9-6 資料室

「それでは婿殿とその一行を歓迎して、乾杯!」

 オケアーノス王の音頭で、俺も向かいに座っているセレンとグラスをチンッと当ててお酒に口をつけた。

 透き通るようなお酒が喉を通っていく。まるでソーダカクテルのようなさわやかな飲み口。

 アルコールは高くないけれど、これはうまいな。

 ここは宮殿の広間。

 今は、俺たちのために結界を張って水を抜いてくれていて、まるで披露宴のように人々が並んで会食をはじめている。

 セレンが俺の顔をのぞき込んだ。

「どうかしら? ミルラウスのお酒は?」

「うまい! すごく爽やかでいいな」

「そう。良かった。……ノルンはどう?」

 俺の隣のノルンも満足しているようで、

「ええ。おいしいわ。これがあなたの自慢していた故郷のお酒なのね」

と、実においしそうにお酒に口をつけている。

 もともと俺と出会う前から親友同士だった2人。

 いつかミルラウスに行こうと約束していたらしいから、今回のミルラウス訪問は感慨深いものもあるのだろう。

「それはそうと……。セレン。例の件はあなたからお願いしていただけるのかな?」

 ノルンがそういうと、セレンが「あ、そうだ」と父王の方を見る。

「お父様。お願いがあります。どうか海竜王様とお会いしたいのでその許可をいただけませんか? それと資料室への立ち入りを許可してください」

「それは海竜王様次第だ。それと資料室もかまわぬが……、いったい何を調べているんだ?」

 そう尋ね返したオケアーノス王に、ノルンが、

「今、世界各地で異変が起きています。天災と名乗るグループが邪神を復活させたようで、その影響か魔物たちが凶暴になっているのです。――」

と地上の状況と俺たちが遭遇した天災という敵、邪神のことなどを伝える。

 神妙な表情でその話を聞く王と王妃。

 ノルンが、

「エストリア王国の図書館でパティスのメッセージを見つけたのです。ミルラウスへの道を探せと」

と言うと、オケアーノス王が、

「そうか。……地上でなにやら大きな動きがあることはアシアーから聞いていた。それに、ノルン殿は隠者の島でパティス様と暮らしていたんでしたな」

と思い出したようにつぶやいた。

 そういえば、ウルクンツルの武闘大会で天災の襲撃を受けたとき、確かにミルラウスの使節としてセレンの妹アシアーさんとニンフさんという人魚騎士が来ていたっけ。

 きっと地上の状勢もその時に知ったのだろう。

「ええ。セレンともそれからの親友ですわ」

「それは聞いています。それより隠者の島はすでに……」

 言いよどむ王に、ノルンはうなずいて、

「知っていますよ。ですが、幸いにしてパティスは世界放浪の旅に出ていて無事のようですよ」

「おお。そうですか。それは朗報だ」

 ノルンの師パティスさんが無事と知ってオケアーノス王と王妃は嬉しそうに笑っている。

 隠者というほどなのに、ミルラウスの王族に名前が知られているとは、一体パティスさんは何者なんだろう。まったく不思議な人だ。

 ……いやいや、そうでもないか。

 隠者の島でセレンとも交流があったはずだ。きっと前々から知っていたのだろう。

 一瞬、とんでもない正体を隠しているんじゃないのかって思ったぜ。

 オケアーノス王がうなづいて、

「資料室の調査。それに天災という者どもか……。昨年、我らは海竜王様とともに海の悪魔フォラスと戦ったが、あれも天災の一人というわけだな。あれ以降の目撃情報は無いが、正直、我らにとっても重要事となろう」

 すると王妃もうなずいて、

「私どももお手伝いしましょう。それと、セレン。これは私の勘ですが、海の魔女のところへ行くといいかもしれないわよ?」

 海の魔女?

 その名前を聞いて驚いているセレンを見る限り、予想外のアドバイスのようだ。

 セレンが、

「え? 海の魔女ってあの気むずかし屋の? 確かに長生きしているとは聞いているけど」

と言いかけたが、王妃は笑って、

「確かにね。気むずかしいわ。私たちの言うこともなかなか聞いてくれないし。……でも、古代の魔導文明期から生きているのよ。きっと何か知っていると思うわよ」

 なにやら気になるワードが出てきたぞ。

 古代の魔導文明から生きているだと?

