9.婚礼の儀

 転移した先は、エストリア王国南部の港湾都市ベルトニアと、海洋王国ルーネシアの間、大海原の真ん中にある無人島。

 かつて俺とシエラが漂流して辿たどりつき、その後、ノルンたちが追いかけてきてくれた小さな島で、奥の方に海神セルレイオスの神域に通じる入り口がある。

 今ではプライベート・ビーチリゾートのつもりで楽園島パラディーススと名付け、俺たち所有の島としている。あちこちにある建物はノルンが魔法で作り上げたものだ。

 魔法陣が設置してある小屋から出ると、ビーチへ通じる小径の脇に参列者たちが思い思いにたたずんでいた。

 綺麗な青空に白い雲が浮かんでいる。波の音も穏やかで、鳥のさえずりが聞こえてきた。

 右手にいるのはセレンの両親であるオケアーノス・ミルラウス国王夫妻、反対側の左手にはカレンの両親など、そうそうたる顔ぶれだ。誰もが着飾って、笑顔で俺たちを見ている。

 小径の一番奥には、今日のために設えた祭壇があり、そこに修道院にあるのと同じ大きさの女神トリスティアの像が祀ってあった。

 その左右には翼神ウィンダリアと伝えられる女神像と、海神セルレイオスの神像が並べてある。どれも今日のために作った像だった。

 ふと視線を感じて左手の方を見ると、そこには俺たちを鍛えてくれたシンさんと、トウマさん、イトさん。そして、ノルンの祖母代わりの三ツ目族の隠者パティスさんも来ていて、にこやかな表情でこちらを見ていた。

 彼らがどこにいるのかはわからなかったため、案内状は出せなかった。けれど、前々から「君たちの結婚式には行くから」と言われていたので枠は設けていたんだ。

 占い師でもあるパティスさんはまだわかるが、シンさんたちもよく、今日という日と、この場所がわかったものだ。

 謎が多い人たちだけれど、俺たちの結婚を祝福に来てくれてうれしさが先に募る。

 ――む?

 なぜか一番奥に見慣れぬ幼女を連れた大男と美女の幻が見えるが……。

 思わず錯覚かと目をこすりそうになったが、あの大男。どう見ても海神セルレイオスである。

 まさかの神様降臨? じゃあ残りの2人もそうだろうか?

 おっと、もうローレンツィーナ様が祭壇に立っている。

 すぐに儀式が始まるだろうから、きちんとしないといけない。

 幻を見なかったふりをしつつ、ノルンと並んで一番前を進む。後ろをヘレン達が2列で続き、祭壇の前で横一列に並んだ。

 その時、後ろの方から小さな声が聞こえてきた。

「ほれ。お前が前に行かなくていいのか?」「セルレイオスだって一緒じゃん。セレンがいるんだから」

「それにしてもあの女神像はそうとうに盛ってるな」「い、いいのよ!」

「本当はこんなに可愛い幼女なのにね」「そのうち主様に大人にしてもらうからいいの――」

 ……これは幻聴だろう。きっと気のせいに違いない。

 聖女様が祭壇に大杯をかかげ、中の聖水に指先をつけると、その場を清めるように周囲に振りまいた。

 その途端に厳かな雰囲気が漂い、息をするのも忘れそうな神聖な空気が漂う。

「新郎ジュン・ハルノ」

 聖女様の声が響き、金縛りが解けたように顔を上げた。

「――はい」

「新婦ノルン・エスタ。ヘレン・シュタイン。サクラ。シエラ・リキッド。セレン・トリトン・ミルラウス。カレン」

「「「はい」」」

 普段のくだけた様子とは異なり、ぴしっとした聖女様は、神に仕える者独特の空気を身にまとっていた。

「今、創造神様、翼神ウィンダリア様、女神トリスティア様、男神セルレイオス様の御前にて、結婚の式を挙げます。……その命尽きるまで、互いが互いを翼とし、支え合い、愛し続けることを誓いますか」

