11-13 ノルンとパティス

 帝都ブラフマンの一室で財務大臣のダリウスと話をしていた第3皇子バローラムは、至急の報告を受けて驚きを隠せないでいた。

「なんだと。パティスが襲われた?」

 いったい誰が? まさかニンバスの奴か?

 パティスは父の命令で、祖霊の眠るアトランティスを守る役目を与えられており、いざというときのための継承権こそあるものの、一族の守り役であるが故に、帝位に就くことはまずあり得ないはずだった。

 もちろんライバルのニンバスに対しても殺そうとまでは思っていない。さすがにそれは憚られるわけで、それなのに、なぜパティスが襲われる事態になっているのか。
 バローラムはわけが分からなかった。

 帝国の大貴族の筆頭、財務大臣ダリウスは、でっぷりした身体を豪華な服に包み込んでいた。
 アトランティス時代から皇帝の一族を支えてきた同じ三ツ目の一族。そして、その娘はバローラムの妻になっていた。

「それでパティス殿下は?」
 ダリウスの問いに、報告に来た騎士が、
「はっ。無事でありますが、襲撃者は自決。手がかりは1つも掴めなかったようであります」
「そうか……。うむ。だが、殿下が無事であれば良かった」

 そうは言ったもののダリウスの表情は難しかった。バローラムが「ご苦労」と騎士をねぎらって退出させると、ダリウスに、

「仕方あるまい。あそこの騎士はそれほど強くもないのだから、無事であったことが上々だ。
 ……そういえば、筆頭魔道士のリンフォスならば、魔力の|残滓《ざんし》などを|辿《たど》って黒幕まで突き止められるか?」

 しかしダリウスはすぐに、すぐにかぶりを振った。

「無理でしょうな。自決するほどの相手であれば、その対策も取っているでしょう」
「それもそうか。だが一体誰がパティスを……」

 2人がいる この帝城は、ルーネシアなど比較にもならないほど警備がしっかりしている。
 だが皇太子ユリトゥスの死といい、パティスへの襲撃といい、帝室を狙っている何者かが暗躍しているように考えられる。警備体制を厳重にすべきか。
 バローラムはそう思い、後で近衛騎士団長に指示をしておこうと心に留めておいた。

 一方そのころ、帝城の別の一室では、第4皇子ニンバスが、やはりパティスへの襲撃事件の報告を受けていた。

「……まさか兄上の仕業ということはあるだろうか」

 相手は帝国騎士団長のボルテスだ。大身の|逞《たくま》しい竜人族の男で、調えられたあごのひげが精悍さを際立たせている。
「さすがにそれは無いのでは。ほとんど実権の無い皇女殿下であるし」

 しかし、それに異を唱えたのは帝国評議会の評議員であるノーム侯マグナルドだった。

「それはどうかな。パティス殿下が支配するはアトランティス州ですぞ。
 確かに財務大臣をはじめ、累代の家臣のうちでも有力な氏族はとっくに本拠地を新しい支配地に移しているが、あそこは帝室の一族の本拠地であるのには変わらぬ」

「しかし、姫は権力には何ら興味なさそうだが」
「それには同意するが、利用するには有効なカードであるし、不確定要素ならば取り除いて、自らの陣営から人を派遣すれば良いわけだ」
「……おいおい。それは物騒だ。それに、あそこはアトランティスだぞ。帝室の者でなければ……」
「代官を派遣すれば良いだけだろう。帝国が支配地を広げた際には同じやり方をしてきている。それを実践するだけだ」

 たしかに併合した地域では、旧王族を大公や侯爵に封じ、旧貴族たちも概ねその爵位のままの身分としていた。その代わりに、帝国から代官をその地域に派遣し支配させる。やがてその代官と旧王族らとの間で血縁を結び、そのままその土地に根付かせる。
 これが帝国がやってきた統治方法の1つであり、ノーム大陸の諸国もその例外ではなかった。

 2人の議論を聞いていたニンバスが、
「ふむ。……だが、さすがに今の段階で、そこまで強引なことはしないだろう」
「しかし、殿下――」

 なおも言いすがるマグナルド侯に、ニンバスは、
「もちろん、我々に対しては何かを仕掛けてくることも考えられる」
「そうですぞ」
「団長。……騎士団の方は大丈夫か?」
「結束は固い。少なくとも向こうの息の入った者が来ても、封じ込めることができるくらいには」
「そうか。だが、兄上の陣営は古参貴族らだ。油断はできない。2人も、身の回りには注意してくれ」

