8-14 銀翼 対 人魚

 破壊王ウースの退場の後も、観客の熱気がコロッセウムに充満している。

 運び込まれたジーグは聖女が診察してから、備え付けのベッドに運んでいるが、いまだに目を覚ます様子はない。

 ジーグの剣は使い込まれているものの、上質なミスリルの長剣だった。

 壊れたアリーナの壁だったが、不思議なことにジーグを引っ張り出した後、かげろうのように揺らめいたとと思ったら元の通りの石壁に修復されていた。きっとあれも古代技術なのだろう。

 司会が、

 「さあて、まだ熱気も冷めやらないが、次は女性同士の注目の一戦だ!」

とアナウンスすると観客の歓声が再び沸き起こった。

 「エストリア王国ランクA冒険者チーム銀翼。かの聖女さまの弟子。魔法使いリットリオ!」

と司会の紹介とともにリットリオが入場してくる。

 不敵な自信に満ちた笑みで観客の歓声に応え、救護所の俺たちに向かってウインクした。

 それに聖女が手を振っている。

 「続いて対するはミルラウス代表の騎士ニンフ! 滅多にお目にかかれない人魚の戦いに注目だ!」

 拍手とともに入ってきたのは竪琴をもち、ビキニトップ型の銀色の胸当てをした女性だ。髪が長く、スタイルがいい。

 隣でセレンが、

 「ふふふ。きっと驚くわよ」

と期待しながらアリーナを見つめる。

 アリーナの中央で距離を取って対峙する二人。

 司会が、

 「試合はじめ!」

と叫ぶと、二人は互いに円を描くようにゆっくりと歩き出した。

 リットリオの口が細かく動いていて、長めの呪文を詠唱している。

 対するニンフは竪琴を鳴らしながら歌をうたっている。

 さきに呪文が発動したのはリットリオの方だ。リットリオの周りの空中に強い魔力の込められたソフトボールくらいの光珠が次々に現れた。

――魔力球――

 強い魔力を込めた光珠で、使用者の思うとおりに移動し、魔力発動体として魔法の行使を補助する。

 なるほど。たしかに、リットリオの周りをゆっくりと回っていて追随している。

 一方で周りの空気がうっすらと青みを帯びた。

 「うん?」と思いつつ見ていると、ニンフの竪琴が光り出している。ニンフが竪琴をそっと空中に差し出すと、竪琴が浮かび上がって独りでに曲を奏で始めた。

 空気がどんどんと青みを帯びていき、なんとアリーナ全体を幻影の海が覆った。

 二人の戦っているアリーナはさながら海の底。観客席の中程ぐらいに海面の幻影が見える。

 これが人魚の地上での戦い方なのだろうか。

 セレンが横で、

 「歌魔法の幻海よ。あの中でなら、海中と同じように人魚の本領が発揮できるわ」

と解説してくれた。

 なるほどね。これは驚いた。

 観客達もある意味幻想的な光景に息をのんでいるようだ。

 その中でニンフの下半身が魚の姿に戻り、幻の海の中を泳ぎ始めた。右手を高く掲げるとそこからトライデントが現れる。

 どうやらこれで二人とも戦いの準備はできたようだ。

 まるで互いのタイミングを計ったように、ニンフがトライデントをひと薙ぎすると、海水が大きなウミヘビとなってリットリオに襲いかかった。

 リットリオが左手を前に出すと、リットリオの周りの魔力球がギョイッと動いて、魔力球を頂点とする多面体の結界を張った。

 さらに一部がぐるぐると動いて五芒星を描く。

 「行けっ」

 リットリオの気合いと共に、その五芒星が魔方陣となって、そこから火球が飛び出した。

 それを見ていた観客が、「おおおっ」と歓声を上げた。

 ノルンが、

 「なるほど。ああやって無詠唱を実現してるんだ」

と感心したように言う。

 まあ、ノルンはもともと無詠唱だから関係はないだろうけど、魔法使いとして攻防一体の戦い方といえる。……やはりランクAは伊達ではないということだ。

 火球がウミヘビに襲いかかり爆発した。

 続いてリットリオが走りながら両手を左右に伸ばした。多面体の結界の両サイドの魔力球がぐるぐると動き、五芒星を描いたと思ったら、その五芒星がぐるぐると回転しはじめた。

