10-21 いなくなった2人
カレンは光の中を漂っていた。
朦朧としている意識の中で、懐かしい歌を聴いた気がする。まだ幼い子供だったころ、母が歌ってくれたような優しい歌を――。
「――ッ」
「カ――ッ」
「カレンッ」
自分を呼ぶ声にカレンが目を開けると、そこには心配そうに自分を見つめる仲間たちがいた。
ヘレンさん……、サクラちゃん、シエラちゃん……?
「あ――」
ゾヒテで戦っていたことを思い出して、カレンが反射的に上半身を起こすと、その左手が何かに触れた。「うん、んん」と艶めかしい声がする。
ゆっくりと見下ろすと、そこにはセレンが倒れていた。どうやら眠っていたようで、今にも目を覚ましそうだ。
サクラがガバッとカレンの手を取った。
「よかった。無事で~」
「サクラ……ちゃん。……あ」
何かを思い出したように急にキョロキョロするカレン。それを見て他のみんなは哀しげな表情をした。
その時、セレンが目を覚ました。寝ぼけ眼で起き上がり、ヘレンたちを見る。
さーっと風が吹き抜け、周りの草が揺れた。
カレンがサクラに問いかけた。
「ジュンさんとノルンさんは?」
しかしサクラは黙って首を横に振る。ヘレンが答えた。
「ここには来ていないのよ」
「――え?」
その返事にカレンの血の気が失せる。
ここにいない?
いや、そういえばあの光は。世界樹さまはどうなったの?
「あのねカレンちゃん。落ちついて聞いて」
そう前置きをしてサクラがカレンに告げた内容に、カレンは気が遠くなった。そのまま、わなわなと指を震わせてうつむいてしまう。
「ぞ、ゾヒテが……、消滅? そんな……」
そんなカレンをサクラが抱きしめる。カレンは瞬きもせずにポロポロと涙をこぼしながら、ただただ震えていた。
そこへ一匹の金色の小鳥が飛んできて、カレンの頭上を飛びまわる。
カレンを抱きしめていたサクラがそれに気がついて顔を上げると、鳥の翼からキラキラと光の欠片がこぼれ落ち、カレンとサクラに降りかかっていた。
その光の力だろうか。すっとカレンが再び眠りに落ちた。
そばに降りた小鳥が、心配そうに見ていたサクラとシエラに説明をする。
「今は眠らせておいた方がいいでしょう。ただし、絶対に一人にしないように」
その言葉にうなずく2人であった。
その様子を見ていたセレンがヘレンを見上げる。
「ここはどこなの?」
「巨大な眼とか、押し寄せる光に包まれた?」
「ええ」
「天災を倒したんでしょ?」
「そうよ」
「……私たちもアークでモルドとピレトを倒したわ。そうしたら雲の切れ間から巨大な眼がのぞき込んでいて、光の柱が立ったの」
それはセレンたちも一緒だった。
「光に飲みこまれたと思ったら、私たちはここ、テラスにいたのよ」
「――は? テラス?」
「そうよ。ここは幻獣島テラスよ」
そういってセレンが後ろを振り向くと、フェンリルのほか数匹の幻獣が佇んでいた。
そして、宙に浮かんでいるアーケロンの姿がある。
「お久しぶりですねぇ。ミルラウスの姫君」
と挨拶し、セレンもようやくここが幻獣島テラスであることを理解した。
セレンが気持ちを落ち着かせるように深く息を吐いた。
「それでノルンもジュンもここには居ないと……」
ヘレンは黙ってうなずいた。
その悲しげな表情を見てもなお、信じたくなかったのだろう。セレンがヘレンの服をつかんだ。
「ウソよね?」
その問いかけにヘレンは力なく首を振る。
「でもね。セレン。……あの2人だもの。私たちがこうして無事なんだから、あの2人だってどこかに飛ばされているだけよ。きっと」
ヘレンも強がっているのだろう。その気持ちがセレンにはよくわかった。
「ヘレン……」
「それにね。感じるでしょ。私たちの身体の奥に、神力の、ジュンとノルンの力があるのを」
言われてみれば、確かに神力を感じる。その事に気がついて、セレンは少し気持ちが落ちついた。
「きっとこの力の先に2人がいる。必ず私たちのところに帰ってくるはずよ。だから、合流できるその時まで、私たちは私たちでしっかりしないといけないわ」
しばらく黙り込んだセレンであったが、クスッと微笑んだ。
「やっぱり貴女は聖女の弟子ね」
まだ不安はある。けれど今は希望が見えている。そうだ。ヘレンの言うとおりだ。あの2人がそう簡単に死ぬわけがない。
現に自分たちだってあの光の奔流に飲みこまれ、転移してきただけなんだし、それになによりこの胸の奥には温かい神力が今もなお宿っている。
「ありがとう。ヘレン」
「私も同じようになったから、お互いさまよ」
深く息を吐いてから、セレンはようやく立ち上がった。そばの崖から眼下に広がる世界に向き直る。
強い風が吹き抜ける。遥か下に広がる海。その海をぽっかりと切り取るように、虚空が広がっていた。
その現実離れした光景を目にして、たじろぐセレン。その背中をヘレンがポンポンと叩いた。
「私にも何が起きているのかよくわからない。でもね。アーク大陸もゾヒテ大陸も無くなったことだけは確かよ」
あの虚空は一体なんだろう。世界はこれからどうなるんだろう。
せっかく3人の天災を倒したのだけれど、まだ2人が残っている。
奴らを倒さない限り、この異変はおさまらないのだろうか。
果たして倒したら、元通りに戻るのだろうか。
そして、どうすれば、ジュンとノルンと合流できるのだろうか。
何一つ答えはない。できることは、ただもがき続けることだけ。
それでもここには仲間がいる。2人と再会するまで、力を合わせて行こう。
セレンはヘレンと目を見合わせ、力強くうなずいた。