 そういうニンバスに2人はもちろんと返事をした。さらに団長のボルテスは、
「奥方様のこともある。殿下の屋敷に少し詰めさせましょうか」
と尋ねた。
 ニンバスの妻パターシャはマグナルド侯の娘で、その警固も充分に考えなくてはならない。

「頼む」というニンバス。パターシャとは恋愛結婚でもあるし、彼女と、その父マグナルド侯のお陰で自らの陣営に新貴族たちが加わっているのだ。
 いわば陣営のシンボル的存在でもあり、狙われる危険性も充分にあった。

「そういえば。お前なら襲撃者の背後を洗うことができるか?」
 ニンバスが尋ねた先には、40歳を越えたくらいの1人の魔道士がいた。帝国魔道士団の副団長のログダートだ。

「たとえリンフォス団長であっても無理でしょうな」
「そうか? こういう探知魔法はお前の方が得意じゃなかったか?」

「それはそうですが、誤情報をつかまされる可能性の方が高いでしょうな。手口を見る限り、相当な手練れのようですから、いかなる手がかりも遺してはいないでしょう」
「……それもそうか」

 3人の会合はつづく。世界を統一した帝国ではあるが、その中央で水面下でうごめいていた争いが、少しずつ表面に出てこようとしていたのだった。

◇◇◇◇
 パティスと再開した次の日、朝起きたら宮殿からの使いが宿に来ており、私は問答無用で宮殿に向かうことになってしまった。

 あの岬で目覚めたときから見えていた都市の尖塔。それが宮殿だった。
 不思議な素材でできている天まで届くような塔。形はあたかも洞窟で地面から伸びる鍾乳石のようでいて、色は乳白色。
 今日は曇天で薄暗いけれど、それが却って宮殿の美しさを際立たせているように見える。

 初めて乗った豪華な馬車。とはいっても馬は魔導ゴーレムだし、神船テーテュースの乗りごこちには劣る。向かいには使いである三ツ目族の女官が座っていた。
 第3の目で私の様子を見ている。なんと話してよいのかわからず、気まずい沈黙が漂っていた。

 王族とか貴族には会ったことがあるけれど、礼儀作法にはまったく自信がない。私の知っているパティスは未来のパティスだし……。

 そんな私の不安を感じ取ったのか、エルベルタと名乗ったその女官は、
「相手を尊重し、丁寧な言動であれば、多少の無作法は問題とされることはありません」
と言ってくれた。

 馬車は宮殿の門をくぐり、そのまま塔の最下層にぽっかり空いた空間へと入っていく。不思議な作りだけれど、あの中に入り口があるようだ。
 あるいは来客専用の入り口か、または通用口なのかも知れない。

 エルベルタさんに案内されるまま、馬車から降り、塔内の転移魔法陣で別の階層に移動する。
 ちなみにフェリシアもアーケロンも一緒だ。

「あそこでお待ちになっております」
 到着したのは、上層部にある庭園だった。
 周囲を透明な壁で覆われているようで景色が良い割に、風が吹き込んでくるような様子もない。

「殿下。ノルン・ハルノ様、ご到着でございます」
「では、こちらに案内をなさい」
「さ、ノルン様」
 エルベルタさんに背中を押されて、私は庭園の中にある石畳の|小径《こみち》を通り、白い円形テーブルを前に、同じく白い椅子に座っているパティスの前に行く。

「そちらに座って」と言われるままにイスに座ると、控えていた侍女が紅茶を出してくれた。

「今日は呼び立てて悪かったわね。未来からのお客人。……あ、いつも向こうの|私《・》にしているような話し方で結構よ。私の未来の孫なんでしょ?」
 そういっていたずらっぽく笑うパティスに、私も微笑み返した。

「ではいつも通りに。――その飾らないところは相変わらずね。やっぱり貴女はパティだわ」
「ぷっ。その呼び名。子供の頃の呼び名よ。……随分久しぶりね。そう呼ばれたのは」
「そう? しつこくそう呼ぶように言っていたけど……。あ、でも未来のことは詳しくは話せないわよ。何に影響するかわからないし」

 今思えば、やっぱりパティは初めから私の事を覚えていたのだろう。
 だからパティと呼ぶようにと、何度も私に言ったんだと思う。あのお茶目さは、きっと昔から変わらないと思う。……なんだか妙に懐かしいや。

「う~ん。それは仕方ないか。でも、あなたは三ツ目族じゃない、わよね? 私、三ツ目族じゃない人と結婚するのか……。いや私の子どもがという線もあるか」
「孫って言ったから気になるのはわかるけど。不正解よ」
「どういうこと?」
「血はつながっていないから」
「それって育ての親のような。……あっ。そうか」

「ええと。多分、考えているのとはまた違うと思う」
「あら。私が考えていることがわかるの?」
「別に心が読めるわけじゃないわよ。でも、あなたの称号の聖女とはまた別っていうか」

 きっと聖女だから、孤児院の面倒も見てて、私がその孤児院出なのだとでも思っているんでしょ?

