12-13 終末戦争

 ヴァルガンドでは本来ならば雨がちになる|双子の月《6月》ではあるが、青空が失われてからは季節が失われてしまったようで、|金牛の月《5月》のような過ごしやすい気温ではある。
 しかしXデイとみられる6日が近づくにつれ、冒険者たちをも組み込んだエストリア軍全体の緊張が高まっていった。

 特殊部隊に選ばれた俺たちは、ゾディアック騎士団所属の魔道士と魔導技術者が戦地と想定されるメギドの丘のあちこちに設置型魔法陣を作るその護衛をしてきた。
 かつて王都の学園の卒業試験でベヒモスが出現した際に一緒に戦ったこともあって、騎士団の隊長クラスとは僅かながらも面識があり、時おり気安く声をかけられることもあった。

 そして、迎えた6日の朝。
 俺たちは臨機応変に指示が出されると聞いていたので、深夜からすでに武装して、指示されたとおり冒険者区の本陣そばに待機していた。
 ここからは広い範囲を眺めることができるが、空が明るくなってきた頃、陣地の西の方に広がる荒野の真ん中に1人の男が現れた。
 すぐに観測班がそれを発見し、本陣テントに報告が来たのを耳にする。

 じっと目をこらしてその男を見ると、そいつは天災ゴルダンだった。

 にわかに陣地が騒がしくなっていくのを感じながら、
「みんな。奴が来たぞ」
と声をかけると、ノルンたちにも奴の姿が見えていたようで、「ええ」という返事とともに緊張感がにわかに高まってきた。
 一人で現れ一体なにをするのかを注視していると、ゴルダンはゆっくりと歩いていたその足をピタリと止めた。

 エストリア軍が奴の姿を認識したのを確認したのか。まだかなりの距離があるというのに、奴の声が響きわたった。
「すでに第5の天使はラッパを鳴らした。人間どもよ。世界の終わりが来たぞ」

 奴の出現にざわめいていた陣地が、その声を聞くやシーンと水を打ったように静かになった。
 ゴルダンは背負っていた大剣を片手で悠々と持ち上げると、天高く掲げる。

「滅びを受け容れぬというなら抗って見せろ。その生存をかけて、我がカオスレギオンと戦うがいい!」

 その言葉とともに、奴の背後に広がる天地に幾つもの紫色の魔法陣が現れた。空に浮かんだ魔法陣からは影のように黒いドラゴンが、字面に広がる巨大な魔法陣からは黒騎士の軍隊や黒巨人の群れが、さらに空から光の柱が雷のように幾つも落ちて、そこには巨大なベヒーモスがその角に紫電をまとわせて現れた。

 荒野に広がるその人知を越えた終末の軍勢のその威容に、周りの冒険者たちは声を無くしていた。
 おおよそエストリア軍は総勢7万と聞いている。見た限りでは、ゴルダンの召喚したカオスレギオンもほぼ同じくらいの数のようだ。……奴め、おそらく数を調整したのだろう。

 しかし、この雰囲気のままでは一方的に蹂躙されかねない。どうする?

 そんな俺の杞憂を吹き飛ばすように、次の瞬間、エストリア軍の陣地を覆うように光の壁が現れた。
 つづいて拡声魔道具の力を借りたゾディアック・クルセイダーズの大将軍レオン・ロックハートの声が、響きわたった。

「諸君! 臆するな!
 今ここに終結しているのは、エストリアの我らゾディアック騎士団だけではない。ウルクンツルのカール皇太子殿下以下フェンリルナイツ、各貴族家私設騎士団、各国冒険者が、ともに肩を並べ、盾を並べ、剣を持って戦うことになる。

 中には人間族もいよう。獣人族もいよう。エルフも、人魚族も、竜人族の勇士もいる。
 だが種族の些細な違いなど関係ない。

 我らは共通の目的のために戦う。
 それも領土を求めてではない。利権を求めてではない。我らは我ら人類の生存と自由のために戦うのだ。このヴァルガンドの大地に生きる権利をかけて、黙示録の軍勢と戦うのだ。
 この戦いは神話の戦いとなろう。だが、我らは戦わずして滅びは受け入れない。勝利し、生存し続ける。
 この戦いに勝利すれば、永遠にこの日が、人類の勝利の日として記録されるのだ!
 盾を掲げよ! 剣を掲げよ! 我らは戦う! 生きるために!」

