11-2 夜
あれから色々と考えたけれど、頭が煮詰まったようになってしまったので、一度、それ以上考えることをやめた。
また明日、少し冷静になってから再び考えた方が良いだろう。
そう結論して、窓から街並みを楽しみながらその日は過ごし、夕方になって家路につく人々や外から帰ってきた冒険者を眺めていた。
混み出す前に1階の食堂に行き、情報収集のために耳を澄ましながら時間を掛けて食事をすることにする。
うぬぼれるわけでは無いけれど、今までの経験から、素顔をさらすと余計な男が近寄ってくるので、食堂ではあるけれどフードをかぶったままでいることにした。
それが却って目立ってしまっている気がするけれど、やがて混み出してくるとあっという間に賑やかになり、端っこに座っている私はその雰囲気の中に埋没していく。
蕩けたチーズがたっぷりとかかった3種類の豆と鶏肉のグリルを肴に、陶器製のカップに注がれた白ワインをいただく。地元で作られたワインらしく少し酸味がきついけれど、それがまたチーズによく合っている。
「――依頼の成功に!」「乾杯!」
そっと背後に広がる食堂内の様子をうかがうと、すでに多くの冒険者が、チームごとに固まってかまびすしく食事をしている。
10人もの大所帯のところもあれば、2人のところも、やはり女性の数は少ないけれど、4割ほどだから極端なほどでもない。それでも魔法職はめっきり少ないようだ。
私の視線に気がついたのが何人か居るけれど、おそらくレンジャー職なのだろう。
女の人の名前が出てきて誰それがどうのと、他愛も無い会話を聞き流していると、宿の扉が開いて4人組の冒険者がやって来た。
それを見た他の冒険者が歓声を上げた。
「よお、クリム! 帰ってきたのか」
「おうよ元気にしてたか?」
先頭のひげ面の男性、30半ばごろか、が破顔して、食堂内の冒険者に挨拶しながら空いているテーブルについた。
そこへ注文も受けずに、女将さんが同行者の人数分のエールを持っていく。
「お帰り、クリム。これは奢りだよ」
礼を言うクリムたち。別の冒険者が自分のコップを持って立ち上がった。
「じゃあ、1ヶ月ぶりのクリムの帰還に乾杯しようぜ!」
それを受けた食堂内のほとんどの冒険者がコップを手に持った。私もワインの入ったコップを手に半身になって振り返る。
音頭を取った冒険者が、
「クリムに!」
と言うと、みんなも「クリムに!」と復唱する。つづいて、
「トランジに!」
「トランジに!」
「栄光あれ!」
「栄光あれ!」
「乾杯!」「乾杯!」
ふふふ。
自分たちのホームを手に入れてからは、ギルドや宿で食事をすることがめっきり減ってしまったせいか、こういう雰囲気が何だか懐かしい。
知らず口もとに笑みを浮かべて、再びカウンターに向き直る。
一段とにぎやかになり始めた食堂内だったが、その中心は今さっき入ってきたクリムたちのチームだった。
その会話を聞いていると、どうやらこのチームは商人の護衛をして、東部連合内の都市まで行ってきたらしい。
「それでよ。まぁたマーレーがよ。ゆきづりの女に入れ込んでよ。まんまとお金を持ってトンズラされやがった」
「はっはははは。ざまぁ! マーレー。ざまぁ!」
「てめぇ、ぶっとばす!」
「はっははは――」
……うん。楽しそうな話題ばかりのようだ。けれど話題は少しずつ戦争の話になり、例の発掘された兵器の話になる。
「俺たちが帰ってくる直前だが――」と前置きしてクリムは言うには、彼らが向こうの都市を出発する直前、義勇兵の募集と同時に騎士団に動員が出されたとのこと。それはつまり、本格的な戦争が近いということだ。
兵器については極秘扱いらしく詳細はわからなかったそうだが、それも当然だろう。もとよりエストリア王国からも西部同盟からも、情報収集のためのスパイが入り込んでいるだろうから、防諜体勢はきちんとしているはずだ。
その話の中で気になったのが、兵器を発見したのはソロの冒険者で、前身鎧を着た大剣の冒険者だということ。
魔物や罠があるだろう遺跡を、ソロで、しかもレンジャーでもない戦士系統の冒険者が探険し、遺産を見つけたなんて。そんなことがあるだろうか。
大きな違和感と嫌な予感がする。……でもまあ全身鎧に大剣の冒険者など、たくさん居るだろうからねぇ。
それから次第にお酒が入ったのか、いよいよ騒がしくなってきたので私は勘定を済ませるとひっそりと部屋に戻った。
防犯のために部屋に結界を張り、外套を脱いでそのままベッドの上に横になる。
