10-3 火の神殿

 ごつごつとした岩ばかりの山道を進む。

 さっきまで何でもなかったはずなのに、通り過ぎた道が突然近くから湧き出した溶岩に覆われてしまった。

 さらにその溶岩の中から、全身に炎をまとわせた狼が飛び出してくる。

 すでにもう何度も襲われているが、ナビゲーションによればラーヴァ・ウルフというらしい。スライムと同様の魔法生物のようで、倒すときも同じく体内の核を破壊しないといけないようだ。

 本来ならば厄介な相手なんだが……、

「フリージング・ワールド!」

 溶岩の近くだというのに、ノルンの魔法が吹き荒れるとたちまちウルフたちが凍りついていった。

「はっ!」と声を挙げながら、みんなが近くのウルフに一撃を加え、その身体を核ごと粉々に砕いていく。

 とまあ、こんな具合で特段の苦労もなく戦闘を終え、再び参道を歩く。その頃には溶岩に包まれていた背後の道も、いつのまにか元の姿を取り戻していた。

 そのまましばらく歩き続け、ようやく神殿らしき建物が見えてきた頃だった。

 突然、ごうっと熱風が強く吹き荒れて、空から手を延ばすように雲が細長く渦巻きながら降りてきた。

 まずい。あれは竜巻だ。

「ノルン。障壁を!」

 さすがにこれは障壁を張らねば吹き飛ばされてしまう。

「マナバリア・フルオープン」

 俺の指示に間髪入れずにノルンが魔力障壁を張った。それから且くして凄まじい風が炎と溶岩を巻き込んで、巨大なフレア・トルネードとなって俺たちに襲いかかる。

 ゴゴゴゴゴ……。

 マナバリアの向こうは火炎が渦巻き、爆発し続けている。灼熱の赤と噴煙の黒が障壁に押し寄せ、目の前で荒れ狂っていた。

 しかし今のところ、ノルンの障壁はビクともしていない。

「すごい。……なんて光景」

 ヘレンが眼前の猛火の乱舞を見て、ほうけたようにつぶやいた。

 当たり前だ。火炎旋風なんて規模じゃない。おそらくこの大火山地帯でなければお目にかかることもないだろう竜巻だ。

 凄まじい風の圧力に、障壁は無事だというのに地面が震動しているような錯覚を覚える。

 長い長い時間をかけて、竜巻が俺たちを通り抜け、やがてその渦巻きの軸をぶわっと広げると、絡まった糸がほどけるように散っていった。

 大きな音を聞き続けた後のように耳がしびれたようになっている。みんなも同じ症状のようだけれど、無事なようだ。大丈夫だとはわかっていても、さすがはノルンの障壁だと思う。