 レオ将軍の言葉に、人々が「うおおー!」と歓声を上げた。どの目にも絶望の色がなくなっている。
 確かに神話の戦いとなるだろう。厳しい戦いとなるだろう。だが、俺たちは負けるわけにはいかないのだ。
 気が付くと俺も気分が高揚し、知らずのうちに闘気が漏れていた。

 ゴルダンのカオス・レギオンが前進を始めた。黒騎士たちがゆっくりと進み、そのすき間から大きなウルフ型の魔物が飛び出してきた。

 空に空砲が鳴り響く。それを合図にエストリア軍の陣地のあちこちに分散配置された魔道士部隊から一斉に魔法が放たれ、弓兵隊からは火矢が打ち上げられた。
 次々に敵の魔物に着弾する火矢と魔法攻撃。さらに、事前に俺たちが仕掛けていた罠から垂直に巨大な火柱が立ち、黒騎士や魔物を飲み込んでいった。
 設置された巨大な魔導砲から幾つもの巨大な光の砲撃が放たれ、着弾地点が吹き飛んで土砂を巻き上げた。

 しかし、その土砂を突き抜けて、シャドウドラゴンとも言うべき魔物が飛んできて、エストリア軍の上空までやってくる。その数5匹。
 地上から、魔法や魔導砲が応戦するが、本物のドラゴン並の防御力があるようで、攻撃が弾かれている。
 その口からブレスが吐かれ、巨大な魔導砲の1基が爆発した。

「あれはマズい! ――ノルン!」
「了解」
 ノルンがすらりとした右手をドラゴンに向けて突き出した。「セイクリッド・サンダー・ランス」

 彼女の頭上に5本の光の槍が生まれ、まるでミサイルのように射出された。忽ちのうちに1匹のシャドウドラゴンの胴体に突き刺さるや、まばゆい閃光を放ち、そのドラゴンはボフッと塵になって消えた。

 その光景を見た、俺たちの周囲の冒険者が驚愕の声を挙げるが、サンダーランスの操作に集中しているノルンには聞こえていないようだ。
 ……俺たちがまっすぐにあいつの所へ突撃できればいいんだが、冒険者としての身分がそれを邪魔する。今回は1つの部隊に編入されてしまっているから、自由に動くことはできないのだ。それがもどかしいが、それほど遠くない時期に戦うことがあるはずだ。

 他のドラゴンは光の槍をかわそうと空を飛び交うが、残る4本の光の槍は追尾し続け、忽ちのうちに残る4匹をも消滅させた。

 空の戦いがひと段落するや、地上の方も新たな動きがあった。
 両翼より、騎士たちが出撃したのだ。魔法兵の援護を受けて、漆黒の海を切り裂くように突き進む騎士たち。その後ろには重装歩兵が続く。

 中央では一番大きな魔導砲が異様な圧を放ち始めている。おそらく魔力のチャージが完了したのだろう。
 次の瞬間、極大な光の奔流がその魔導砲から放たれ、正面に敵陣が綺麗に2つに割れた。

 しかし、突然何かにせき止められたように、光がはじかれ、凄まじい魔法攻撃がそこから空に向かって一直線に軌道を曲げた。

 エストリア軍本陣では、両翼と同じく、その魔導砲が切り開いた道に騎士たちが出陣し、真っ直ぐに敵陣の奥深くを目指していく。さらに歩兵が続き、敵軍の全体を押し返そうと乱戦に入っていく。

 魔導砲の光が消えた後、そこには大剣を持ったゴルダンがいた。たしかに奴ならば、あの攻撃を曲げてもおかしくはないだろう。見た目では計ることができない力を持っている。

 戦争の異様な空気に周囲の冒険者たちは飲みこまれ、固唾を呑んで戦況を見つめている。普段は強気で気性の荒い奴もいるが、戦場の空気、戦争の迫力は初めてなのだろう。怖じ気づいているものもいるかもしれない。

 だがその時、軍本陣から俺たちに指令が下った。
 右翼後方の歩兵支援。
 歩兵が敵軍を抑えている間に、土魔法使いをつかって敵軍側に陣地を広げる、つまり前進させるとのことで、その補助だ。

