10-17 世界樹の危機

 世界樹が燃えている。

 ゾヒテの湾岸線からも臨むことができたあの巨大な大木に、今、空からいくつもの燃えさかる隕石が堕ちてきて、その巨大な枝を吹き飛ばし枝葉を燃やしていた。

 砕かれた枝が燃えたままで落ちていき、下に広がっている森を破壊し、さらに火が広がっていく。

 近くの狐人族の集落では、壮年の男たちが必死に住民たちを避難させていた。

「くっ。急げ!」

 戦えない者たちを、少しでも世界樹から離れたところへ。

 だが、行けども行けども頭上はるか高くには枝が張りだしている。そう、今も彼らの目の前で、1本の巨大な枝がどこかの森に落ちていった。

 激突の衝撃で地面が大きく揺れて人々の足をすくい、何人もがバランスを崩して転びかける。

 大いなる恵みをもたらし、ゾヒテに住む生きとし生けるものを守ってきた世界樹。

 さらにはこのヴァルガンド世界の瘴気を浄化していた偉大なる大樹が、今、まさに破壊されようとしている。

 村長であった年老いた狐人族の男が燃えさかる世界樹の枝を見上げ、

「獣王たちよ。戦士たちよ。……世界樹を、我らを守っておくれ」

と祈った。

 数日前のことだった。世界樹の巫女を通して、かつてこのゾヒテを襲ったベリアスなる男の進撃にそなえ、各集落より戦士たちが集められていたのだ。

 戦士たちは今ごろ、6人の獣王たちとともに戦っているはずだ。この隕石を呼び起こしたと思われる男と――。

◇◇◇◇

 獅子人族の獣王ライオネルがうっすらと闘気オーラの宿った拳を振るう。まともにその突きを受けた黒い騎士が吹き飛んだ。

 さらに振り回す拳から次々に衝撃波が放たれ、延長線上にいた何人もの黒騎士をも吹き飛ばす。

 さらに吠えるライオネル。

「うおおぉぉぉぉ! 戦士たちよ! 押しかえせぇぇぇ!」

 その声に勇気をもらったのか、左右に広がっていた様々な種族の獣人たちが、目の前に立ち塞がっている黒騎士たちと互角以上の戦いを見せる。

 敵の剣を盾で防ぎ、前衛の後ろに控えている戦士が槍で突く。あるいは俊敏な動作でかわして、カウンターの一撃を繰り出す。

 他の種族よりも高い身体能力にものをいわせ、戦い続ける獣人たち。

 しかしそんな彼らの死闘をあざ笑うかのように、対峙している黒騎士たちの向こうから5メートルはあろうかという黒い巨人の軍団が現れた。

 お決まりのように手には棍棒をぶら下げている。

 それを見たライオネルは腰の剣を抜いた。

「弓兵隊、放て!」

 すぐに後陣から幾つもの矢が放たれる。エルフ謹製の魔導弓で、放ったのもエルフたちだ。

 巨人に当たった矢が次々に爆発していく。

 ……しかし、巨人はその衝撃で身体をブレさせながらも、強引に近づいてきた。その足元にいた味方であるはずの黒騎士をも踏み潰して。

 先頭の巨人に、空から飛んできた何かが蹴りを放った。金斗雲に乗ってやってきた猿猴王ゴクウだった。

「はああぁぁ」

 たまらずたたらを踏む巨人に、空中のゴクウは妖力を印に込め、「倍化の術!」

 そのまま金斗雲に再び飛び乗ったゴクウの身体が、ムクムクと大きくなり、普段の3倍の大きさとなった。それでもまだ巨人の半分にも満たないが、さらに耳の毛を抜いてフッと息で吹き、分身を生み出して巨人の軍団に襲いかかる。

