12-10 終末戦争に向けて

 窓から見えるアルの街は、かつてのエビルトレント事件の時のような殺伐とした雰囲気になっている。昼間だというのに、道行く人々の表情は暗く、どこかおびえた様子だった。

 それも無理はないだろう。何しろ空の色が紫になるという異変が起きてから、考えられないような異常事態がこの世界を襲い、否応なくこの先に自分たちも死ぬことになるだろうと想像がつくのだから。

 とはいえ、俺たちはデウマキナ山脈から戻ってきたばかりで、このあとギルドや修道院に行って詳しい状況を聞かせてもらう予定にしていた。

「あー、もう! 次から次へと、少しはゆっくりさせて!」
 珍しくノルンのいらだった声に振り変えると、武装した格好のままでダイニングのテーブルに突っ伏しているノルンとサクラとヘレンの姿があった。

「ですねー」
と突っ伏したまま力なくサクラが同意し、ヘレンがゴロンとこっちに顔を向けて、
「ジュン~、ジュン~、エリクサーちょうだい」
「ないよ、そんなもの」

 するとリビングスペースにいるシエラから、
「あ、そういえば実家にあった|竜の血《ドラゴン・ブラッド》ならありますよ」

 いやいや。あれは未加工だし、スッポンじゃあるまいし……。
 案の定、エリクサーを所望したヘレンも「血はいやぁ」とつぶやいて、顔の向きを反対側に変えた。

 さすがにここまで戦いずくめだった影響が出ているか。

 苦笑しながらリビングスペースの方を見ると、シエラが苦笑していた。
「まあまあ、仕方ないですよ。終わった後もゆっくりできませんでしたし……」

 仇討ちを終えて、どこがどうとはいえないが、シエラの雰囲気が変わったように思う。すべての竜王の試練を乗り越えたせいもあるのか、どことなく落ち着いた大人のような雰囲気になっている。
 その向かい側では人魚族のセレンが長い足を組んで、優雅に紅茶を飲んでいた。

 ちなみにハイエルフのカレンは、別室でテイム獣たちにブラシを掛けているはずだ。

 久しぶりのホームだからなぁ……。早めにギルドや修道院に行きたいが、もう少しだけゆっくりするか。
 そう思いながら、あれからのことを俺は思い返していた。

◇◇◇◇
 仇討ちを終えたシエラを連れて、竜の聖地に戻った俺たちを、竜人族の人たちとともに神竜王バハムートさまと風竜王タイフーンさまが出迎えてくれた。

 さっそく2人の竜王に仇討ちの報告をするシエラに、
「よくやったぞ。シエラよ」
とバハムートさまから声を掛けられたが、続く言葉には驚いた。
「お前たちのお陰で残る天災はゴルダン1人となったが、終末の時もまた、すぐそこまで来ている」

 その終末を防ぐためにも、俺たちはゴルダンを倒さねばならない。こんな風に穴だらけになった世界を元通りにする方法があるのかどうかも探さないといけないが、こっちはまあ、シンさんを探せばどうにかなるだろう。……何しろ創造神なんだから。

「……我らはゆかねばならぬ所がある。お前たちはアルへ急ぎ帰還せよ。使命はまだ終わってはいない。聖女ローレンツィーナに会うがいい」

 アルへと?
 そうか。ゴルダンの居場所は、きっと聖女ローレンツィーナさまが知っているのだろう。

 了承の返事をするや、そのままホバリングするように上空に浮き上がる2人の竜王様は、俺たちや人々が見守るなかを、「また会おう」の一言を残していずこかへと飛んで行った。

 竜王たちが行かなければならない場所、か……。

 ともあれ、それから族長のトルメクさんたちにも報告をし、俺たちはテーテュースを呼び出して竜の聖地を出発したのだった。
 なんでも竜人族の人たちは、このまま竜の聖地に留まるよう命令が下っているようで、竜王さまたちが戻るまでは、そこで待機するらしい。
 すべて終わったら、またゆっくりとお墓参りに行くことにしよう。

 そんなわけでアルの街に戻ってきたわけだが、街に入る時に門番の兵士から厳戒態勢になっていることを聞いて驚いた。中に入ると、たしかにどこか物々しい雰囲気で、俺としてはまっすぐギルドに行って情報を入手したかったんだが、みんなの希望を聞いて、先にホームに戻ってきたというわけだ。

 カレンがダイニングに戻ってきたところで、
「みんな疲れているようだから、俺一人で行ってこようか?」
と声をかけると、なぜか全員がガバッと顔をこちらに向けて、
「「全員一緒です!」」
と異口同音に言われた。
 その勢いにちょっとビビったが、考えてみたら、しばらくみんなと離れ離れになって歴史の彼方に飛ばされていたわけで、しばらくはどこに行くにも全員でという気持ちも、まあわからないではない。
 ……いや、みんなの気持ちをもっと慮るべきだったか。

