8-20 戦場での出会い
フンバの巨大な棍棒が砦の防壁を切り裂いていった。
「うわあぁぁ」と騎士達が石とともに落とされていく。
フンバが再び棍棒を振り上げた。
そこへ防壁上へ転移したイトの雷球魔法が襲いかかった。
よたよたと後退したフンバだったが、その間にも崩れた防壁の隙間から魔物が砦に侵入していき、内部で騎士達と激しい攻防を繰り広げている。
転移におどろいたザルバックだったが、すぐに、
「土魔法で防壁を補強しろ!」
と叫ぶ。
魔法使いが何人か防壁上を走って行った。
トウマが剣聖ザルバックに、
「フンバの足止めは俺たちに任せろ」
と告げると、無造作に防壁から身を躍らせた。
イトが慌てて、「ちょっと! 先に行かないでよ! もう!」と叫びながら、防壁をフンバのいる方向へ走り出した。
ザルバックはそれを見て、「あいつら何者だ?」とつぶやくが、すぐに気を取り直して、すぐに周りの騎士に次々に指示を出し始めた。
――――。
その頃、砦の一室で女騎士メリアが装備を確認していた。
隣では大公の子息セオドアがすがるようにメリアを見ている。
「……どうしてもいっちゃうの?」
装備の確認を終えたメリアは、セオドアの前にひざまづいた。
「申しわけありません。ですが、ここで奴らを引き留めます。……セオドア様は、すぐにここから帝都に向かってお逃げ下さい」
「メリア。……やだよ。僕は君と一緒じゃないと嫌だ!」
メリアは立ち上がって、セオドアを抱きしめた。
「先ほど砦の防壁が崩されたそうです。このままではこの砦も落とされてしまうでしょう」
セオドアの頭を両手で挟んだメリアは、その額にそっと口づけすると、
「私の願いは、セオドア様。貴方様を守り抜くこと。コランダの血を絶やしてはなりません。……フンバを倒すことができるのは、貴方様に流れるコランダの血と、その宝剣だけなのです」
メリアはそっとセオドアから離れ、扉の前に行く。振り返らずに、
「どうかご無事で!」
と言うと、部屋の外へ出て行った。
セオドアは「メリア……」とつぶやくきながら俯いた。
外からは騎士たちの「急げ!」という声が聞こえてくる。地響きで天上から埃が落ちてきた。
セオドアはしばらくそのままじっとしていたが、やがて、きっと顔を上げた。
いつの間にか流れていた涙をきゅっと拭く。
そばに立てかけてある宝剣を見つめると、宝剣が一瞬だけキラッと輝いた。
「僕も、僕ももう逃げない! 破魔の宝剣ルミナスよ。先祖の英霊よ。僕に、僕に勇気と力を!」
その瞳には決意に満ちて、力がみなぎっていた。
――――。
一瞬の浮遊感の後、俺たちは見知らぬ砦の通路に飛び出した。
「ここは?」とつぶやくと、ノルンが「おそらく東部の砦ね」と答える。
まさか帝都からここまで、何の魔方陣も使わずに転移するとは……。シンさんも並外れた魔法使いのようだ。
不意に脳裏にシンさんの言葉が響いた。
「あー、あー。テステス。聞こえるかな? ……うん。大丈夫みたいだね。では、ジュンくん。指示を与えよう。――少年を導きフンバを打ち破れ。以上だ」
少年? フンバ? 一体何のことだろう? それにこの言い方はまるで――。
「予言みたいね」
とまるで俺の考えを読んだようにノルンがつぶやいた。
シエラが「う~ん」と言いながら何かを考えこんでいる。
俺はみんなに、