 五芒星から激しく炎が吹き出て、多面体の結界が炎で覆われる。

 それを見て、ニンフはトライデントを構え直すと歌をうたう。ニンフの背後の幻の海がぐるぐると渦を巻きはじめた。

 リットリオの結界から炎が竜巻となって渦を巻きながらニンフに襲いかかる。

 一方、ニンフもトライデントを突き出すと、背後の渦が渦巻く海流となって炎の竜巻と正面からぶつかり合った。

 試合を見ていた聖女様が、

 「リットリオったら腕を上げたわね」

としみじみとつぶやく。

 ただ、俺の見立てではニンフの方がまだ余力がありそうだ。

 次の瞬間、炎の竜巻を貫いて、ニンフの放った渦巻き海流がリットリオの結界に押し寄せた。

 途端にすさまじい水蒸気が立ち上る。

 ニンフがゆっくりと地面に下りてきて、再び人族の同じ足に変化し、注意深くリットリオの方を見ている。

 幻の海が消えていき、竪琴がニンフの所に下りてくる。

 一塵の風が吹いて水蒸気が晴れた後、そこには気絶しているリットリオがいた。

 「すごい! 幻想的な魔法戦を制したのはミルラウスの騎士ニンフ!」

 勝者宣言に観客が沸き立った。

――――。

 その頃、城の会議室では皇帝や騎士団長が詰めかけて会議をしていた。

 テーブルの上には帝国全土の地図が広げられており、東部地域にはいくつものピンが立てられている。

 会議室には、客人であるゾディアック騎士団のフランク・ブノワ伯爵も列席している。

 ゾディアック騎士団長・剣聖ザルバックが、

 「調査の結果、ブレイトン侯爵が隣接するコランダ大公領に攻め込み、さらに悪魔大公を名のって支配地域を広げている。いくつもの街や農村が住民虐殺となり、亡ぼされているのが確認されている」

 それを聞いて、帝国の大臣の一人が驚いたように、

 「虐殺? 一体何のために」

とつぶやいた。

 宰相が、

 「ブレイトン侯爵の私軍はそんなに強いのか? 勢力や同盟、内通者はいるのか?」

と尋ねると、騎士団長が腕を組んで、

 「まずうちの諜報部によればだが、前から懸念となっていた悪魔信仰が今回の背景にある。つまり、ひそかに悪魔信仰にとりつかれている馬鹿な貴族は敵だと思った方が良い」

 それを聞いて宰相が、うぬぬと唸った。

 「それより問題なのは侯爵軍だ。黒い色の全身甲冑を着た騎士の軍隊らしいが、今回は大型犬や巨人など魔獣の類いを使役しているそうだ」

 魔獣を使役――。その場の人々が驚きでどよめく。

 黙って話を聞いていた皇帝が、

 「コランダ大公はどうなったのだ?」

と口を開いた。

 ザルバックは姿勢を正して、

 「そこまで諜報部を進入させることはできませんでした。が、状況から生存は絶望的かと」

と答えると、皇帝の眉間の皺が深くなった。

 皇帝は、

 「……ザルバックよ。フェンリル騎士団の1番から7番隊まで出陣を命じる。悪魔大公軍を殲滅せよ。8番隊は帝都の守護、諜報部には貴族たちの監視に当たれ」

と命じると、ザルバックは胸に手を当てて、「はっ」と返事した。

 そこへフランク・ブノワ伯爵が、

 「恐れながら発言をよろしいか?」

と申し出ると、皇帝が、

 「うむ。ブノワ伯爵よ。祝儀の間にこのような不祥事となって申し訳ない。エストリア王家にも謹んで申し上げてもらいたい」

と言うと、ブノワ伯爵は、

 「はい。それは私も状況がわかっておりますれば、確かにお伝え申し上げます。……その上でですが、我がゾディアック騎士団パイシーズ隊も帝都の守護の協力をいたしましょう」

 それを聞いたザルバックは、

 「よいのか?」

と念を押すと、ブノワ伯爵は、

 「かまわぬ。姫様のお祝いに反乱を起こした者どもには、我らも腹を立てておるのだ。鎮圧までは留まろう」

 皇帝はうなづくと、

 「あいわかった。しかし、客人を内乱の洗浄に出すわけには行かぬ。申し出の通り帝都の守護を願いたい」

と言う。

 ブノワ伯爵は、

 「ありがとうございます。では、詳細は後ほどザルバック騎士団長と打ち合わせさせていただきます。……ああ、それと、もしかすると今回の事件の裏に、悪魔信仰などより天災と名のる一派が暗躍しているかも知れません。ゆめゆめ油断なされぬよう」

とこたえると、騎士団長が、

 「うむ。東部戦線は我らに任せよ。天災など我が剣で切って捨ててやろう」

と獰猛な笑みを浮かべつつ、自然とその全身から闘気が吹き出した。

 皇帝は苦笑いしつつザルバックを見てうなづいた。

――――。

 一方、東部の山の中の木こり小屋に数人の男女の姿があった。

 ベットの中にはコランダ大公の遺児セオドア。そして、その側で毛布をかぶって休んでいるのはコランダ大公騎士団の団長メリアだ。

 疲れ切った二人はぐっすりと眠り込んでいるが、悪夢を見ているのであろうか、セオドアが時折うなされているようだ。その度にメリアは目を覚まして、セオドアの頭を撫でる。

 小屋の外ではトウマとイトが並んで座り込んでいた。

 イトが小屋の中を気にしながら、

 「うなされているみたいね」

と言いつつ、右手の平を上に向け、そっと息を吹きかけた。

 すると小屋の中の二人の頭上に光の輪が生まれ、セオドアもメリアも深い眠りに落ちたように静かになった。

 トウマが寒空を見上げながら、

 「あの少年も宿命を背負っているな」

と憐れむように言うと、イトが「そうね」とつぶやいた。

 どんよりとした雲が空を覆っている。止んでいた雪が、再びちらちらと舞いだした。

 動物の気配の無くなった森は不気味に静まりかえっていた。