 けれど、俺の一言で置いていかれてはマズイと思ったのか、みんな立ち上がり、休憩はそこまでとなった。玄関の鍵をかけて、まずはギルドへ、そしてその次は修道院へと向かうことに。

 歩きなれた通り。いつしか見慣れてしまった紫色の空。いつもよりも兵士の数が多いようだが、防犯のための巡回をしているわけではないようで、忙しそうにどこかに向かって足早に歩いていっている。

 ようやくギルドの建物が見えてきて、さっそく中に入ると、夕方が近いということもあってか、思いのほか多くの冒険者がいた。

「あら? ジュンさん?」

 受付から声をかけてきたのはエミリーさんだ。一時は俺と付き合っているという根も葉もない噂が流れて、ひどい目に遭ったが、あの表情は少しやつれているか。
 隣にはいつものように、もう1人の麗しの受付嬢マリナさんがいて、並んでいる冒険者の用件をさばいていた。
 エミリーさんの前にも列ができていたが、その人たちには「ちょっと待って」と言うや、俺に向かって、
「悪いけど、今ギルマスを呼んでくるから、そこで待ってて」
と言い、そのまま奥の部屋へと足早に向かっていった。

 並んでいた冒険者の恨めしそうな視線に、両手を合わせ、
「すまん。俺たちも久しぶりに帰還して、何が何だかわかっていないんだ」
と言うと、顔見知りの奴らが片手をあげて、気にするなとハンドサインをしてくれた。

 すぐに奥の通路からギルマスであるエルフのアリスさんがやってきた。
「ランクAチームのハーレ、じゃなかった、ステラポラリスはこっちに来てくれ」

 ……おいおい。ギルマスまでがチーム名を言い間違いそうになるとは。隣にいるエミリーさんが吹き出しているじゃないか。
 クール美人であるギルマスに思わずジトっとした目を向けそうになるが、肝心の相手が気にしていないようなのでため息をつきつつ、ギルマスの後ろに続いて会議室に向かった。

 会議室に入ると椅子をすすめられ、すぐに、
「帰還が遅くなったのはまあいい。――で、現在の状況をどこまで知っている?」
と言ってくるギルマスに、
「世界のあちこちの国が消滅しているということくらいです」
「ほう。……では、ウルクンツル帝国とも連絡が取れなくなっていることは?」
「え? ウルクンツルも?」
「そうだ。皇太子カール殿下とセシリア殿下、そしてその妹姫トリス殿下は、無事にエストリアに脱出されている。フェンリル騎士団は剣聖ザルバック殿といくつかの部隊は絶望的とは思われるが、その大部分はカール殿下とともにエストリアに来ている」

 そんな馬鹿なとは言わない。あり得ないことではないからだ。だが……、そうかウルクンツルもか。デウマキナ山脈とも国土が接しているが、ずっと雲が立ち込めていたからな……。

「アーク、ゾヒテに続いて、ウルクンツルも消滅、か」
 そうつぶやく俺に、ギルマスは眉をしかめ、
「そうか。やはりウルクンツルも、アークも、ゾヒテも、エストリア国内の消え去った町のようになったんだな? ルーネシアも連絡が取れないが、何か知っているか?」
「アークとゾヒテは消滅しました。ルーネシアはわかりません。うまく言えないんですが、空間ごと切り取られたというか、何にもない別の空間が口を開けているような状態ですね。そういった情報は入っていなかったんですか?」
「ああ。長距離連絡用の魔道具の反応がなくなったから、何らかの異常が起きたと考えられていたんだが、フェンリル騎士団からもたらされたウルクンツルの状況から、同じような状態になったのかもしれないとは思っていた」

 アリスさんは、ハイエルフのカレンを見た。
「姫もお辛いでしょう」

 エルフであるアリスさんにとって、ハイエルフのカレンは王族のようなもの。そして、ゾヒテが消滅したということは、世界樹も消滅したということを意味するのだから、予想はしていたとしてもアリスさん自身もショックを受けているはずだ。
 カレンはうなずいて、
「ですが、私は世界樹の種を託されています。だからまだ、終わりではありません」
と言う。世界樹の巫女としての言葉は、その責任感からか、ひどく大人びて聞こえた。

 うなずきかえしていたアリスさんだったが、表情を再び引き締めると、
「ウルクンツル帝国から皇太子カール殿下たちが脱出する際に、不気味な漆黒の鎧に身を包んだ騎士の軍隊と、ウルフ系、人鬼系を主体とする全身真っ黒な魔物の群れに追撃されたそうだ」

