8-18 闘技場の戦い

 皇太子カールは、結ばれたばかりの思い人のセシリアを左腕に抱きしめながら、目の前の戦いを冷静に見ていた。

 自らの後ろで同じように騎士団に守られている貴族たちは、恐怖に震えているばかり。

 しかし、それも仕方がない。貴族でも武門の者は東部の砦へと出陣しており、ここにいるのは文官貴族ばかりだからだ。

 腕の中のセシリアはカールに寄り添いながらも、カールと同じように戦いを冷静に見ている。その目に恐怖の色はなく、むしろ戦っている騎士を心配しているようだ。

 カールが、「……セシリア」と声をかけると、セシリアが顔を上げた。

 「私たちも戦おう。私と君となら奴らに勝てる」

 「わかりましたわ。……確かに貴方と私なら誰が相手でも負ける気はありません」

 カールはセシリアにそっとキスをして腕を緩める。

 セシリアが腰に差した魔法杖を手に取り、詠唱をはじめる。

 ほのかな光が二人を覆い、カールがゆっくりと腰の宝剣を抜いた。

 「私も打って出る!」

とカールが言った瞬間、セシリアの杖の先端がまばゆく光った。

 その光が爆発するように膨張し、貴賓席を覆っていた漆黒の結界にヒビが入り、ボロボロと崩れていく。

 その光景に仮面の男があっけにとられていたが、即座に後ろにいる生気のない6人の冒険者、轟雷のなれの果てに、

 「お前たちも行け!」

と命じた。

 すると元・轟雷だった6人の体が、グニャグニャと波打ちながら膨らみ、ガーゴイルにも似た黒い翼の悪魔へと変貌していく。

 ゾディアック騎士団パイシーズ隊隊長のフランク・ブノワが、聖剣デュランダルで目の前の漆黒の騎士を切り裂いた。霞と消えていく騎士を無視して、即座に魔力をまとわせる。

 「聖剣技:聖竜旋風!」

 体の周りに聖属性の風をまとわせて正面の敵を切り捨てながら、悪魔の一匹に切りかかった。

 悪魔は瞬時に黒い槍を空中から作り出して、聖剣を受け止める。

 しかし、聖剣がまとった聖気が幾つものつむじ風となって、悪魔たちに襲いかかった。

 「ギョエエェェェェェ!」

 自分たちの瘴気が、つむじ風によって切り裂かれたところから浄化されていく。その苦しみに、悪魔たちは絶叫した。

 その間にもフランクは悪魔の間合いに入ったままで聖剣を下段に構える。

 すると床すれすれの聖剣の切っ先から、二筋の光の線が現れ、目の前の一匹の悪魔を囲む円を描く。

 「セイクリッド・フレイム」

と、フランクが言いながら剣を振り上げると、悪魔の足下の円が魔方陣となり、白銀の炎で円内の悪魔を焼き尽くした。

 仲間の悪魔が一匹消滅させられたのを見て、残る5匹の悪魔が奇声を上げながら老騎士フランクに襲いかかった。

 その鋭い爪が届くより前に、フランクの目の前で、皇太子カールの宝剣で次々に斬られていく。

 半ば体の動きがぼんやりと透けて見えるほどの高速剣術。

 魔法剣のように魔力をまとわせているわけではないが、宝剣のもともと持つ破邪の力により、あっさりと悪魔たちが斬られていった。

 その様子を見ていた仮面の男が悔しげに舌打ちをする。

 「ちっ。……こうなれば」とつぶやき、残る青白い表情の女性に「転移だ」と命じた。

 無表情にうなづいた女性が、懐から透明な宝玉を取りだしておもむろに足下に投げつけた。

 そこへセシリア王女の雷撃魔法が襲いかかったが、転移の方が一瞬早く発動した。

 「ふふふ。残念だったな」

と含み笑いを残して、仮面の男と女性は姿を消した。

 皇太子カールは忌々しげに消え去った二人を見ていたが、すぐに気を取り直し、

 「残りを殲滅せよ!」

と騎士たちに命じ、自らも近くの漆黒の騎士に切りかかった。

――――。

 救護所の奥の扉がガタンと開き、そこから銀翼の女性たちが入ってきた。

 「「聖女様!」」「「お母さん!」」

と言いながら、聖女ローレンツィーナの周りにやってきた。

 リーダーの弓士リーナが、聖女のそばのヘレンたちに礼を言う。

 「ありがとう。ヘレン。さすがは私たちの妹! 君たちもありがとう!」

 救護所では、アリーナとの出入り口でシエラとカレン、そして炎扇のマオが戦い、ヘレンとセレンが聖女の側にいながら結界や歌魔法で支援をしていた。

 世界樹装備に身を包んだカレンが六花の妖精を召喚して、木魔法の矢を雨のように降らせるなど大活躍している。マオは両手の扇子から炎を吹き出しながら、踊るように華麗に戦っている。