「みんなはフンバってのは聞いたことがあるか? 思い当たるような少年とか?」
と聞いたが、シエラ以外が全員首を横に振る。
「シエラは?」とたずねると、ようやくシエラは思い出したように、
「そうだ。思い出しました! ほら、ノルンさん。フルール村に二人で行った時に……」
とノルンに話かける。ノルンは「えっ?」と怪訝そうな顔になるが、シエラはかまわずに、
「宿で吟遊詩人が歌っていたじゃないですか。北の国でフンバと戦うコランダという旅人の話を」
「え、え? っとそういえば……」
俺は横から、
「コランダ? それって攻め滅ぼされた大公の家がコランダじゃなかったか?」
と口を挟んだ。みんながハッとして俺を見る。
……そういうことか。
俺は口を開いて思いついたことを言う。
「もしかして、そのコランダ大公の子供がいて、その少年を助けてともにフンバを倒せってことか」
その時、後ろから、
「僕がその大公の子供です」
と若い少年の声が聞こえた。
振り向くとそこには10才くらいの男児が、立派な剣を腰に下げて立っていた。
少年は不安そうな表情を隠しながら、「お願いです! メリアを――」と話しかけてきた。
セオドア少年は、自身を守ってくれた女騎士メリアを助け、さらに親の仇であるブライトン侯爵、今は悪魔大公を名乗っている、を倒したいという。
俺たちはできるだけ協力することを約束し、砦の中に入り込んだフォレスト・コングや漆黒のシャドウ・ウルフを切り捨てながら、防壁の上へと急いだ。
階段を駆け上り通路から外に出ると、防壁の上で空や地上の魔物に魔法や弓矢を放つ騎士たちがいた。
強大な気配を感知して、そちらへむかって走ると、次々に魔物に向かって魔法を放っている女性の姿が見えた。
「イトさんだ!」
その背中の向こうに、驚くほど巨大な緑色の一つ目のトロールみたいな魔物の姿が見える。
――もしかしてあれがフンバか?
よく見ると、フンバの周りに幾度も閃光が走り、その度にフンバが傷つきよろめいている。
イトさんのところに駆け寄ると、まだまだ余裕のあるイトさんが、
「ようやく到着ね。……フンバは今、トウマが足止めしてるわ」
と言って、先ほどの巨人を指さした。
ふむ。かなりのスピードで周りの空間を飛び交いながら、フンバに攻撃。
しかし、自己再生スキルだろうか? 瞬時にフンバの傷が治っていく。
これは対策を立てなければ千日手になりそうだ。
――フンバ――
世界の瘴気から生まれた怪人。大地の力を吸い取って自己再生する。基本的に森から出てこない。
かつて破邪の宝剣ルミナスによって首を落とされ、そのまま封印されていた。
大地の力を吸収……か。
思案しているとセオドア少年が、
「あっ。メリアがいた!」
と叫んだ。その指さす方を見ると、馬に乗って他の騎士と一緒に戦っている女性がいた。
かなりの腕前のようで、一緒にいる赤と白の鎧の騎士は、おそらくフェンリルナイツの紅騎士ミスカと白騎士オルランドだろう。
見ていると、メリアが突然何かに気がついたようで、その声に他の騎士達も同じ方向を見た。
「何だ?」
彼女たちが見ている先には二人の屈強な漆黒の騎士に守られた壮年の男がいた。
セオドア少年がその男を見て、わなわなと震えながら「ブライトン侯爵」とつぶやく。
おいおい。まさか首謀者がこんな戦場に?