 少し休憩したいところだが、ここでは危険すぎてそうもいかない。神殿は見えているんだ。このまま行ってしまった方が安全だろう。

 そう思って参道の先に顔を向けると、いつの間にかそこに赤い体躯のドラゴンが静かに俺たちを見下ろしていた。

 ナビゲーションを見なくてもわかる。――火竜王ファフニル様だ。

 まるで雷鳴のような声が響きわたった。

「今のトルネード程度では、お前たちの力を測ることもできないようだな」

「火竜王様。お初にお目にかかります」

「うむ。すでに他の竜王たちからも聞いておる。ここに来たのはそこな娘、シエラの試練だな?」

 器用に人差し指の爪で火竜王様はシエラを指さした。

 確かにシエラの試練も目的ではある。だが、どうやら翼神ウィンダリア様からの連絡は、さすがに来ていないようだ。

「恐れ入ります。火竜王様。それも目的の一つですが、我らは翼神ウィンダリア様の指示により、火の精霊珠を手に入れるために参ったのです」

「ほう……。ウィンダリア様が。火の精霊珠か。たしかにその刻限は近づいているといえる」

「それは一体どういう意味でしょうか」

「おのずとわかる。我の口からは言えぬ」

 それは仕方ないのだろうけど。刻限か……。急がないと何かに間に合わなくなるということだろうか。

 疑問に思うけれど、今はそれよりも目の前の事だ。幸いに火竜王様がそこからは俺たち一人一人を光球で包み入れて、神殿まで連れて行ってくれた。

◇◇◇◇

 神殿の周囲は、さらに上空に浮かんでいる岩から溶岩が滝のように流れ落ちていたりして、この世とは思えないような光景が広がっていた。

 どういう仕組みになっているのかわからないが、おそらくは火の精霊サラマンデルの力が強いところなのだろう。

 神殿自体は、幾つもの巨大な柱が並び、いかにも神殿といった建物だった。かつて見た水の神殿とは異なり、きちんと手入れをされているようだ。

 すうっと火竜王ファフニル様の身体が光を放ち、その体躯がするすると小さくなり一人の男性の姿になった。

 赤やオレンジに色を変えながら微かに光る髪。外見は俺たちと同じくらいの年齢だけれど、いかにも力の強そうな体つきでアゴにはひげが生えている。

 豪快そうな見た目に反し、やはり人とは違う精神構造なのだろうか、どこか静かな佇まいをしていた。

「ついてくるがいい。すでにお前たちを待っている者がいる」

 そう言い置くとさっと背中を向けて神殿に入っていく。みんなに目配せをして、俺もその後を追った。

 入り口をくぐり、そのまま真っ直ぐ中央に向かって進んでいくと、やがて大きな広間に出た。中央に大きな台座があって、そこで巨大な火が煌々こうこうと燃えている。

 俺たちが広間に入ったところで、その火がブオッと膨らみ、なかからトカゲの姿をした火の精霊サラマンデルが姿を現す。

 あの精霊はすでにノルンと契約を結んでいて、幾度か召喚もしているので見慣れている、はずだった。

「よく来たな」

 シャーという空気音をさせずに、サラマンデルがこっちを向いた。いつもは赤い身体をしているのに、俺たちの目の前にいるサラマンデルはその体表に七色の光を宿している。

 よく見るとその周りには小さな炎が飛び回っていた。

 強い力を感じるのは、やはりここが火の神殿だからだろう。

 火竜王様は人間体のままで空を飛び、そのサラマンデルの隣に並んだ。

「シエラは我と来るが良い」

 呼ばれたシエラが気合いのこもった表情で、「はい」と返事をした。

 俺はその背中をトンと軽く叩いて彼女を送り出す。

 振り向いたシエラが力のこもった視線を送ってくる。口元に笑みを浮かべて頷いてやると、彼女もうなずき返し、

「行ってきます」

「ああ。――行ってこい」

 大丈夫だ。シエラなら必ず試練を乗り越える。普段はおどおどしたところのある彼女だが、今はしっかりとした足取りで歩いていく。その後ろ姿に、心の中でエールを送った。

 つづいてサラマンデルが、ヘレンの名前を呼んだ。

 精霊珠自身が持ち主を選ぶとは聞いたが……、そうか。火の精霊珠はヘレンを選んだか。

 正直驚いた。みんなのうち、炎を使うのは他に炎虎拳を使うサクラがいるんだが、修道女であるヘレンを選ぶとは。

 やはり彼女の前世が関係あるのかもしれない。かつて爆炎の魔王と呼ばれた悲劇の女性ベアトリクスなのだから。

「わかったわ」

 そう答えたヘレンがこっちを見る。シエラと同じように、彼女の瞳にも決意がみなぎっていた。

「ヘレン。お前なら大丈夫だ」

 そう言ってうなずいてやると、ふっと微笑んで、

「行ってくるわ」

と前に進み出ていった。

 俺は2人の背中を見たままで、

「ノルン」

と呼ぶ。するとすぐに、

「わかってる」

と返事が来た。

 どうやらノルンには、これから俺がしようとしていることがわかっているようだ。

――封印解除リミット・ブレイク

 魂に宿る神力を解放する。ほぼ同時に、後ろにいるノルンも解放するのを感じつつ、もう使い慣れたこの力の奔流を操り、神衣を顕現させた。

 やや遅れて俺と契りを結んだみんなにも、その魂の繋がりを通って神力が顕現していく。

 それは――そう、目の前の二人にも。

 シエラの身体からも神力があふれ出し、その身にまとっているエイシェント・ドラゴンメイルが輝きを増している。

 手にした竜槍ドラグニルにも、神竜の盾にも、神力の白銀の炎がまとわりついていた。

 ヘレンも同じく、いつもの修道服が風にあおられているように激しくはためき、その下に来ているベアトリクスのラバー・スーツが赤く輝いているのが見えた。

 かたや火竜王、かたやサラマンデル。それぞれ一人で試練に望むシエラとヘレン。

 もちろん心配はある。けれど、俺たちには誰にも切り離すことのできない絆がある。俺たちの歩んできた道。手に入れてきた力がある。だから信じて待とうじゃないか。

 あの2人が試練を乗り越えて帰ってくるのを。

「ふむ。よい力だ」

 火竜王ファフニルが、神力の輝きに包まれたシエラとヘレンを見て、目を細めていた。

「それではシエラは我と戦え」

「はい」

 こうしてヘレンの試練に先立って、シエラの試練が始まった。