9-7 大海溝アハティオーラへ

 資料室から出たところで、アシアーさんが何かを思い出したようだ。

「あ、そういえば。……ね、お姉ちゃん。確かこの宮殿の奥にも超古代文明の遺跡があったよね?」

 セレンはうなずいたけれど、

「あるけど。あそこは最近、崩落が激しいから立ち入り禁止になっているでしょ」

「うん。そうなんだけど、年代は古いから何か見つかったりしないかな?」

「う~ん」

 ……どうやらこの宮殿にも超古代文明期の遺跡があるそうだ。

 アシアーさんが「ちょっとだけ見てみたら?」というが、セレンは、

「確かに何かの模様はあるにはあったけど。ま、そうね。見るだけ見てみようか」

とつぶやいた。

 俺たちはセレンとアシアーさんの案内で通路を泳いでいく。

 途中から建物の作りががらっと変わる。どうやら古い時代の宮殿部分に入ったようだ。

 目指す超古代文明期の遺跡は、そのまた更に奥、迷路のような通路の先にある小さな小部屋だった。

 部屋の入り口でセレンが説明してくれる。

「今の位置は宮殿の地下になるわ。まあ、遺跡とはいってもあの正面の模様しかないんだけど」

 そういって指さした壁の材質は普通の岩ではなく、光沢のある不思議な岩で一面に幾何学模様が刻まれていた。

 ゆっくりと部屋に入り、まずノルンに見てもらう。

 ノルンは隅から隅までじっくりと見つめ、少し離れたところから壁全体を眺めた。

「どうだ?」

「うん。魔力視で見てみると、ここに一本の切れ目が入っているでしょ?」

 ノルンのいうように確かに壁のほぼ中央に天井から床まで一直線の切れ目が入っている。

「もしかしたら何かの扉かもしれないわ」

「入り口ってことか?」

「ええ。……開け方はわからないけど」

 力尽くじゃまずいよな。何かヒントがあるはずだが。

 そう思って室内を見回したとき、アシアーさんが、

「これってホント不思議な材質なんですよ~。こんな石見たことない」

と言って壁の一部を指でそっとなぞった。

 その時、急に幾何学模様がキラキラと輝きだした。

「え?」

と呆然とするアシアーさんに、ノルンが、

「離れて! 何かおかしい!」

と呼びかけて離れさせようとした。

 次の瞬間、模様のある壁が左右に静かに開きはじめる。

 おいおい。都合良すぎないか……。いやまてよ。なんだあの闇のように黒々としたよどみは。

「ノルン。結――」

 そう言いかけた時、扉の向こうにある澱みが黒い影となって、凄まじいスピードでアシアーさんに襲いかかった。

 くっ。間に合え!

 すぐにアシアーさんの前に飛び出ようとした時、ノルンが、

「浄化!」

と無詠唱で魔法を放った。

 アシアーさんの足元からスルスルッと這い上がろうとする黒い影がその光を浴びてすうっと消えていく。

 その瞬間、その影と目が合った気がした。言葉にならない無念の思いと強い恨みが伝わってくる。

 なんだ。あの影は? この遺跡はいったい……。

「ノルンさん。ありがとう」

 襲われたアシアーさんが胸を押さえて、ノルンにお礼を言う。

 一瞬のことだったが、今ごろ恐怖がこみ上げてきたらしく、その手がけいれんしているかのように震えている。

 セレンがそっと寄り添って落ちつかせようとしながら、

「ノルン。ありがとうね」

と改めてノルンにお礼を言った。

 ノルンは首を横に振り、「いいのよ」と答え、そして、部屋の中の壁を凝視した。

「ねえ。セレン。あの壁画に見覚えはある?」

 暗い室内をノルンの作り出した魔法の光が照らし出す。

 そこに浮かび上がってきたのは、かつて海洋王国ルーネシアの王宮で見たのとよく似た壁画。

 海の悪魔フォラスと戦う海神セルレイオスたちの絵だ。

 そして、その足元にはなにかの物語を示す3枚の浮き彫りレリーフが置いてあった。

 浮き彫りを発見した次の日。

 俺たちはテーテュースに乗って、ヴァルガンド最大の海溝アハティオーラへ向かっている。

 その海溝の底に海の魔女アーケロンが住んでいるのだ。

――――

 浮き彫りに描かれていたのはどうやら超古代文明期のできごとらしい。

 その1枚目には神殿の建てられた海上の島が描かれており、2枚目は摩耗が激しくてところどころしか見えないんだが、海から現れた何かとそれに対峙する女性らしき姿。

 そして、3枚目には祈りを捧げる女性と海中に没する島の姿。

 この海中に没した島の伝承。

 セレンから教えてもらったところだと、「水の神殿」と呼ばれる何かを祀った神殿があったそうだ。

 超古代文明期の末に突然一夜にして海中に没しており、現在ではアトランティスと名付けられている。

 一種の聖域らしく、近づくと女性の声が頭に響き、不思議な力で弾かれるという。

 ミルラウスの伝承ではこれ以上のことはわからなく、エウローパ王妃からは海の魔女に尋ねるのがいいだろうとのこと。

 そんなわけで早速向かっているわけだ。

――――

 大海溝へ潜るとあって少し緊張しながら船長の席に座っている。

 みんなは興味津々のようだが、本来この深度はものすごい水圧のはずだ。まあ、説明してもわかってもらえないだろうけどね。

 サクラ、シエラ、カレンの3人娘の会話が耳に飛び込んで来た。

「あれぇ。ここらへんの魚、なんだか不気味だね。それになんであの魚光ってるのかな? シエラちゃんはわかる?」

「え? わ、わたし? え~と何でかな?」

「やだなぁ。お二人とも、それならサポートシステムさんに聞けばいいんですよ」

「そっか。さすがはハイエルフ。あったまいい!」

 にぎやかなのはサクラだ。一番年長251才のはずなんだが。

 ……というか、シエラもカレンも長命の種族だったか。

 俺とノルンが26歳。ヘレンが24歳。セレンが25歳。

 ……おかしいな。俺の中でアダルト組と呼んでいる方が年が若いだと?

 おしゃべりをしているサクラたちを見る。

 まあ楽しそうだからいいか。ここは異世界だしな。

 折角だから俺も会話に入ろう。

「それはな。本当は海の底は真っ暗だからなんだよ」

 するとサクラがこっちを見て、

「へぇ。さすがはマスター。物知りです! あ、でもこんなに明るいですよ?」

「それはテーテュースがサポートして綺麗に見えるようにしてるのさ」

「本当ですか?」

「だから、実際は……。サポートシステム。頼む」

 俺がそう言うと、

「了解しました。それでは明るさを現実の海に合わせます」

 すぅっと照明が落とされ、真っ暗になっていく海。

 暗黒の闇に水圧が無限の質量となって迫ってくるような気がする。

 3人とも驚いたようで、

「うっわ! まっくら!」

「こ、怖いです!」

「見えない。何にも見えない。……これが海の底」

 と叫んでいる。

 その時、外からも、

「きゃあ! な、なに? いきなり真っ暗に。ジュン! どうにかして!」

と大きな声が聞こえてきた。

 忘れた。はははっ。 今、甲板にヘレンがいるんだったっけ。

 内心で苦笑しながら「戻してくれ」と指示する。

 サクラたちはあいかわらず、

「ちょっと、見た見た! すっごい暗いの」

「真っ暗だったね」「怖いよ。暗闇こわい……」

 うん。ぶつぶつ言っているカレンが心配だが、にぎやかだ。

 そうこうしているうちに、とうとう海溝の真上にたどり着いたのだった。