 地球にいる頃にはついぞすることができなかった誓いの言葉。

 俺の胸に色々な思いが去来しつつも、腹に力を入れしっかりと返事をする。

「はい。誓います」

 俺につづいてノルンたちも「はい」と返事をした。

 聖女様は満足そうにうなずき、

「神々の祝福をこの者たちにいたてまつる。この7名をして果てなき婚姻の絆で結ばしめたまえ」

 聖杖を三度床に打ち付けてならすと、空からキラキラとした光のかけらが雪のように降りてきた。

 それを見た参列者の多くが「おおお!」と声をあげる。

 うん。これも聖女様の魔法なのだろうか。幻想的な光景に本当に神々から祝福を受けているかのように感じる。

 光のかけらが舞い降りるなかで、聖女様がかすかに笑みを深めた。

「さあ、花嫁と順番に口づけを交わしなさい」

 緊張しながら横にいるノルンと向き合う。ベールを上げると、その下からうれしそうなノルンの顔が現れる。

 俺の半身。魂の片割れ。この婚姻の儀式は、俺たちの魂が再び1つになるようなものだろう。

 そっとノルンの両ひじに手を添えてキスをすると、列席者が拍手をして祝福をしてくれる。

 次はヘレンの前に進むと、ヘレンは緊張しながら俺を見上げた。聖女様の横で控えていたはずのクラウディアが、「ヘレンー! おめでとう」と声をあげた。

 思わず吹き出しそうになりながら、ヘレンを見ると、珍しくボンッと音が出そうな勢いで真っ赤になっていた。そっとキスをすると、離れ際に「ううぅ」と声を漏らしていたが、きっと照れてるんだろう。