 それぞれが手にした如意棒で巨人を打ちのめし、吹き飛ばすと、森の木々に打ち付けられた巨人が一瞬で瘴気となって消えた。

 しかし無理に巨大化しているせいか長く巨大化していることができず、ポンと煙を出して分身も消え本体のゴクウだけとなってしまう。

 空中で姿勢をただしたところでやってきた金斗雲に飛び乗り、そのままグルッと戦場を飛び回り舌打ちをする。

「クソッタレめ! 一体どこから湧いて出てきやがった」

 ほかの獣王たちもそうだが、ゴクウも焦っていた。こうしてギリギリの戦いをしている間にも、世界樹は燃えさかっているのだ。

 ちぃ。首の後ろがチリチリしやがる。……この感覚。奴がいやがるな。

 天災ベリアス。奴は強え。むかつくが正面からじゃ勝てねぇ。

 だがそうも言ってはいられない。本格的に世界樹を破壊しようと、今まさに攻めてきているのだ。

 ――っ。

 不意に何かが飛んできた。

 ヒョイッとかわしたものの、その飛んできた物体はそのまま陣形を組んでいる獣人たちの中に落ちた。

 誰かの叫び声がする。

「ライノ様!」

 馬鹿な。雷角王ライノか? 犀人族らしく俺たちのなかで最高の盾役が……。

 しかし、ゴクンの見ている前でライノは光の珠となって空に飛んでいった。

「……くそっ」

 この様子じゃ、他にも何人かやられてるな。

 歯ぎしりをして、再び現れた敵の巨人を吹っ飛ばそうとした時だった。

 強烈な圧力を感じて思わず身体がこわばる。と同時に、突然、戦っていた黒騎士たちが一旦退いていった。

 そして、獣人たちに対峙するように向こうも横に整列した。

「猿猴王ゴクウに獅子王ライオネルか……。さっきの奴らよりは楽しめるか」

 響きわたった声に、ゴクウは冷や汗を流しながらも一旦ライオネルのところに降りた。

 ちらりと見たライオネルは、自分と同様に冷や汗をかいている。

 この圧力。ベリアスだ。しかも前と戦った時とは別人のような覇気をまとってやがる。

「あれはヤバいぜ」

 ライオネルに語りかけるゴクウだったが、ライオネルはチラリとゴクウの方を見るだけだった。

「退くわけにはいかん」

 対峙している黒騎士たちの間から、武闘家の姿をした壮年の男が現れた。ベリアスだ。

「来やがったな……」

 ゴクウがつぶやいたその瞬間だった。ベリアスが人差し指を伸ばしてスッと振り下ろした。その指先が光ったと思ったらその方向にいた獣人たちの一画が突然爆発した。

 爆炎の中から次々に光球が現れる。

 今の攻撃はライオネルにもゴクウにも見えなかった。

 馬鹿な。

 気を緩めると膝から力が抜けそうだ。格が違いすぎる。

 強がるようにニヤリと笑いながら、こんな時にサクラたちがいてくれたらと思わずにはいられなかった。

 同じ妖怪のネコマタとその仲間たち。かつてベリアスと戦って撃退した者たちだ。

 だが、現実に彼らはここにはいない。それにゾヒテの大地は、世界樹は自分たちが守り抜かねばならないのだ。

 新たに現れたベリアスに飲まれている獣人とエルフたち。ライオネルが吠えた。

「この先へは行かせん! 勇士たちよ。力を振りしぼれ!」

 勇者王と讃えられるライオネルの叫びを聞いた戦士たちの目に、力が戻る。

「行くぞ、ゴクウ!」

「おうよ、勇者王!」

 エルフたちの魔法の援護を受けながら、ライオネルとゴクウはベリアスに向かって走り込んだ。

 その様子を見ているベリアスはさも愉快そうに笑う。

「さすがはライオネルといったところか。ふはは。ふははははは」

 先にゴクウが口から炎を吐いた。

 ――豪火炎の吐息。

 その炎でベリアスの視界を遮ったところに、ライオネルがベリアスに切りかかった。

 しかし、その剣はベリアスの籠手に簡単に防がれる。ベリアスが踏み込んだ。その動作を見た瞬間、ゴクウはあれはネコマタに伝わる拳法の発勁と見破り、如意棒をのばして突きを放った。

 今、まさにライオネルに拳を叩きつけようとしたところを、如意棒が伸びてきてベリアスの頬を掠めた。ベリアスは身体を回転させて如意棒を蹴り上げる。

 ぐおっ。持っていかれる……。

 たまらず手から如意棒が離れ、クルクルと回転しながら上に飛んでいった。

 しかし、その隙にライオネルが再び攻撃を仕掛ける。「くそったれめ!」と叫びながら、ゴクウも突進して、2人でベリアスを挟み撃ちにしながら戦いをはじめた。

◇◇◇◇

 その戦場から離れた世界樹の根元にあるエルフの集落。 ここに獣王会議が行われるゾヒテの中心地でもあった。

 集落の中に集会所となる大きな建物があり、世界樹の上層にあるハイエルフの集落へは、そこにある転移魔方陣を利用しなければならない。

 その転移魔方陣が急に輝きはじめ、すっとその上にノルンとカレンとセレンの姿が現れた。

 すぐに異様な気配を感知する3人。

 カレンが叫んだ。

「世界樹が、呼んでいます!」