8-23 雪が舞い降りる

 人気のない廃城となったコランダ大公城の大広間。

 その中央に祭壇が作られて、邪神の卵が鎮座している。

 祭壇の周りには、転移して戻ってきたモルドをはじめとする天災たちが並んでいた。

 西の方から漂ってくる瘴気が霞のように流れてきて、邪神の卵に吸い込まれていく。

 ドクン、ドクンと脈打つように内部が光る卵。

 やがて、ピシッと音がして殻にヒビが入った。

 それを見て一斉に平伏する天災たち。

 モルドが顔を上げて、喜色満面の笑みを浮かべて、

 「御誕生。おめでとうございます。我ら一同、謹んでお慶び申し上げます」

と言上し、

 「主にふさわしい館を用意いたしましたので、さっそくそちらへ参りましょう」

と言うとゆっくりと立ち上がった。

 卵の欠片がぽろりと落ちて、中から小さな触手が出てきた。

 天災たちは立ち上がり、モルドが進み出て卵をいとおしそうに抱える。

 背後に闇が渦を巻き、一つの門を作った。

 モルドは、先頭に立ってその門をくぐっていった。

 全員がくぐり抜けると、その門は空気にとけこむように消えていく。

 誰もいなくなった大広間だったが、柱にヒビが入り、突然天井が崩落していく。

 この日、コランダ大公城は完全に崩壊して瓦礫となった。

――――。

 砦の戦いが終わって一週間が経った。

 ウルクンツル帝国皇帝城の大広間。

 皇太子夫妻をはじめ多くの貴族が列席するなかで、コランダ大公の遺児セオドアと騎士団長のメリアが跪いている。

 二人の前に立っている皇帝が厳かに、

 「セオドアよ。そなたを公爵位に叙するとともに旧大公領を授ける。コランダの家名を継ぐが良い。

 コランダ騎士団長メリアよ。大公の遺児セオドアを守り通したそなたの功績に、伯爵位を授ける。セオドアを補佐し復興に尽力せよ」

 「「はっ。謹んでお請けいたします」」

 「それから、この度の戦乱で多くの人命が失われた。多くの入植者を募る必要もあろうし、ほとんど開拓するのと同じ労力が必要と予想される。そこで帝国として東部復興の支援を行うこととした。コランダ公爵領だけでなく東部の諸貴族家にも行うが、臨時に復興大臣を置く。宰相に兼任を命じたので後は宰相の指示にしたがうがよい」

 セオドア少年は皇帝陛下を見上げ、

 「はっ。ありがとうございます。必ずや復興を成し遂げます」

と緊張しながらも言上する。

 皇帝陛下はうなづくと、授爵証をそばにいた宰相より受け取り、それを二人に下付した。

 授爵の式典が終わった後の会食の途中で、セオドアとメリアは庭に面したバルコニーに出ていた。

 寒気が忍び寄り花など咲いてはいないが、所々に設置されたランプに木々が照らされている。

 セオドアが、

 「メリア。本当にありがとう」

と礼を言うと、メリアは沈んだ顔で、

 「いいえ。私は大公夫妻を守ることができませんでした。……多くの領民や騎士達を死なせてしまった」

 セオドアはメリアの手をぎゅっと握り、

 「メリアは僕を守ってくれた。あの悪魔の軍勢から……」

 「……セオドア様」

 「死んでしまったみんなに自慢できる領地にしよう。それが僕たちにできることだと思う」

 メリアは微笑んで、

 「いつの間にか。すっかり大人になられましたね」

 するとセオドアは少し恥ずかしそうに、

 「もう逃げないって決めたから。……メリア。これからも僕を支えて欲しい」

と言うと、メリアはうなづいた。

 そこへ夜空からちらちらと雪が舞い降りた。

 見上げる二人の上に、そして、すべての世界の穢れを浄化するかのように。

――――時間はさかのぼる。

 あの戦闘の後、すぐにトウマさんとイトさんが合流してきて、面倒に巻き込まれる前に俺たちは帝都まで転移した。

 さすがはイトさん。魔方陣を使わずとも、これだけの長距離転移ができるとはね。

 そう感心していると、ノルンが俺の耳元で、

 「今ので私も覚えたから」

とぼそっとつぶやいた。

 俺に「武神の卵」があるように、ノルンも目に見た魔法をすぐに覚えることができるのだ。

 ……あいかわらず頼もしいことで。

 転移先は帝都で俺たちが借りている家だった。

 中には明かりが点っているから、金色乙女たちが戻ってきているのだろう。

 「お二人もどうぞ」

と俺は言いながら、家の扉を開けた。

 「お、帰ってきたね」

 俺たちを出迎えてくれたのはシンさんだった。その向こうに金色乙女の四人に、炎扇のマオの姿も見える。

 「ただいま帰りました。シンさん」

 俺はようやくノルンたちをシンさんに紹介することができたのだった。

――――。

 「さてとジュンくんの婚約者にも会えたことだし、もう遅いから失礼するよ」

と言いながら、シンさんが立ち上がった。

 イトさんがシンさんのコートを持って来た。

 どうやらシンさんは、あれから諸国漫遊の旅に出ていると言っていた。次に会えるのはいつになるのかわからないが、俺は、

 「シンさん。俺たちはアルの街に拠点がありますので、是非よって下さい。歓迎しますよ」

と言って、シンさんと握手をした。

 シンさんは、にこりと笑い、

 「うん、是非今度よらせてもらおう。……そういえば、君たちは帰国した後はどうするんだい?」

と聞いてくる。

 みんなが聞き耳を立てているが、シンさんの耳元で、

 「そろそろ結婚の準備をしようかと思って。……手始めにミルラウスに行ってセレンの親に許可をもらおうかって」

と小声で言うと、シンさんは「なるほど」とうなづいた。

 俺の肩に手をぽんと置き、

 「いざその時は、必ずアルに行くよ」

とシンさんがウインクした。

 シンさんたちを見送った後、みんなを振り返ると、ノルンたちはうっすらと頬を染めながら、妙に近づいてくる。

 ノルンが腕を絡め、

 「ふふふ~。……なるほどねぇ」

と意味ありげに笑う。

 「聞こえてたか? まあ、そういうことでどうだ?」

とみんなに尋ねると、みんなは嬉しそうにうなづいた。

 その笑顔の向こうでは、遠巻きに金色乙女の四人が赤くなりながらゴニョゴニョとおしゃべりをしている。

 そして、ニヤニヤと俺たちを見ていたサクラの姉のマオさんが、寄ってくると、

 「じゃあ、私もみんなに報告しておくわ。……ね、義弟おとうとくん!」

と俺の顔を見上げた。

 サクラがうれしそうに、「お姉ちゃん」とマオと連れだって離れていった。

 食事の準備をノルンにお願いし、にわかに騒がしくなった室内。

 ふと窓の外を見ると気温が下がってきたこともあり、ガラスに映り込んだ自分の顔の向こうに、ちらほらと雪が降り始めていた。

 振り返って幸せそうにテーブルの準備をするみんなを見て、俺は微笑んだ。

 次の目的地はミルラウス。そして、みんなと式を挙げよう。

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