5. 盗賊ギルド

 ノルンはヘレンを引き連れて、夜の裏通りを歩いていた。

 表通りならば酔っ払いが家路につく時間帯。ここの裏通りも、注意深くみれば、道ばたに座り込んでいるような人影がいくつもあった。

「こっちに来るのも久しぶりね」

「……昼間なら、よく炊き出しに来てたけどね」

「そっか。ヘレンは修道院にいたから」

 薄汚れた路地に似つかわしくない恰好かっこうの2人。昼間でも浮いているだろうに、今は夜なので尚のこと目立つ。

 それでも2人にちょっかいを出す者がいないのは、事情通ならば知っているからだ。2人がこの街トップレベルの冒険者であるということを。

 ランクAとなればほぼ最上位といっていいランク。しかも所属するチームはハーレム野郎で有名なステラポラリスだ。

 ところが、愚か者がいたようで、2人の行く手に3人の男が現れた。それもいかにも軽薄そうな男たちが。

「おお! 美人だね。俺たち、これから次の店に行くんだが、一緒にいかないか」

 男たちが声をかけるが、ノルンとヘレンは黙ってその脇を通り過ぎた。男の1人が慌ててノルンの肩を捕まえようと手を伸ばす。

「待てよ! 無視すんじゃねぇ!」

 しかし、男の手は幻をつかむように肩を通り過ぎた。

「あれ?」

 怪訝な表情を浮かべる男だが、ノルンたちは気がつきもしなかったようだ。

「もう少し先だったっけ?」

「そうそう。この先を左に曲がってすぐよ」

「――おい! 待てって言ってるだろ!」

 ついに叫んだ男の声に、ノルンは足を止めて振り返った。

「急いでいるから依頼なら冒険者ギルドにお願いね」

 そう言い置いて再び去ろうとするノルン。

 とうとう堪忍袋の緒が切れた男が、真っ赤になって、

「ふざけなよ! この――」

と叫びかけるが、その隣の仲間に押さえつけられた。

「止めるな!」

「――落ち着け! 足を見ろ!」

「足? ……げ!」

 叫んでいた男の足は膝から下が凍りついていた。

 いつ呪文を詠唱したのか、いつ呪文が発動したのかすらわからなかった。その事実に気がついた男は戦慄を覚え、その場に尻餅をついた。

 力なくノルンたちを指さしながら、隣の男に「な、なんだあいつら」と震える声で尋ねるが、その答えは別の方角から聞こえてきた。

「お前ら馬鹿だなぁ。新参者か? ――よく覚えておけ。あれがステラポラリスの女たち。ランクA冒険者だ」

「ら、ランクA!」

「そんなことも知らなかったのか。有名だぞ。ハーレム野郎のところだしな」

 背後でそんなやりとりがあったことも知らずに、ノルンとヘレンは夜道を急いでいた。記憶を辿りながら十字路を左に曲がり、やがて一軒の酒場のドアをくぐる。

「ストランガーをハーフロックでちょうだい」

 ノルンが目元に傷のあるバーテンダーに注文しながら1万ディール金貨を2枚差し出す。

 その金貨を受け取ったバーテンダーは何食わぬ顔をしながらロックグラスに琥珀色のお酒を注ぐ。そして1つの鍵と一緒に、2つのハーフロックをカウンターに乗せた。

「3番だ」

 ノルンは礼を言いながら一息でお酒を飲み干すと鍵を受け取る。ヘレンもグラスを空にしてバーテンダーに告げた。

「相変わらずいいお酒だわ」

 ふっと笑みを浮かべたバーテンダーに、2人も笑みで返し、そのままカウンター脇の扉をくぐっていく。

 窓もなく真っ暗な廊下をぼんやりとしたランプが照らしている。

 ノルンは迷うことなく、小さく「3」と書かれたドアの鍵を開けた。

 室内は小さなテーブルを挟んで向こうとこちらに2脚ずつのイスが置いてある。

 手前のいすに並んで座ると、タイミングを計っていたかのように、向こう側のドアから壮年の男が入ってきた。

 ノルンは先ほどと同じく、1万ディール金貨2枚をテーブルに載せると、

「情報が欲しいわ。……グリード」

 その声に男は眉をぴくりと動かす。「そうか。あいつらが追いかけて男ってのは、あんたらの愛しの旦那か」

「まあね」

「まずはおさらいだ」

 男は1枚の金貨をつまんで手許に引き寄せた。

「追いかけているのは、間違いなくグリードっていう奴らだ。東部のゴーダの街から勢力を伸ばしつつある組織で、裏で奴隷売買から、麻薬、禁制の生き物を捕獲しては貴族に売っている」

 ゴーダ……。どこかで聞いた覚えがあるような。

 ノルンは考え込んだ。

 実は、かつてフルール村で、ゴーダ兄弟がノルンとシエラを奴隷にしようと襲ってきていたわけだが、小物過ぎてノルンの記憶には残っていなかったらしい。

「追いかけられている理由はわかるかしら?」

 これは答え合わせの質問だ。

 男は残っていた1枚の金貨を持っていき、

「目的は孤児院の女の子。いや、正確にはカーバンクルらしいな。……あんたらの旦那は巻き込まれたんだろう」

 さすがは盗賊ギルドといったところだろう。どういう伝手かわからないが、かなり正確なところまで把握している。

 それもそうねとノルンはうなずいて、

「……この街の拠点は?」

「あんたが何をしようとしているのかはわかってる。――全部・・合わせて100万ディールだ」

「随分高いわね」

「嫌ならここまでだ」

「ふむ」

 どうやらグリードというのは相当に面倒な奴らのようだ。それだけの価値がある情報というわけだ。

 ノルンは素直に10万ディール大金貨を10枚積んだ。

 それを見た男はフッと笑う。

「新参者のあいつらは、どうもこの街に根を下ろそうとしているらしくてな。俺たちとも競合してるのさ。あんたらには感謝してるぜ」

「それなら少しは安くしてほしいものね」

「おいおい。これでも安くしてるんだぜ。わかってるだろうが、情報ってのは高いんだ」

 ノルンはフンと鼻で返し、男を見つめた。先を続けろというサインだ。男は苦笑して大金貨をしまい、懐から何枚かを綴ってある書類を取り出して、そのままテーブルを滑らせた。

「この街には大きいのは2つ。小さいのが6つある。建物内の間取りもそこに書いてある。それと一番重要なことだが、ビングホッグ男爵と繋がってる。……証拠をうまくつかまないと男爵には逃げられるな」

「なるほど。それでこの金額なわけ」

「そういうこった」

 たしかにこの情報量ならば、100万ディールはむしろ安いのかもしれない。

 けれども、そこでノルンは不敵に笑った。

「どうでもいいわ」

「あ?」

「せいぜいがトカゲの尻尾切りといったところでしょう。そんな男爵なんてどうでもいいわ」

「は、ははは。大した自信だ。だが、それでこそステラポラリスあんたらか」

 男はそう言って笑うが、別におかしなことではない。

 必要悪まで否定するつもりはないし、トカゲの尻尾切りくらいしたければすればいいのだ。

 自分たちは別に正義の味方じゃない。こっちにちょっかいを出してこないならば、別にそれでいい。手を出してくるなら叩きつぶす。その都度。何度でも。

 ただそれだけだ。