8-15 準決勝

 翌日のコロッセウムに、ウルクンツルの皇帝デードリッヒが訪れた。

 試合前に貴賓席から民衆に手を振り、魔道具の拡声器を使用して人々に重大な事実を告げた。

 「みなの者、我が息子カールとセシリアの祝いに集まってくれてありがとう。本日の試合が始まる前に重大な事実を告げねばならん」

 そういうと騒がしかった観客席が、まるで波が引いていくように静かになっていく。

 「帝国東部のコランダ大公領が、悪魔を信仰する者らに占領された。奴らは勢力を増しつつ支配領域を拡大している。

 ……我が精鋭のフェンリル騎士団を討伐に差し向ける。また同胞のエストリア最強騎士団の一隊、パイシーズ隊も帝都の治安維持に協力してくれることになっている。

 ……この状況下において、この武闘大会に出場している騎士団員は一部を除いて出場を取りやめとする。次の武闘大会を楽しみにして欲しい」

 皇帝陛下はそう言うと右手を挙げ、

 「勇敢なる騎士に! トリスティア様のご加護がありますように! 帝国に栄光あれ!」

と大きな声を上げると、観客が一斉に、

 「「帝国に栄光あれ!」」

 「「帝国に栄光あれ!」」

と歓声を上げた。

 その歓声を背に皇帝陛下は席から退出していった。

 司会の男が、

 「今、この時をもって帝国東部への通行を禁止する。商人は商人ギルドの指示に従うように!

 ……トーナメントの組み合わせを変更し、本日から準決勝となる。

 まず第一試合はゾヒテの勇猛なる獅子人族の戦士エルザ対、アーク機工騎士団のピッグスだ!」

とアナウンスし、早速、二人の選手が入場した。

 一人は獅子人族のエルザ。なかなかスタイルの良い20代半ばの女性だが、両腕につけたガントレットをガシンと打ち鳴らして獰猛に嗤っている。

 対するピッグスは、これもまたアークで見たような機工騎士団独特の魔導鎧を身につけている。

 両手を構えたエルザが試合開始の合図とともに飛び込んでいく。

 ピッグスも円を描くように移動しながら、両手に……あれは銃か?

