9-5 セレン 対 ジュン

 あれよあれよという間に、俺たちが連れて行かれたのはミルラウスの決闘場だ。

 円形コロシアムになっていて、すでに多くの人魚達が観客席につめかけている。

 ノルンたちは国王たちと並んで座っている。

 目の前には淡い靑銀の戦乙女を彷彿とさせる鎧にトライデントを構えたセレンがいる。

 対する俺は、いつもの服にテラブレイド。

 前方のセレンが闘気にみなぎっているんだが……、どうしよう。

「ふふふ。私が勝ったら、そうねぇ。一週間は私の個人執事になってもらおうかなぁ。……ノルンが許せばだけど。でぇへへへへ」

「お、おい。顔が崩れてるぞ」

「あらいけない。私これでも美姫で通ってるからね」

「猫をかぶるのも大概にしといた方が……」

「いいのよ。本当の私は、あなたとノルンたちだけが知っていれば。それでいいの」

 さらっと恥ずかしいことを。こいつめ。……まあ、そう言われて嬉しいけどね。

 腰のテラブレイドは、鞘に入れたままで固定している。

 ……やっぱり、セレンに刃を向けられないな。

 セレンが少し怒ったように、

「甘い考えでいるならその足元をすくってあげるわよ? 早く流水舞闘を発動した方がいいわよ」

「そうか。……力を押さえようなんてのは都合が良すぎるか」

「あ、でも。神力は勘弁ね」

「プッ。でもまあ、封印解除をしなくても……、お前を屈服させてやる!」

「うふふふ。ゾクゾクくるわ。頼むわよ。旦那様」

 ――戦闘モード:流水舞闘

 俺の身体の周りに渦巻きが生じる。そのうねり動く水の向こうのセレンを見る。

 ……あいつめ。ニヤリと嗤ってやがる。

 そこへオケアーノス王の声が掛かる。

「二人とも準備はいいな? ……勝負は相手が“まいった”と言うまでだ。よいな?」

 俺とセレンがうなづく。それを確認した国王が、右手を挙げ、

「それでは試合開始!」

と宣言した。

 その声とともにセレンが、

「我がマナを資糧に、渦巻け海よ。我が愛する人を拘束せよ!」

 ……おい。なんだ、その詠唱は!

 と内心突っ込むが、俺の周りの海が身体を縛り付けようとうねりはじめた。

 右手に魔力を込め、無造作になぎ払う。込められた魔力がブロアーのように放射状に伸びて、セレンの海魔法と対消滅する。

 そのまま海底を蹴り、一直線にセレンのもとへ飛び込んだ。

「トルネード・ブロウ」

とセレンにアッパーパンチを放つ。

 しかし、打ち上げた拳が空振りする。その前に渦巻きが広がっていく。

 続いてセレンが歌をうたいはじめる。

 ――人魚族の歌魔法だ。

 こいつばかりは要注意だ。何が起きるかわからないからな。

 スキル魔力視で見てみると、セレンの魔力が歌に乗せて周りの海に広がっていくのが見える。

 ……なるほど。こういう仕組みで歌魔法が発動するわけか。

 俺の周囲を水がぐるぐると回り始め、やがて大きな渦巻きへとなった。

 その水の渦の内側にいる俺に向かって水の刃がいくつも飛んでくる。

 一つ一つを魔力でコーティングした手刀ではじき飛ばす。

 右足に魔力をまとって無造作に海底を突くと、俺を中心とした衝撃波が広がっていき、たちまちに水の刃も渦巻きもかき消した。

 しかし突然、トライデントの切っ先が俺の目の前に現れた。

 水の流れに逆らわずにスウェーで避けて、セレンに蹴りを放つ。

 トライデントの柄で蹴りを受け止めたセレンは、その反動を利用して頭上から連続突きを放ってきた。

 ちぃっ。上手く体勢の悪いところをつかれたな。

 しかし焦ることなくその突きを手でいなし、隙を見て魔力弾を放った。

 再び距離を取ったセレンが笑い、

「さっすが! 本当に人間族とは思えない戦い方をするわよね。……でも、そろそろ本気を出しわよ」

 その全身に膨大な魔力を練り始めた。

 俺も体内の魔力を練りに練り込んでいく。

「こい!」

 と叫ぶと同時にセレンが突きを放つと、その手のトライデントが分裂して雨のように降りかかってきた。

――ピコーン。

 「サウザンド・レイン」を覚えました。

 この数! 避けられない! ならば、……逆に突っ込む!

 身体に魔力を纏い水渦を纏って突っ込む。飛んできたトライデントをはじき飛ばしながらセレンに迫る。

 セレンの直前で方向を変え、頭上からフェイントを交えて魔力を載せたパンチを繰り出した。

魔力連弾マナバレット・ストローク!」

 海を切り裂いていくつもの魔力弾がセレンに降りかかる。

 ズドドドドド……。

 地響きとともに海底から舞い上がった砂が煙のように決闘場を覆い隠した。

 しかし、水壁を張って上手に受け流したようだ。

 俺の気配感知に、セレンがその砂煙の中を、俺の背後を取ろうとしているのを察知した。

 まだまだ闘うつもりのようだ。

 砂煙越しにセレンが魔力を練り上げているのが感じられる。

 ここでデコイを作って背後に回りこむのは簡単だろう。だが今は、力でねじ伏せる!

