10-9 対峙

 アーク軍の陣地が見えてきた時、すでに防壁の一部が巨人に破壊され、そこにカオス・レギオンの魔物たちが侵入しはじめていた。

「くそっ。間に合わなかったか。――みんな! 行くぞっ」

「ええ!」「はい!」

 すでにフェニックス・フェリシアは先行して、あの防壁の上空にいる。ノルンが白銀のハルバードを構えた。

転移テレポート

 足元に魔法陣が現れ、かすかな浮遊感がしたと思ったら次の瞬間、俺たちはアーク軍の陣地の上空にいた。

 そのまま落下する俺の耳元を、ゴ――と風が通り過ぎていく。下の広場では、機工騎士団のものらしき巨大なゴーレムの残骸が横たわっていた。

 そして、そこには……。

 ヘレンのつぶやきがはっきりと耳元に聞こえた。

「いた」

 そこには天災が2人。大剣の男はゴルダンか。それにヘレンが予知していたように大鎌を手にしたピレトの姿。

 奴らめ。俺たちに気がついたようで、こっちを見て笑みを浮かべてやがる。

 その時、フェニックス・フェリシアから念話が入った。

(マスター・ジュン。向こうの魔導列車の近くに天災のモルドがいるようです)

 誰一人として逃がさないつもりか。

「――封印解除。真武覚醒。神装武闘」

 神力を解放すると同時に、横のノルンもまた力を解放した。感じる波動からわかる。戦闘用の神衣光輪モードのようだ。

 俺とノルン、そして、さらに魂の回廊を通ってみんなからも流れていった神力の波動がほとばしる。

 だが下の状況から、それぞれバラバラになった方がいいだろう。

(ゴルダンは俺が相手をする。ヘレンは行けるな?)

 正直にいえば、ヘレンやシエラが強くなったとはいえ、奴ら天災もまた底が見えないほど強い。一対一で戦えるのは俺とノルンだろうとも思う。

 だが、ピレトとの戦いに決着をつけるのは俺でもノルンでもなく、ヘレンの宿命だという妙な確信があった。

(もちろんよ)

 大丈夫。今のヘレンならば戦えるはずだ。それでも、もう1人……。

(――シエラ。ヘレンのサポートに)

(わかりました)

 ここには仇であるグラナダの姿はない。だが、それでもシエラもまた天災と戦う宿命がある。いまだ精霊珠は入手していないが、その時のために彼女はヘレンと一緒に戦うべきだろう。

 問題はモルドか。まだウルクンツルでちらりとしか見ていないが、あれは単なる戦う力だけではない、多くの軍勢を召喚する厄介な能力があるようにも感じている。

(モルドは(ジュン。私が行くわ))

 ノルンが声を挙げてくれた。たしかに俺がゴルダンと戦う以上、モルドは彼女に任せるしかない。

(わかった。ノルン。……サクラもそっちに行ってくれ。カレンとセレンは防壁の騎士団をカバーだ。頼むぞ。みんな)

((了解)わかりました)

 ノルンとサクラが滑空しながら離れていく。手数の多いサクラなら、ノルンと一緒に充分戦えるだろう。

 カレンはゾヒテ六花の力を引き出して背中に大きな葉っぱのような羽根を付け、セレンの肩をつかんで2人で防壁の方へと飛んでいった。

「ヘレンさん。私の肩につかまって下さい」

 シエラが黄金色の竜闘気ドラゴニック・バトルオーラを身にまとっている。「派手なのを頼むわよ」ヘレンは全身から赤い魔力をたぎらせながら、シエラの後ろから肩をつかむ。「行きます。――メテオ、……ストライクッ」

 竜闘気が巨大な真球となって2人を覆った。強力な地竜王ガイアの技だ。

 その時、地上から何かが飛んできた。天叢雲あめのむらくもの剣を抜き放ちながら、意識を皆のところから戻す。

 魔力弾マナ・バレットだ。それも瘴気を混ぜた魔力を拳に集めて撃ちだしたものか。

 眼下にはゴルダンが大剣を脇の地面に突き刺し、拳を握りしめて構えていた。

 俺は剣に神力をまとわせた。こいつ相手には手加減はできない。他の天災はみんなの力を信じよう。

 俺たちを迎撃しようとゴルダンの拳から放たれる魔力弾を、次々に剣で弾き、一直線に落ちていく。ゴルダンが剣に手をかける。

 見る見るうちに近づき、一気に俺は剣をゴルダンに振り下ろした。

 俺の剣と、切り上げるゴルダンの剣が真っ向からぶつかり合った。

 激突の光と一緒に、衝撃が周囲に広がっていく。――だが、落ちてきた勢いも上乗せされているというのに、こいつの剣はビクともしていない。

 やはり……、強い!

