8-2 国境の町イスト
街道を行くこと4日。
道の先に左右一杯に広がる砦が見えてきた。ウルクンツル帝国の関所だ。
関所の前にはずらっと列ができている。おそらく婚礼も近づいており、街道を行く人々が多いのだろう。
時間がかかったが入国手続きを行って、そのまま国境の町イストへと入った。
まだ本格的な寒い地域には入らないが、建物も道も石造りでいかにも頑丈そうだ。
エストリアとの玄関口だけあって、貿易をする商人や、その護衛やヴァージ大森林での依頼をこなす冒険者の数が多く見られる。
どうやらランクCからDの冒険者が多く。たまにランクBの冒険者もいるようだ。エストリアに比べて獣人の冒険者が多い。たくさんの犬耳やネコ耳、尻尾を見ていると、なんだかワクワクしてくる。
獣人は、普通の人族より身体異能力が高いというから、その分、冒険者としても活躍する者が多いのだろう。
今日はイストで一泊の予定だ。
俺たちは宿泊地であるイストのトリスティア教会へと馬車を入れ、教会の司祭に挨拶をした。
聖女ローレンツィーナ様は司祭と話があるようで、俺たちは夕方まで自由時間となる。
聖女様の了解を得て、街に出かけることにする。
俺はヘレンとセレン、カレンの三人を連れてギルドに向かう。ここから帝都までの最新情報を手に入れるためだ。
一方、ノルンたちは食料品などの買い出しで市場に向かうそうだ。まあ、半分は食い気だろうが、ノルンのアイテムボックスで俺たちの分も買ってくれることになっている。
「まあ、大丈夫だとは思うが、気をつけてな」
とノルンに声を掛ける。
なにしろ、美人ばかりだからな。ちょっかいを出す奴らの方が痛い目に会うだろうことはわかるが、彼女らは俺の婚約者でもある。なんでもないとはわかっていても、良い気分にはならない。
ノルンが笑いながら、
「わかってるって。……ね?」
とみんなにいうと、サクラとシエラがうれしそうな笑顔でうなづいた。
「もちろんです! 俺の女に手を出すなってことですよね!」
シエラも、どんっと身につけたエイシェントドラゴンメイルを叩いて、
「大丈夫ですよ。今日はフルアーマーだし」
俺は頼もしい彼女らを見てうなづく。
「じゃあね」といいながら、ノルンを先頭に歩いて行く。
さてと、こっちも行くか。
――――
ギルドの建物に入ると、中は吹き抜けの広いホールになっていた。
壁に大型の暖炉があるのは、やはり冬の寒さが厳しいからだろう。
昼過ぎで空いている時間のはずだが、思いのほか多くの冒険者たちがくつろいでいた。
受付のカウンターには、猫人族と犬人族の女性が受付嬢として立っている。
「すまない」と言いながらカウンターに近づくと、犬族の女性が、
「はい。依頼ですか?」
すっと背筋を伸ばした姿勢に、ピンッと立った耳、柔らかくカールしたブロンドのような髪がよく似合う。
「エストリア王国のランクAのジュン・ハルノだ」
と言いつつ、ギルドカードを提示し、
「これから護衛依頼で帝都まで行くんだが、何か注意すべき情報はないか?」
と尋ねた。
「失礼しました。ランクAの方とは……」
急に居住まいを正した受付嬢は、
「私はここイストの受付嬢、犬人族のシェルティです。こっちは同僚の猫人族キャンティです」
俺は戸惑いながら、
「いや、別に普通に接してくれていいんだけど」
と言うと、シェルティは、
「いえいえ。ウルクンツルは強者を尊びます。ランクAの方に失礼はできません」
横からヘレンが、
「これがウルクンツル流なんでしょ? 郷に入っては郷に従えよ? ジュン」
「そうだけどさ……。なんだか慣れないな」
シェルティはカウンターからメモを取り出して、それを見ながら、
「今のところ、帝都までの危険な魔物の情報はありませんね。ただ、ご承知の通り、結婚式の関係で多くの方が帝都に向かっていますので、都市間の馬車などは満杯の状態ですね。その関係で、詐欺や盗人、それと喧嘩などが多くなっています」
まあ、それは予想の範囲内だ。こっちは聖女様の馬車があるから、変に絡まれることもないだろう。
そう思いながら、受付の二人に礼をいい、ついでだから併設されたギルドカフェで休憩することにした。
……まわりの冒険者の会話から面白い話が聞けるかもしれないしな。
――――
ノルンたちが歩いていると、目の前の道具屋から二人の女性冒険者が出てきた。
一人はボブカット、もう一人はツインテイルで、輝くような金髪の美人だ。
ボブカットの女性が、
「やっぱりどこも在庫がないし、あっても高くなってるわね」
