉な「ハーレムの主」が「眷属の主」となっているのはいいことだと思いたい。……決してルビを見てはいけないのだ。

 そして、ここのところの訓練で手に入れた戦闘モード「流水舞闘」。

 お陰でだいぶ水中での戦いも楽になったし、地上でも水属性の戦いができると思う。

 それはともかく宮殿の前でテーテュースを停止させると、セレンがバッと甲板から飛び出していき、父王の胸元に飛び込んでいった。

「お父様! ただいま戻りました!」

 父王は嬉しそうに娘を抱擁し、

「お帰り。セレン」

といいながらその背中をぽんぽんと叩いている。

 感動の親子の再会を見ながら、俺たちも海底に降り立つ。

 その時、人魚たちの歌が余韻も残さずに唐突に終わった。

 急に静かになったこの状況。

 緊張して手足の感覚が薄くなりそうだ。……だが、言うべきことは変わらない。

 腹を決めると、緊張も薄れていった。

 王妃が俺を見てニッコリと笑い国王の肩を叩く。

 王は優しくセレンを離すと俺の前にやってきた。

「婿殿。私はセレンの父、ミルラウス国王オケアーノス・トリトン・ミルラウスだ」

「私はセレンの母のエウローパです。よろしくね。婿殿」

 俺は二人の前で膝をついて顔を上げた。

「エストリア王国ランクA冒険者、ジュン・ハルノです。海神セルレイオス様の思し召しもありますが、セレンを嫁にいただきたくお願いします!」

 いろいろ言葉を考えていたけど、すべて吹っ飛んだ。気がついたら真っ正面から単刀直入にお願いしていた。

 ゆっくりとオケアーノス王が近づいてくる気配を感じ、俺の頭に手が載せられる。

「……ジュン・ハルノ殿。顔を上げなさい」

 王は、俺の目をまっすぐにのぞき込む。真剣なまなざしに目をそらすことはできない。

「我ら海に生きる者として海神セルレイオス様の言葉は絶対です。ですが、先ほどの言葉は父としてとてもうれしいですな」

 王は口を閉じてニヤリと笑った。

 ……なんだろう。急に緊張がほどけたのはいいんだが、嫌な予感がするんだが。

「我が国随一の歌姫であるセレンは、いままで多くの求婚者が現れてはことごとく自らの手で退けてきた猛者でもある。……実はね。我が人魚族の求婚の儀式というのがあってね」

と背後のセレンを見てニヤリと笑った。

 セレンが焦って、

「ちょ、ちょっと。まさかアレをやるっていうの?」

と王に詰めかける。

 王はいたずら小僧のような笑みを浮かべ、

「婿殿は、我らの求婚の儀式をしたそうだぞ?」

「くっ。……教えていなかったのがまずかったかも」

 なんだ? 確かに求婚の儀式があるのなら、それにのっとって堂々と認められたいが……。そんなに大事なのか? 少し不安だ。

 振り返った国王が、

「さて、では皆の衆! 準備だ! 婿殿がセレンに結婚をかけて挑戦するぞ!」

 とたんに人々が大きな歓声をあげる。

 ……ちょっとまて。挑戦?

「婿殿。我らが求婚するときには、相手と決闘して屈服させて自ら嫁を勝ち取るのだ」

 な、なんだって!

 セレンが気合いの入った顔で俺を見る。

 そ、そうだよな。形だけだよな? 手加減を……、

「ジュン。やるからには全力で行くからね。海中ここでなら……、あなたにも負けないから。その上で私を屈服させなさい」

「……マジか」