 リーダーのアリスさんの、
「行くぞ!」
とのかけ声とともに、俺たちは前線へと丘を下っていった。

◇◇◇◇
「ストーンウォール」

 背後から聞こえる詠唱の声を聞きながら、俺たちは戦域に向かって立っている。こうして陣地から出て戦場に立つと、その臨場感は段違いのものがある。
「来るぞ!」
 誰かの警告の声を聞くまでもなく、戦域から飛び出したシャドウウルフとでもいうべき黒い体毛の狼系の魔物が20匹、向かってきているのが見えた。
 体長は5メートルで大きい、……が脅威ではない。
 案の定、俺たちだけでなくこの場にいる冒険者の前にうっすらと光る壁が現れて、シャドウウルフの群れは次々に激突していった。
 シエラの神竜の盾。モード・イージスだ。

 俺の正面にいたウルフには、無造作に魔力剣を振って斬撃を飛ばし頭頂部から真っ二つに切り飛ばしてやった。途端にボフッと黒い霞になって消滅したところを見ると、やはり召喚生物の一種なのだろう。普通の魔物ではない。

 その時、大きな咆吼が音の衝撃となって戦場を駆け抜けた。
 威圧を含んだその吠え声に身体をこわばらせた冒険者もいるようだが、それを無視して咆吼が発せられた戦場の中央を見ると、そこには巨人種の魔物とおそらくゾディアック騎士団の隊長たちが戦っているようだった。

 一瞬にして、魔物の周囲の空間に幾つもの魔法陣が現れ、その魔法陣を足場にして閃光が飛び交った。おそらくあれはアクエリアス隊隊長のマリエンヌさんのランス攻撃だろう。
 続いて、上空高くに誰からが飛び上がり、クルクルと回転しながら巨人の頭にハンマーメイスをたたき込んだ。一拍おいて空から極太の雷が巨人の脳天から全身を貫くや、次の瞬間、その巨人は霞に消えた。
 同じ頃、別の巨人も隊長たちの攻撃を受けて順番に消滅していってる。さすがはゾディアック騎士団といったところか。

「――よし! 作業完了。騎士団が来たら、一旦撤退するぞ」

 今のところは順調か。だが、このままでは済むまい。
 そう思った途端、敵陣からベヒモスの群れがエストリア軍に向かって突進した。小山のような巨体に跳ね上げられた騎士たちが宙を舞い、地面に落ちるやその落ちたところから光球が立ち上る。または跳ね飛ばされた時点で死んでしまっただろう騎士たちが光となって消えていった。
 さらにベヒモスの背中に紫電が走ったと思うと、周囲に雷撃が降り注ぎ、騎士たちを打つ。さしもの隊長たちも、あの巨体の群れを止めきることは叶わなかったようだ。
 なかでも2体のベヒモスがエストリア軍本陣に突入している。あの様子だと、本陣の前から3陣までは破られただろうか。

 さらに暴れようとするベヒモスだったが、大魔導砲が至近距離からベヒモスを打ち抜いた。
 ほかの魔物と同じく黒い瘴気となって消えたベヒモスだが、その開いてしまった陣地の穴に騎乗した黒騎士たちが突撃していく。あっというまに陣地の中央が混戦になった。

 突然、パンパンと空砲が上がり、それを見たアリスさんが、
「緊急の指示だ。中央の混戦に突入するぞ。各自、続けぇ!」
と言い、自らは風魔法をまとって剣をかかげ中央に向かって走り出した。
「おお! ギルマスに続け!」

 誰かが大きな声で叫んだ。当然、俺たちも走り出した。前進させた陣地の詰めている騎士たちを残し、遊撃隊となって進む。
 前にはギルマスが、そしてすぐ後ろにはノルンたちが付いてきている。「――カルテッド・フィジカル・ブースト」

 ノルンの支援魔法が身体に宿る。だが、出し惜しみはしない。
(ノルン。封印解除だ)
(え? いきなり?)
(ああ。このままだと被害が大きくなるだけだ)
(わかったわ)

 ――|封印解除《リミットブレイク》。神武覚醒!

