10-21 いなくなった2人

2019年7月16日

 カレンは光の中を漂っていた。

 朦朧としている意識の中で、懐かしい歌を聴いた気がする。まだ幼い子供だったころ、母が歌ってくれたような優しい歌を――。

「――ッ」

「カ――ッ」

「カレンッ」

 自分を呼ぶ声にカレンが目を開けると、そこには心配そうに自分を見つめる仲間たちがいた。

 ヘレンさん……、サクラちゃん、シエラちゃん……?

「あ――」

 ゾヒテで戦っていたことを思い出して、カレンが反射的に上半身を起こすと、その左手が何かに触れた。「うん、んん」と艶めかしい声がする。

 ゆっくりと見下ろすと、そこにはセレンが倒れていた。どうやら眠っていたようで、今にも目を覚ましそうだ。

 サクラがガバッとカレンの手を取った。

「よかった。無事で~」

「サクラ……ちゃん。……あ」

 何かを思い出したように急にキョロキョロするカレン。それを見て他のみんなは哀しげな表情をした。

 その時、セレンが目を覚ました。寝ぼけ眼で起き上がり、ヘレンたちを見る。

 さーっと風が吹き抜け、周りの草が揺れた。

 カレンがサクラに問いかけた。

「ジュンさんとノルンさんは?」

 しかしサクラは黙って首を横に振る。ヘレンが答えた。

「ここには来ていないのよ」

「――え?」

 その返事にカレンの血の気が失せる。

 ここにいない?

 いや、そういえばあの光は。世界樹さまはどうなったの?

「あのねカレンちゃん。落ちついて聞いて」

 そう前置きをしてサクラがカレンに告げた内容に、カレンは気が遠くなった。そのまま、わなわなと指を震わせてうつむいてしまう。

「ぞ、ゾヒテが……、消滅? そんな……」

 そんなカレンをサクラが抱きしめる。カレンは瞬きもせずにポロポロと涙をこぼしながら、ただただ震えていた。

 そこへ一匹の金色の小鳥が飛んできて、カレンの頭上を飛びまわる。

 カレンを抱きしめていたサクラがそれに気がついて顔を上げると、鳥の翼からキラキラと光の欠片がこぼれ落ち、カレンとサクラに降りかかっていた。

 その光の力だろうか。すっとカレンが再び眠りに落ちた。

 そばに降りた小鳥が、心配そうに見ていたサクラとシエラに説明をする。

「今は眠らせておいた方がいいでしょう。ただし、絶対に一人にしないように」

 その言葉にうなずく2人であった。

 その様子を見ていたセレンがヘレンを見上げる。

「ここはどこなの?」

「巨大な眼とか、押し寄せる光に包まれた?」

「ええ」

「天災を倒したんでしょ?」

「そうよ」

「……私たちもアークでモルドとピレトを倒したわ。そうしたら雲の切れ間から巨大な眼がのぞき込んでいて、光の柱が立ったの」

 それはセレンたちも一緒だった。

「光に飲みこまれたと思ったら、私たちはここ、テラスにいたのよ」

「――は? テラス?」

「そうよ。ここは幻獣島テラスよ」

 そういってセレンが後ろを振り向くと、フェンリルのほか数匹の幻獣が佇んでいた。

 そして、宙に浮かんでいるアーケロンの姿がある。

「お久しぶりですねぇ。ミルラウスの姫君」

と挨拶し、セレンもようやくここが幻獣島テラスであることを理解した。

 セレンが気持ちを落ち着かせるように深く息を吐いた。

「それでノルンもジュンもここには居ないと……」

 ヘレンは黙ってうなずいた。

 その悲しげな表情を見てもなお、信じたくなかったのだろう。セレンがヘレンの服をつかんだ。

「ウソよね?」

 その問いかけにヘレンは力なく首を振る。

「でもね。セレン。……あの2人だもの。私たちがこうして無事なんだから、あの2人だってどこかに飛ばされているだけよ。きっと」

 ヘレンも強がっているのだろう。その気持ちがセレンにはよくわかった。

「ヘレン……」

「それにね。感じるでしょ。私たちの身体の奥に、神力の、ジュンとノルンの力があるのを」

 言われてみれば、確かに神力を感じる。その事に気がついて、セレンは少し気持ちが落ちついた。

「きっとこの力の先に2人がいる。必ず私たちのところに帰ってくるはずよ。だから、合流できるその時まで、私たちは私たちでしっかりしないといけないわ」

 しばらく黙り込んだセレンであったが、クスッと微笑んだ。

「やっぱり貴女は聖女の弟子ね」

 まだ不安はある。けれど今は希望が見えている。そうだ。ヘレンの言うとおりだ。あの2人がそう簡単に死ぬわけがない。

 現に自分たちだってあの光の奔流に飲みこまれ、転移してきただけなんだし、それになによりこの胸の奥には温かい神力が今もなお宿っている。

「ありがとう。ヘレン」

「私も同じようになったから、お互いさまよ」

 深く息を吐いてから、セレンはようやく立ち上がった。そばの崖から眼下に広がる世界に向き直る。

 強い風が吹き抜ける。遥か下に広がる海。その海をぽっかりと切り取るように、虚空が広がっていた。

 その現実離れした光景を目にして、たじろぐセレン。その背中をヘレンがポンポンと叩いた。

「私にも何が起きているのかよくわからない。でもね。アーク大陸もゾヒテ大陸も無くなったことだけは確かよ」

 あの虚空は一体なんだろう。世界はこれからどうなるんだろう。

 せっかく3人の天災を倒したのだけれど、まだ2人が残っている。

 奴らを倒さない限り、この異変はおさまらないのだろうか。

 果たして倒したら、元通りに戻るのだろうか。

 そして、どうすれば、ジュンとノルンと合流できるのだろうか。

 何一つ答えはない。できることは、ただもがき続けることだけ。

 それでもここには仲間がいる。2人と再会するまで、力を合わせて行こう。

 セレンはヘレンと目を見合わせ、力強くうなずいた。