 二丁の銃から次々に火球が連射してエルザに襲いかかった。

 すごいな。あの銃撃を、エルザは野生の勘のみで避けている。さすがはゾヒテの戦士。

 ゾヒテの聖地で一緒に戦った戦士たちを思い出し、思わずエルザを応援してしまう。

 一気に走り寄ったエルザが、ピッグスに襲いかかった。足下から襲いかかるエルザの蹴りをピッグスは銃をクロスして受け、衝撃を殺せずに後ろに吹っ飛んだ。

 しかし、くるっと宙転しながら見事に着地し、逆にエルザに回しげりを放った。

 エルザはしゃがんで避けて、そのまま斜め下から掌ていを放つが、それを片手でいなしたピッグスはエルザの懐に入り込み、華奢な腹に銃口を当ててトリガーを引いた。

 今度こそ避けられずに火球を腹に受けたエルザがはね飛ばされる。

 再び距離を取った両者。エルザが益々と獰猛な笑みを深めると、それを見たピッグスが頬を引きつらせる。

 「はは、はははは! いいぞ!」

 嗤うエルザにピッグスは舌打ちして、

 「っこの戦闘狂め!」

と言い放ちながら、銃身のスイッチを切り替えた。

 「これでも喰らえ!」

とトリガーを引く。

 銃口から先ほどの火球より一回り大きな光球がプラズマを帯びながら飛んでいった。

 エルザはそれを避けるが、光球はぐぐっとカーブを描くと再びエルザに向かって飛んでいく。

 後ろから迫る光球に、エルザは手に闘気を込めると後ろも見ずに光球を裏拳で殴った。

 パアン! と高い音が鳴って光球がはじけた。

 それを見たピッグスが冷や汗を流しながら、

 「ちぃ。なんだあいつは!」

と悪態をつきながら、次々にトリガーを引く。いくつもの光球がエルザに向かって行った。

 「はははははは」

 エルザは笑いながら、手足に気をまとい、次々に光球に殴りつけていく。

 すごいな。エルザは。単純な戦闘力ならゾヒテ九鳳にも届きそうだな。

 そう思いながら見ていると、ピッグスの着ているアーク機工騎士団の甲冑が、独特の魔力の光のラインを帯びていくのが見えた。

 光球と遊ぶかのようにはじいているエルザに向けて、ピッグスが両手を向ける。

 「プラズマキャノン」

 ピッグスの両肩から新たな銃身ががガコンと飛び出し、魔力をチャージして銃口がほのかに光る。

 兜から片目を覆うバイザーが出てきて、照準を合わせているようだ。

 「発射!」

 肩の銃身からそれぞれビームのような光線がエルザに向かって飛んでいった。

 プラズマキャノンの光線をエルザは両腕をクロスして受け止めた。

 が、次の瞬間、踏ん張りきれずにそのままはじき飛ばされ、アリーナの外壁に叩きつけられた。

 そこへ二丁拳銃からの光球がいくつも殺到する。

 ガガガガ……

 土埃が舞ってエルザが見えなくなる。

 ああ、あれは勝負が決まったかも。

 やがてピッグスが銃口を下げ、静けさが戻る。風が土埃を消していくと、エルザは倒れて気絶していた。

 「勝者! ピッグス!」

――――。

 準決勝第二試合。

 アリーナの中央で対峙しているのはウルクンツル帝国のランクA冒険者ロックと、炎扇のマオだ。

 サクラが俺のとなりにやってきて、試合を心配そうに見ている。

 相手のロックは、あの竜人族の流浪の武闘家ベルーガを打ち破っている。

 ナビゲーションが教えてくれるが、彼は……、超能力者だ。

――ロック――

  種族:人間族 年齢:21才

  職業:冒険者 クラス:エスパー

  スキル:肉体強化、気配感知、鑑定4、体術4、生存術4、超能力5

 一体どんな戦いをするんだろうか、非常に気になる。

 俺の隣では、サクラが自信満々の表情で炎扇のマオを見つめている。聖女のそばにいたノルンがやってきて、

 「ねえ。私、エスパーって初めて見たんだけど。ジュンは知ってる? 」

と聞いてきた。

 「俺も初めて見たが、魔法とは違うんだが魔法みたいな力だ。普通の人でも詠唱が必要ないんだけど、精神力か何かによって強さが違って、考えていることを読んだり、手に触れずに遠くの物を動かしたりできると思う」

 たぶんね。……俺はせいぜいTVのなかでスプーン曲げを見たくらいしか記憶にないし、ほとんど偽物だったと思うが。

 サクラがネコ耳をぴくぴくさせながら、

 「それって強いんですか?」

ときいてきた。

 「う~ん。どれだけ強い超能力を使うかだよなぁ」

 漫画とかアニメの中だったら、ものすごく強いんだけどな。こっちの世界には魔法があるから、相対的に見てどうなんだろ? 強いのか?

 炎扇のマオが両手に扇子を広げた。

 対するロックの両の拳がかすかに光を帯びている。

 「試合はじめ!」

 マオの身体がぶれたように見えて、次の瞬間にロックのそばで回しげりを放っていた。

 ……俺の目では動きが見えるが、ほとんどの観客には見えないスピードだろう。

 っと、マオの右回しげりがロックの身体を通り抜けた。……幻か?

