12-11 修道院

 修道院では中に入れなかった人々が外にあふれていて、誰もがみな女神トリスティアに祈りをささげていた。
 やはりこんな異常事態だ。しかもメギドでの戦いの話も広まっているのだろう。亡びを前にしては、神様に祈らずにはいられないだろう。

 しかしこれでは正面から入ることは困難なので、ヘレンの案内で裏口から入ることにした。
 表とは違って静かな廊下を歩いて聖女ローレンツィーナさまの部屋にたどり着くと、ヘレンがドアをノックして、
「院長様。ヘレンです。よろしいですか?」
と声をかけると、ドアがガチャリと開いて、中から次代の聖女である少女クラウディアが顔を出した。
「お待ちしていました。どうぞ中へー」
「お邪魔します」
と言って、クラウディアの頭を撫でながらヘレンが中に入り、俺たちもそれに続く。

 部屋の中では窓際に立っていたローレンツィーナさまが、いつものように柔らかい笑みを浮かべて俺たちを迎え入れてくれた。
「お待ちしていましたよ。――とうとう神の一員へと昇られましたね」
「よくご存じで」
 驚いたけれど、この方ならお見通しであっても不思議はないか。

 ローレンツィーナは、そばに来たクラウディアの頭を撫でて、ちらりとヘレンを見る。
「あなたも昔はこんな風だったのにねぇ」
「院長さま。クラウディアも充分お転婆だと思いますよ」
「いや、だから貴女もそうだったでしょ。それなのに今は人妻、いや眷属神ですものねぇ」
「……返答に困ります」

 ヘレンのその返事に、ローレンツィーナさまとクラウディアは2人して笑った。
「さてと、それじゃあ、これからとある場所へと案内しましょうかね」

 その言葉にヘレンを見るが、首を横に振っているので彼女にもどこのことかわからないようだ。
「ふふふ。いかにヘレンでも知らない場所です。当代の聖女のみが知っている聖域ですが、今、そこに貴方たちを連れて行かねばなりません」

 聖女のみが知っている聖域。それがこのアルの街に?
 戸惑っている俺をよそに、ローレンツィーナさまはクラウディアと手をつなぎながら、ドアの方へと歩いていったので、俺たちもそれについていった。

 途中、廊下を進みながら、前を行くローレンツィーナさまから、
「来るときは驚いたでしょう」
「ええ。まさかこんなに多くの人が詰めかけているとは思いもしませんでした」
 そう言うと、前からくすりと笑ったような気配が伝わってくる。
「年始などでもなければ、これほど多くの人々が修道院に来ることはありませんからね。……ですが、どの人々も必死なのです。こういう危機の時には神にすがりたくなるものなのでしょう」
「その気持ちはわかりますよ。お二人はいつもどおりのように落ち着いているみたいですが」
 クラウディアがくるりと振り向いた。
「だって、怖くないもの」
「え?」

 思いがけない返事に、ちょっと言葉が出てこない。少しの間が空いて、院長さまが、
「人はいつか必ず死ぬが定め。
 神はしかし、定命ではありません。大きな力を持ち、人々を、あらゆる生きとし生けるものを慈しむ者。そのような神である故に、人々は感謝の祈りを捧げるのです」

 なんだ? いったい院長さまは何の話をしようとしているのだろうか。……何か大切な話ということはわかる。それに、どうやら、この方には俺たちに見えないものが見えているようだ。
 ……種族が神になったとはいえ、俺たちには過去を見る力もなければ、未来を見通す力もない。だがそうか。そんな俺たちに、何かの道を示そうとされているのか。

「――同時に神には権能による定められた限界があります。もっとも創造神さまならば、世界そのものであり、限界もないでしょうが」

 それっきり口を閉ざした院長さま。やはりこの方は何か知っていると確信したが、だが今おっしゃられたことの意図がどこにあるのかがわからない。
 思考の海に、1人、潜り込んでいると、再びクラウディアが振り向いた。
「つまりね。今の、終末だっけ? それはね。怖いことじゃないんだ」

 いや、余計にわからないから。
 そうは思ったものの、この子も院長さまと同じだ。さすがは次代の聖女といったところか。

「さて、入り口につきましたよ」
 院長さまが足を止めたのは、修道院の図書室だった。
 さっそく中に入り、さらに奥に進んでいくと本の閲覧スペースがあった。その壁にリビングボードのような石の台座が設えてあり、そこに少女姿の天使の像が祀られていた。
 短く祈りを捧げる院長さまとクラウディアに倣って、俺たちも祈りを捧げる。

 振り向いた院長さまはいたずらっぽく微笑んで、
「ジュンさんならば、この像に見覚えがあるのではないですか?」
と質問してきた。よく見てみるが、たしかにどこかで見覚えがあるようでもあるし、無いようでもある。
 その時、ふと、ノルンの肩の定位置にいるフェリシアの、
(あの像は……)
というつぶやきが念話で伝わってきた。
「フェリシアは知っているのか?」
と問いかけた時に思い出した。そういえばヴァルガンド創世期にいたあの少女がそうだ。

 そうか。これは女神トリスティアの像だ。大聖堂にある大人の女性の姿のではなく、本当の女神の姿を、ここの修道院ではきちんと伝えているということか。

 そんなことを考えている俺をよそにして、聖女様がその像の足元にある台座のシンボルマークに手をかけてクルリと右に回した。そして何かを小さくつぶやいた。
 すると足元から何かが動く音が聞こえ、台座の下の床に地下へと降りていく階段が現れた。