 いやいや、寿命のない妖精のような存在なのかも知れないな。

 面白いじゃないか。

 ともあれ、明日はまず手近な資料室の調査からはじめることにしよう。

――――

 翌日、俺たちはセレンの妹アシアーさんに案内され、ミルラウスの資料室に入った。

 ここは資料室ということもあり、全体を結界で覆って海水を抜いてあるようだ。

 そのほか保存用の魔道具も併用して紙の資料の劣化を防いでいるらしい。ただし古い資料は石版資料らしく、それもかなりの枚数が保管されているらしい。

 資料室は思いのほか広いつくりのようで、奥まで棚が並んでいる。建物2階分ある天井まで書棚が並んでおり、かなりの記録が眠っていそうだ。

「天災? ……はて。少なくとも建国以来の歴史にはそのような記述はありませんでしたな」

 そういうのはここの司書係のイカの魔物だ。

 知識あるおとなしい魔物のようだ。

 10本の足を巧みに動かして、次から次へと石版を流し読みしては棚に積み直している。

「じゃあさ、スップーさんはどこらへんを見たらいいと思う?」

 アシアーさんがそう尋ねると、スップーさんと呼ばれた魔物は器用にアゴらしきところを撫でながら、

「そうですなぁ。神話や伝承のところはいかがでしょうか?」

「神話や伝承? ありがとう」

「案内しましょう」

 スップーさんは足をうねうねとくねらせて進む。

 その案内で、石版や書物を収めた棚と棚の間を進んでいく。

「ミルラウスの建国は、地上の歴史時代より前、超魔導文明期のブラフマ―ギリ―超帝国の時代の末期にまでさかのぼります」

 スップーの歴史の説明を聞きながら、その後についていく。

「それまでも世界各地の海に人魚族の部族がいくつもありました。しかし、それらの部族を統一したのが、初代国王リュビアー・トリトン・ミルラウスです」

 現在の歴史年代以前の文明。

 先史時代の遺跡や遺物は発掘されるもののその文字の解読は進んでおらず、地上では帝国の名前すら失伝している。

 そうするとここの資料はきわめて貴重なものといえる。

 ……ただ、地上とはそれほど学術交流が無いようだ。

 スップーさんが語る建国王は、偉大な人魚だったらしく。強力な歌魔法と海魔法を繰り、そのトライデントの一撃は海底山脈をも破壊するほどだったという。

 そのリュビアー初代王は地上の超帝国とも連携し、人魚族と地上の種族との交流もはかったとか。

 しかし、その超帝国も大破壊と呼ばれる大災害によって人類は絶滅に瀕したそうで、そのあと

「海底にありますから地上の大破壊に巻き込まれることもなく、むしろ絶滅に瀕した人類を救助したとか。……そのような古い伝承がここには残されているのです」

 そして、ふと立ちどまって脇の石版をひょいっと持ち上げ、

「これは地上の歴史年代で120年。小国家が乱立して頻繁に戦争を行っていた時のものです。――ベルトニア王国から同盟の申し出あり。海竜王様の指示によりそれを断るとありますね」

 ベルトニア王国……。名前からして、現在のエストリア王国港湾都市ベルトニアだろう。

 クラさんは話を続ける。

「この先にある神話や伝承は、いつからのものかは不明です。いつ集められたのかも。中には私には読めないものもあり、謎が多いのです――」

――――

 資料室の一角。

 俺たちは一つ一つの石版を確認し、天災にまつわる記述を探しはじめた。

 とはいえ、言語知識スキルを持つのは俺とノルンだけ。そして、人魚族の文字が読めるセレンとスップーさんが主力で、聖職者のヘレンはそのサポートだ。

 ほかのメンバーは何をしているのかというと、俺たちの後ろでアシアーさんを交えておしゃべりに熱中していた。

 アシアーさんが、

「ねえねえ。妖怪族ってはじめてお会いしたんですが、猫人族とどこが違うの?」

「あ、それね。私はネコマタだから二本の尻尾があるんだよ。……ほら」

「わあ。ホントだ」

 するとシエラも目を丸くして、

「……サクラちゃん。私も初めて見たかも」「え? シエラちゃんに見せてなかったっけ?」

 アシアーさんはうれしそうにカレンを見ながら、

「うふふ。それにゾヒテのハイエルフも初めてだし、シエラさんは竜人族……。あなたたちのチームって凄いわね」

 まあ、そんな感じで女子トークを繰り広げているようだ。作業中に聞くラジオ番組みたいでちょっと楽しい。

「――犬人族の人がのぞきを発見して、エルフの人が男風呂めがけて水魔法の魔力弾を連射したんです。“のぞくんじゃねぇ!”って。そしたら、マスターったら呆れたことにのぞきもせずに、のんきに湯船に入っていて巻き添えをくらっていたんですよ!」

 ――たまに俺のことを「ヘタレ」とかって、面白おかしくしゃべっているのが微妙だがね。

「ちょっと。ジュン。手が止まってる」

 すかさずヘレンに指摘されてしまった。

 ……あはは。きっとこの調子で、いずれ俺にも「恐妻家」の称号がつくのだろう。せめて「愛妻家」くらいで済んで欲しい。

 そう自嘲しながら、手元の石版を見下ろした。

「ええっと何々。……アークで魔族と人族の連合軍がぶつかりあったらしい。炎を操り人々に死をもたらす爆炎の魔王が」

 そこまで読んだところでヘレンがびしっと俺の腕をつかんだ。

「それじゃないわね。次のコレ」と別の石版を手渡された。

 ふふふ。自分の前世に関する記述だもんな。爆炎の魔王ベアトリクスだったときの。

 そう思ってヘレンの顔を見つめていると、

「……なにニマニマしてるのかしらね」

と目をそらされた。

 ヘレンはからかうと可愛いが、やりすぎると怖いからな。

 こうして調査を進める俺たちは、肝心の天災や邪神に関する伝承を見つけることはできなかった。

 ただ海の魔女については興味深い伝承があった。

 人類の歴史年代以前、かつてこの世界には高度な魔導工学を持つ超古代文明があった。全世界を統一したブラフマ―ギリ―超帝国だ。この帝国では、一つの王家のもとに各地方代表があつまって議会を形成していたという。

 アーケロンはその超古代文明期より生きている魔女で、ヴァルガンド世界最大の海溝アハティオーラの底に住んでいる。

 その伝承によれば、迷いに迷った人魚が魔女の助けを借りた話や、魔女の怒りによって滅びた集落の話が出ている。

 どうやらかなり強力な魔法を使うらしく、気分屋で油断のならない人物のようだ。

 それにもし今も生きているなら……、失われた伝承にも詳しいだろう。

 超古代文明は、ある日、終焉を迎える。

 天変地異により人類はほぼ滅亡。

 地形はおろか、生態系も大きく変化してしまったと考えられている。

 その時に生き延びた僅かな人たちが再び文明を築き、現在の世界になっているようだ。

 この大破壊と伝えられる超古代文明の終焉についても、きっとアーケロンは何かの情報を持っているだろう。

 俺たちが求める天災や邪神の情報。

 調査の結果としては、海竜王様と海の魔女に尋ねるのがいい。……それが俺たちの結論だ。