 マオがすぐに頭上をキッとにらみつけ、扇子を一閃した。

 炎弾が空中に飛んでいき、なんにも無いところで何かにぶつかって破裂した。

 炎が四散した後には光の球体に守られたロックの姿があった。

 「バリヤーにサイコキネシスか……」

とつぶやくと、サクラが、

 「??」

という表情をした。

 「マナバリアみたいな力と、遠くの物を動かす力で自分を空中に浮かべているんだよ」

と説明すると、「なるほど」と空中に浮かぶロックを見つめる。

 マオが足に妖力を込め、空中を駆け上った。

 それを見たロックが驚きに目を見張る。

 さらにマオが忍術影分身を使って、何人にも増えていき、空中のロックに襲いかかった。

 観客が、

 「おおおおおお!!!」

と大歓声を送る。

 ロックを包む光球の光が強くなり、そこへ何人ものマオが殺到した。

 殴りつける音や爆発する音、いくつもの炎がバリヤーにぶつかっていく。

 強力な閃光がほとばしったと思ったら、何人ものマオが地上に落っこちていった。

 あれは雷撃だな。しびれたんだろう。

 地上に落ちたマオを追いかけるように、ロックも地上に降りていく。

 ロックの右手が雷撃を帯び、それがやがて一本の光の剣に形を変えていく。

 ああいう超能力もあるのか。驚いてみていると、急にロックの後ろにマオが現れてロックに再び回しげりを放った。

 今度の回しげりは防ぐ暇もなく、ロックは左手に吹っ飛んでいく。

 しかし、ふっとんでいくロックの姿が突然消えたと思ったら、再びマオの前に現れた。

 ……今度は短距離転移か。確かにやっかいな能力だし強いな。

 アリーナの中央で再び対峙する二人。

 マオは本気を出すらしく、今まで以上の妖力を身体に纏う。とはいえ、普通の人には妖力を見ることができないから、単に気合いを入れているようにしか見えないだろう。

 しかし、ロックは注意深くマオを見つめている。

 サクラが、

 「うん。さすがはマオ姉。あの妖力はお父さん並みね」

 俺はうなづいて、

 「確かにな。……でも今はサクラの方が上だろ?」

と言うと、サクラは首を振って、

 「純粋な妖力はマオ姉の方が上ですよ。でも、私にはマスターとの愛の絆コントラクトがありますからねー。その分、私の方が強いかなぁ」

とニッコリ微笑んだ。

 ああ、確か妖怪横丁での試練で、サクラの妖怪の核に俺の神力が流れ込んで、変質しちゃったんだよな。

 そんなことを思いながらサクラの頭を撫でて、ネコ耳をモフっていると、ノルンが、

 「ほら、試合が動くわよ」

とあきれたように言った。

 マオが炎を纏わせた両手の扇子を投げると、二つの扇子がクルクルとマオのまわりを飛び交った。

 まるで拳法の演武のように身体を動かしながら、妖力を練り、一気にロックに襲いかかった。

 次々に襲いかかるマオのクンフーを、ロックは紙一重で避け続ける。

 すごいな。ランクAとはいえど、常人にあれが避けられるとは思えないぜ。

 いや、まてよ。テレパスか? マオの心を読んで避けているのだろう。でもそうだとすると、あのクンフーが昇華すると無我の境地に……。

 ズバンッ

 俺がそう思った瞬間に、ロックの顔に裏拳がめり込み、さらにマオが一歩踏み込んで震脚で力を貯めた。……あれは崩拳の動きだ。

 ロックの腹にマオの炎虎崩拳が決まり、衝撃がロックの身体を貫通して背中から虎の形になった炎が飛び出した。

 サクラがうんうんとうなづきながら、

 「決まりましたね。マオ姉の炎虎崩拳。……うん?」

とつぶやきかけて、怪訝そうな声を上げた。

 なぜなら、崩れ落ちたのはロックではなくマオの方だったからだ。

 ロックの姿がぶれて消えたと思ったら、マオの腹にカウンターでボディーブローをめり込ませているロックの姿が現れた。

 マオの全身から雷撃のパチパチッというスパークが見えた。

 ゆっくりと崩れ落ちたマオは意識を失っていた。

 「勝者ロック!」

 観客の大歓声を背にロックが退場していく。俺とサクラが救護所から飛び出して、スタッフより先にマオのそばに駆け寄った。

 サクラが、

 「いやあ、まさかマオ姉が負けるとは……」

と驚きながら、ロックの入っていった入退場口を見つめた。

 俺は意識のないマオを背負いながら、救護所に急ぎながら、

 「駆け引きは相手の方が上だったな」

 あの戦い方はサクラの戦い方と似ている。まっすぐで技と技の応酬を楽しむような戦い。駆け引きは苦手なんだろう。

 それはそうと、お前の姉さん、意識を取り戻してるだろ。気を失ったふりして俺の首元のにおいを嗅いでやがるぞ?