12-12 メギドの地

 アルの街を、総勢400人の冒険者が馬車に分乗し、一路メギドの地を目指して出発した。
 途中、王都エストリアで物資の補充と1日だけ自由休憩があり、再び街道を西へ。王都の冒険者はとっくに出発しているらしい。
 そしてさらに2日目の夜、俺たちはメギドまであと2日の位置にいて、街道脇で野宿をしていた。
 これだけの冒険者が揃っているため、夜警は持ち回りではあるが、魔物の襲撃はほとんどない。

 いくつもの馬車が街道沿いに並び、その馬車に乗っていた冒険者たちが同じ焚火を囲んでいる。
 ギルドで用意された馬車はそれなりの大きさであったが、俺たちのチームは7人と人数が多いこともあって、俺たちのチームだけで1台の馬車を占有している。2人とか3人などの人数が少ないところは複数が集まって1台の馬車に割り当てられたらしい。

 配給された食料は、今のところ調理済みのものではなく食材そのものであったので、各自が自由に調理している。ただしメギドの陣地に合流したら調理済みのものが配給されることになるとのことだ。
 食事が終わると時間が空く。周囲がまだ明るいうちにと、簡単な戦闘訓練を行っているチームもいれば、配給されたお酒か自前のお酒を飲んでいる者も多い。

 同期のトーマスたちのチーム「草原を渡る風」はランクCの上位にまで来ていたが、離れたところの馬車に乗っている。休憩時間とかに偶に遊びにやってくるが、彼らも随分と成長し、すっかりベテラン冒険者となっていた。

 食後、焚火を利用してお湯を沸かし、そのお湯でノルンがハーブティーを淹れてくれた。みんな輪になって、カップに口をつけながらおしゃべりをしている。それを眺めながら、これからのことを少し考える。

 俺たちが過去を放浪していた間に、アーケロンから伝えられた初代聖女が受けたという預言がある。

 ――天より6人の災いが訪れ、世界を乱すとき、外の世界に封じられし邪神が降り立つであろう。
 何ものもその破壊に抗うことかなわず。なぜならば邪神は、創造と破壊の神なる故なり。

 1人目の天使は海で目覚める。
 2人目の天使は黒き龍となり空を翔ける。
 3人目の天使は双剣で大地を切り裂く。
 4人目の天使は炎の巨人となって世界を焼きつくさんとす。
 5人目の天使は終わりを告げるラッパを鳴らし、
 6人目の天使はその巨大な剣にてこの世界の礎を砕く。

 初代聖女、つまりパティスさんが創造神であるシンさんから受けた預言だ。おそらく1人目の天使は大海溝アハティオーラで倒したフォラスのことだろう。黒き龍はピレト、双剣の天使はモルド、炎の巨人はベリアス。5人目のラッパの天使はよくわからないが、シエラの倒したグラナダに間違いないだろう。
 残るは6人目の天使、巨大な剣を持つゴルダン。だが、すでに邪神もこの世界のどこかに降臨しているという。今は、いずこにいるのかわからないが、完全体に近づいているはずだ。
 創造と破壊の神。何ものもその破壊に抗うことかなわず――。果たして、俺たちはゴルダンを倒し、さらにその邪神を倒すか追放するか封印するか、できるのだろうか。

 だが……、負けるわけにはいかない。今のヴァルガンドにどれくらいの人々が生き残っているのかわからないが、俺たちは負けるわけにはいかない。
 おそらくだけれど、俺とノルンが聖石の力を授かってきたのも、きっと邪神に対抗するためだろう。ならば神々のその判断を信じるしかない。信じるしかないだろう。

 ……駄目だな。どうやら不安になっているようだ。
 だいたい姿かたちも見たことがない邪神がいわばラスボスなわけで、今のところはどう戦えばいいのかもまったく判断ができない。それでいて戦いはやり直しがきかない。きっとそれも不安の原因なのだろう。

「――――ジュン」
 呼びかけられる声に我に返ると、みんなが俺を見ていた。「あ、すまん。考えごとをしていた」

「まったくしょうがないわねぇ」とヘレンが呆れたように言い、
「院長さまがあれだけ落ち着いておられたんだから大丈夫よ」
と断言する。

 それはそうなんだがな。それでも不安なものは不安なわけで。

 竪琴を撫でていたセレンが、
「今ね。話していたのは、貴方とノルンは聖石を取り込む時に神力を2人のなかでグルグル回していたでしょ?
 あれを私たち全員でやる訓練をした方がいいんじゃないかって話をしていたのよ」
「いや、あれは。……だって神力だぞ。こんなところで封印解除したら」
と言い淀む俺にサクラが、
「マスター。それはわかっているので、とりあえず魔力で訓練したらいいんじゃないかって話してたんです」
「魔力で?」と言いながらセレンを見ると、こくりとうなずいた。

