4.立ち上がる女たち

 星々が輝く夜の空を、フェニックス・フェリシアが飛んでいた。かなり高いところを飛んでいるせいか、風も強い。

 昼間には深紅に見えるその体躯も、夜の今は誰の目にも黒く見えることだろう。

 眼下にはアルの街と、その周囲に広がる草原や森が一望できる。まだ夜もそれほど遅くはない時間帯で、街明かりが広がって美しい夜景となっていた。

 ひゅうおおおと音を立てる風を切り裂きながら、何かを探るように意識を集中させていたフェリシアだったが、とうとう探していたものを見つけたようだ。

 キッと頭を森の一点に廻らせると、すっと急降下を始めた――。

 その頃、アルの街にあるステラポラリスのチーム・ホームでは、ノルンたちが完全武装をして待機していた。

 武装とはいっても、ノルンは普段のセルリアンブルーのワンピースに黒のスパッツ。傍らには愛用の白銀のハルバードを立てかけているにすぎない。

 ヘレンもローブの下には修道服を着ている。いにしえの魔王と呼ばれたベアトリクスと合一を果たして魔族の血に目覚めている今は、女王さまルックの服もあるが、今日は着ないらしい。

 サクラはいつもの巧夫服クンフー・パオに四神の鉢金、籠手、小刀。カレンはエルフの服の上から世界樹装備。おまけに契約しているゾヒテ六花の妖精も周りに飛んでいた。

 竜人族のシエラは先祖伝来のエイシェント・ドラゴンメイルを装備している。神竜の盾は今は分離状態にして足元に降ろしている。

 人魚の姫君のセレンも愛用の竪琴を撫でてイスに座っている。「……まだかしらね」

 美しい唇からそんな言葉が漏れたとき、ノルンがはっと顔を上げた。

「どうやらフェリシアが見つけたようね。――西の森の中で野宿。修道院で聞いたように女の子が一緒。……それと何故かカーバンクルもいるみたい」

 ヘレンが首をかしげて、「カーバンクル?」と聞き返した。

「ええ。フェリシアが言うんだから間違いないでしょう」

 するとヘレンは納得がいったというようにうなずいて、「なるほど。読めたわ」とつぶやいた。

 実はエストリア王国出身と言えるのはヘレンだけだった。だからこそ彼女には事情が分かったのだ。

「貴族にはね。珍しいペットを飼いたがる習慣があるの。それでそのペットとなる動物を密猟して貴族に売りつけるグループがあるって聞いたことがあるわ。……確か最近もどこだかの街からそんな組織が入り込んでるとか」

 そのままため息をついて、

「中には王国法で禁じられた幻獣にまで手を出す人がいてね。きっと一緒にいるカーバンクルもその密猟者に捕まったんだと思う」

 それを聞いていたカレンが、

「そういえば、エストリア王国に来てすぐの頃にカローの森に行きましたが、きれいな泉の、さらに奥にある岩場にカーバンクルの巣がありましたよ」

 すかさずヘレンが「それよ」と言う。

 ノルンが「なるほど」とつぶやいて、

「ということは、そのカーバンクルが逃げ込んだかどうかわからないけど、孤児院の子が見つけて、それで逃げた先でジュンと出会ったっていうところでしょうね」

 そして立ち上がって、一同を見渡した。

「私とヘレンは盗賊ギルドに行く。密猟者グループの情報を買ってくるわ。

 ……シエラとカレンは駐留しているゾディアック騎士団に密猟者の報告に行きなさい。情報が分かり次第、念話します。そのままカレンはカーバンクルの巣まで道案内をすること。

 サクラ! あなたは先にジュンを追いかけなさい。セレンはテーテュースで待機。私とヘレンを乗せたらすぐに追いかけます」

 気合いの入ったノルンの声に誰もが背筋を正し、口々に「了解」といいながら立ち上がった。

◇◇◇◇

 森の闇が広がっている。

 街道を避けるために結構深いところまで来たが、お陰でカローの森まで行くのには時間がかかりそうだ。

 追っ手がいる今は焚き火をすることもできず、まだ夜が冷え込む今はすっかりと身体が冷えてしまった。

 クラウディアは今、俺のコートにカーバンクルと一緒にくるまって寝ていた。

 それにしても不思議な子だ。今日会ったばかりの俺を怖がるでもなく、こんな森の中まで来てしまって、呑気に寝ている。

 ここまで平然としていられるものだろうか。

 近くに追っ手の気配はない。このままカローの森まで無事に着ければいいんだが。

 そこまで思い至ったとき、とても重要な事を忘れいることに気がついた。

 やばい。ノルンたちに連絡を入れていない……。

 今さら怖くて念話できないんだが。どうしよう。きっと念話で話しかけられていたと思うけど、それどころじゃなかったんだよな。

 留守電みたいに記録できたらよかったんだが……。帰ったらお仕置きと称して色々と注文を付けられそうな予感がする。

 お仕置きっていってもただ甘えたいんだろうから、こっちもうれしいんだけどさ。

 いやいや、横道に逸れた。ただでさえカローの森まで徒歩で2日の距離だ。どう考えても連絡しないとマズい。

「コホン」

 今さらだけど念話入れておこう。それがいい。

(あ、あ~。ノルン。聞こえるか?)

(……やっと来た。昼間に念話入れたのに随分遅かったわね)

 やっぱりちょっと怒ってる。それと安堵している気持ちも伝わってくる。本当に悪いことをしたな。

(すまん。実は――)

(わかってる。クラウディアって子と一緒なんでしょ)

(なぜそれを)

(あなたたちの居るところの上空にフェリシアがいるわ)

(え? ああ、いたいた)

(状況は何となくわかってる。こっちからも追いかけるから、そっちはそっちで、ちゃんとその子を守ること)

(さすがはノルンだ)

(――終わったら、1人ずつお願いをきいてもらうから、よろしくね)

(了解)

 それはもちろん。

(じゃあ、また後で)

 そういってノルンは念話を切った。そっか。みんなが来るなら安心だ。

 息を一つ吐いたとき、コートがもぞもぞと動いてカーバンクルが顔を出した。

「お前さんのお陰で、結構たいへんなことになってるぞ。……まあ、密猟者どもが悪いんだけどさ」

「キュキュ?」

 かわいらしく鳴くと、俺の所にやって来て膝の上のポンッと乗っかる。澄んだ眼が、不思議な輝きを帯びている。

 幻獣か。神秘的で、さまざまな伝説に記されている特殊な魔物と聞く。高い知能をもっている個体は意思の疎通ができるし、不思議な力を持っていたり、凄まじい力を持っているとも。

 この子もまだ1才だけれど、魔法反射のスキルがあった。言葉はしゃべられないようだが。

 まさかカローの森に幻獣の住む場所があったとは知らなかったけれど、考えてみれば妖精がたくさん居るあの森は特別な場所だし、幻獣は保護対象だというしな。今まで知らなくても当然だったのかもしれない。

「ちゃんと親のところに連れて行ってやるからな」

 そういって首元を撫でてやると、カーバンクルは気持ちよさそうに甘えた声をあげた。

 見上げると黒いシルエットになった木々の向こうに星空が見える。

 ――頼むぞ。みんな。

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