 サクラの前に行くと、サクラは爛々らんらんとした目で俺を見上げていた。

 苦笑しながら正面に立って、その肩に手を添えて唇を重ねると、次の瞬間、がばっと首に腕を回されてぎゅうぅっとしがみつかれた。

 まったく、儀式中だってのになにしてんだよ。

 慌てて体を離すと、サクラはいたずらが成功したみたいにニシシと笑っていた。

 ちらりとサクラが振り返った方向を見ると、サクラの姉である炎扇のマオと、その腕にいる白い猫、祖父のスピーがいた。

 気を取り直してシエラの前に行くと、遂に順番が来たとひどく緊張しているようだ。

 そっと両手で頬をはさんで笑いかけると、やや固い笑顔を返してくれる。

 そのままキスをすると、その目尻から一筋の涙がつうぅぅっと流れていく。

「……お父さん」

 殺されたギリメクさんにも見せてあげたかったんだろう。そっと親指で涙をぬぐい取ってやる。

 見ると、参列席で伯父の竜人族族長トルメクさんも号泣していた。……今度、お墓に報告に行こうな。

 感無量になりながらもセレンの前に行く。

 さすがはミルラウスの姫だ。そのたたずまいには王族のオーラが漂っている。

 これはカレンもそうなんだが、身分から言えば本当は第一夫人でもおかしくはない。けれど俺はもとよりみんなもそういう身分的考えはどうでもいいらしい。

 正面からセレンを見つめると、わずかに鼻息も荒くなっているようだ。……何しろ人魚は肉食だからな。

 苦笑いしながら腰に手を添えて口づけを交わすと、ぐいっと体をつかまれて情熱的に舌を入れてきた。おいおい。みんな見てるって……。

 心配して参列者の方をチラリと見ると、やっぱり人魚は肉食らしく、セレンの両親は当たり前だという顔をしてうなずいていた。

 最後のカレンの前に行くと、カレンも緊張して赤くなっている。

 まるで演奏会の出番を待っているかのような。……いやいや、確かに教え子ではあったけど、もうとっくにそれは卒業している。

 ゾヒテ六花の妖精たちが俺とカレンの周りを飛びながら、花びらをまいていた。

 そっとカレンの前に立って手をとり、そのままキスをすると、カレンの全身から力が抜け、ふらっと倒れそうになった。

 慌てて支えてやると、膝に力が入らないらしくプルプル震えている。参列席のカレンの家族たちが「カレンったらもう!」と笑っている。

 カレンらしいな。

 再びノルンの横に戻ると、空から降り注ぐ光の粒が輝きを増した。

 幻想的な光景の中で、聖女ローレンツィーナ様の声が響きわたる。

「婚姻の儀が成れり」

 再び拍手が巻き起こり、みんなと一緒に振り返って参列者に手を振った。

 この後は、先頭に立って次の会場へと向かう手はずになっている。そのまま披露宴代わりの食事会になる予定なんだ。

 今日のために拡張しておいたゲストハウスのホールには、いくつものテーブルが並んでいる。

 俺たちに続いて参列の人々が入ってくる間、ノルンがアイテムボックスの指輪から、予め作り置きしておいた料理の大皿を並べていった。

 というのも、さすがに今日は誰も料理人がいないし、この聖域にこれ以上の人を連れてくるわけにはいかなかった。

 同じ理由で給仕の人もいないが、それも参列者には事前に説明をしてある。

 ヘレンたちと手分けして用意しておいたグラスに、乾杯用のスパークリングを注ぎ、全員に配る。

 祝辞とかは無しにして、俺が簡潔に参列のお礼を言い、特にシンさんに乾杯の発声をしてもらった。

 そのままホームパーティーのような和やかな食事会に移った。

 ホールのテラス部分は一部が海の上にせり出している。そこから見る海は美しく、それぞれが思い思いに過ごせるようにイスを置くなど、入念に準備をしておいた。

 そのせいだろうか、食事会が始まるや、テラスに行った人たちがいる。

「こ、これが海!」

「すっご~い!」

 まっさきに感激しているのは、シエラの伯父トルメクさんとカレンの家族のハイエルフたちだ。

 トルメクさんはデウマキナ山の高地に住んでいて、ハイエルフは世界樹から出てこないらしいから、初めての海に感激しているようだ。

 海鮮料理もたくさんあるから、ぜひ堪能して欲しい。

 一方、リラックスしているのはセレンの家族のミルラウス国王夫妻と妹のアシアーさんだ。

 やはり人魚族だけあって、海のそばは居心地がいいのだろう。……あ、いや。ここが海神セルレイオスの聖域の端っこであるせいかもしれない。

 パティスは今日も若い姿で、今は聖女ローレンツィーナ様と談笑している。この2人は種族が違うんだけれど、どこか雰囲気が似ているんだよな。

 そのそばにはノルンとヘレンもいて、なかなか楽しそうだ。

 なお海鮮料理に夢中になっているのが、サクラの姉のネコマタ・炎扇のマオと祖父のスピーだ。クラウディアも一緒にいる。

 サクラが甲斐甲斐しく魚を取り分けていて、4人でハムハムと食べていた。

「おいしいっ」

 クラウディアの楽しそうな声が聞こえる。

 今のところどの参列者も満足しているようでひと安心だ。

 かくいう俺は、シンさんとトウマさん、イトさんと一緒のテーブルに座っている。

「ジュンくん。これからよろしく頼むよ」

 急にシンさんがそんなことを言うが、それはこちらのセリフだと思う。

「なんでもおっしゃってください。依頼を受けていなければすぐにでも駆けつけますよ」

と言うと、満足げにうなずいていた。

 シンさんの屋敷でともに過ごした一年間のお陰で、俺はこの世界のことを知り、戦う力を身につけることができたんだ。

 今の生活があるのも、この3人のお陰。感謝しかないし、恩を返せるうちに返しておきたいと思う。

 不意にトウマさんが腰に差した一本の剣を俺に差し出した。

「これは?」

「お祝いだ。お前にやろう」

「え?」

 これってトウマさんの相棒じゃないか。……抜くところは数度しか見たことがないし、それも一瞬だったが、明らかに普通の剣じゃないことはわかる。

 どこか日本古代の青銅の剣に似たデザインの直剣だ。

「いや、それは受け取れません」

 そう断ったが、トウマさんは笑みを浮かべ、

「かまわん。……本当は愛用の武器が別にあるんだ」

 そうなのか? しかし……。聖石の力に慣れた今なら前よりもはっきりと感じる。この剣には神力の波動を感じる。そんな大切な剣を俺にいいのだろうか?