 シエラは黄金色のオーラをまといつつ、ドラグニルを縦横無尽に振り回して強めの魔物を次々に撃破していた。

 その戦いに目を丸くした銀翼の一同だったが、すぐにリーナの指揮で防衛線を引き、ヘレンに、

 「貴女たちは行くところがあるでしょ? ここは私たちに任せなさい!」

と言った。

 ヘレンはうなづいて「わかったわ。あ、ありがとう」というと、どこがツボに入ったのかわからないが、魔法使いのリットリオがもだえるように、

 「くうぅぅぅ。も、萌えだわ。……妹分が可愛すぎる」

と身をよじる。その頭へ聖騎士シンディがパコンとチョップを降ろした。

 それを横目に見ながら、ヘレンとセレンはアリーナへと飛び出す。

 ヘレンの全身から赤い魔力が陽炎のように立ち上る。覚醒した前世の力を解放したのだ。

 即座にその手に炎のムチが生じ、自ら生きている大蛇のように、周りの魔物に襲いかかる。

 そうして、炎の結界を作りながら、シエラとカレンと合流。カレンのテイム獣と一緒にジュンたちの戦っている方向へ、魔物の海を一直線に切り開いていった。

 アリーナの外側、観客席では、

 「がはははは。アックス・ボンバー!」

 破壊王ウースの強烈なショルダータックルが魔物の群れを塵に変える。

 「波動竜王拳!」

 流浪の拳士ベルーガの正拳突きから、闘気が竜の形となって魔物を駆逐していった。

 警護役の騎士たちや出場していた選手たち、冒険者たちが力を合わせて魔物と戦い、通路へと押し込めて行っていた。

――――。

 「ジュン! 離れて!」

 ノルンの叫びに、狡猾の天災モルドとつばぜり合いをしていた俺は、バックステップして距離を取る。

 すると、モルドの周りに5つの魔方陣が次々に現れ、そこから今まで遭遇した天災たちが姿を現した。

 そこへ丁度ヘレンたちが合流してきた。

 一列に並んで対峙する俺たちと、天災たち。

 「ぐ、グラナダぁ!」

 父の仇を見たシエラが怒りのままに突撃した。――まずい! あわててシエラの所へ俺も突っ込んでいく。

 シエラの死角から振り下ろされたゴルダンの大剣を、ちょうどシエラの目の前で受け止めた。

 「ジュンさん!」

 「シエラ! 冷静になれ!」

 そこへグラナダが闇の槍を放ってきた。

 が、俺たちの目の前でヘレンの結界がそれを防ぐ。

 突然、パンパンと手を打ち鳴らす音がして、モルドが、

 「は~い。止め止め! そろそろ時間が無くなるわ」

と告げると、ゴルダンが物足りなそうに、

 「うむぅ。……仕方ないか」

と大剣を背中に納めた。

 ノルンが、

 「ジュン。シエラ。ひとまず戻って」

と言うので、俺はシエラの手をつかんで無理矢理引き戻した。

 対峙していたモルドがフフフと含み笑いをして、

 「まあ、お楽しみは今後に取っておきましょうよ。……いずれ貴方たちの絶望と命を、我らが主、邪神様に捧げてあげる」

 俺は冷静に、

 「邪神だと?」

と問い返すと、

 「まだこの世界に召喚したばかりで卵の状態で力を蓄えてらっしゃるわ。でも……、そうね。東部での戦いが終われば孵化するぐらいの瘴気は集まるでしょうね。楽しみ!」

と無邪気に笑った。

 俺はテラブレイドを構える。ノルンたちもすぐに攻撃できるように身構えた。

 「邪神だか何だか知らないが、お前たちを倒せば終わりだろう! 行くぞ!」

と一気にモルドに切りかかる。

 しかし、テラブレイドが振り下ろされた瞬間にモルドたちは姿を消した。

 むなしく振り下ろされたテラブレイドだが、剣に乗った力がそのまま延長線上にいる魔物を消滅させ、アリーナの地面をも破壊していった。

 姿を消したモルドの笑い声が空中に響く。

 「ふふふふ。また会いましょうね! 今度は最後まで殺し合いましょう!」

 くそっ。逃げられたか!

