8-7 それぞれの祝宴
パレードが城に到着するころには、すでに空があかね色になりかけた時間だった。
帝城前の大広場に集まった人々の歓声を受け、パレードが城門をくぐり抜けていく。
これから休憩を挟んで、場内の大広間にて祝宴が開かれるそうだ。
城外の民衆も、今日の飲食代は王家が支払うとあって、すぐに飲食店や屋台から通りにテーブルとイスが出され、あちこちで宴会が開かれ始める。
「皇太子殿下、万歳!」
「皇太子妃殿下、万歳!」
あちこちで、皇太子と皇太子妃殿下となったセシリア王女を称える声が聞こえる。
まもなくして、空も暗くなって街のランプがともり、人々が賑やかに酒を飲んでいる声が通りに充満していく。
その片隅にある一台の屋台のそばで、三人の男女が楽しそうにテーブルに着いていた。
白いタキシードのような服を着た男性が、手にした度数の高い酒を一口飲む。
向かいに座っている日本人らしき黒髪の若い男が目の前にある炙った肉を口に入れた。
その横の、やはり日本人らしい若い女性が周りの街の喧騒を楽しそうにながめている。
タキシードの男性が、
「人の造る酒はやっぱり旨いな」
とつぶやくと、黒髪の男が、
「私は、たまには日本酒が飲みたくなりますよ。こういう蒸留酒じゃなくて」
と言うと、タキシードの男性は、
「ははは。トウマはずっと似た酒を探してたんだろ? 見つかったのかい?」
黒髪のトウマと呼ばれた男は、首を横に振り、
「無いですね。……シンさまがヤマトから召喚してくれたら嬉しいんですけどね」
とタキシードの男性をシンと呼んで見つめた。
それを聞いた横の女性が、
「こらっ。トウマったら、シン様にそんなことをお願いして!」
と小言を言うと、トウマは、
「でもよ。イトはそう言うけど、もう1000年も探してるんだぜ? ……お前、作り方知ってないか?」
と女性に話しかけた。
シンは笑いながら再び手の中のグラスを呷る。
「……ジュンくんにきいてごらんよ。彼なら知ってるかもよ?」
とトウマに言った。
ジュンの名前を聞いたトウマは、
「ジュンか。そういえばこの国に招待したんでしたよね」
と嬉しそうにいうと、横のイトも、
「ふふふ。ヘレンとサクラも元気にしてるかしらねぇ」
とつぶやいた。
トウマもイトも、自分たちが一年の間鍛えたジュン、ヘレン、サクラに会うのを楽しみにしているようだ。
シンが二人の喜んでいる様子を見て微笑む。
「それに、若い女神に、さらに増えた婚約者とも会ってみたいところだ」
シンの言葉にトウマもイトもうなづくが、シンは、
「だが、その前にやってもらうことがある。……頼むぞ」
その言葉に、二人は背筋を伸ばし、
「はい。かしこまりました」
と一礼して命令を受諾した。
シンは街の様子を眺め、
「これもジュンくんたちを、さらに一段引き上げるためだからね」
とつぶやいた。
――――。
借家のリビングで、今、俺たちはパーティーを開いている。
テーブルの上ではノルンたちの料理に、金色乙女の作ったウルクンツル料理が大皿で並んでいる。
最初は立食の形で始めたんだったが、俺がイスに座ると、すぐに隣にノルンが来てという具合に、いつのまにか、みんな俺の周りで座っておしゃべりをしている。
それに気がついて思わず苦笑してしまうな。
「はい。ジュン。お代わり」
と言って、ノルンがワインボトルを差し出して、俺の手のグラスにワインを注いだ。
今日用意しているお酒は、赤白のワインのほか、エールを樽で、そして、ウルクンツル特有の蒸留酒を何本かといったところだ。
飲んでみた感想では、地球でいうところのウイスキーやウォッカに似たお酒で、地方によって製法が違うようだ。
バーのような雰囲気のあるところで、静かにグラスを傾ける。そんな飲み方が似合いそうだが、残念ながら、そのようなお店はない。……いや会員制のお店が中にはあるかもしれないが、そこへ行くのは無理だろう。
みんなの話題といったら、やはり今日見たパレードの話題ばかりで、金色乙女からは俺との馴れ初めなどを色々と聞き出されているようだ。
……これだけ女性が集まると、姦しいどころの騒ぎじゃないが、みんなも楽しんでいるようだから、まあよかったかな。
そう思いながら、今も金色乙女のクリスと話しているセレンとカレンの横顔を見つめた。
セレンは海底王国ミルラウスの歌姫。カレンはゾヒテの世界樹に住むハイエルフの一人で世界樹の巫女。
二人とも国賓レベルの女性だが、そんな二人は俺と婚約をしている。
……どうやら俺も今日のパレードに感化されたようだ。
もちろん後悔しているわけじゃない。
セレンは海神セルレイオスが仲人と言えるし、カレンはハイエルフの掟ではあるが、すでにハイエルフたちには認められているわけだしね。
ノルンとスタイルが似ているセレンだが、ミルラウスで海竜王リヴァイアサンからの依頼を受け、俺たちと別行動を取っていた。合流したのはゾヒテから帰ってからで、……まだそういう関係にはなっていない。
カレンとは……、あれはゾヒテからエストリアに戻ってからだったろうか。
――――。
エストリア王国アルにあるホームのリビングで、俺は夕食後に一人で街を眺めていた。
季節は夏から秋になろうとして、ようやく夕方には涼しい風が吹くようになった。
