3.脱出

 なぜか今、急に俺の背中に悪寒が走って、冷や汗が出ている。

 なにかこのままだと大変なことになるような予感がしている。これも魂に取り込んだ聖石に秘められた神の力の影響だろうか。

「ね。お兄ちゃん。たぶん西門のところに悪い奴らがいると思うよ」

 俺の名前はジュンだと教えたけれど、ずっとお兄ちゃんと呼ばれている。まあ、それはいいんだが、クラウディアの言うように西門は見張られているはずだ。

 だが大丈夫。俺には策がある。

 アルの街には引退した冒険者が経験を活かして何かの店をやることが多い。

 ここは鍛冶屋の裏口だが、ここの店主であるドワーフもそうだ。隣にいる宿屋の夫婦と合わせて、かつては三匹の鬼スリー・オーガーズと呼ばれていたらしい。

 まさかあの奥さんが青鬼と呼ばれていたなんて、とても口に出して言えない。娘さんのリューンちゃんは普通の町娘なんだがなぁ。

 すまない脱線した。

 裏口をノックすると、しばらくしてガチャッと開いた。

「なんじゃい。用があるなら表から来んかい」

 このヒゲのドワーフが黒鬼ターレン、元ランクA冒険者だ。

「悪い。ちょっと追われてるんだ。中に入れてくれないか」

「……お前。ジュンじゃないか。わかった、入れ」

 裏口からクラウディアを連れて入ると、すぐにターレンは扉を閉めて鍵を掛けた。

「で、何をやらかしたんだ? 子どもをさらうような奴じゃないのはわかっとるが……。ぬおっ」

 いきなりターレンの目の前で、クラウディアの胸元からカーバンクルが飛び出した。

「カーバンクルか!」

 幻獣は滅多に人前に出てこない。目を丸くしている。

「おじちゃん。私ね。この子をカローの森に帰してあげたいの」

 クラウディアがそう言うと、ターレンはうなずいた。

「密猟者か。追っとるのは。……ふむ」

 腕組みをして何事か考え込むターレン。やがて口を開いて、

「どうやらそいつらはグリードの奴らみたいだな」

「知ってるのか?」

 組んでいた腕を下ろすと、ターレンはやれやれといった風にため息をついた。

「その嬢ちゃんは服装からして孤児院の子だろう? この聖女のいる街で孤児院の子に手を出そうなんて奴らはいない。……ジュン。お前、最近うわさになってるグリードを知らんのか?」

 耳を広げておくのは冒険者の基本。だけどこの街に滞在しているときはホームにいることが多くなってしまっていた。

 夕飯は冒険者の憩い亭に顔でも出すようにした方がいいのかもしれない。

「情報の入手は冒険者のイロハだ。ホームがあるからといってそれを怠っちゃダメだろうが」

「……ああ。返す言葉もないよ」

「グリードってのはな。最近、貧困街に入り込んでる裏組織の奴らだ。もともとは東部のゴーダの街を本拠地にしていたらしいが、最近、アルにも進出してきてるって話らしい」

「そんな奴ら、警備隊がシャットアウトしたらマズいのか?」

「悪事の証拠もなくそんなことはできんだろう。……ただ裏では殺人から、奴隷売買から強盗、なんでもやってるらしいぞ」

 ターレンがカーバンクルを指さした。

「ありゃあ幻獣カーバンクルだ。カローの森にいるとは知らんかったが。やつらめ、幻獣に手を出すなんて御法度だ。精霊の怒りを買うと言われてるからな。……おおかた子飼いの商会を利用して貴族への賄賂にでも使うんだろう」