 にやりと笑ったゴルダンに合わせ、弾かれたように後ろに飛びすさって対峙する。

「今日は良い日だ。――お前とやり合えるとはな」

 奴の剣からは漆黒の魔力が立ちのぼっている。

「はっ。どうせ俺たちが駆けつけることもわかっていたんだろ?」

「当然だ。無事に火の精霊珠も手にいれたようだしな」

 ゴルダンがちらりとヘレンの方を見た。もちろん俺は感じている。彼女の胸で揺れる精霊珠が、すでに発動して精霊の力が彼女に流れ込んでいるのが。

 だが、自分たちを滅ぼしうる精霊珠を入手したというのに、こいつには動揺も怯えもない。自信があるのか。

 ゴルダンは大剣を構えた。

「女どもは順調に強くなっているとして……。肝心のお前はどうなんだ? その力、使いこなせているのか」

「ぬかせ」

「ならば、見せてもらおう。――封印解除リミット・ブレイク

 なんだと? やつが封印解除?

 しかし、現実に奴の雰囲気が切り替わった。奴の体から神力のほとばしりを感じる。今の俺と同じように漏れ出た力が、奴の周囲で黒い炎となって漂っていた。

 そうか。邪神とはいえど、あいつらも神の使徒だったか。

「驚かないんだな。まあいい。……行くぞ」

 その言葉が終わるやいなや、奴が目の前に瞬間移動したかのように姿を現し、切り下ろしの一撃を放ってきた。

 ――いや違う。即座に右にかわす。すぐ横を奴の剣が通り過ぎていく。その剣先から魔力が……爆ぜた。

 同時に奴の剣が跳ね上がって下から迫る。神剣を上から合わせ、強引に押え込む。

 ギャリギャリと刃を滑らせながら、奴と至近距離でにらみ合った。

「失望させるなよ。神剣の使い手」

 獰猛な奴の笑みに、にらみ返しながらも俺は剣に力を込めた。

 闘気がみなぎっている。見てろ。ゴルダン――。

◇◇◇◇

 一方そのころ、ヘレンとシエラも、ピレトと激しい戦いを繰り広げていた。

 最初に放ったシエラのメテオ・ストライクを、ピレトは自分の影から召喚した闇の巨人で受け止めた。

 巨人はそのまま風船が破裂したように消え失せたが、メテオ・ストライクも威力を失ってしまい、スタッと地上に降り立った2人は、ピレトと対峙。即座に戦闘に突入している。

 ヘレンの手には炎のムチが握られ、そこから目も止まらぬスピードで幾条もの打撃が、火線となって放たれていた。

 しかし、ピレトはそれを避ける素振りすら見せずに障壁を張って防いでいた。

 おもむろにピレトは鎌を振り下ろした。その刃の軌跡から三つの魔力弾が生まれ、ヘレンに向かって飛んでいく。

 しかし当然のことながら、その射線上にシエラが入り込み、神竜の盾の大盾モードで受け止める。

 ヘレンは慎重にピレトを見た。

 身体に力がみなぎっている。反面、意識は今までになく透き通るようにクリアだ。

 1000年の昔、かつてベアトリクスだった頃、自分たちを罠にはめた張本人。

 弟とその婚約者を殺し、族長たちを殺し、多くの魔族を他の種族たちの連合国軍との戦いに巻き込んだ黒幕。

 そして、再びヘレンである自分を殺人事件の犯人に仕立て上げ、追い込んだ宿敵。

 かつては奴の目的が魔族の滅亡だと思っていたが、今は違うとわかる。本当の目的は、この世界に混乱と苦痛の死をもたらし、発生した瘴気を邪神に捧げようというのだ。

 けれどもヘレンは世界を守るために戦おうなどとは思っていなかった。

「……ソロネ、エクシア。奴は、奴だけは、絶対に私の手で――倒してみせる!」

 かつての弟とその婚約者の名前をつぶやくヘレン。

 ピレトのせいで大切な人たちを失ってしまった。その恨みは消えない。そう。これはヘレン自身の戦いなのだ。

 目の前では前衛をしてくれているシエラが、竜槍ドラグニルを突き出した。先端から渦を巻く水流がほとばしり出てピレトに襲いかかる。

 しかし、その一撃もピレトの障壁に防がれるだけに終わった。

 ピレトが笑いながら、

「くっくっくっくっ。そんなものか? ならば死ね!」

 手にした大鎌が振り下ろされた。

 その刃先から三日月状の黒い斬撃が飛んでくる。まがまがしい気の込められた斬撃。あれは――。デスサイズによる致死の斬撃。

「シエラ!」

 思わず叫んだヘレンだったが、シエラは慌てることなく、

「大丈夫です。盾よ。すべてを守る力を。モード・イージス!」

 神竜の盾が光を帯びる。

 もともと神々しい盾ではあったけれど、シエラから放たれる神力をも帯びて、まさに神器と呼ぶべき力を宿していた。

 デスサイズの斬撃が盾の表面で弾かれる。致死の概念の込められた攻撃だったが、恐るべきその攻撃すらも今のシエラには効かない。

 そのままシエラは神竜の盾をバージョン3に引き上げたようだ。2つに分離した盾が、シエラの横に浮かんでいる。槍での全力戦闘、神竜の騎士たるシエラの攻防一体の戦闘スタイルだ。

 そうだ。敵も強いけれど、自分たちも強くなった。戦う力を身につけたのだ。私も負けてはいられない。

 故に強く念じる。精霊珠よ。私に力を。ベアトリクスよ。ともに戦おう、と。

 ――1000年後の私。行くわよ。

 胸のうちにベアトリクスの声が聞こえた。その瞬間、かっと光がはぜた。