10-2 精霊石を求めよ

 翼神ウィンダリア様は多くを教えてはくれなかった。

 必要な事のみを仰せられると、そのまま光となってその場から姿を消されたのだ。

 その時のことを思い出しながら、テーテュースのコントロール・ブリッジに入る。

 どこぞの地下基地の戦闘指揮所のようだが、ここがテーテュースのコントロール・ブリッジだ。

その中央にあるメイン操縦席に座っていたヘレンが、

「テーテュースが冒険者ギルド間の遠距離通信を傍受して、内容を分析してくれたんだけど。……これ見てちょうだい」

 正面のスクリーンにヴァルガンドの世界地図が映し出された。赤い点々が沢山ついている。

「この赤いのが、あの日、魔獣が暴れたところですって。

 不思議なことに、街の大きさによって現れた魔獣が違うみたい。……それと。長くとも半日、早ければ数時間で勝手に姿を消したらしいわ」

 ふむ。どういうことか理由はわからないが、それはつまり出現した魔獣は統制されていて、ある目的のために暴れていたということになるのか。

 もしそれだけの魔獣が操られていたのであれば、それは邪神の使徒である天災の名を持つ奴らの仕業だろう。

 あの正体不明の6人の男女の……。

 もっとも海底王国ミルラウスでの戦いでは、奴らの一人フォラスが9つの頭を持つ巨大なヒュドラの正体を現した。

 おそらく他の奴らも、その正体は異形の強力なモンスターなのだろう。

 シエラの父の仇であり、明確な世界の敵。……そうか。それで精霊珠が必要になるのか。

 あの時、聖石に秘められた神力を解放した俺とノルンとで、フォラスの首を幾度も落としたが、次々に再生をされてしまっていた。

 決め手になったのは、セレンが引き出した水の精霊珠の力による攻撃だ。

 精霊たちは隣接する精霊界にいて、このヴァルガンドに力を及ぼしている。

 どうやらフォラスの本体も同じように隣接する異空間にあったようで、精霊の持つ世界の境界を越える力が必要だったらしい。

 おそらくは、だが。俺とノルンの持つレベル7のスキル。それならば同じように世界を越えて攻撃できると思う。

 けれど残念ながら、まだ習得には至っていない。

 剣の師匠であるトウマさんだって、レベル6までの剣技しか使えない。

 おそらくは古の勇者その人であろうトウマさんでも、レベル7には到達していないのだ。

 ヘレンの話を聞いていたノルンが、ぽつりと、

「目的、ね……」

とつぶやいた。

 それを受けるように、ヘレンが手元のスイッチを操作する。

「それと、こっちの方が重要かも知れないけれど」

 スクリーンに映し出されたのは、アルの街で暴れたベヒーモスの動画だった。あの時、テーテュースが記録映像を撮っていたのだろう。

「これよ」

 そういってヘレンが映像を止めたのは、ベヒーモスとアクエリアス隊が戦いはじめる直前の映像だった。

「人々が動けなくなったのは、この世界に異変が生じたせいだと思う。けれど、私が一番気になるのが、これ」

 コマ送りのようにゆっくりと動き出す映像。

 ベヒーモスが街の人々を踏み潰した。その脚の下から光の珠が漏れてきて、そのまま空へと昇っていく。

 警備隊を腕で薙ぎはらうベヒーモス。吹き飛ばされた衛兵が建物の壁に叩きつけられ――。

「これは……」

 その身体が光に包まれ、球体となって空へと飛んでいった。後には身体もなにも無くなっている。

 どういうことだ?

 あの時の立ち上っていく光は、すべてが死者だというのか?