 ヘレンの驚きで固まっている。
「こんな仕掛けがここにあったなんて……」
 この修道院で修道女として暮らしてきた彼女にとっては、驚天動地の光景なのだろう。

 ノルンが光明の魔法を唱え、俺たちは再び院長さまの後に続いてその階段に足を踏み出した。

 それほど長い階段ではなかったが、その終着点は天然の洞窟のようになっており、さらに奥に人口の小部屋が作られていた。
 部屋に入って驚いた。

 その部屋の中央にある台座の上に輝いているのは、見覚えのある八角の聖石だったのだ。
「これは!」
 よく見ると、その聖石の前に、上の台座にあったのと同じ翼をもつ少女の像が安置されている。
 院長様とクラウディアがその台座の前で振り向いた。

「この少女のような御姿こそ、地神トリスティアさまの本当の御姿なのです」
「……え、ええー!」
 まっさきに驚きの声を挙げたのはヘレンだった。

 いや、さっきの少女像の姿が本当の姿だよ。

 院長さまが驚いているヘレンを見てクスクスと笑い、俺たちに説明してくれた。
「あの神像は、トリスティアさまからあのような御姿で作るように内々に神託があって、それで作り上げたものです」

 そんな見栄を張るような女神がいるのかと思ったが、よく考えたら何らかの意図があるのかも知れない。たとえば、人々の尊敬を受けるのには大人の姿の方が良いだろうと判断されたとか。

 ……いや、それはないか。
 自分で深読みして、自分で否定する。
 なにしろ海神セルレイオスなども、非常に人間味あふれる神だったわけだし、単純に見栄を張るために作らせても不思議はない。

 その時、院長さまの隣に急に光が集まりだし、すっとほっそりした女性が姿を現した。長い金色の髪。この気配は精霊か。
 サクラがその姿を見て、
「あっ、メーテルさんです。光の精霊の」
と教えてくれた。

 光の精霊。最後の精霊だ。メーテルはサクラを見て、
「ああ、あの時の」と言いつつも、その視線を俺とノルンに向けた。
「あの時はクロノの代理でしたが、今はトリスティアさまから命じられて、この場に顕現しました。――若き神よ。あなたたちは最後の聖石を取り込み、その力を自らのものとしなければなりません」

 聖石を見たときから、そうなるとは思っていたが、女神トリスティアの意図が見えない。けれども、これからゴルダンと戦わねばならない俺たちにとって、この聖石の力を手に入れることは願ってもないことだ。

「行きましょう。ジュン」
「ああ」

 院長さまとクラウとメーテルが壁際に寄った後で、俺は聖石を挟んでノルンと向かい合って立った。

 目の前の聖石は天地海3柱の神の最後の1柱のもの。もし聖石に属性があるのなら大地属性ということになるだろうか。

 封印解除、神力解放。

 たちまち湧き出てくる神力の放出を押さえ、体内に循環させる。ヘレンやサクラたちにも神力が流れていくが、今はそちらに意識を向けないようにして目の前の聖石とノルンを見た。
 ノルンの方もすでに準備はできている。アイコンタクトでうなずき合って、神力で聖石に触れた。

 パスがつながったと思ったら、聖石の持つ力が勢いよく流れ込んできた。その力を身体全体に馴染ませるように循環させ、ノルンの方へと流していく。聖石から俺へ、俺からノルンへ、ノルンから俺へ。神力の流れが光の流れとなり輪を作る。

 今までと同じようなつもりで聖石の力を吸収しているうちに、認識できる感覚が広がっていくのがわかった。思念の中で微細な何かが見えるような、五感とは違う別の感覚器官がそなわっていることに気がついたかのような不思議な感覚だ。

 やがて世界と自身との境界が曖昧になっていき、周囲の空気や事物から自分自身の気配が感じられ、自分の中にもあらゆる世界があるように感じられる。遍満する自我は世界でもある。……グラナダとの戦いでも感じたこの不思議な感覚。

 ――ピコーン。
 陸・海・空の聖石の融合を確認しました。

 ナビゲーションが何かを教えてくれる。

 ――3柱の神の力が揃ったことにより、創造神への道が開かれました。

「……うん?」
 創造神への道? ちょっと何を言っているのかわからないな。だが、それでも以前とは違う。それはわかる。
 手をグーパーグーパーして調子を見る。身体の感覚も少し変わった気がする。どこかで慣らした方が良いかもしれない。

 そんなことを1人でやっていると、院長さまが、
「すべての準備は整いました。
 これから貴方たち2人の役目は重大です。ですが……、ヘレンたちもいますし、まあ心配はいらないでしょう」
「はい。任せて下さい。必ずやゴルダンを倒し、たとえ邪神が降臨しようとも、諦めずに勝利をもぎ取って見せます」

 クラウディアが院長さまに向かって、どうする? と言いたげな表情になったが、院長さまは微笑み返し、それから俺たちに言った。
「その時になれば、おのずと自らの|為《な》すべきことがわかるでしょう。世界の理を乗り越えられるのは人の意志。人の持つ可能性こそが必要なのです。そのことを|努努《ゆめゆめ》お忘れなきように」
「はい。院長さま、ありがとうございました」

 いつの間にか光精霊のメーテルは元の精霊界に戻っていったようで、姿を消していた。トリスティアさまにお礼を伝えてもらうことはできなかったが、クラウディアが祈ればいいのよと言うので、目の前の少女の姿のトリスティアさまに祈り、俺たちは秘密の通路を戻った。

 院長さまの部屋に戻り、メギドの地での戦いに参加すること。その出発が5日後であることを伝え、俺たちは修道院を辞したのだった。

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