「ですが、俺にはすでにテラブレイドがあります」

 この剣も地竜王ガイアからもらった剣だ。天災との戦いにも耐えてきた相棒だ。

 すると話を聞いていたシンさんが、

「私に任せてもらおう」と言いながら立ち上がった。「お祝いだからね」

 テラスから砂浜に降りると、木の棒で円を描いたシンさんが、

「たしか、折れてしまったミスリルの2本もあったろう。ここにテラブレイドと、その2本とを並べなさい」

 折れてしまった2本の剣は、黒鬼ターレンからもらったミスリルの片手剣とフレイムエレメントソードのことだ。

 両方ともダンジョンから見つかった名剣で、大切に手入れをしていたんだが、天災との戦いには耐えられなかった。

 俺が3本を円の中央に並べると、トウマさんがその隣に自分の剣を置いた。

 さらにシンさんが俺に言う。

「この世界に来たときのナイフがあるかな? それも出しなさい」

 え? 不壊のブレードナイフか?

 なぜこのナイフのことをシンさんが知っているんだ?

 疑問に思ったものの、素直にナイフをミスリル剣の隣に並べて置いた。

 シンさんは何をしようというのだろうか?

 ナイフも入れて5本の剣が揃うと、シンさんは円の前で両手を広げた。

 ブウンッと音がして剣の下に魔法陣が輝いた。

「志半ばに折れてしまった剣にも、大切に使われてきた道具には魂が宿るものさ。今から剣を融合し、新たな君の剣を誕生させよう」

 初めて見るシンさんの魔法。創造魔法とでもいうのだろうか。

 魔法陣の中央に青白い炎が生じて剣を飲み込んで見えなくなっていく。

「サラマンデル、ノーム、ウンディーネ、シルフ。出てきて精霊門を開け――」

 シンさんの言葉に、魔法陣内の四方に小さな炎、土山、緑の竜巻、水の渦巻きが生まれ、そこから赤・黄・緑・青の4つの光が中央の炎に吸収されていく。

「クロノ、アーテル、メーテル。お前たちも時空門を開け」

 続いて魔法陣の上に紫、黒、白銀の光の珠が現れ、中央の炎へと吸い込まれていった。

 さらに懐から六枚の大きな鱗を取りだして、薪をくべるように炎に投げ入れた。

「竜王の力とともに生まれ出でよ」

 ゆらゆらと揺らめいていた炎が強く輝き、その光が凝縮してやがて1本の剣に凝縮されていく。

 姿形はトウマさんの直剣と同じデザインだが、刀身自体がうっすらと光り輝いている。見たこともない材質の美しい剣。

 やがて閃光とともに炎も魔法陣も無くなったが、何もない空中を、その剣が刃を下に向けて浮かんでいた。

 シンさんはその剣をしげしげと眺めてニヤリと笑った。

「そうだな。ベースはトウマの剣だからその名を引き継いで、天叢雲あめのむらくもつるぎとでも呼ぼうか」

 シンさんが俺に目配せをする。受け取れというのだろう。

 うなずいて前に進み出てそっと柄を握る。その瞬間、剣が光を放ち、俺の中のなにかと強固に結びついて何かの回路ができたような気がする。

 天叢雲って、ここに来て日本神話由来の剣の名前が出てくるとは……。

「すごい剣ね」

 背後からのノルンの声に我に返る。

 いつのまにかみんなが集まってきていた。カシャンと音がして、手許を見るといつの間にか剣が鞘に包まれている。不思議な剣。だが、妙に手に馴染むし、昔から振ってきたかのように懐かしさを感じる。

 ――誰もがこの剣の説明を待っている中で、肝心のシンさんは、

「じゃ、悪いけど、私たちはお先に失礼するよ」

と言って、トウマさんとイトさんと一緒に帰ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 慌てて追いかけて改めてお礼を言うと、振り返ったシンさんは真剣な表情になっていた。

「これで君たちは今までよりも強い絆を結んだことになる。――2日後の昼だ」

 何のことだろうかと戸惑っている俺の肩を、シンさんはぽんぽんと叩き、2人のお伴と一緒に転移魔法陣のある小屋に入っていった。

 一抹の不安が心をよぎったが、俺を呼ぶノルンの声に我に返り、みんなのところに戻った。

◇◇◇◇

 その日の夜。未だに続いているパーティを抜け出して、俺は星空を見上げていた。

 ここの世界に転移して築いてきた絆。みんなの笑顔を見ていると、それがとてもかけがえの無いものであるように思う。

 テラスでかがり火の明かりに照らされているみんなが、幸せそうに笑っている。それを見ているだけで、俺も幸せだ。

 この時間が永遠に続いて欲しい。切にそう願うのだった。