振り返って厨房の奥を見ると、今日はサクラとシエラが仲良く後片付けをしていた。
他のメンバーは風呂に入っているところだ。
俺はイスの上で左足を抱え込むように座り、再び窓の外を見る。
日没を向かえ、薄暗がりの街にランプの明かりが点々とついている。その様子を、少しアンニュイな気分で眺めていた。
お風呂から上がってきたノルンが、湯上がり用のワンピースを着てやってきた。厨房のサクラとシエラに、「お先に」と声を掛け、グラスを二つ手にすると俺のそばにやってきた。
差し出されたグラスを手に取ると、ノルンはアイテムボックスから作り置きのアイスティーの入ったボトルを取り出しと、俺のむかいに座る。
二人無言でアイスティーを飲みながら外を眺める。
厨房で片付けを終えたサクラとシエラが、
「じゃあ、お風呂行ってきます」
「マスターも一緒にどうです?」
と声を掛けてきたので、微笑んでわずかに首を横に振ると、サクラが手を振りながら風呂に向かって行った。
目の前にノルンが左手を出してきた。その手を受け取り、手の甲をそっと撫でる。
特に意味なんてないけれど、こういう時間もいいもんだ。
そう思っているとノルンが、
「今晩はカレンを誘ってね」
と言う。
……カレンはハイエルフだけあって、年齢こそ24才だが見た目は中学生くらいだ。おまけにエストリアの学園での教え子だから、背徳感がある。
そう考えていると、見透かしたようにノルンが、
「大丈夫よ。……それにカレンは、いつだろうって落ち着かないみたいだし、愛情を深めるためにも、ね?」
と言った。
カレンとはハイエルフの掟によって結ばれた婚約だけど、彼女に対する愛がないわけではない。
エストリアの王都や、ゾヒテの聖地で共に戦ううちに、カレンが俺に寄せる気持ちに気がついていないわけでもない。
……いや、俺は何を言い訳してるんだ。
カレンの笑顔を思い出して、知らずのうちに微笑んでいた。
風呂に入ってから、部屋に戻ろうとすると、部屋の前に冷えたフルーツジュースが置いてあった。
ノルンからだな。
俺はそのボトルを持って、部屋に入った。
部屋の中は真っ暗だったので、入り口そばのランプの明かりを点けようとすると、
「あっ。つけないでください」
と後ろから声がする。
振り向くと、ベッドの中にすでにカレンが入っていた。
「カレン……」
と声を掛けると、カレンは恥ずかしそうに上半身を起こす。どうやら透け透けのネグリジェを身につけているようだ。
「その。恥ずかしいので」
まあ、俺には暗視のスキルがあるから、明かりがあろうと無かろうと関係はない。けれど、そんな野暮なことを言うつもりはない。
ボトルをテーブルの上に置き、カレンのそばに行くと、暗闇の中で真っ赤になっていた。
俺はそっと髪を撫で、
「カレン。掟で婚約することになったけど、そんなこと関係なしに俺はお前が欲しい」
と言うと、カレンはこくりと頷き、
「私もです。……誘拐された私を救い、ゴルダンに殺されそうな私を守り、そして、世界樹の危機をも救ってくださった。心からお慕い申し上げます」
額にチュッとキスをすると、カレンはほうっと息を吐いた。熱を帯びた視線で見ている。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願い、……あっ」
最後まで言わせずに俺はカレンに覆い被さり、その唇を求めた。
――――
カレンを抱いた後、俺の腕の中で息を荒げるカレンが涙目で俺を見上げている。
その目尻に口づけをしながら、
「大丈夫か?」
と心配して言うと、カレンは、
「まだ痛いですけど、大丈夫です」
と言い、俺の首に腕を回してキスをしてきた。
「ふふふ。これが抱かれるってことなんですね」
そう言いながら、無意識におなかを撫でている。
額、唇、首すじ、胸もとと順番にキスをする度に、カレンが「あ」と言う。その仕草がたまらなく愛おしい。
そっとベッドから下りて、ボトルを手に取り属性付与の要領で冷やす。そのままベッドに戻り、ボトルの口を開け、喉を潤した。
カレンが上半身を起こして、俺に寄りかかる。ボトルをカレンに渡すとカレンも恐る恐るボトルに口をつけた。
細い喉がゴクリゴクリと動くのを見る。
「……おいしいです」
そういってカレンははにかんだ。
――――。
―――。
――。
「ジュン? ジュンってば!」
セレンの声に、俺は現実に意識を取り戻した。
「な、なんだ?」
慌てて返事をすると、セレンがむすっとした顔で、
「もう! いつになったら私の番なのかしら?」
と問い詰めてきた。
ノルンがクスッと笑って、「というわけで、今晩はジュンとセレンで一部屋。私たちはパジャマパーティーにしましょう」と宣言する。
セレンが「やりぃ! さすがは親友!」と言い、金色乙女の四人は顔を赤くしている。
え? え? そんな、みんなに宣言された状態で?
一人でキョロキョロしていると、セレンが正面から俺の膝の上に乗ってきて、両手で俺の頭を抱える。
「今晩は覚悟しておいてね。チュッ」
と俺の額に口づけされた。
それを見て、金色乙女のミラとアンが二人同時に鼻血を吹き出した。
「きゃああぁぁ! ミラ! アン! 大丈夫!」
場が一気に混沌としていった。