ランプを点けていないので部屋は暗い。その暗い部屋で横になりながら、何とはなしに聞こえてくる食堂の喧騒に身を浸していた。
もしこれがシーンとした静けさの中であったなら、余計に孤独を感じて寂しかったかもしれない。そう思うと、この喧騒にも少しは心慰められる。……明日、もう一度クロノの召喚をしてみよう。
そう心に決めて、フェリシアがいるサイドテーブルの方に寝返りを打ち、そっと目を閉じた。
◇◇◇◇
私の眠りは途中で妨げられた。
ぱっと目を開くと、暗闇の中を静けさが漂っている。ナビゲーションで時間を確認すると、深夜2時を回った頃だった。
妙だ。何か心がざわついている。空気もどこか張りつめているような変な感じだ。
意味も無く焦る心のままに身体を起こしたところで、ずっと起きていたフェリシアから、
(やはりマスターも何かを感じ取られていますか……。起こそうかどうか迷っていたのですが)
「フェリシアも?」
ならば勘違いではない。何かが起きる。
そんな確信めいた予感に背中を押されて窓を開けると、月もない暗い夜のなか、街並みの向こうにひっそりと佇む巨大な人影が4つあるのを見つけた。
思わず驚いて声を上げそうになる。気配感知などを常時展開していたけれど、さすがにあそこまでは距離を広げてはいなかった。
あれはゴーレム? 見かけ倒しで無ければ、凄まじい魔法の使い手だ。
町を前にした巨人のような4体の人影。その異様な光景に、慌ててハルバードを手に取ったところで、そのゴーレムから巨大な火の魔法が放たれた。
「なっ」
まっすぐに飛んできた巨大な火球が、町の真ん中に落ちて爆発した。
ドオオオンという音とともに衝撃が走り抜け、不吉な炎の赤と黒々とした煙が立ちのぼっていく。
驚いた人々が外に飛び出て何事かと騒いでいる時に、第2撃めの魔法が放たれた。
――いけない!
思わず広範囲の結界で町を覆い、火球による攻撃を防ぐと、夜空に赤い爆炎がぶわっと広がった。人々がそれを見上げて硬直していた。
遅れて警報の鐘が鳴り響く。次の瞬間、人々はまるで暴動が起きたかのように走り出す。怒号と悲鳴とで、あっという間に町は混乱のどん底に突き落とされた。
ゴーレムは魔法攻撃を諦めたのか、町に向かってゆっくりと歩き出している。囲んでいる外壁も、ゴーレムの腰ぐらいまでしかないが、どこまで耐えられるだろうか。
いずれにしろ、これはまずいわ。あのゴーレムと戦える冒険者が、この小さな町にどれくらいいるというのか。
部屋の中に置いてある自分の荷物をすぐさまアイテムボックスにしまい、私は窓から外に飛び降りた。
すでに警備隊らしき人たちが動き出していて、ゴーレムが接近しつつある方へと向かっているようだ。
走って避難する人々を避けながら、私もゴーレムが来る方へ急いだ。
すでに外壁は壊されていて、3体のゴーレムが中に入り込んでいる。1体は外で待機しているようだ。ゴーレムはあたかも積み木を崩すように、その巨体を活かして周囲の建物を破壊している。
突然、その胸が光った。魔力の高まりを感じたと思ったら、20本の魔法の矢がゴーレムから放たれた。
さっきの魔法攻撃もそうだけれど、普通のゴーレムではない。魔法を放つゴーレムなんて、いったいどれくらい大きな魔力貯蔵装置を備えているのだろうか。
身体は鉄でできているようだけれど、まるで儀典に出席する騎士の様なお洒落なデザインの全身鎧のような姿をしている。正直、見たことがない。
警備隊がいくつかに分かれ、建物の陰を利用してゴーレムに接近し、その巨体に縄を掛けて動きを制限しようと懸命に戦っている。
さらに数少ない魔法使いが魔法を放つが、ダメージは与えられていないようだ。
「――くそ! 一時撤退だ!」
指揮官らしき男性が叫び、戦っていた警備隊が蜘蛛の巣を散らすようにゴーレムから離れて近くの建物の陰に走り込んでいく。
「フリージング・ワールド」
あのゴーレムを即座に破壊するような魔法は、町にも大きな被害が出てしまうし、あまりにも目立ちすぎてしまう。せいぜい、上位魔法使いが使うような魔法に留めておくべき。
そうは思って放った魔法だけれど、忽ちのうちに下半身が氷漬けになったゴーレムを見ると、これでもやり過ぎてしまったかもしれないと少し反省する。
しかしゴーレムはまだ2体いる。次のゴーレムの所ヘ――と思ったその時だった。
凍りつかせたゴーレムの身体が急に振動し始めた。見る見るうちにその振動は大きくなり、動きを封じていた氷が砕け散って破片が地面にこぼれ落ちていく。けれどもゴーレムの振動は止まらない。
な、なにこれ?