 歯をギリッとかみしめながらも俺はすぐにシエラをなだめるべく駆け寄った。

――――。

 太陽が沈み次第に暗くなっていく中、闘技場の戦いは、次第に帝国側が優勢になり、今では闘技場の通路で最後の殲滅戦にはいったところだ。

 貴賓席の方からは皇太子やガンロック率いるフェンリル騎士団8番隊、フランク・ブノワ率いるゾディアック騎士団パイシーズ隊が通路の安全を確保しながら魔物を屠っている。

 幸いに闘技場の外の街には魔物の出没は無いが、逃げ出した多くの観客で騒然としていた。

 そんななか、人気の無い闘技場の裏口の一つ。その暗がりに仮面の男と女性が隠れていた。

 男は仮面を取り外した。その顔は金色乙女を誘拐し生け贄にしようとしていたジロンド・デストン子爵だった。

 ジロンド子爵は、焦ったように、「まだか、まだか」とつぶやいている。その隣では相変わらず無表情の女性がたたずんでいる。

 やがて、柱の影の一つから、御者だった男が現れた。その姿を見た子爵が待ちわびたように、

 「おお! 早く我らも悪魔大公様のところへ連れて行け!」

と命じた。

 その時だった。

 何の前触れもなく、御者だった男の首がぽろりと落ちた。プシューと血が吹き出て子爵の顔や服を染めていく。

 「な、なにが?」

と呆然とした様子の子爵だったが、何かに気がついたように、

 「追っ手か! どこだ!」

と叫びながら左右を見回した。

 そこへ別の柱の陰から、ロングコートを身につけた一人の男が現れた。

 お茶屋のタットだ。

 タットは、お店にいたときとは違う、表情を無くした顔で、

 「ようやく見つけたよ。エイミさん」

と無表情の女性に声をかけた。

 ジロンド子爵は、

 「誰だ貴様は!」

と女性の腕を引っ張って距離を取りながら問いただした。

 タットは両手を広げて、

 「しがないお茶屋さ。……行方不明だったその女性を探してたんだ。引き渡して貰おう」

というと、ジロンド子爵は、

 「お茶屋? 知るか! それにこいつは最早エイミだとかいう女ではない! 単なる俺の人形だ!」

 それを聞いたタットは、ちょこんと首をかしげて、

 「人形?」

と聞き返した。

 「そうだ! こんな風にな。……あいつをやれ!」

 子爵の命令を聞いたエイミは、やはり無表情で背中から大ぶりのナイフを抜いて逆手に持ち、上位冒険者もかくやと思われるスピードでタットに切りかかる。

 しかし、タットの目の前で金縛りに遭ったかのように動きを止めた。

 もしここでCTスキャナをすれば、エイミの全身にミクロン単位の針が打たれ、神経を押さえていることがわかったであろう。

 子爵はうろたえて、「貴様、何をした!」と叫ぶ。

 タットは、突然声音を変えて、

 「何をした? お前が言うのか? この子はどうやら、もう死んでいる・・・・・・・みたいで手遅れじゃないか」

と言うと、眉根を寄せて右手を振った。

 すると、操り人形の糸が切れたように、エイミがその場にドサッと倒れた。

 タットは振り返りもせずに子爵の方を向き、

 「ちなみにお前らが生け贄を捧げていたあの密室も、貴様の屋敷も、貴様の仲間もすべて、私が破壊したよ。……本当の黒幕は彼ら・・が倒してくれるだろうが、ここに残るは貴様だけだ」

と告げる。

 子爵はわなわなと震えていたが、きびすを返して走り出した。

 「お、俺はこんなところで終わりになどならん! デーモン様、万歳!」

 しかしそのセリフを叫びながら、数本の柱を通過したところで、子爵の体はふっと力が抜けてそのまま崩れ落ちた。

 タットは振り返り、

 「あ~あ、ウメさんに何て言おう……」

とのんきに言いながら、エイミに歩み寄っていった。

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