とつぶやくと、ツインテイルの女性もうなづいて、
「まあ、お祭り状態だからねぇ」
と言いながら、ノルンたちの方を見た。
一瞬、ノルンと目が合うと、ツインテイルの女性がノルンを指さして、
「あ、あ、来たのね!」
と大きな声を上げた。
ボブカットの女性が何事かとノルンを見て、はっと気がついたようで、二人揃ってノルンに近寄る。
ノルンは微笑みながら、
「えっと……、確か金色乙女だったわよね? 久しぶり」
と挨拶をする。
ノルンがサクラとシエラを紹介すると、ボブカットの女性が、
「私たちはチーム金色乙女。リーダーのローラ。こっちは剣士のクリス。一年前にヴァージ大森林でノルンさんに助けてもらったのよ」
とサクラとシエラと握手をした。
ノルンが、
「ほら。デウマキナで貴方たちやジュンと出会う前のことよ」
すると金色乙女のローラが、
「ウルクンツルに来たら歓迎するって言ってから、まだ来ないかなぁってずっと待ってたのよ!」
と言い、クリスもうなづいた。
ノルンが微笑んで、
「ふふふ。ありがとう。あとの二人は?」
するとローラが、
「今は別行動よ。……近いうちに護衛依頼があるから、分かれて準備してるの」
「ああ、なるほどね」
ノルンがうなづき返したとき、離れたところから女性のどなる声が聞こえてきた。
――――
「いい加減にして!」
叫ぶのは、輝くような金髪をお団子頭にしたフルアーマーの女性だ。
すぐ横には、同じく金色のストレートの髪をした女性がおびえている。
その正面には、グシシと下品な笑みを浮かべる四人の男がいた。
「別に、いい宿を紹介してくれって言ってるだけだぜ? お前らの宿をな」
「そうそう。是非、お近づきにならせてくれよ」
その様子は、冒険者というより盗賊と呼ばれる類いのものだ。
周りの町の人は、顔をひそめながらも目をつけられないように遠巻きに見ている。
屋台の親父などは、心配そうに女性たちを見ているところからすれば、女性たちは町の人によく知られているのだろう。
男たちの一人で目元に傷のある男が、
「一晩どうだ? 俺たちとじっくりと楽しもうじゃないか」
と嫌らしく笑うと、フルアーマーの女性が、
「お前らなんかお断りだ!」
と言い返す。
別の男が、
「みんな最初はそういうんだよな。だけどよ。いい薬もあるんだぜ? 最後にはみんな自分からお願いしますって言う奴がよ」
と懐から液体の入った瓶を振って見せた。
そこへ聞きつけたローラやノルンたちが走ってくる。
ローラとクリスはあわてて二人の女性のところに近寄った。
「アン! ミラ! 大丈夫?」
すぐにノルンたちもそこへ割って入る。
ノルンたちを見た男たちは、一瞬おどろいたものの、すぐに顔を見合わせ、
「これはこれは、楽しくなってきたな。しばらく楽しめそうだぜ」
と笑みを浮かべた。
それを見たサクラがうんざりしながら、
「うっわ。ぞっとするね。あの顔!」
とつぶやく。
目元に傷の男が一歩進み出て、
「お前らも一緒にどうだ? 俺たちはエストリアのランクAだぜ?」
それを聞いたローラたちが顔をしかめる。「……ら、ランクAですって」
それを見た男が、
「お前らのランクは? 手取り足取り指導してやるぜ?」
といやらしく笑った。
ノルンがローラたちを振り返り、「ここは任せて」と言い、男たちに振り向いた。
「あら奇遇ね。私たちもランクAよ。……ほら。カードもこの通り」
と言って、カードに記されたランクAの文字を見せた。
それを見た男たちが、しまったというようにゆがむ。
ノルンが素知らぬ風に、
「そういえば、王都のファントムが言っていたわね。たしか……」
と言いかけると、サクラが心得たとばかりに、
「王都でやっていけなくなったランクD冒険者のチームが、ランクAを名のって下町の人たちを脅しているとかいう奴ですね。チーム名は轟雷とか」
とニヤリと笑った。
目元にキズのある男は気まずそうに笑いながら、
「そ、そうか。そんな奴らがいるのか? ……まあ、俺たちには関係ないがな」
と言って、誤魔化すように仲間の男と笑いあった。
それを見たノルンが、
「そうよね。ランクAっていったら、冒険者としての素行も評価対象ですものね」
とほくそ笑んでいう。
目元にキズのある男は、
「おう。そうだ。……じゃあ、俺たちはもう行くぜ。な、みんな!」
と言うと、仲間たちとそそくさとどこかへ去って行った。
その背中を、氷の微笑で見つめていたノルンは、雰囲気を変えて振り返る。
「さあ、もう大丈夫よ。轟雷の連中はどっか行ったわ」