「たしかに、複数人で1つの魔法を完成させる儀式魔法ってのがあると聞くな」
 ところがシエラが、
「なんでもあれとは違うやり方だそうです」
「違うやり方?」
 説明してくれたのはノルンだった。
「儀式魔法は、専用の魔法陣にそれぞれが魔力を充填して発動させるの。けれど、あの循環させる感覚はそれとは違うわ」
「なるほど。やってみるか」

 左隣のカレンが俺の左手をすっと取り、右手は右隣のノルンの左手とつなぐ。それぞれが隣の人と手をつないで、焚火を囲んでサークルとなる。

「で、どうする? 一斉に魔力をというわけにもいかないだろ?」
 ノルンが、
「それもそうね。じゃあ、私からジュンへ、ジュンからカレンへと魔力を流していきましょうか」
と言う。
 すぐに右手を通じてノルンの魔力が流れて来たので、それを自分の体の中で循環させてから、俺の魔力を少し載せて左手からカレンに流す。

「わっ。これですね」
と声を上げたカレンに、ノルンが、
「魔力を感じたら、それを自分の体の隅々まで流して、それから自分の魔力を載せて次の人へ流す感覚でやってみて」
とアドバイスした。

 はいと言いながら、カレンが目を閉じて集中し、少ししてからその左隣のシエラが、
「あ、きました」
と言った。

 魔力視でカレンを見ると、どうやらうまくできているようだ。今までも魔力でさんざん身体強化を行ってきたこともあり、シエラもうまくできている。
 結果、サクラ、ヘレン、セレンとめぐってノルンにまで届き、魔力が一巡した。

 なんだかいろんな力が混ざって、溶け合って不思議な感覚になる。
 ノルンが、
「じゃあ、流れの方向は変えずに、それぞれが少しずつ魔力の量を増やして」
「いきなりで大丈夫か?」
「危険と思ったら、私が強制的に止めるから大丈夫」
「なら大丈夫だな」

 さっそくノルンから流れ来る魔力の量が増えた。俺もそれに合わせて増やしてからカレンに流す。
 次第に体の中を流れていく魔力の速度が速くなっていく。やがてとある時点から、もはや魔力が流れているというより、魔力があるというか、みんなと1つになっているような感覚になった。

 気が付くと、みんなの身体がほのかに光を浴びている。――って、これ他のチームから見たらまずくないか?

 俺の懸念を悟ったのか、ノルンが、
「大丈夫、隠蔽の結界を張ってあるから」
と教えてくれた。どうやら事前に準備はちゃんとしておいてくれたようだ。

「これ、気持ちいいわね」
「そうそう。ヘレンが言うとおり。言ってみれば、抱かれていて昇り詰めたときみたいな」
「セレンさん。例えが凄くえっちぃです」
「そう? でも、サクラだってそう思うでしょ」
「それは否定しません」

 じっと話を聞いていたシエラがキリッとした表情になった。
「たしかに。言われてみれば、そんな感じも……」
「ほらほら。シエラだってこう言っているよ。カレンだって赤くなってるし」
「セレン、そこまでにしなさいよ。たしかにあ、あの時みたいな、はじけ飛んでほわぁぁって沈み込んでいくようになってる感じに似てはいるわね」
「ヘ、ヘレンも聖職者なのに、結構きわどい言いかたをするわね」
「あらそう? ――あ、でもさ。ちょうど良い湯加減の温泉でぷかぷか浮いてて、あまりの気持ちよさに何も考えられなくなっているような感じもするかな。とろけていくような心地よさっていうか」
「ほほぉ。なるほど、確かにほんわか温かくて心地よい部分だけだとそんな感じもするけどさ。それって1人だからさ……」
「なるほど。セレンの言うとおりね。――深いなぁ」

 やり取りを聞いていたノルンが呆れたように、
「何を言っているのよ。みんな」
と締めくくっていた。

 そんなやり取りを見ていると、無性に笑いがこみ上げてきた。
「くくく……くく……」
 なんだか色々考えていたのが馬鹿みたいだな。
「あはははは」
 急に笑い出した俺を見て、みんなも互いに顔を見合わせてクスッと微笑み、笑い出した。「ふふふ」