焦ったままで再び凍りつかせようと思った時、唐突に振動が止まった。次の瞬間、危機感知がけたたましく頭の中で警鐘を鳴らす。フェリシアが目の前に飛んできて、守ってくれるかのように翼を広げた。
――なにかマズい!
反射的に結界を張ると、ほぼ同時に爆風が私を襲った。
コォーー、ゴゴゴゴゴと凄まじい音を立てて、結界にものすごい圧力が加わっている。
魔力を込めて結界を強化しながら耐え、爆風が吹き抜けた後、ゴーレムは跡形もなく無くなっていた。
目の前の光景に思わずぽかんとしてしまった。ゴーレムがいた場所には大きなクレーターができ、さらに町の外壁まで、広範囲にわたって町が瓦礫と化していた。
自爆攻撃。
体内に貯蓄していた魔力を暴走させたのだろうけど、凄まじい威力だ。進撃していた他のゴーレムも、吹き飛ばされて倒れ込んでいるようだが、それでも無傷らしく起き上がろうとしていた。
その時、自爆したゴーレムの爆心地に誰かがいた。いつのまに現れたのかすら気がつかなかったけれど、それも当然かもしれない。
だって忘れもしない、あの全身鎧の大剣使いは天災ゴルダンなのだから。
「ほう。自爆か……」
興味深そうにそうつぶやいたゴルダンがこっちを見た。私を見たゴルダンがぴくりと大げさに反応した。「貴様は何者だ?」
この時代の奴が、私を知らないのは当然だろう。
「私はノルン・エスタ・ハルノ。――別に覚えて貰わなくて結構よ。天災ゴルダン」
「俺を知っている? お前、ただの人間じゃ無いな? 長命種か?」
「さあね」
「こいつを破壊したのもお前だな?」
「勝手に自爆しただけでしょう?」
「ふふ。はははは。そうか。確かに勝手に自爆しただけだろうな。
戦争をけしかけるのに飽きてきていたが……。面白いぞ、お前」
急に奴の気配が重くなる。密度が濃くなるといえばいいか……。ここでやるつもり?
ゴルダンは腕を組んで、何かを探るように見つめている。
「ふむぅ。だがお前のことは初めて見る。人化した竜王でもない、3柱の神でもないしな……。それにその身に潜む力は神力。マジで何者だ?」
やはり私の力のことはわかるのね。
「何のことかしら」とはぐらかすように答えると、ゴルダンは大剣を抜いて構えた。
「異世界の神だな、お前は。答えろ。何をしに降臨した?」
どうやら|封印解除《リミツト・ブレイク》したらしく、奴の体を黒い神力がオーラのように包み込んだ。
見えない圧力が私を飲みこもうと押し寄せてくる。咄嗟に私も封印解除しようとした時、突然足元に魔法陣が現れた。
途端に周囲の光景が縦に引き伸ばされたようにゆがんでいく。その視界の向こうでゴルダンが構えを解いたのがわかった。
「その魔法陣。……なるほどな。そういうことか」
奴のそのつぶやきが聞こえた瞬間、私はどこかに転移した。