 そして、その貴族を取り込んでアルの街に根付くって寸法か。

「御法度って、王国法にも書いてあるのか?」

「ああ、妖精と幻獣の捕獲は禁止されている。……ただな、抜け道もあってな。幻獣の場合、自身が気に入って一緒にいる場合や保護の名目ならばお咎めなしになっている」

「……なるほど」

「ちなみに幼生体から育てれば自然と一緒に暮らすようになるな」

 つまり、奴らに見つかって取り上げられても、保護していると訴えられるとこっちの立場がマズくなると。……思いっきり分が悪いじゃないか。

 でもなぁ。

 カーバンクルと仲よく遊んでいるクラウディアを見ているとな。なんとかしてやらないとって気持ちになる。

 カローの森もそうだが、まずはこの街を見つからないように脱出しないと。

「で、ここに来たのは、街を出る手助けをして欲しいってところか?」

「話が早くて助かるよ」

「ふんっ。それくらいわかる。なにしろ隣のロベルトの野郎もしょっちゅう同じようなことに首を突っ込んでおったからの」

「ははは」

「まあ、その度にライラに凍らされて折檻されておったが」

「はは、は」

「お前のところも同じような匂いがするぞ」

 わかってる。他人事じゃないっていうのを今はっきりと感じた。やばいな。ライラさん。

「ま、全然動じていないのはロベルトもお前もよう似とる」

 そういうとターレンは励ましてくれるかのように、俺の背中をばしっと叩いた。

「よし、じゃあ。こっちに来い」

 ターレンの後ろに付いていくと、そこは裏庭だった。武器の相性を調べたときに一度来たことがある。

「門番のことだ。お前さんなら顔を覚えられているだろう。それなりに有名だからな。……問題はお前さんが一人ってことと、そこの嬢ちゃんだろう」

「ああ、その通りだ。乗合馬車も危険だろうし」

「俺が馬車を貸したところで、目的地がカローの森の奥だろうから邪魔になっちまう。――となると変装しかないな」

「変装か……」

「まあ、任せておけ。だが街を出るときには自分のギルドカードを使えよ」

「ああ、わかってる」

 変装か。不安だが仕方ないだろう。

 クラウディアは興味深そうに裏庭をあちこち見ている。あちこち動くと危険なので、手をつないで倉庫に入っていったターレンを待つことにした。

「昔、ライラと一緒にロベルトに罰ゲームをやってな。その時の道具がたしかこっちに……」

 倉庫から聞こえてくる不穏なターレンの言葉に不安を覚えていると、クラウディアがにぱっと笑みを浮かべてこっちを見上げてくる。

「罰ゲームだって! 楽しそう!」

「……お前、大物だな。こんな状況でそんなことが言えるとは」

 不意に倉庫の中から何かをひっくり返したような大きな音が聞こえた。

「げっ。崩れた……。おお、あったあった!」

 ゴホゴホと咳き込みながら、ターレンが大きな袋を抱えて出てきた。

「背丈はちょいとお前さんの方が低いが、まあ問題ないだろう」

 そういって地面に降ろした袋をターレンがあけるが、その中を見て俺は思わず叫んだ。

「マジか――!」

◇◇◇◇

 それから渋ったけれど、とうとう押し切られ、変装を済ませた俺はターレンの店を出た。

 西門に向かうけれど、道行く人々がじろじろと見てくるので居心地が悪い。

「う~ん。動きにくい~」

「我慢しろ」

 クラウディアはわがままを言うが我慢して欲しい。というか、俺の許容限度を超えてるぞこれは。怒っても良いだろうか……。

 人々の視線にいたたまれなくなりながらも西門に向かう。

 案の定、西門前の広場は監視されているようだ。注意深く見てみれば、建物の影や路地、木箱に座って休憩しているように見える男たちが、通行人をそれとなく見ている。

 やばいな。今の俺なんて明らかに注目を浴びてそうだが……。やめよう。余計なことを考えてはいけない。

「はい。次の人――。うっ」

 若い衛兵が俺の姿を見て変な声を上げた。

 ほほが引きつるが、黙ってギルドカードを提示する。

「はい。確認しました。……ぷっ。で、どうしたんです? その――着ぐるみ」

 そう。ターレンが用意したのは巨大なクマの着ぐるみだった。ご丁寧に顔の部分だけぽっかりと穴が開いていて、着用者の顔がはっきり見える。

 こんなの着て街を歩いている人なんて、こっちの世界じゃ見たことがない。完全着ぐるみだったら、日本にいるかもしれないけどさ。ふなっしーとか、ゆるキャラが。イベントかなにかで。

 俺は言葉少なにターレンに言われた言葉を口にする。

「――罰ゲームだ」

 思いの外、どんよりとした低音の声になってしまったが、仕方ないだろう。

「罰ゲーム。ぷっ。さ、さすがはハーレムの……」

 ああ、いたたまれない。早くここからいなくなりたい。

「通っていいか?」「どうぞどうぞ」

 だが仕方ない。なにしろこのぽっかりお腹の部分にクラウディアが入り込んでいるんだから。

 努めて吹き出している衛兵連中を気にしないようにして、どうにか西門を抜けた。

 そのまま力ない足取りで防壁沿いに門を離れる。こんなもの! 早く脱いでやる。門を抜けたんだ。もういいだろう。

 頭のかぶりものをずぼっと脱いで、首もとから毛に隠されたボタンを外していく。クラウディアがひょいっと飛び出した。

「ぷはーっ。暑かったぁ」

 楽しそうで結構なことだ。

 どうにか胴体部分を脱いで、防壁脇に立てかけた。あとでターレンが回収に来てくれる手はずになっている。

 その時、鋭く笛の音が鳴り響いた。

「いたぞ――!」

 どうやら草原や森の入り口にも監視の目が合ったようだ。

 急いで足の部分を脱いで放り投げると、俺はクラウディアを抱っこして走り出した。彼女の胸元から顔を覗かせたカーバンクルに、

「じっとしてろよ!」

と言い、森から走り寄ってくる男たちをにらみつけながら急いだ。

 たとえ両手が使えなくても、これでも高ランクの冒険者だ。後ろから追いかけられつつも、包囲網を抜け出し、そのまま森に飛び込んだ。

 木々の間を走り抜け、藪に突っ込み、さらにまた走り続ける。次第に後ろから追いかけてくる声が遠くなっていき、どうにか撒くことができた。

 慎重にクラウディアを降ろし、

「まだ油断はできないから注意しろよ。このまま森に隠れながら行くが、俺から離れるな」

と注意を与える。「うん。わかった!」

 元気な声は良いんだが……。その胸元から出てきたカーバンクルが、クラウディアの肩に停まった。

 まるでリスみたいだな。ここはカローの森ではないが、心なしか喜んでいるようだ。

 さあ、ここからが本番だ。なんとか無事に届けてやろう。

 俺は腰のナイフを確認し、クラウディアの前を進むことにした。