 大丈夫だ。俺は1人じゃない。みんなと一緒なら何でもできるさ。
 そんな自信がこみ上げてきて、愉快な気持ちにさせる。俺は間違いなく今幸せだと思う。

◇◇◇◇
 次の日から再び出発し予定通りの日程で、俺たちはメギドの地に到着した。
 すでにゾディアック騎士団、フェンリル騎士団が大規模陣地を形成していて、あらゆる方向からの襲撃に対応できるようにしていた。
 その巨大な陣地の一角に冒険者部隊の区画があるらしい。陣地の入り口で先頭の馬車に乗っているギルマスのアリスさんが身分証を見せ、入口を通過。次々に馬車が中に入り込んでいき、俺たちの馬車の順番になった。

 騒がしい雰囲気の陣地。並べられた武器に、天幕の下に積み重なっている物資。
 騎士と従者、それと作業員らしき人たちが移動している。その光景を見ていると、おのずから戦地に来たんだという気持ちになる。

 メギドの荒野はかなり広く、俺たちがいるのはエストリア王都側だった。ゴルダンたちはおそらくウルクンツル側から来るだろうと想定しているような布陣のようだが、休憩するためのテント群は分散配置されているようで、俺たちのいる区画はそのうち右翼後方の騎士たちのテント区画よりさらに後方だった。

 1キロほどもありそうなエストリア軍の陣地を見るに、かなりの大規模動員がされていることがわかる。区画ごとに天幕についている旗の種類が違う。いくつもの物見やぐらに組み立てられた投石器、巨大な魔導砲の設置もされていて、人々が盛んに動き回っている。
 さらに中央の方には仮設の砦があって、そこにはゾディアック騎士団12隊の旗とともにゾディアック騎士団の旗が立てられていた。

 前の馬車に続いて進み、到着したのは広い荒野を見渡せる丘だった。大きな天幕があって、どうやらここが冒険者部隊の本陣となっているようだ。

 順番に降りた後はチームごとに点呼となり、その後、アリスさんが天幕に報告に行った。ほどなくして戻ってきたアリスさんから、配属や今後の詳しい話は夜にするということで、俺たちのために用意された区画に向かい、そこで各自が支給されたテントを張って自由時間となった。
 再集合は夕食の支給が終わってから一時間後に呼び出すとのことで、それまでには区画に戻っているようにとのこと。あと、まだ冒険者用の区画から外には出ないようにと注意があった。

 夕方、夕食の後に各冒険者チームの代表者だけが集合する通達があり、俺とノルンとで指示された天幕に行くと、そこにいたアリスさんが説明があった。

「さて、まずはわかっている情報から伝えよう。今、このヴァルガンド世界に何が起きているのかを――」

 ギルド間の長距離通信魔道具を利用した、アーク機工王国、ゾヒテ、ルーネシア、ウルクンツルの各国との通信が途絶えたということ。アーク、ゾヒテから帰還した冒険者、俺たちのことだ、からその2国が文字通り消滅したこと。

 国内でもある日突然、光の柱に町が飲み込まれ、消滅し、異空間が顔をのぞかせている事例があり、おそらく大陸全体が同じようになっていると推測されること。
 ウルクンツルからの亡命者がもたらした情報とあわせ考えれば、まず正体不明の勢力、黒騎士と黒魔獣が大群をなして国を襲い、その後、これまた原理不明の光の柱に国土が飲み込まれていること。
 ウルクンツルからは、かろうじて皇太子夫妻とその妹君、フェンリル・ブレイブ騎士団の一部とおよそ3000人の一般人が亡命。皇帝陛下と剣聖殿の安否は不明ながら、おそらく絶望的とのこと。
 追撃軍をヴァージ大森林の出口にて撃退したが、その際に、強烈な攻撃が国境防壁に加えられ、そこにメギドの地での戦争予告があったということが知らされた。

「ウルクンツルの観測隊やフェンリルナイツからの情報によれば、敵となる黒騎士、黒魔獣ともに、全身鎧の大剣使いが指揮を執っているとのこと。どのような者か不明だが、おそらくそいつが敵の総大将だ。
 我々は負けるわけにはいかない――」

 当日に、どのように戦うのかについては、まだ騎士団の上層部で軍議が続いているらしいが、ランクC冒険者は後方支援として兵站や医療チーム、連絡員などに従事、ランクAとBはチームごとに戦闘部隊として運用するそうだ。
 またギルドから選抜したチームで特殊部隊を組むとのことで、該当するチームには個別に声をかけるとのこと。
 予告があった期日までまだ10日ほどあるため、それまでの作業分担は別に割り当てがある。あとは騎士団も含めた陣地の説明、医療所や補給所、従軍商人の居場所についてなどが説明された。

 説明が終わり解散となり天幕を出ようとしたとき、ギルマスのアリスさんが、「ステラポラリスは残れ」と言う。

 どうやらさっそく俺たちは特殊部隊に選ばれたようだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。