9-9 海の魔女アーケロン

 ヘレンが「ノルン。知り合い?」と言うが、ノルンは首をかしげている。

「だけど、ああ言ってるわよ」

とヘレンが指さす先ではアーケロンが、じいっとノルンを見つめ、

「さあさ、暗い海の底ではありますが、我が家へご案内いたします」

と器用に頭を下げ、きびすを返していく。どうやら船を先導してくれるようだ。

 それを見たノルンが、

「案内してくれるっていうから、ありがたくそうしてもらいましょう」

と楽しそうに笑っているが……、ま、いいか。

 気むずかし屋とはいっていたが、なんだか話がうまく行きそうだしな。

 アーケロンのうしろをゆっくりとテーテュースで追いかけ、現在は水深9000メートル地点だ。

 ようやくたどりついたのは崖に開けられた巨大な洞穴だった。

 確かにこれくらい大きくないとアーケロンの巨体は入らないだろう。

「何も無いところですがどうぞ」

とすすめられるままに、俺たちはアーケロンの住処に入った。

 入り口では1人の人魚族の女性が待っていた。

「珍しいわね。お母さんがお客さんを連れてくるなんて……」

 すかさずアーケロンが、

「こら、シャロン。お客様にはちゃんと挨拶をしなさいと言っているでしょう」

と叱ると、シャロンと呼ばれたその女性は口をとがらせて、

「えー? でもお母さんだって結局、お客様の依頼を断るじゃん」

「その言葉! それに今日のお客様は私の恩人ですよ。ちゃんと挨拶をしてご案内しなさい」

 2人? の会話から、どうやらアーケロンがこの女性を育てているようだが、ちょうど今は反抗期なのかもしれない。

 幼い頃に両親を失った俺には、親子の会話はひどくうらやましく感じる。

 ……なんだかいいな。

 ノルンはシャロンさんに話しかけ、挨拶をする。

「シャロンさん? 私はノルン、こっちは――」

 すると途端に、シャロンさんは緊張にどもりながら、

「ど、どうも。シャロンです。じゃあ、どうぞこちらへ」

と俺たちを奥へと案内してくれた。

 どうやらかなりの人見知りのようだ。まあ、こんなところまで来る人魚もほとんどいないだろうしね。

 広い洞窟の片隅に、ぽつんとテーブルセットがおいてある。

それぞれイスに座ると、アーケロンもゆっくりと俺たちの方を向きながら寝そべった。

 ノルンがおそるおそるアーケロンに話しかける。

「あのね。アーケロンさん? でいいかしら。……多分、私を誰かと勘違いしていると思うんだけど」

「アーケロンとお呼びください。私が貴女様を見間違えることはありえません。その美しいお顔にお声。そして、まるでこの海のように深く力強い魔力。……間違いなく子供のころ、私を助けてくださったノルン・エスタ様に間違いありません」

「う~ん。確かに私はノルン・エスタだけど……。もしかして、今の私は昔の記憶が無いからその時のことなのかもしれないわ」

 アーケロンは口をぽかんと開けて、

「なんと! 記憶喪失ですか」

と驚いている。

 そう。ノルンには、隠者の島でパティスと出会う前の記憶はない。

とはいっても、この巨大なカメが子供のころなんて生きているわけがない。……よな?

 アーケロンの話を聞いてみると、どうやら子亀で浅い海で暮らしていた時に、漁師の子供たちに捕まったことがあるそうだ。その時にノルンに助けられ、それから聖女と呼ばれる女性のところへ連れて行かれたらしい。