 神力の開放。白銀の光を身にまとう俺たちに、おそらく力の圧力を感じただろうアリスさんが、驚愕の表情で振り返った。
 俺たちの姿を見て何かを言おうとした彼女に向かって、黙って首を横に振ると、アリスさんは何も言わずに前を向いた。この力を説明する時間などない。それよりも今は、本陣に入り込んだ敵を倒す方が先決だ。

 前を走りながらアリスさんが剣をかかげ、呪文を詠唱した。
「――を資糧に敵を|穿《うが》て! |風の弾丸《ウィンド・バレット》」

 緑に光る風属性の魔力弾が、アリスさんの前に幾つも現れて一斉に真上に飛んでいく。その弾丸の軌跡を目で追うと、敵を追跡しているかのように打ち上がった魔力弾がその軌道を変え、俺たちが向かっている方向にむかって飛んでいき、空から地面に向かって次々に降り注いでいった。

 その卓越した魔力操作に感心する間もなく、俺たちは混戦状態になっている本陣中央に入り込んだ。

 どうやら黒騎士の方が優勢のようだ。騎士たちも複数人で1人の黒騎士と対峙するなどしているようだが、根本的に敵の方が強いせいで結局は1人たおれ、2人たおれとなっている。
 走り抜け様に騎士に止めをさそうとしていた黒騎士を切り捨てたところで、アリスさんから、「各自散開! 敵を倒せ!」と命令が下された。

 今がチャンスか。

「ノルン。みんなと一緒に、ここの敵を一掃してくれ」
「ジュンは?」
「俺はあそこに行ってくる」

 さっきからチリチリと見ている奴がいる。ゴルダンが誘っているんだ。早く来いと。それもあの空を飛ぶドラゴンに乗って……。

「マスター! 私が露払いを……」
「いや、不要だ」

 サクラの申し出を俺は断った。おそらく奴も1対1で戦いたがっているはずだ。
 俺は神力を錬り、一気に大地を蹴った。

 一直線にドラゴンめがけて飛んでいくと、近づいてきたドラゴンの背中にいたゴルダンが手の平を上にして、こっちに来いとハンドサインを送ってきた。

「わかってるさ。決着をつけよう」

 神剣天叢雲よ。行くぞ。

 神力を注ぎ込み、一気に加速。まっすぐに奴に切りかかった俺を、ゴルダンがその手の大剣で受け止めた。
 俺の神力と奴の神力がぶつかり合う。「ふはははは。その様子だとレベル7に届いたな」
「誰かさんのお陰でね」

 レベル7剣技。次元断。

 世界の境界ごと奴の剣を断ち切ろうと剣技を発動させるが、同時に奴も同じく次元断で対抗してきた。バチバチと手にした剣が揺れ動くのを力任せに押さえつける。
 神剣と打ち合えるとは、奴のも神剣相当の大剣か……。だが、ここからだ。

 力比べから2人同時に離れ、再び剣を振り上げる。袈裟懸け、切り上げ、薙ぎ払い。
 その都度、奴の剣に弾かれるが、その瞬間に俺の神力を奴の周囲に投げ放った。神気と魔力と気力を練り込み、全身に廻らせる。
「マナバレット・ストローク」

 右手で連続突きを行い、その拳の先から合気弾を次々に放つ。放射砲のごとく、次々に奴に降り注ぐ合気弾を、奴は自身の回りに張った障壁で防いでいる。
 だが、奴の乗っているドラゴンはそうはいかない。忽ちのうちに穴だらけとなり、瘴気の霞となって消えた。

「はああぁぁぁ」

 その霞を切り裂くようにして、奴に切りかかるが、この一撃も奴は大剣で受け止めた。
 そのまま地表めがけて落ちていく俺たち。
「ぐははは」
 全身を駆け抜けていく風に雑じって奴の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 剣技月輪。

 バッと奴から離れた瞬間、剣を振り抜き、その軌跡が円形の斬光となって奴に襲いかかった。それを大剣を横薙ぎにして切り裂いた瞬間、奴が地表に激突。

 そのまま練り上げた神力を宿らせた神剣を振り下ろし、シエラのドラゴンブレスのように、一気に剣に載せた神力をそのまま奴めがけて放つ。
 剣から迸る極光がゴルダンを飲みこむのが見えた。勝負はここだ。空を蹴って、神力光とともに奴に上から切りかかる。

「ぐおおぉぉぉ」

 奴が咄嗟に張った障壁を切り裂き、そのまま鎧の上から肩口から奴を切り裂く天の叢雲。
 その斬撃の跡から光が迸り、奴がのけぞって苦悶の声をあげた。

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