 海底に降り立ち、セレンの方に振り向いた。

 俺の魔力視では、海に広がる赤い魔力の流れがセレンに流れ込んでいくのが見える。

 準備ができるのをじっと待つ。

 ……来るぞ。セレンの最高の技が。

「ネプチューン・ストライク!」

と強力な魔力を載せたトライデントが、まるでドラゴンブレスのように轟音をあげながら飛んでくる。

 視界をふさいでいた砂煙を突き抜け、吹き散らしながら迫る三叉銛の一撃。

 それを俺は……。

「ふん!」

 気合いを入れて右手で握って受け止める。すごい圧力だ。少しでも気を緩めると吹っ飛ばされそうだ。

 ……だが、弱みを見せることはできない。

「おらあぁぁぁ!」

 気合い一閃。体内の魔力を爆発させて、トライデントを押さえ込んだ。

「え? 今の効いてない……」

 呆然とするセレンの声。

 今だ!

 俺は一気に距離を詰め、セレンを抱き留めるとそのまま海底に押したおした。

 セレンの両腕を膝で押さえ、セレンの頬を両手で挟む。

「……降参するか?」

 顔を近づけてそういうと、ふりほどこうともがいていたセレンがじいっと俺を見上げて、

「もう。ずるい。……降参する」

「ふふふ。良かった」

 そういって口づけた瞬間、オケアーノス国王が俺の勝利を宣言した。

「この勝負。婿殿の勝ちだ!」

 津波のような歓声が、決闘場、いやミルラウス中に響き渡っていく。

 俺は立ち上がって手を差し伸べる。立ち上がったセレンが俺にぎゅっと抱きつき、そのまま唇を奪われた。

 歓声がさらに大きくうねる。

 こうして俺は、見事にセレンを勝ち取ったのだ。

 観客席のオケアーノス国王を見上げると、目が合った国王はゆっくりとうなづいた。

 国王が右手を挙げると、歓声がすうっと鎮まる。

「さすがは婿殿だ。セレンを力づくで組み伏せる者など見たことがないぞ」

 組み伏せるって……、まあその通りだが。

 少し恥ずかしくなったところへ、国王が爆弾を投下した。

「しかし、婿殿。まだまだ本当の力を隠しておるな? その力、見せてはくれぬか」

 本当の力。それはきっと聖石の力=神力のことだろう。

 ただ、あれは強すぎて騒ぎになるからなぁ。

 迷っていると、セレンが耳元で、

「思いっきりやっちゃって。……わたしを嫁にするだから、これ以上騒ぎになるも何もないでしょ」

と言ってきた。

 まあ、それもそうか。

「そうですね。……では少しだけお見せしましょう」

 セレンが期待に満ちた目をしながら離れていく。

 心の中で「封印術式リミット解除」と念ずる。

 オンとオフを切り替える俺なりのスイッチの儀式。

 体内にしまっていた聖石の白い力が爆発的に広がって行く。

 すうっと重力や水圧から解き放たれたように身体が軽くなり、全身に力がみなぎる。

 あふれ出した力がいつものようの光の衣となった。

 さらに光の波動がくるくると俺の周りを渦を巻いている。

 おや?

 聖石の反応が観客席からも……。ノルンとサクラも光の衣を帯びているぞ?

 もしかしてソウルリンクを通して俺の聖石の力が逆流していったのか?

 魔力視でよく見ると、ほかのメンバーもうっすらと俺の神力を帯びているようだ。

 一瞬いぶかしく思ったけれど、すぐに国王たちの驚きの声に我に返る。

 見ると、国王夫妻はもちろん他の人魚族の人々が一斉に頭を下げていた。

 やりすぎたか?

「な、なんと! 海神セルレイオス様と同じ力の波動を感じる! こ、これは……」

 まあね。海神セルレイオスの聖石も同一化しているからね。

 封印を解除したから、その波動を感じているのだろう。

 国王は立ち上がり、

「見よ! 海神さまと同じ力の波動だ! よって我らは婿殿の求めに応じ、セレンを嫁として捧げる!」

と大きな声で宣言した。

 たちまちに人々は三度目の歓声をあげ、俺たちを祝福してくれた。

 セレンがズバッと俺に飛びついてきて、俺の頭を抱きかかえると熱烈に俺の唇を奪っていく。

 チュッチュッとキスをして、最後にぎゅうううっと。

「ぷはっ。ん~。もう! 大好き!」

 そういうセレンの顔は上気している。

 うん。お許しも出たし、この笑顔も見られて良かった。心からそう思う。

 ノルンたちも俺の腕の中にいるセレンを見て、やれやれという様子で微笑んでいる。

 ……む? これは、後で一人ずつ熱烈なキスをしろっと言われそうな予感。

 ふふふ。それもまあ、いいだろう。