騎士達が隊列を整えて、悪魔大公ブライトンに向かって突撃をかけていく。
それを見たセオドアが「メリア!」と叫ぶ。
おそらくあっちは大丈夫だろう。しかし……。
砦の近くにいたフンバが、急にきびすを返して離れていく。その行く先はブライトンとメリアたちが戦っている。
やはり、ブライトンを助けに向かうか。
俺はそう思いながら、
「サクラ。セオドア様を頼む。俺たちはフンバを押さえる」
と告げて、防壁から飛び降りた。
ノルンたちもつづいて降りてくるのを感知しつつ、フンバの元に走る。
――――。
「悪魔大公ブライトン! この逆賊め! 覚悟せよ!」
メリアはそう叫びつつ、前に立ちふさがる漆黒の騎士を打ち倒した。
隣では、ひときわ大きな漆黒の騎士二人と、紅騎士と白騎士が打ち合っている。
その間を通り抜け、メリアはブライトンに切りかかった。
しかし、ブライトンはメリアが目の前に来てもおびえる様子はない。
メリアの素早い斬撃がブライトンに迫った。
「くっ?」
その斬撃をブライトンは軽々と片手で受け止めた。
鋭い剣の刃を素手でつかみ取るブライトン。それを見てメリアは、
「なんだと?」
と驚くが、即座に反対の手でナイフを投擲した。
そのナイフは避ける動作も見せぬブライトンの顔に突き刺さった。
しかし、ブライトンはまるで痛みなど無いように、平然とナイフを抜き去る。
そこへ紅騎士と白騎士も駆けつけた。
三人の騎士を前に、ブライトンは笑い出した。
「ククク……」
突然その背中からメキャッと音を立てて、黒いコウモリのような翼が広がる。
額から二本の黒い角が伸びてきて、瞳が赤く染まる。
肌は黒くなり、爪は伸びていき、まさに悪魔そのものの姿に変化した。
ぼう然とその姿を見ていたメリアは、変化している隙に自らの剣を引き抜いて距離を取った。
紅騎士ミスカが、
「人をやめたか! ブライトン!」
と弾劾すると、悪魔となったブライトンは口から火球を吐き出した。
慌ててメリアたちは散開する。
火球が当たったところから盛大な火柱が立ち上った。
ブライトンが翼をはためかせて、静かに空に浮かんだ。上から騎士たちに向かって次々に火球を飛ばしている。
思わずミスカが「くそったれめ!」と悪態をついた。
高笑いしながら火球を放ち続けるブライトンだったが、突然、何かに貫かれたように吹き飛んで墜落していく。
そこへ走り込んでいくのは騎乗した剣聖ザルバックだった。
ザルバックは馬から飛び降りて、問答無用にブライトンに切りかかった。
ブライトンは爪を伸ばしてザルバックの剣を受け止める。
「ただ人ごときが、デーモン様の使徒の私に楯突くのか」
「抜かせ! 悪魔退治は剣聖の役目だ」
つばぜり合いをしたままで口から火球を吐いたブライトンだったが、ザルバックは後ろに飛びすさりながらその火球を切り捨てた。
目にもとまらぬスピードで下段からブライトンを切り上げ、そのまま、次々に切りかかる。
ブライトンは爪でその斬撃を受け止めるが、衝撃波は防げずに次第に体に傷が増えていく。
一端距離を取ったザルバックは大剣を肩に載せ、
「そんなもんか? デーモン様の加護ってのは?」
と言い放つ。
ブライトンはニヤリと笑い、
「デーモン様は、私を生まれ変わらせてくれた。ほかにもほら……」
と右手を挙げると、フンバがザルバックに棍棒を叩きつけようとしていた。
ザルバックは大剣でその棍棒を受け流す。
「……なるほど」
とフンバを見上げた。
その頃、防壁の上ではイトとトウマが並んで戦場を眺めていた。
「ちょっと適当すぎじゃない?」
とイトがトウマに言う。その口は不満げに尖っているが、それもそうだろう。何せフンバと戦っていたトウマが、突然中断して防壁に戻ってきたのだから。
トウマが苦笑しながら、
「いや、本命のジュンたちが来たからさ。足止めも必要も無いだろ?」
「それはそうだけどさ」
「……まだ俺たちの正体を明かすわけにはいかないし、有名になるわけにもいかないだろ。あとはジュンたちがあれを倒すのを確認して帰ろうぜ」
とトウマが気楽に言うと、イトはまだ不満げだったが、
「しょうがないわね」
と納得した。
トウマが指を指す。
「ほら、始まるぜ」