 自分としてはパティがそう思っていると思って言ったんだけれど、どうやらパティは違うように受け取ったみたいで、血相を抱えて身を乗り出してきた。

「な、なに?」
と引きながら問いかけると、声を潜めて、
「なぜ聖女のことを知っているの? 誰から聞いたの?」

 はて? もしかして秘密だったのだろうか。
 誰からって言われても、私のナビゲーション・スキルなんだけれど……。

「それも未来の私から?」
「ちょっと違うかな。自分では、この世界の傍観者である隠者だって言っていたわよ」
「い、隠者ぁ? いったい何があった、私……」

 呆然とした様子でイスに座り直したパティに、隠者って、そんなにショックを受けることなのかなとも思う。

「パティ? 大丈夫?」
「え、ええ。もちろん。……そういえば、その赤い鳥と水球の海亀は従魔かなにか?」
「ああ、フェリシアとアーケロンね。フェリシアは神鳥になるのかな? 私の|守護者《ガーディアン》。フェニックスだし頼りになるわよ。
 アーケロンの方はこれでも一応、幻獣になるわ」

「……ごめん。今、ほんとに、どういう経緯であなたが私の孫になったのか猛烈に知りたい」
「それは未来のお楽しみってことで」
「ですよね~」

 なんだか楽しくなってきた。この軽快なやり取り。すごく懐かしい。

「なぜ過去に来たの? それに……聖女ってなんだか知ってるの?」
「質問の意味がわかりません」
「あのね」

 いや、別にからかっているわけじゃないんだけれど。だって、自分聖女でしょうに。私も称号見た時はびっくりしたけど。

 パティは少し考え込んで、聖女になった経緯を教えてくれた。そして、兄である皇太子が亡くなったことも。

「ノルン。あなた、私に魔法を教えてくれないかしら」
「え? 私? 私はパティから教わったんだけれど」
「……そのことは考えると頭が痛くなりそうだから止めましょう。でも、あの暗殺者と戦った時、あなた無詠唱でいくつもの魔法を使い分けていたでしょう」

 それはそうだけれど、パティは帝国の姫君なわけで、もっと優秀な人がいると思う。
 それでもパティが言うには、私の魔法は他の人と何かが違う。それに聖女の称号の影響か、私から魔法を教わらないといけないと、彼女の勘がささやいているという。

「いいけど。何だか変な感じ。……それにアーケロンにも教えるから一緒でもいいのかしら?」
「いいわよ。それじゃ宮殿内に部屋を用意させるわね。護衛をしてもらうこともあるかもしれないし、称号のこととかもっと知りたいし」

 え~と、この宮殿に? なんだか緊張しそうだ。
 ……ああ、でも、こうしてパティと話していると、まるで自分が子どもになったみたいで居心地が良いのは確かかな。

 私はその申し出を了承することにした。

◇◇◇◇
 その日の夜。某所。
 暗い室内に数人の男女が集まっている。身なりからは誰もが貴族のようだが、皆一様に目鼻を隠す繊細で|煌《きら》びやかな模様の入った仮面をしており、その正体はわからない。

 どこか退廃的な香が炊かれ、部屋の壁には普段は隠してあるだろう、おどろおどろしい色の魔法陣がタペストリーとなって飾られていた。

 最上座に当たる椅子に座っているでっぷりした男が、
「暗殺は失敗だ」
と一言告げた。

 少しの間を置いて、別の誰かが問いかけた。
「実行犯はどうした?」
「現行犯で捕まったが自害した。たとえ暗殺者個人が判明したとしても、我らにはたどり着けぬよ」
「だが、筆頭魔道士ならば可能ではないか?」
「その心配も無い。すでに手は打ってある」
「……なるほど」

 葉巻をくわえていたドレス姿の女性が、
「それで、計画に変更は?」
 でっぷりした男は、右手をなんでもないというように振ると、
「変更は無い。魔法陣の研究も進んでおる」

 それを聞いた女性は口元をニィッと歪ませた。
「それならいいわ」
「こんな所でしくじるわけにはいかぬ。果てることなき栄光を手にするまではな」

 男がそう言うと、誰もが口元をほころばせる。帝国に混乱を。そして、超常なる力による自分たちの栄光を。

 彼らの脳裏には、その未来がはっきりと描かれていたのだった。

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