 しかし、それならば何故遺体が残らない。

「残念ながら、光の珠は一定の高さに届くと、急激にスピードを上げてどこかに飛んで行っちゃったみたいね」

 その時、ノルンがぽつりとつぶやいた。

「……もしかして、生けにえかしら」

 ヘレンが聞き返す。「生け贄?」

「そう。あれが天災のやったことなら。邪神の仕業だというのなら、死んだ人たちの魂を邪神の力にしている可能性もあるんじゃないかしら」

 ノルンの推測に絶句してしまった。邪神への生け贄……。たしかにそれ以外の可能性はないような気がする。

 ということは、あの場で助けられなかった人々は、衛兵も含めて、すべて邪神のせいで殺され、その上で身体も魂も邪神に捧げられたというのだろうか。

 重苦しい空気が漂う。今さらながらに敵の強大さに、胸が重くなった。

 なんてことだ。どうすればいい。

 世界中で、一度にあんなことをしでかすような、空をあんな風にしてしまった敵を相手に、どう戦えというんだ。

 コントロール・ブリッジにいるみんなを見る。

 結婚したばかりの、俺の伴侶たち。彼女たちを失うことには耐えられない。

 それに彼女たちばかりじゃない。

 アルの街の人々。今まで世界のあちこちで出逢った人々にも、恐ろしい死が忍び寄っているのだ。

 シエラがつぶやいた。

「急ぎましょう。天災を、あいつらを倒さないと――」

 その言葉に誰もがうなずいた。

 そうだ。その通りだ。あいつらの中にはシエラの仇だっている。それに、すでに1人を倒しているじゃないか。残り5人。倒せないわけがない。

 から元気かもしれないけれど、おびえて何もしないよりは何倍も良い。

 もっとも天災の奴らがどこにいるかもわからない。でも、じっとしてもいられない。

 あいつらと戦う力を手に入れて倒さなければ、この異変は終息しないのだ。

「テーテュース。火山地帯に向けて急げ」

「了解しました。マスター・ジュン」

◇◇◇◇

 既にいつでも下船できるように装備を調え、到着を待つばかり。システムの予想では、そろそろ大火山地帯が見えてくるはずだ。

 コントロール・ブリッジを囲み、360度に広がっているスクリーンには船外の光景が映し出されている。

 船はすでにノーム大陸の上空を飛んでおり、右手にはずっと地平線まで広がっている砂漠が、左手には乾いた草原とその向こうに僅かばかりの森林地帯が広がっているのが見える。

 かつて聞いたところによると、世界中を流れる地脈におりのように瘴気しょうきが溜まるが、その瘴気は世界樹を通過する際に浄化されるという。

 かつて世界樹の一部が枯れたとき、地脈の一つにも大きな影響が出て、その結果、アーク南にあるノーム大陸に巨大な砂漠ができたという。

 不気味な紫色の空が広がっている。やがて船の正面前方のずっと先に、黒々とした雲が立ちこめているのが見えてきた。

 時折、雲間から稲光が走っているようだ。

「どうやら目的地らしいな」

 雲の下には険しい山々が広がっているのが見える。黒い煙と一緒に赤く吹き出しているのは溶岩だろうか。

 初めて見るのだろう。みんなは興味深そうにその光景を見ていた。

「あれが……、火山?」

 いくつもの山が噴煙を上らせたり、今まさに噴火している。ドオンと巨大な大砲のような音がしたと思ったら、空気が震動した。

 まだ距離があるというのに、飛んでくる岩がテーテュースの防御障壁にぶつかって、ガンッとかゴンッと音を立てている。

 黒々とした噴煙を見ていたカレンが、

「すごい迫力……、世界にこんな場所があるなんて」

とつぶやいた。

 たしかにゾヒテの世界樹に住んでいるハイエルフにとって、この光景は異世界にも匹敵するだろう。

 大地の持つエネルギーそのものともいえる火山活動。真っ黒な泥のように見える巨大な川に灼熱の赤い色が混じっている。あれが溶岩流なのだろう。

 俺もテレビを通してしか見たことがなかったが、かなりの迫力だ。

 やがて自動的に船は高度を下げて、火山群の合間にある黒い平らな台地に着陸した。

 別にここが火竜王のいる場所というわけではない。実は、到着直前にテーテュースのシステムに火竜王からのメッセージが届いていたたのだ。

 この台地から火竜王のいる火の神殿まで自らの足で来るようにと。

「ナビゲーション。火の神殿」

 俺の視界の隅に方位磁石のような矢印が現れ、真東を指す。同時にルートが青いラインとなって視界に浮かび上がっていた。

 この台地から東に、山の峰を進んでいくようだ。

 コントロール・ブリッジから甲板に出ると、途端にすごい熱気に包まれる。さすがに四方を火山に囲まれているせいだろう。

 硫黄の匂いに、さらに何か刺激的なガスの臭いもする。振り返ると、みんなが鼻をつまんでいた。

「熱気が凄いわね」

 そういうノルンに注意をしておく。

「ああ、だが。冷気で凍りつかせるとかは止めてくれ。異常に気がつくのに遅れると困る」

 引火性ガスの噴出とかな。

「……なるほど」

「ヘレン。耐性強化の祝福ブレスを」「ええ。わかったわ」

 魔法の光が身体に吸い込まれたのを確認し、ナビゲーションの指示どおりのルートに足を踏み出した。

 台地の端に行くとそこから続く峰に道ができている。入り口にあたるところに2本の石柱が立っていた。

 何か文字が彫ってあるようだけれど、かすれてしまって読めない。

――ピコーン。解読します。「参道」

 そうか。参道、神殿に向かうための。どうりで歩いてこいと、納得だ。

 装備を今一度確認する。大丈夫。みんなの方も……、大丈夫。

「行くぞ!」

「ええ」「はい」

 目指すは火の神殿。この参道の一番奥だ。