 だけど間違いなく、それって1000年以上前のことだろう。常識的に言って同名の別の女性だろう。

 なんでも先ほどのシャロンは捨て子だったらしく、アーケロンが拾って育てているとのこと。

残念ながら魔力はそれほどないので魔法はそれほど使えないが、そろそろミルラウスへ連れていって人魚族の社会に慣れて欲しいとこぼしている。

 けれどシャロンはそんなところには行きたくないと言い張っており、親子げんかがはじまりそうな空気だ。

 ノルンがあわてて割って入り、

「まあまあ。二人ともそこまでに。ちょうどミルラウスのセレンも来ているから、後で相談してごらんよ。ね?」

と言うが、シャロンは納得していないみたいで「う~」と唸っている。

 親子の会話にセレンも苦笑いを浮かべているよ。

 それはともかく。

 さて、本題だ。俺と目配せをしたノルンがアーケロンに、今の地上の状況。天災と名乗る不気味な集団、復活したという邪神について説明し、何か知らないか尋ねてみた。

「天災に邪神ですか……。なるほど」

 アーケロンはそこまでいうと目をつぶり、一生懸命に考えている。

 そして、しばらくして目を開いて俺とノルンを見つめる。

「ノルン様。それから、旦那様。大変申し訳ないのですが、一度、御身にかけている封印やリミッターをすべて外し、本当の力を見せていただけませんか?」

「え? 俺たちのか?」

「ええ。その身に宿されている聖石の力を見たいのです」

 聖石のことを知っている? ……なるほど、確かに色々なことを知っているようだ。

 俺とノルンは、みんなから少し離れたところで向かい合う。

封印解除リミットオフ、真武覚醒」

封印解除リミットオフ、真魔覚醒」

 封印解除をした瞬間、聖石の力が体を駆け巡る。

……しかし、以前のように暴れて外に力の波動が垂れ流しになることはない。きっちりとコントロールをして光の衣をまとう。

 アーケロンは光の衣を纏う私を見下ろして「おおっ」と感嘆の声を上げ、シャロンさんは「きゃっ」と驚きながら、まぶしそうに眼を細めている。

 不意に、俺とノルンを囲むように∞を示す光の輪が生まれる。

 ぐるぐるとノルンの聖石の力が俺の体内に流れ込む。全身を駆け巡った力の流れは再びノルンへと流れていく。

 俺の聖石の力も同じように、ノルンへと流れ、また俺の中へ戻ってくる。

 やがてリィィンと澄んだ音が聞こえるようになり、聖石の共鳴が始まる。

 ……と、もう良いだろうと思ったのでその共鳴を止めて再び力を封印すると、アーケロンが静かに、

「確かにその光、波動は神の力。……私の知る内容はかつてパティスという隠者様に教わったことでございます」

 ビンゴだ!

 ここでパティスの名前が出てきたとなれば、ノルンがエストリア王都の図書館で見つけたメッセージは、アーケロンのことを指していたのだろう。

 それからアーケロンから教わった話は、ある意味で最悪の内容だった。

 ――天災。その正体は邪神の眷属だという。

 ただし邪神というも天災というも、それはこの世界に生きる我々から見ての呼称にすぎなく、本来は邪神も神の一柱、それもかなり強力で根源的な神のようだ。

 つまり、その眷属である天災もまた神に属するわけで、……どうりで得体が知れないわけだ。

 問題は邪神が現れたということの意味。この世の終わりに現れるもの。それが邪神だという。

つまり邪神が顕現したということは、この世の終わりが近づいているということを意味するとか。

 アーケロンは言う。

 もし破滅を望まないのであれば、邪神を完全体にしてはならない。

「――ただどのようにすればよいのかはわかりません。もしかするとですが、邪神が世界の破壊をする存在とすれば、逆に世界の維持をする5つの精霊珠の力があれば再封印をできるのかもしれません」

 世界の維持をする5つの精霊珠。破壊には創造の力で対抗するというわけか……。

 うん? ちょっとまてよ?

 ノルンも同じことに気がついたようで、

「その精霊珠。世界の維持をすると言ったか。対する邪神は世界の破壊をする存在。……となれば精霊珠が狙われる?」

「その可能性は非常に高いでしょう」

 そうか。

 すると精霊珠を護りかつ、邪神を封印するためにその力を使えるようにしなければならない。

 ……とうに俺たちは天災と戦う因縁にあるようだし、シエラの父の仇のこともある。

 やるしかない。

 アーケロンが、

「私の把握している精霊珠の在りかですが、……水の精霊珠はアトランティスの奥、地の精霊珠はデウマキナ山、火の精霊珠はアーク南の大火山地帯、風の精霊珠はゾヒテの世界樹、そして、空の精霊珠は伝説の幻獣たちが住む天空島テラスにあるそうです」

と教えてくれる。

 ノルンが、

「ありがとう。さすがは海の魔女ね。ここまで手がかりを得られるとは思わなかったわ」

とお礼を言うと、アーケロンは嬉しそうに笑いながら、

「ふふふ。……かつて貴女に教わったことですよ」

と何でもないことのように言った。

「あ、そうなの?」とノルンが言うのを聞きながら、そのかつてのノルンは一体どうなったのだろうかと気になった。