 それはカオスレギオンだ。間違いない。とすれば、召喚したのは天災ゴルダンだろう。
 ……そうか。俺たちがデウマキナにいる間に、奴はウルクンツルに出没していたのか。

 アリスさんの説明は続く、
「ヴァージ大森林を抜けたところで、ゾディアック騎士団が砦と防壁を作り、その追撃を防いだらしいが、その時、何者かによる強烈な遠距離攻撃によって防壁の一部が大破したという」
 驚いた様子を見せない俺たちを見て、アリスさんはふむと言うと、
「追撃者たちの集団は、その攻撃の後できれいさっぱりと姿を消したらしいが、その防壁にメッセージが書かれていた」
「メッセージ?」
「ああ。――30日後、メギドの地にて邪神の軍勢は現れん」
「メギドの地」
「古い地名だ。現在の地図でいえば、王国北西部。ヴァージ大森林から王都エストリアに向かう途中にある広い荒野に当たる」

 そういわれてみると、俺たちもウルクンツルに行ったことがあるから、だいたいの場所はわかる。たしかに荒涼とした平地であったが、あそこに邪神の軍勢が現れるとしたら王都が危ないだろうな。

「現在、ギルドの長距離連絡網を駆使しても、連絡が通じる大国は我が国のほかには無い。おそらく30日後に現れる邪神の軍勢との戦いに敗れれば、我が国も消滅することになろう。
 ――それはつまり、人類が滅亡するということ。もしくはこの世界が滅びることを意味する」

 つまり、そのメッセージは予告であり、終末戦争にそなえろということ。天災のゴルダンの性格を考えると、考えうる最強の軍勢を用意して戦えということか。
 そして、それは俺たちに対するメッセージでもある。そこで雌雄を決しようというのだろう。……ゴルダンめ。

「決して引くわけにはいかん。エストリア王国は全騎士団の出動を命じ、我ら冒険者ギルドもランクC以上の全冒険者に強制依頼を出すことを決定した。騎士団の指揮下に入り、我らも戦う。――もし依頼を受けないというのであればギルドから除名する。できればランクAの君たちには引き受けてもらいたいが」
「わかっています。俺たちにも戦う理由がある。引き受けますよ」
「食料や移動の足はこちらで用意する。野営道具は普段自分たちが使っているものを使え。騎士が使っている量産用の武具でよければ支給しよう。期間中、騎士団が用意した医師団にも診てもらえる。ポーションも一定量を支給してもらえるようになっている」
「了解です」

 ようは騎士団員と同じ扱いということだろう。ほとんど問題はないが、騎士団の指揮下に入るということは自由が利かない可能性が高い。……だが、まず問題にはならないだろう。奴の目的は戦いを楽しむことだから、どのタイミングかはわからないが、必ず俺たちと戦おうと向こうからやってくるはずだ。

「集合は5日後の朝、街の西門の外に集合。詳しくはエミリーにでもマリナでも確認してくれ」
「はい」
「君たちは、うちの所嘱の冒険者の中でも随分と活動範囲が広い。さっき言った戦う理由については聞かないが、何か要望などはあるかね?」
「さて……、俺は特にないですが、みんなからは何かある?」

 すると、ノルンが、
「私たちはチーム単位で活動します。現地で分散することは認めません」
「そうか。聖女の弟子殿には医療チームに入ってほしかったが……」
 そういうギルマスに、ヘレンは首を横に振った。
「駄目ですね。うちはこのメンバーがいてこそ、戦う時に真価を発揮するから」
「確かに連携が確立しているならば、それを崩せばバランスも悪くなるか……、よしわかった。それは守ることにしよう」

 さすがはノルンだ。それは確約してもらわないといけない。
 他に要望はないかと尋ねるアリスさんに、みんなからももう無いようだったので、ギルマスの要件はそれで終わった。

 ギルドホールに戻ると、マリナさんもエミリーさんも受付の応対をしながらこちらを見たので、軽く手を挙げて挨拶がわりとして俺たちは外に出た。
 5日後に出発。メギドの地にて人類の存亡を賭けた戦い。
 アークで戦ったときには、俺の本気は奴には通じなかった。レベル7剣技ディメンション・ブレイドの使い手。
 あれから過去に飛び新たな聖石の力を手に入れたが、そんな貰いものの力だけでは奴は倒せないだろう。俺は拳をギュッと握った。
 もっと技が、もっと修練が、もっと覚悟が必要だ。

 だが、次は奴を倒す。何が何でも奴を倒す。メギドの地での戦いは、絶対に負けられないのだ。

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